25話 『本物のペア』
柔らかい枕の感触を感じながら、僕の意識は覚醒した。
ゆっくり目を開けると、今の僕には眩しすぎる程の日光が差し込まれる。
まだ記憶が曖昧なままだ。いったいここはどこなんだろう。ベッドに寝かされているみたいだけど。
そう思いながら今度はこの部屋の窓の方へ顔を向ける。
開放感のある大きな窓。そして窓辺に佇む、外の景色を見ている金髪の少女の姿が目に入る。
その少女...シィは振り返って僕の様子に気づくと、驚いたように僕のベッド側に駆け寄った。
「ミル! 良かった、気がついたのね...」
「シィ...そうだったね、僕はあの爆発に巻き込まれて...」
僕は身体を起こしながら、ようやくこれまでの経緯をはっきりと思い出す。
今僕が無事ということは既に治療された後なのだろう。という事はここは病院かな。
「ミル、気がついたようだな」
その時、部屋の扉が開きエンさんが現れた。さらにもう1人、エンさんと同年代くらいの僕の知らない茶髪の女性が入ってくる。
「エンさん、あの後あの岩の魔物はどうなったんですか?」
僕はエンさんが入ってきて早々、質問を投げかける。
「大丈夫よミル、あの爆発の後に魔物が復活する事は無かったわ」
僕のベッドのそばにいるシィが答える。実際あの場にいたシィが言うのだからそれは間違いないだろう。
「じゃあ討伐戦はどうなんですか? シィはペアがいなくなってしまいましたけど」
「それなんだが、お前達があの岩の魔物を倒した後、他の魔物達は消えてしまったんだ」
「消えた...ですか」
「実際には撤退と言った方が正しいだろうな。とにかく魔物達の姿はあの森から消えた。恐らく2人が倒した魔物がブライト森林の魔物達の司令塔だったのだろう」
てことは僕らの頑張りはちゃんと皆の役に立てたということか。それなら良かった。
「それにしても、本物に自分の心配が二の次の子だなぁ」
突然、エンさんの隣に立つ茶髪の女性が口を開いた。
「あのエンさん、その方は?」
「ああ、彼女がミルを治療してくれた者だよ」
「あ、医者の方だったんですか。ありがとうございます、治療していただいて」
僕はその方に向かって頭を下げる。
「いやー、私は医者では無いし、ここも病院じゃないよ?」
「え、でも僕を治療してくれたんですよね?」
その言葉に思わず僕は疑問を投げ返す。
「ミル、彼女は城に仕えている使用人なんだ。あとここは城の医務室だ」
「そゆこと。まぁ普段は騎士の怪我くらいなら私が出向くこともないんだけど、怪我が結構重かったからね」
その言葉に僕はギョッとした。恐る恐る聞いてみる。
「あの...僕の怪我はどの程度だったんですか?」
「えーっと、腕が変な方向に曲がったりとか...」
「あー! やっぱりいいです、遠慮しておきます!」
聞くに耐えなそうな様子なのでやっぱり止めておこう。よく生還出来たなぁ...。
「でも、怪我が重いだけじゃ私は動かなかったけどね。私にも色々用事があるし、街にもちゃんと病院はあるからね。...あの怪我だと結構な額になりそうだけど」
「それじゃあどうしてわざわざ治してくれたんですか?」
僕は別段騎士の中で特別な人と言うわけでもないはずだけど。
「怪我した理由だよ」
「理由ですか?」
「そ、理由」
怪我した理由、といっても普通に魔物との戦闘の中でだし、それほど特別って気もしないけど...。他にも討伐戦で怪我した人もいただろうしなぁ。
「いやー、女の子を護って負傷だなんて、可愛い顔してなかなか男らしいことをするじゃないか少年君」
「えっと、本当にそれが治療してくれた理由なんですか?」
「うん。治療を頼まれた時にそれをエンから聞いて、『仕方ない、一肌脱ぎますかー!』ってなったわけよ!」
「は、はぁ...そうですか」
テンションの高い人だ。僕の周りにはこういうタイプの人がいなかったからどんな風に反応すればいいのか困る...。
でもエンさんのことを呼び捨てにしてる程だし、城に仕えているちゃんとした人だっていうのは本当なんだろうな。
「んじゃ、私はもう行くかなぁ。丸1日近く寝てた人が目覚めて自分の魔法の成功を確認できたわけだし」
そう言って、茶髪の女性は扉の方へ向かう。
...って、丸1日!?
