18話 『街のため』
「さ、着いたわ」
シィは目的地であるレストランの前までやってくると、僕の方を振り向いて言った。
「うん、ありがとう」
そう答えながら、僕はレストランの外観を見てみる。
外観からは元の国でいう洋食料理店のような雰囲気を感じたが、元の国とは違ってメニューのサンプルのようなものは展示されていなかった。
「ほら、そんな外ばっかり見ててもお腹は膨れないわよ。中に入りましょ」
「うん、そうだね」
外観ばかり見ていた僕にシィがそう言ってきたので、僕も素直に店内に入ろうとする。
その時、後ろから僕らに話しかける声が聞こえた。
「やぁ、ミル、シィ」
「あ、エンさん、こんにちは」
僕はちょうどやって来たエンさんに向かって挨拶する。
「エン姉、城での会議は終わったの?」
「うーん、まぁ、とりあえず昼休憩といったところだな」
そういえばエンさん達は城で魔物についての会議をしてたんだったな。
「2人は今からここで昼食か?」
「はい、そのつもりです」
「ならば私も同席していいか? 少し話したいことがあるんだ」
「僕はもちろん大丈夫です」
「私もいいわよ」
「なら良かった。 では早速入るとしようか」
ということで、僕とシィはエンさんも加えてレストランに入ることになった。
僕達が店内に入ると、すぐさまウエイターがやって来て、笑顔で接客を受ける。
「いらっしゃいませ。3名様ですね。お好きな席にどうぞ」
店内には数組の客たちがいたが、まだ空席は充分にあった。
ウエイターに言われたとおり、僕は適当に近くの席を指さして2人に意思を伝える。
「じゃあ近いのでここでいいですか?」
「ああ、すまないミル。悪いが、あっちの席にしてもらえるか」
エンさんは僕が提案したところではなく、店内の奥の方の周りに人がいない席を指さした。
先程話したいことがあると言っていたし、それが他の客にあまり聞かれたくないことなのかもしれないと考えた僕は素直にその提案に従った。
僕達が席に座ったところで、ウエイターが水とメニュー表を持ってきた。
「注文が決まったら呼んでくださいね」
そう言ってウエイターが去っていくと、僕はまず何を注文するか考え始める。
メニューを見ようかとも思ったが、せっかくこの店を勧めた人がいるのだから、聞いてみることにする。
「シィ、ここのオススメメニューは何?」
僕は隣に座るシィに尋ねた。
「うーん、私はオムレツが好きね」
「オムレツかぁ、じゃあ僕はそれにするよ」
ここに来てからは食べたこともないしね。
「じゃあ私はグラタンにするとしようか」
僕の正面に座ったエンさんも何を頼むか決まったみたいだ。
「シィは何にする?」
「そうね...、今日はハンバーグにしようかしら。パンもセットで」
「結構がっつり食べるんだね」
「そう? ここに来る時はいつもこのくらいだけど」
それだけ食べても身体に反映されないと言う事はしっかり運動とかもしてるんだろうな...。
...いや、身体に反映されないっていうのはスレンダーな体型を保ってるってことで、胸がスノウたちに比べて薄いとかの他意は無いけど...。
「それじゃあ、ウエイターを呼ぼうか。 すみませーん」
「はい、今伺いますー」
僕らの席へ戻ってきたウエイターに3人の注文を伝えると、ウエイターはメモをとって店の奥へ消えていった。
再び周りに人がいなくなったところで、エンさんが口を開いた。
「2人に話しておくことがある」
先程までとは明らかに違うエンさんの表情に僕とシィは緊張しながら、その言葉に耳を傾ける。
「2人とも、ブライト森林は覚えているな?」
「豚の魔物たちと戦って、スノウと会ったところですね」
「そうだ、私達はそこで豚の魔物3匹と魔法を使う魔物に出会った。あの短時間のうちにだ」
「どういうことです?」
「つまり、まだあの森には何らかの魔物が潜んでいる、もしくはあの後に新たな魔物が出現した可能性が高いということだ。それにブライト森林はこの辺りの森でも最大の大きさだから、我々が踏み入れなかった奥地に魔物の発生源があるということもありえる」
なるほど、大体どういったことをするのか読めてきた。
「よって私達魔法騎士団は、明後日、そのおよそ半数をあげてブライト森林及びその周辺での魔物の調査、討伐を行う」
