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セイヴァー・レコード 〜とある守護騎士の記録〜  作者: パスロマン
一章 ストファーレ/生まれ変わった身体
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14話 『氷柱の少女』

「!!」


 既に帰り道の方を向いていた僕とシィはその声を聞き、驚いて振り返る。

 先ほどまで豚の魔物たちがいたところの50mほど後方に、明らかに先の3匹とは異なるシルエットがこちらを向いて立っていた。

 遠いうえに黒いローブを纏っていて姿はよく分からないが、頭部は緑色をしており人間でないことは間違いなかった。

 完全に気づかれておりさらにこの距離のため、迂闊に動けないと思った僕はとりあえずどのように対処するかを二人に相談しようと考えた。


 が、魔物はそんな時間すらも与えてはくれない。


 魔物は左手でローブから魔道書を取り出すと、右手を僕達の方へ突き出す。

 次の瞬間、奴の手元に巨大な黒い火炎弾が発現し、僕達に向かって放たれた。


「2人共、私の後ろへ下がれ!」

 

 その火の玉に素早く反応し、エンさんが僕達を庇うように前に出た。恐らく僕とシィには防ぎきれないと思ったんだろう。実際、黒い火炎弾は僕が過去に見た黒騎士の火の玉の数倍はあろう大きさであった。


 前に出たエンさんは両手で剣を構えると、その刀身に真紅の炎を纏わせた。この炎がエンさんの使う魔法なんだろう。

 充分な量の炎を纏わせたところで、エンさんは炎を纏った剣を黒い火炎弾に振り下ろそうとした。


 しかしそれと同時に、僕とシィのはるか背後から僕達に向かって巨大な氷柱が飛んで来ていた。火炎弾よりもはるかに早いスピードで。


 僕はその氷柱が僕とシィを通り過ぎたところでようやくそれに気づいた。もう間に合わないかもしれないが僕は慌てて叫んだ。


「エンさん、後ろからも来てます!」

「何!?」

 