部屋に備え付けられた時計を見ると今は8時前頃だ。外の明るさ的に朝である事は間違いない。僕が気を失ったのがだいたい昨日の10時頃だったとしたら確かに約1日たったことになるのか。
「っと、そうだまだ名乗ってなかったね。私は『ティア』。よろしくね、ミル君」
「あ、はい、よろしくお願いします」
扉に手をかけながら茶髪の女性改めティアさんが思い出したように自己紹介したので、僕も慌てて挨拶し返す。
「今年の『護り手』はエンに頼まなくても良さげかな...」
「?」
そして、扉から出る時も何かを呟いていたが僕にはその意味を理解することは出来なかった。
ティアさんがいなくなり、しんとした部屋の中でエンさんは言う。
「それじゃあミル、私ももう行くが1週間程度は休みをとってくれて構わないからな。しっかり身体を回復させてくれ」
「はい、ありがとうございます」
「ああ」
そう言ってエンさんも部屋の外へと出る。
今部屋の中にいるのは僕とシィだけだ。無言でいるのもどうかと思ったのでとりあえず何か話すことにする。
「えっと、シィが倒れた僕を運んでくれたんだよね? ありがとう、重かったよね...」
「それほどミルは体格がいいわけじゃないからそんなでもなかったわ。それに、助けて貰ったのは私の方だし、お礼を言うのもこっちよ。ありがとうミル」
シィは僕に笑ってお礼を言った。その顔が見れれば僕は満足だ。
「気にしないでよシィ。僕もシィに認められたくて頑張りたいって思ってたし」
「私に?」
「うん、僕はシィと違って昔から努力してた訳じゃないし、早くシィに頼ってもらえるくらいになりたいから」
僕はシィの目をまっすぐ見て答える。
シィはその話を聞いて申し訳なさそうな顔をして僕に尋ねる。
「えっと、それって最初に会った時に私が握手が拒んだことが原因?」
「え? うーん、まぁそれも一応あるかなぁ」
その時から自分の弱さとか頼り無さを自覚し始めたんだから、あの出来事がある意味今の僕の始まりとも言えるだろう。
僕のその言葉を聞いて、シィは浮かない顔のまま話し始める。
「それならやっぱり、元の原因は私にあるわ...。ごめんなさい、あんたのことを見くびってあんな事を言って。そのせいでミルをこんな目に合わせてしまったわ...」
シィはそう言って僕に頭を下げた。
「ううん、シィの判断は間違ってなかったよ。最初の時の僕のままだったらきっと昨日の戦いであの魔物を倒したりは出来なかった。シィのおかげでもっと強くならなくちゃって僕は思えたんだよ」
「ミル...」
シィは頭を上げて僕のことを見る。
シィのその様子を見て、僕はそっとシィの前に自分の右手を差し出した。
「えっと、ミルは僕のことを認めてくれたんだよね?」
「ええ」
「それじゃあお願い出来るかな、あの時出来なかった握手を」
「もちろんよ。ミル、これからもよろしく!」
「うん、僕こそよろしくね、シィ!」
シィが僕の手を握り、僕たちは固く握手をかわした。
その握手はとても嬉しいものだけど、シィの手の柔らかさと温かさを感じるとなんだか恥ずかしい気持ちになってきた。
「それじゃあミル、まずはしっかり身体を癒してね。何か困ったことがあれば遠慮なく言って」
「うん、ありがとう」
握手を解くとシィはまた笑顔で言った。
「やっぱり僕はシィが笑ってる時の方が好きだよ」
「え?」
言い終わってから今の自分のセリフの恥ずかしさを感じて頬が赤くなる。
なんてことを僕は言ってるんだ!?
「あ、いや、やっぱり人は笑ってる時の方がいいよね!」
「え、ああ、そういうことよね。じゃ、じゃあ私、何か飲み物を貰ってくるわ!」
シィはそう言うと慌てたように部屋を出ていった。
シィも少し頬が赤くなっていたような気もするけど...気のせいかな?
とにかく、僕達はこれでお互いに認めあって、本当の意味でペアになることが出来た。これから頑張らないと!
...と意気込んだはいいものの、まだ僕の身体には疲労感が残っていた。
シィの言ってた通り、まずはしっかり休まないといけないな...。
✱✱✱✱✱✱✱✱
ミルとシィが岩の魔物を倒した日の夜のこと、岩の魔物がいた空洞には一つの人影があった。
「それにしても、まさかたった2人の人間ごときにやられてしまうとは...。貴方も随分期待外れですね」
人影は爆発によってヒビ割れている地面を見ながら呟く。
「ま、所詮貴方は人の言葉も話せない下等な魔物。これから先は地獄で私の力を見ていれば良いでしょう」
影は入ってきた亀裂の方に振り返り、ゆっくりと歩き始める。
「ちょうど、私に利用されてるとも気づかない無能な騎士たちがいましてね。そいつらの力を借りればストファーレの『守護石』の破壊など容易いこと...」
影は亀裂から空洞の外へ出ると、夜空に浮かぶ星々を見上げた。
「まぁ、私的には守護石の破壊などという簡単なことよりも、ガレームを倒した『神の使い』の方が気になるんですが。ま、顔は分かりましたし、きっと街で会えるでしょうけど」
そして影は森からストファーレの街を目指して歩き始めた。
遅くなって申し訳ありません。今後も最低週1で投稿できるようにしていきます。
1章はもう少し続きます。




