22話 『討伐戦』
「よし、皆集まっているな」
翌日8時、関所の前には討伐戦に参加する騎士たちが集まっていた。
僕含む全員が緊張した面持ちでエンさんの話を聞いている。
「私達はこれよりブライト森林に向かう。皆、準備はいいな?」
集まった騎士たちは無言頷く。
「それなら良かった。では行こうか」
エンさんを先頭に僕らはそれぞれのペアで固まってブライト森林へ向かう。
歩きながら、僕は隣にいるシィを見る。
昨日言っていたように緊張している様子はない。いつも通りのシィだ。
「シィはやっぱり緊張してないんだね」
「ええ。...そういうあんたもあんまり緊張してるようには見えないけど」
「うん。僕も覚悟を決めてるから。それにシィもいるから」
「私が?」
「シィは頼りになるからね。居てくれると心強いよ」
僕は素直に言う。シィがいてくれたから討伐戦への覚悟を決められたのは真実だからだ。
シィはその言葉を聞いて少し驚いた様子だった。
「頼りになる...ね...」
その言葉が心に残っているようだった。
「ま、その言葉はありがたく受け取っておくわ」
「シィは僕のことを頼りにしてくれてる?」とは聞かない。答えは分かっているから。
今は自分のシィへの思いを伝えられただけでいい。
そうした話をしているうちに、僕ら騎士団はブライト森林へ到着する。
森の入口でエンさんは全てのペアがいることを確認して、指揮をとり始める。
「よし、それではこれより各ペアごとに決められたエリアの探索を行ってくれ。ただ、分かれる前に渡しておく物がある。各ペア1人ずつこちらへ来てくれ」
エンさんに指示されそれぞれのペアは1人ずつエンさんの下へ向かった。僕らも前と同じようにシィが向かう。
エンさんは集まった者達に何かを渡すとパートナーの下へ帰させる。
シィは持ってきた物を僕にも見えるように、2人の間に差し出した。
それは手で握れる大きさの透き通るような水色をしたひし形の水晶だった。中には時計の文字盤のようなものが入っている。
「それは『時を刻む水晶』というものだ。強く握ることで中の文字盤に針が現れて現在の時刻を教えてくれる」
シィが強く握ってみせると、水晶の文字盤に現れた針は現在の時刻8時27分を表示した。なるほどこれは便利だ。
「これより探索を開始するが、10時半には1度戻ってきてくれ。あまり根詰めすぎるのも良くないからな」
「では、作戦を開始する!」
エンさんの言葉を合図に騎士たちはそれぞれの場所へ分かれていく。
「じゃ、僕らも行こうか」
「ええ」
シィはズボンのポケットから折りたたまれた地図を広げる。
「僕らのエリアは断崖地帯だからまずは森を抜けないとね」
「そうね。えーっと、こっちかしら」
シィは地図と現実の風景を見ながら自分たちの向かう方角を探す。
「2人とも無事に戻ってきてくれよ」
僕らの後ろからエンさんが声をかけた。
「エン姉もね」
シィが地図を見ながら答える。
エンさんは今1人だけど、もしかして1人で行くのだろうか。
「あの、エンさんは1人で行くんですか?」
「ああ」
「えっと、危険じゃないんですか?」
実力者である騎士団長にこんなことを聞くのも失礼だろうが、僕はつい聞いてしまう。僕ら騎士はペアで行動してるのに騎士団長のエンさんが1人なのはどうしてかと思ったからだ。
「私は大丈夫だ。...お守りもあるからな」
「お守りですか...」
「ああ。ま、2人とも頑張るのはいいがあまり無理はするなよ」
そう言うとエンさんは去っていく。自分の持ち場へ向かったようだ。
1人でも大丈夫なお守りってどんなものなのだろう。魔物の邪気を払ったりする効果でもあるのかな?
