28話 『悲劇の元凶』
「しっかし、俺達も早くあれくれーの強さになりたいもんだなぁ」
空になったグラスに酒を注ぎながらカールが呟く。
テーブルの反対側でそれを聞いていたトルンは酒を飲みながら返す。
「ああ、明日アルファイドに行く騎士たちのことか。そりゃ、ああいう人はそれ相応の実力と信頼があるんだろうよ。今の俺達には辿り着けない程のな」
「はぁ、そりゃ俺達はまだ騎士になって2年だけどよぉ、実力はそれでもそこそこな方だと思うぜ。討伐戦にも参加してる訳だしな」
カールが強い口調で言い返す。
「まぁそれはそうだが、それでもうかうかしてると新しく出来た後輩達にすら抜かれちまうぞ」
「あの2人があの森にいた魔物のボスを倒したんだったな。全く最近の若いヤツらはどんな鍛え方してんだか...。ま、俺達も十分若いけどな!」
自分で言っておきながら酒に酔ったカールは「ハッハッハ」と大笑いする。
それにつられて...カールの話というよりも、一人で高笑いしているカールの様子につられてだが、トルンも笑い出した。
「まぁ戦闘経験の無い私からすれば、お2人も十分過ぎるほどお強いと思いますよ」
その様子を眺めていた商人、イーブルは笑顔を浮かべて高笑いしていた2人に話しかける。
その声を聞いたカールは気分を良さそうに言う。
「ま、イーブル、お前がどこか別の街に行く時は呼んでくれよ。護衛くらいしてやっからさ」
「はい、ありがとうございます。そう言えば、明日アルファイドに騎士が行くそうですけど何か仕事ですか?」
「参加出来ない俺達はよく分からんが、なんか王様方で会議があるんだと。で、その護衛で明日...ってか今日の明け方前に街を出るんだと。確か半数近くいなくなるかな」
今度はトルンが空になってしまったグラスに酒を注ぎながら答える。
今2人が飲んでいる酒はイーブルから買った物であった。
そして、どうせ無くなったら夜であっても買いに行くのだからと、一緒に飲む代わりにイーブルにもカールの家に来てもらっていた。新たな酒が欲しくなった時にすぐに取り寄せてもらうためだ。
「なるほど、という事は街の護りは手薄になってしまうのですね。何か無ければ良いのですが」
イーブルが心配そうに言うのを聞いたカールは自信満々に答える。
「ま、そう心配すんなって。俺とトルンもいるし、あとあいつらだって残ってるみたいだしよ」
「あいつらですか?」
「ほら、商店街で会ってお前が水晶を渡してた黒髪の男だ。あいつとそのパートナーが森で魔物のボスを倒した奴らだよ」
「ふむ、なるほどそうですか」
何かに合点がいった様子のイーブルが不敵な笑みを浮かべた。
「それじゃイーブル、新しい酒を頼むわ。もう無くなりそうだから」
酔ってそんな様子を気にもとめないトルンはイーブルに新たな酒を求める。
注文を聞いたイーブルはすぐさま新たな酒を魔法で取り寄せてテーブルの上に置く。そしてそれと同時に思い出したように2人に伝える。
「あ、お2人に渡した黒い水晶を一旦返してもらっていいですか。だいぶ色が黒くなってると思うんです」
それを聞いて、カールとトルンはポケットから黒い水晶を取り出す。その色は確かに2人が受け取った時よりも黒ずんでいた。
「確かに黒いな。何でこうなったんだ?」
「時間が経つとそうなってしまうんです。そのままだと縁起が悪いので私が綺麗にしておきますよ」
「そうか、じゃあ頼むわ」
2人はその水晶をイーブルへ渡す。それを懐へ入れると、イーブルは瓶の蓋を開けてカールの残りが少なくなっていたグラスに酒を注いだ。
「お、悪いな」
カールは礼を言って満杯近くになったグラスに口をつける。
「いえいえ、それでは私も頂きます」
イーブル自身も自分のグラスに酒を注ぎ、それを一気に飲み干した。
その様子をカールとトルンは物珍しそうに見ている。
「イーブルににしては随分いい飲みっぷりだな。ほれ、もう一杯」
トルンがイーブルの空のグラスに酒をなみなみと注ぐ。
「ありがとうございます、でも、お2人も遠慮せず飲んで下さい」
2人にも酒を勧めると、今度は自制したようにちびちびとイーブルを酒を飲み始めた。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「さて、ようやく眠ってくれましたか」
酔いつぶれて椅子に座ったまま眠りこけているカールとトルンを眺めながら、イーブルは立ち上がって呟く。
「作戦の決行は今日に決まりですね。騎士が少なくなるとはまたと無いチャンスです」
イーブルは2人に返してもらった黒ずんだ水晶を取り出して、それをじっくりと見る。
