27話 『ひとときの安らぎ』
「......ってことで、結局1軒じゃ飲み足りなかったみたいで3軒回っちゃったよ」
今日からようやく騎士としての仕事に復帰できた僕は、街のパトロールをしながら昨日のスノウとの出来事をシィに話していた。
あの後とりあえず商店街のカフェに行ったけど、「他の店の味も知りたい」とスノウが言ったことでそこから更に2軒、カフェをはしごすることになった。
「それで、結局美味しいお店は見つかったの?」
「うん。美味しい紅茶を出してくれるお店があって、ようやくそこで満足したみたい」
と言っても、僕自身も結構色々なカフェを回る事は楽しかったけど。よく覚えていないが、生前あまり行った記憶がなかったから。
「そう、それなら良かったわね。......って、あれは」
会話を終えて視線を前に戻したシィが何かに気づいた。
シィのその反応を見て僕も前方を向く。とそこには、
「噂をすればなんとやらね...」
驚いたようにシィが隣で呟いた。
僕らの視線の先には青い髪を長く伸ばした少女の姿......スノウだ。真っ直ぐ歩いており、後ろの僕らには気づいていない。
スノウは商店街の方向に進んでいるみたいだけど...。
「おーい、スノウ」
僕は前を歩くスノウに向かって声をかける。特に用がある訳ではなかったけど、知り合いを見かけたら挨拶くらいはしておくものだ。スノウも特に忙しくはなさそうだし。
「...お」
足を止めて振り返ったスノウが僕らに気づき、こちらへと駆け寄ってくる。
「...ミル、シィ、おはよ」
「うん、おはよう」
「おはよう。あんたも相変わらず早いわね。特に用事があるようには見えないけど」
挨拶を交わしながら、シィがスノウの早起きに感心したように言う。
「...いや、用事ある」
「え、そうなの?」
珍しく...と言ったら失礼だけど、用事があるらしいスノウは抗議するように腕を組んだ。
「...昨日回り切れなかったカフェの味を確かめなくてはいけない」
「え...」
「まだ飲み足りてなかったんだね...」
食欲...というか飲欲(?)旺盛なスノウに僕らは唖然とする。
昨日はてっきり満足したものだと思っていたけど、彼女的にはもっと回りたかったらしい。
「全く...昨日も飲んでたってミルから聞いたけど、お金は大丈夫なの? あんた元は騎士になる為にこの街に来たって言ってたけど、今は働いてないじゃない」
確かにスノウはこの街に来てから何処かで働いている様子はない。今は宿暮らしだろうから結構出費もかさんでると思うけど...。
「...色々あって、所持金はそれなりにあるから。...それに騎士になれなかったけど、私はまだ帰るわけにはいかない」
「そう、まぁ支障が無いならいいんだけど」
シィが安心した様子で答える。
けど、それとは対照的に僕は素直に疑問をぶつける。
「えっと、スノウは何かこの街でしなければいけない事でもあるの?」
「......」
その言葉に対して、スノウは沈黙を続ける。下を向き、答えるべきかどうか悩んでいるみたいだ。
普段と違うスノウの様子を見て、僕は慌てて自分が作ってしまったこの重い空気を改善しようとする。
「あ、いや、答えたくなかったら答えなくていいよ。別に今聞かなくちゃいけないことでもないからさ」
「...うん、そう言ってもらえると助かる。...もし言える時が来たらその時に言うから」
顔を上げ、スノウが答えた。
彼女にも話したくない事が色々あるのだろう。そこにわざわざ踏み入る程僕も非常識な人間では無い。とりあえず、スノウから話してくれるまでこの事を聞くのは止めておこう。
ただ、重い雰囲気になってしまった...。何とかして普段通りの雰囲気に戻さなくては。
そう考えていた時、ちょうど僕らの近くの通りから見知った顔が現れた。
「お、3人とも奇遇だな」
通りから現れた赤い髪の女性...エンさんは僕らには気づくとゆっくりとこちらへ歩み寄って来る。
個人的にありがたい登場だ。今の重い空気を壊してくれた。
「エンさん、お久しぶりです」
「おはよう、エン姉」
「...おはよ」
僕達3人も歩いて来たエンさんに挨拶する。
エンさんも笑顔でそれに応える。
「ああ、3人ともおはよう。どうだミル、身体の調子は」
僕を見てエンさんが少し心配そうに聞いてきた。