「よし、分かったわ。こっちよ」
エンさんの姿が見えなくなった頃、さっきまで地図を睨んでいたシィが声を出した。
「よし、僕らも行こう」
シィは再び地図を折りたたんでポケットに入れると、僕を先導するように森を歩いていく。地図をポケットに入れたのは持ったまま魔物に出会うと危ないからかな。
僕もそんなシィについていき、自分たちの目指す断崖地帯へと歩き始めた。
✱✱✱✱✱✱✱✱
森を抜けて断崖地帯に到着する頃には、既に騎士が分かれてから30分程が経っていた。
断崖地帯は森を抜けた先だけあって、地面にはゴツゴツとした岩が散乱していた。
さらにここの崖はほぼ垂直に切り立っており、上から落ちたら間違いなく即死してしまうであろう高さだった。本当に探索するのが崖の下で良かった...。
「とりあえず崖に沿って歩きましょう」
「了解」
シィの提案に乗り、僕らは崖に沿って先に進む。
歩くこと数分、僕がふと落石等がないかと不安になって崖を見上げた時に、とうとう異変は訪れた。
「ミル、何か来たわ!」
シィの声で僕は慌てて注意を地面へ戻す。
地面には僕達を囲うように、先ほどまでは無かった穴が3つ出来ていた。
僕らがその穴を注意深く観察していると、3つの穴から同時に何かが飛び出す。
「シャー!」
威嚇するように鳴く3匹の黒蛇。
蛇といっても体長は3m程あり、頭には大きく発達した角が1本生えている。間違いなく魔物であった。
「どうするシィ、こっちから仕掛ける?」
今僕らは敵に囲まれてしまっている。ここままでは不利だからまず1体倒して突破口を開こうというのが僕の考えだった。
「いえ、ここは待つわ。向こうが仕掛けてくるのを」
「でも、同時に攻撃されたらこっちが危険なんじゃ...」
「いえ、私が動きを止めるわ。任せて」
そう言うとシィは腰から2本の剣を抜く。シィがそういうのだからここは任せるとしよう。といっても、僕もカウンターで殴りかかる心構えはしておこう。
「「シャー!」」
蛇がさらに激しく鳴くと、3匹はそれを合図に一斉に僕らに飛びかかる。
が、その牙が僕らに届く事は無かった。
「『瞬間放電』...」
蛇たちが飛びかかると同時に、シィは右手の剣を掲げ自らの魔法名を唱えていた。
シィがその名を唱えると、その剣から稲妻がほとばしり、3匹の蛇たちを瞬く間に感電させた。
「ミル、今よ!」
シィの言葉を合図に、僕らはそれぞれ自分の近くにいる1匹を仕留める。感電して動けないので、ほとんど体力を使う事は無かった。
「よし、あとはいっ...」
1匹だけだ!、と言おうとした所で僕はシィは同時に気づく。
1匹いない...。
いや、先ほど出てきた穴の横に新たな穴が出来ているから、恐らく地中に潜っているのだろう。
「感電してたはずなのに...」
「いえ、私の魔法は確かに一瞬で敵に電気を流せるけど、流せる電気の量も僅かなの。だから回復するのにそれほど時間はかからないわ。でもまさかこんなに早く回復出来るなんて...」
シィは申し訳なさそうに言う。
「ううん、2匹を苦労せずに倒せたのは紛れもなくシィのお陰だよ。あと1匹は僕に任せて」
シィを励ますと、僕はシィに自分に任せて欲しいように言った。シィが頑張ったんだ、パートナーである僕も頑張らなくては。
僕は自分の作戦がちゃんと決行できるか考え直してみる。
いや、あの魔物は1匹になってしまった以上、必ず奇襲を仕掛けてくるはずだ。ならやっぱりこの方法でいける。
僕は深呼吸して心を落ち着かせると、自分の足元を思いっきり殴る。
僕が地面がひび割れる程の力で殴ったことにより、一瞬この辺りの地面が揺らいだ。
そして、それは地中にいる蛇にはさらに強く響いている訳で...。
「シャー!」
驚いた蛇は慌てたように地面から飛びだした。流石に魔物でも大地が揺れる恐怖には耐えられなかったようだ。
蛇は僕よりもシィに近い位置に飛び出していた。僕は先ほどのシィのように叫ぶ。
「シィ、今だ!」
「ええ!」
シィは両手の剣で、その蛇を斬り裂いた。
斬り裂かれた蛇は地面に倒れふせ、やがて黒い霧に囲まれて消滅した。
「よし、やったねシィ!」
僕は喜んでシィの下へ駆け寄る。
「ふぅ。数では不利だったけど、倒せて良かったわ。ありがとうミル」
またもや、シィの僕に対する感謝の笑顔に僕の心臓は高なっていた。
「あ、いや、シィだけに頑張ってもらうわけにもいかないからね」
「そう。...それじゃあ...」
シィは少し考えた後、僕の前に右手を差し出した。
それは紛れもない、あの時に出来なかった握手だった。
「シィ...」
僕は喜んでその握手に応じようとする。
が、
ビシッ...
その握手を遮るように、背後の崖の一部分が崩れた。といっても、崖全体が崩壊するほどではない。先ほどの僕の拳が崖にまで響いていたのだろうか。
だが、僕らの注目はその崩れた部分の内側にあった。
人が通れる程の亀裂があったのだ。まるで崖の内部に続くように。
「これって...」
さっきの握手の事など忘れ、僕らはその亀裂に近づいてみる。
中は暗くて奥がどうなっているかは分からない。
けど、今は討伐戦の途中だ。この奥に魔物がいるかもしれない以上、放置しておくわけにはいかない。
「ミル、行くわよ」
そう言ってシィはその亀裂の中を進んでいく。
「うん」
僕もシィに続いてその亀裂の中に入る。
しかし、入った瞬間に僕の体はこれまで感じたことの無い恐怖に襲われた。そして、それを感じると同時に悟った。
この奥にいる魔物が、これまでとは一線を画すという事を。