「準備も万端、そして私の推察が正しいことも証明する事が出来ました」
取り出した水晶を懐へ戻すと今度はテーブルの上にあるまだ酒の残った瓶を掴む。
「全く、人間の姿でいい子ぶるのも疲れます。とっととこの姿ともおさらばしたいのですが、まだ少し待たねばいけませんね」
4時を示す時計の針を見ながら、瓶に直接口をつけて残りの酒を一気に飲み干す。
「騎士どもが街を出て、ここから十分離れるまでは迂闊に行動出来ませんからね。戻ってこられては大変です」
空になった瓶を2人を起こさないようにゆっくりとテーブルの上に戻すと、イーブルは台所へ向かった。
そして、カールの家にある食品保存用の魔法道具を開ける。
「どうせこの家は倒壊してしまうんです。もったいないので時間になるまで適当に頂くとしましょうか」
中から袋に入った肉や魚などを取り出すと、イーブルは調理することも無く生のままそれらを貪り始めた。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「う、うーん...」
自宅の2階にある自室のベッドの上で僕は目を覚まひた。この場所で目覚めるのも1週間ぶりのことだ。
えっと、今の時間は...。
僕は目を擦りながら部屋にある時計を見る。針は朝の6時過ぎを示している。
起きるのにはまだ早いけど、かと言って二度寝して寝過ごしても困る時間だ。さてどうしようか。
ベッドの上でそんな事を考えながら、ふと動くものを視界の端に捉えて窓の外を眺める。
まだ日が上りきっていない時間帯なのに街を歩いているその人は、僕のよく知る人物だった。栗色の髪をした少女、リースだ。
こんな朝早くからどうしたんだろう。もし森に行くとなれば、もしかしたら前の魔物の一部が戻って来ていて危険かもしれないけど...。
「おーい、リース」
そう考えては放っておけず、僕は窓を開けて下のリースに呼びかけた。
その声を聞いたリースはキョロキョロと辺りを見回している。
「上だよ上」
今度は場所を伝えるためにもう1度呼びかける。
その声を聞いて僕の位置に気づいたリースは僕の家の窓の下まで駆け寄ってくる。
そして窓の方を見上げながら言う。
「ミルさん、ここに住んでいたんですね」
そう言えば、引っ越してからまだリースに家の場所を伝えられていなかった。1週間街に出れなかったのがほとんどの原因だけど。
「うん。ごめんね伝えるのが遅くなっちゃって。あ、下に降りるね」
このまま上と下で大きな声を出して話しても近所の人が起きてしまうかもしてないので、とりあえず僕は降りることにした。
すぐにクローゼットの前まで移動して、中から服を取り出して着替え始める。流石に寝巻きのまま外に出るわけにはいかないからね。ちなみにこの寝巻きは退院...病院じゃないからこの言い方はおかしいか。まぁとにかく家に戻る時に家に替えの服がほとんど無かったので貰ったものだ。
リースを待たせない為に手早く着替えを済ませ、1階に降りて外に出る。
「お待たせ。それでリースは何処に行くの」
「えっと、森の方です。花屋さんの方が腰を痛めてしまって。代わりに朝にだけつぼみを開く花を採りに」
「それなら僕もついて行くよ。今、森は少し危険だから」
やはり森のようだ。過保護かも知れないけど、僕が何もしなかったせいでリースが危険な目にあっても嫌なので僕は自分の同行を申し出る。
「でもまだ朝ですし...。それにミルさんにもお仕事がありますよね」
「それなら気にしないで。まだ仕事まで時間があるし、どうせ二度寝しようか迷ってただけだからさ」
「えっと、それじゃあお願いしま---」
リースは僕の言葉を聞いて笑顔を浮かべると同時に放ったその言葉は突然遮られた。
街に鳴り響く建物が倒壊したような轟音。
「「!!」」
僕とリースは驚いて、音の下に方へと駆け出す。
✱✱✱✱✱✱✱✱
音がしたのは地面がレンガになっている通りだった。
そして僕はそこで平和なこの街には似合わない異様な存在を見た。
全身真っ黒で4本の腕と大きな一本角を生やした巨大な鬼。それは倒壊した家の上であぐらをかき、何かを口の中でガリガリと噛み砕いていた。
音に驚き家から外に出てきていた街の住人たちもその姿を見て、唖然としている。叫ぶことも出来ない程の恐怖が彼らの全身を支配していた。
突然、その鬼が僕の方を向く。そして僕を見つけるなり、口の中のものを一気に飲み込んでその大きな口を開いた。
「本来の目的を果たすより先に貴方が現れましたか。『神の使い』よ」
その巨体には似合わない青年の声...イーブルさんの声を発しながら、その鬼は邪悪な笑みを浮かべた。




