13話 『森の魔物』
「ふぅ、ごちそうさま」
ベンチに座りながら、シィはバスケットの中に残っていたサンドイッチを食べ終わって満足そうな顔をした。
エンさんがちらりと公園内の時計を見たので、つられて僕も時計を見る。午後1時過ぎ頃であった。
「よし、全員昼食はとり終わったし、そろそろパトロールを再開しようか」
「分かりました」
「ええ、いいわよ」
エンさんがそう言ったので、僕とシィは返事をして立ち上がった。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「そういえば、自分たちが昼食を食べている間、街は大丈夫なんでしょうか」
再び街を歩きながら、僕はエンさんにそう聞いた。
いくらパトロールをしていても、休憩時間に犯罪が起こってしまったら本末転倒だと思ったからだ。
「ああ、それなら心配ないぞ。お昼は城の警備をしていた騎士たちも昼食を食べに街へやって来るからな。街を徘徊している騎士の数はむしろ増えることになる」
なるほどと思っていると、シィが口を挟んだ。
「ま、私が盗っ人ならわざわざ昼に行動は起こさず、夜になってから動き始めるでしょうけどね」
その話を聞いて、エンさんは答える。
「その心配もないぞシィ。夜は私達とは違う団体が街を見回っているからな」
「魔法騎士団の他に街を護っている団体があるんですか?」
「ああ。ただ、城に仕えている団体なのだが、基本的に夜に活動しているし、昼間は一般の市民に紛れ込んでいる団員も多いから私も団員全員は把握出来ていないんだがな」
僕の元の世界でも警察の他に裏で国を護ってる人もいたみたいだし、そういった組織なんだろうな。
「だが、いくらそのような団体があるとはいえ、表立って街を護るのは、私達魔法騎士団だ、2人ともそのことを忘れてはいけないぞ」
「ええ、もちろんですよ」
「分かってるわ」
エンさんの言う通りだ。街を護る団体が2つあるのはお互いがお互いのできないことをするためだろう。
向こうが夜間の隠密活動に長けるならば、こちらはこうして明るいうちに街を護ることが大切なんだ。
「騎士様ー、大変ですー!!」
僕がそんな考えを頭に浮かべていると、突然前方から2人の男性が僕達の方へ走り寄ってきた。
「どうしたんだ2人とも、そんなに慌てて!?」
走り寄ってきた男達にエンさんが問いかける。
男の人たちは僕達のすぐ前で止まると、荒い息づかいのまま答えた。
「魔物です! 魔物が現れたんです!」
「魔物だと!? 詳しく聞かせてくれないか?」
エンさんが聞き返すと、男達は胸に手を当てて呼吸を整えてから再び話し始める。
「は、はい、私達はこの街から少し離れた『ブライト森林』の牧場で働いています。今日もいつものようにそこで働いていたのですが、突然森の奥から3びきの魔物が現れたんです。そいつらはブタみたいな頭をしたくせに2本足で歩いていて、しかも凄くデカかったです」
魔物...。リースが言うにはこのあたりにはそんなに凶暴な奴はいないはずだけど...。
「それで、その魔物達はどこへ?」
エンさんは続けて聞く。もし危険な奴ならば一刻も早く向かわなくてはいけないからだ。
「分かりません。そいつらが家畜を食い始めた途端怖くなって逃げてきてしまったので。ただまだ遠くには行ってないと思います。そんなに足が速そうな体格してなかったですし」
「分かった...。ミル、シィ、初めてのパトロールの日に悪いが、今から私達はこの魔物を倒しにいかなくてはならない」
エンさんは僕達にそう伝える。まさか1日目からこんなことになってしまうとは...。正直僕は不安だった。
「分かってるわよエン姉。そんな奴ら、とっとと倒しに行きましょう!」
不安な僕とは対照的に、シィは元気よく返事をしていた。僕と同じで魔物と戦うのは初めてなのだと思うけど、ここは度胸の違いだろうか。
「頼もしいなシィ。頼りにしているぞ。ミルもしっかり心の準備をしておけ」
「は、はい!」
元気よく答えたはいいものの、僕はまだ完全に不安を拭いきれてはいなかった。
それでも、さっきシィのことを支えると誓ったんだ、頑張らなくてはいけない。
「よし、ブライト森林なら場所は分かる。2人とも、私についてこい!」
「はい!」
「ええ!」
エンさんの声を合図に、僕達は門を抜け、街の外へと駆け出した。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「ここがブライト森林ですか」
エンさんに案内されてたどり着いた森は、僕がリースと共に行った森などとは違って果樹はあまり実っていなかった。
その代わり動物たちが食べるのであろう、硬そうな殻に包まれた木の実などが地面に転がっていた。
「よし、それじゃあ中に入るぞ。2人とも心の準備はいいな」
そう言ってエンさんが森の中へ入っていくと、それに続いてシィも歩いていく。
ここまで来たし、もう引き返せないな。
僕も覚悟を決め、森の中へ入っていく。
森を少し進むと、先ほどの男達が働いていたと思われる牧場が見えた。
牧場の柵は壊され、中には牛や豚の1頭もいなかった。逃げたものもいるかもしれないが、おそらく一匹残らず食べられてしまっただろう。
その証拠に壊された柵の中には無残に食い散らかされた肉片が散らばっていた。
「これは酷いな...」
この光景を見たエンさんがそう漏らした。
シィも直接口には出さなかったが、牛たちの無残な姿に絶句しているようだった。
こんなことをしたということは魔物はかなり危険な奴らのようだ。
僕は気を引き締め直し、2人と一緒にさらに奥へ進む。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「 2人とも静かに...!」
森を進んでいると、何かに気づいた様子のエンさんが小声で僕達にそう呼びかける。
エンさんは音を立てないようにしながらそっと耳をすませた。僕とシィも何か聞こえないかと、同じように耳をすませる。
ザッ、ザッ......