 僕の声を聞いたエンさんは驚いてチラリと後ろを見た。氷柱は既にエンさんのすぐ近くにまで迫っていた。


 氷柱はそのままエンさんに直撃...することはなく、なんとエンさんのことも素通りすると、先ほどの魔物が放った火炎弾と衝突した。

 巨大な氷柱と火炎弾は相殺され、やがてどちらも完全に消滅する。


 突然の出来事に僕とシィ、そしてローブを纏った魔物が呆気にとられる中、エンさんだけは既に次の行動に転じていた。

 炎を纏った剣を魔物に向かって大きく横に一振りして魔法名を叫ぶ。


「『強襲の炎(アサルト・フレイム)』!」


 炎は三日月状になりながら魔物へ向かって飛んでゆく。

 先ほど魔法を放ったばかりで咄嗟の防御をとることができなかった魔物は、エンさんが放った炎を防ぐ術もなく、炎が直撃すると同時に大きく炎上した。

 最初は激しく苦しんでいたが、やがて動かなくなり豚の魔物たちと同じようにローブを纏った魔物も黒い霧となって消滅した。


「今の魔物もさっきの豚の魔物の仲間でしょうか」


 僕は戦闘を終えて剣を鞘にしまうエンさんに話しかける。


「おそらくな。それにしても魔法を使う魔物まで現れるとは......いったい何が起こっているんだ」


  エンさんは深刻な顔でそう答えた。やはりこのあたりでこのような魔物が出ることはかなり異常なことなんだろう。


「ところで2人とも、さっきの氷柱の主がやって来たみたいよ」


  魔物出現の理由を考えていたエンさんと僕に対して、シィが後ろを指差しながらそう言ってきた。僕はシィが指差した方向を向く。

  シィが『氷柱の主』といった相手は僕達のすぐ近くまで歩いてきていた。

 その相手は僕やシィとほとんど同じ年齢のように見える長い青い髪をした少女であった。僕は驚いて少女に駆け寄って話しかける。


「君がさっきの氷柱を放ったのか?」

「...うん、そう」

「そうか、ありがとうな、助けてくれて。僕はミル。僕達はこの近くの街の魔法騎士団なんだ」

「魔法騎士団...」


 とりあえず僕は自分たちのことについて話す。まずはこちらから正体を伝えておかなくては怪しまれるかもしれないと思ったからだ。


「えっと、君は旅人だよね? 見たところ何かの仕事の最中には見えないし」


 少女の服装は軽そうな布のシャツとスカート、それにマントを羽織っているという僕の元の世界での魔法使いのイメージにピッタリ合うものであった。


「...うん、そう。私、旅してる。でもこの森で迷ってた」


 なんだろう、この人眠いのかな? それとも普段からこの口調なのだろうか。


「もし良かったら森の出口まで案内するよ。僕達もちょうど帰るところだからさ」


 僕は少女にそう言ってから、振り向いてエンさんとシィに聞く。


「ということなんですけど、森を出るまでこの人も一緒に行っていいですか?」

「ああ、私は構わないぞ。助けてもらったし断る理由もないからな」

「シィもいい?」

「ええ、別にいいわよ」


 僕はもう一度少女の方を振り返る。


「てことでこっちは大丈夫だけどどうかな?」

「...うん、私も早く森を抜けたかったから。ありがとうミル...と後ろの2人」


 少女のその言葉を聞いてシィが言い返す。


「後ろの2人じゃないわ、私はシィよ」


 その声を聞いて少女も返答する。


「...シィか。うん、分かった。...そっちの人は?」


 少女は続けてエンさんに問いかけた。


「私はエンだ。一様この2人と同じ魔法騎士団で団長をしている」

「...ふぅん、よろしく、エン」


 2人がそう自己紹介したところで僕も少女に聞いておく。


「そういえば、君の名前は?」

「...私はスノウ。『スノウ・インヴェルノ』」

「スノウか、改めてよろしく」

「...うん、よろしく」


 ✱✱✱✱✱✱✱✱


「スノウは森を抜けたらどこへ行くつもりなんだ?」


 僕は森の出口へ歩いている途中、隣を歩いているスノウにそう聞いた。一緒に歩いているのに特に会話が無いのは嫌だったので話題作りのためだ。


「...ストファーレ。確かこの近くだったはず」

「ストファーレ!?」

「...ん、どうかしたの?」


 スノウがきょとんとした顔をする。


「私達はそのストファーレの街の騎士団よ」


 前方を歩いていたシィが、僕達の会話を聞いて振り返りながら答えた。


「...そっか。じゃあ、みんなについていけば、ストファーレに着くんだ」

「まぁそういうことだな、ストファーレに何の用事なんだ?」

  「近々、騎士団の入団テストがあるみたいだから、それに出るため」


 あれ、その入団テストって...。


「スノウ、すまないが入団テストは昨日だったんだ」


 シィと同じく、僕達の前を歩いていたエンさんが振り返ってそう告げた。

 つまり、騎士団長直々にスノウにとって衝撃の事実が話されたということだ。

 が、スノウはそれを聞いても特に表情を変えることもなく、いつも通りの眠そうな顔のままであった。


「...ああ、そうだったんだ。迷ってたから遅れたのかな」

「君の予定がもう終わっちゃってるけど、どうする? このままストファーレに向かう?」


 僕は立ち止まり、一応スノウに聞いてみる。目的が無くなったのならスノウはこのままストファーレ方面の出口に向かわず、元の方向に戻ろうと考えているかもしれないからだ。


「...うん、別に街に戻ってもやることないし。それにちゃんと帰れるか分からない」


 ちゃんと帰れるか分からないって結構重要な問題な気もするけど、ここはスノウの動じないスキルを見習ってスルーしておく。

 まぁ後々街で地図とかを見せてあげればいいからね。


「分かった、とりあえずはこのままストファーレに向かおう」


 そう言って前を向くとエンさんとシィが立ち止まって僕達を待っていた。僕がさっき歩くのを止めたからだろう。


「で、どこ行くかは決まったの?」

「ああ、とりあえずこのままストファーレに行くってさ」

「なら、行くわよ」


 そう言うとシィは前方を振り返り歩き始める。僕とスノウ、そしてエンさんもそれについていくように再び歩き始める。



 

「そういえばスノウ、あんたどうしてわざわざ遠くからストファーレの騎士になりたかったの?」


 歩きながらシィがスノウに聞いた。

 スノウは淡々と理由を話し始める。


「....数年前、私達が住む街が魔物に襲われたことがあった。その時に助けてくれたのがたまたま近くを遠征していたストファーレの騎士団。その姿を小さいときに見たから私は騎士に憧れた」

「憧れ、ね...」


 その言葉に何か思うところがあるのか、シィはうつむきながら返事をした。


「まぁ、あれほどの魔法が使えるならきっと合格出来るよ。僕でさえ出来たんだからさ」

「...そうかな?」

「そうだよ、また来年頑張ればいいじゃないか」


「...――――」


 その時、スノウはとても小さな声で何か呟いたようだったが、残念ながら風によってざわめいた森の音のせいで上手く聞き取ることは出来なかった。


 僕がスノウに聞き返そうとしたところで、先を歩いていたエンさんが僕達に呼びかけた。


「三人とも、ほら、森の出口に着いたぞ」


 その声を聞いてシィとスノウはエンさんの方へ駆け出した。

 スノウに聞きそびれてしまったが、特に様子も変わってないし別にいいか。


「ほらミル、あんたも早く!」


 シィが森の出口で未だ森の中にいた僕に向かってそう言った。


「うん!」


 僕は先ほどの二人のように三人の待つ森の出口へと駆け出した。

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