「はい、ティアさんの魔法のおかげですっかり良くなりました」
「それなら良かったよ。それからミルとシィに話があるんだが...」
エンさんは困ったような顔をする。僕らにだけという事は騎士団に関わることなのだろう。だからスノウは聞かない方がいいみたいだ。
「...うん、分かった。席外す」
「すまないな」
察しのいいスノウはこの状況を理解してくれたようだ。
「それじゃあ2人とも着いてきてくれ」
✱✱✱✱✱✱✱✱
エンさんに連れられ、僕らは人気のない路地裏までやって来た。
「よし、ここならいいだろう」
あたりを見回して人がいないことを確認したエンさんがようやく話を始める。
「単刀直入だが、明日は朝から私を含む騎士団の約半数程度、そして城に務める多くの者が街からいなくなる」
「えっと、それはどうして何ですか?」
騎士の3分の1、そして城の人までいなくなるとはかなり大きな行動だ。それにはもちろん理由があるはず。
「この大陸の中心地『アルファイド』で、大陸の東西南北をそれぞれ治めている4国家の王族の会議があるんだ。私達は王の護衛としてそこへ向かわなくてはならない」
王族の会議...というかこの大陸の国事情についても僕は初耳な訳だけど、とにかくそのためにエンさん達はこの街からいなくなってしまうそうだ。
まぁ王様がわざわざ出向く程なのだから、それ程に重要な事なのだろう。
「私達は連れていってもらえないの? 自分で言うのも何だけど、それなりに戦力にはなってみせるわ。ねぇミル?」
隣でその話を聞いていたシィがエンさんに訴える。
正直、僕は自分の力にそこまでの自信は無いんだけど、果たしてエンさんの反応は...。
「すまないシィ、これは単純な実力よりも長い間街の騎士として務めたという『信頼』の方が重要なんだ。だからまだ2人は連れていけない」
「まぁ、それなら仕方ないわね」
そりゃあ自分の街の騎士に裏切られたりしたらたまったものじゃないから、王様も自分がちゃんと信じられる程の者しか連れて行きはしないんだろう。僕らはまだ騎士になってからの期間も凄く短いし、その信頼が無くても仕方ない。シィもそれに納得したみたいだ。
「2人はその代わり、残ってしっかり街の安全を守って欲しい。騎士の数が少なくなってしまっているからな」
「ええ、分かってるわ」
「はい、もちろんです」
「ああ、頼もしいよ。私もこうして街に残る騎士には人気の無い場所で話を伝えているから、騎士が少ないことに便乗して犯罪を犯す者は現れないと思うが、可能性はゼロではないからな」
確かに騎士が少なくなった事を知れば、それをいいことに犯罪を犯そうとする輩も現れかねない。
だから騎士にだけ伝わるように配慮しているのか。
「それじゃあ2人とも、頼んだぞ」
「はい、エンさん達も気をつけて下さいね」
エンさんは僕らに明日のことを頼み、路地裏から去っていった。
「さて、私たちも戻りましょ」
「うん、そうだね」
僕らもとりあえず戻ることにしよう。スノウが待ってるかもしれないし。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「...おかえり」
ちょうど路地裏から戻ったところでスノウからの出迎えを受けた。
「ごめんね、待たせて」
「...別にいい、好きで待ってただけだから」
スノウは何でもないという様子だった。...というか本当にスノウには待つ理由が無かったように思えるけど...?
「...じゃあ共に行こう。カフェへ」
「「え?」」
僕とシィは声を合わせてスノウの言葉に反応する。
「...あれ、行くんじゃなかった?」
「いや、私達仕事中...」
シィが呆れたように答える。
「...せっかく待ったんだけどなぁ」
「「!!」」
ま、まさかこれを見越して僕らを待っていたというのか...。
確かにせっかく待ってもらっていたら素直に断りにくい。人間のそういった感情につけ込むとは...意外と策士だ。
「えっと...」
困った様子のシィは僕の方を向く。
ごめん、正直僕も困ってる。ただ己の心に従って行動するのならばここは...
「い、1杯だけだからね...」
「...うん」
結局、己の良心に背く事は僕には出来なかったのであった。
ただ、この時僕らは誰も想像してなかったのだ。
これから起こる悲劇を...。