「ミル、シィ、2人にはこの作戦に参加して欲しい」
その言葉を聞き、僕はちらりとシィを見てみる。
シィの目に恐れはなく、じっとエンさんの方を見据えていた。
シィのその様子を見て、僕も怖がったはいけないと思い再びエンさんの方に視線を戻す。
「どうして僕達新人に頼んだんですか? 騎士団には僕達よりも長く勤めている人ばかりなのに」
「2人がそういった者達に匹敵する実力を持っていると私が思うからだ。それにここ数年の間に入った者には全く実践経験がない者達も多いからな」
「ここ数年では、危険な魔物が多く発生した事は無かったんですよね」
「ああ、そうだ。もちろん私が魔物と闘う実力を持つと信じている他の騎士たちにも声はかけるつもりだ」
...僕達の実力は間違いなくエンさんや他の騎士よりも劣っている。それはあのローブの魔物と戦った時に分かってしまったことだ。
それでも僕達に頼んでくれたという事は、エンさんが僕達のことを期待してくれているからなのだろう。この街を護ることが出来る騎士になれると。
「これは強制じゃない。だから断ってくれても...」
「私はやるわ」
エンさんの言葉を遮るようにシィが答えた。
「この街の人たちがよりいっそう平和に暮らせるなら、私は喜んで作戦に参加するわよ」
「シィ...ありがとう」
シィに続いて、僕も自分の意思を伝える。
「僕も参加します。僕に魔物と戦う力があるならば、それは街の人たちのために使いたいです」
「ミルも、ありがとう...」
エンさんは僕達2人の顔を交互に見ると、笑顔で言う。
「うん。2人とも騎士になって直ぐの時よりも成長した顔をしているな」
「そりゃ当然よ」
シィが自信ありげに言った。
「ふふ、やはり頼もしいぞ。それじゃあ、明日の8時半に城の会議室に来てくれ、当日の話を詳しくするからな」
「はい、分かりました」
「オムレツ、グラタン、ハンバーグ、お持ちしましたー」
そうして僕達の話が終わったところで、注文した料理がやって来た。
「さて、それじゃあ冷めてしまう前に食べるとしようか」
「「「いただきます!」」」
僕達3人は同時にそう言って、それぞれの昼食を食べ始めた。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「そういえばミルはまだ自分の家が無いんだったな」
食事を終えたところでエンさんが声をかけてきた。
「はい、そうです」
そろそろリースの世話になり続けるのも悪いし、探さなくてはと思ってはいるんだけどね...。
「それならちょうどいい所があるぞ」
「え、本当ですか?」
僕はその言葉に食いついた。
「この街でいくつかの家を管理している者がいるんだが、管理している家が今半分近く空き家で誰か住んでくれそうな人がいないかと探しているんだ」
「つまり、借家ですか」
「ああ。だが家の中の設備や家具は自由に使っていいとのことだし、今は1人でも多く住んでくれる人が欲しいから家賃も普段より安いそうだ」
「えっと、それはちゃんとした家ですよね?」
「ああ、そこは心配ない。私も見たがしっかりとした二階建ての家だったし、管理人も知り合いだからな」
詐欺の心配はなさそうだし、向こうも困っているのなら、お互いが助かることになるから結構良さそうな話だな。特に断る理由もないしね。
「僕もその条件ならぜひ住みたいです」
「そうか、なら私の方から管理人には話をつけておく。また明日、会議が終わってから家には案内するよ」
「はい、ありがとうございます」
僕は頭を下げてお礼を言う。まさかこんなに簡単に家が見つかるとは...、顔の広いエンさんと知り合いで良かった。
「さて、それじゃあそろそろ私は城に戻るとしよう。 2人もまだ仕事だろう?」
「はい。シィ、僕達もそろそろ戻ろうか」
「そうね、もうすぐ1時を過ぎるし」
僕らは席を立つと、それぞれが注文したものの代金をウエイターに渡して店を出た。
「それじゃあ、2人ともまたな」
「ええ、じゃあねエン姉」
「はい、さようなら」
僕とシィは城に戻るエンさんに別れの挨拶をした。
「さて、それじゃあ私たちもパトロールを再開しましょ!」
「うん!」
そして僕達も再び街を歩き始めるのだった。