少し離れた所のようだが、何かが草木を踏みながら歩いている音が聞こえる。
僕達は音を立てないようにゆっくりと歩きつつ、音の元が何なのかを確かめるために音の方へ近づいていく。
そうして森の中を歩いていると、僕達は開けた一本道に出る。そして、そんな見通しの良い道に出たことで音の正体をハッキリと見ることが出来た。
僕達の前方30メートル程先を並んで歩く3匹の獣。後ろ姿なのでよく分からないが、そいつらの頭部は豚のようで、後ろ足二本で立ち、右手には木の棍棒を持っていた。身長は2メートルってとこだろう。
奴らが僕達に気づいている様子はない。
僕は小声でエンさんに話しかける。
「魔物たち、気づいていないようですけどどうしますか?」
エンさんはすぐに答える。
「ああ、気づかれていないに越したことは無い。後ろから忍び寄って確実に仕留めるぞ。牧場を襲った魔物相手に正当に戦う必要はないからな」
シィも賛成する。
「そうね、早いとこぶった切ってやるわ」
その発言に僕はちょっと気になるところがあったので、つい聞き返す。
「えっとシィ、それは『豚だけに』みたいな感じなの?」
僕がそう茶化すと、シィは小声のまま慌てた様子で返す。
「い、今のは言葉のあやよ...」
まぁ流石にシィもこんな所で、シャレを言ったりしないか。となると反応してしまった僕に落ち度がある訳だけど...。
「2人とも、気持ちは少し落ち着いたみたいだな」
僕達のその様子を見て、エンさんが安心したように言う。
僕とシィはエンさんに頷き返し、準備万端であることを示した。
いくら気づかれていないとはいえ、相手は牛たちを食い荒らすような危険な魔物だ。気を引き締めていこう。
僕達はゆっくりと距離を詰めていく。
豚の魔物たちとの距離が10メートル程になったところでエンさんが合図する。
「よし、いくぞ!」
その声を合図に僕達はいっせいに駆け出す。
左をシィ、右をエンさん、真ん中を僕が倒す手筈だった。
流石の魔物たちも、僕達の足音を聞いて慌てて振り向いた。...だが、もう遅い。
エンさんは腰の剣を抜くと、魔物が棍棒でガードするよりも先に、魔物の胴を切り裂いた。これで1体目。
少し遅れてシィが二刀流で魔物に切りかかる。左手の剣による一撃目は棍棒によって防がれたものの、右手の剣が魔物の首を跳ねた。これで2体目。
そして3体目は、僕の目の前で棍棒を盾にして僕の拳を防ごうとしている。
もう魔法の発動条件は分かっていた。
『大切な人たち』のために力を使うこと。これに間違いやかった。
豚の魔物がこの森を抜ければまた多くの人や動物が被害に合うだろう。
だから僕はここでこの魔物を倒す。こいつによってシィやエンさん、そして街の人たちが傷つけられないようにするために!
「うおおおお!!」
僕は魔物の棍棒に思い切り拳を打ち付けた。
結果はもう分かっている。
僕の拳は棍棒をたやすく粉砕し、勢いを弱めることなく豚の魔物の太った腹にその拳を叩き込んだ。
「ウガァァァァァ!」
魔物は叫びながら後ろへ吹っ飛ばされる。
体の内部を破壊した手応えはあった。おそらくもう立ち上がれないだろう。
僕の予想通り、豚の魔物が再び起き上がることはなく、3匹同時に黒い霧となって消滅した。
「あ、あんた、あの巨体を吹っ飛ばすってどんな怪力してんのよ!」
驚いたようにシィが僕の方へ駆け寄ってきた。
僕はとりあえず簡単に説明する。
「これが僕の魔法なんだ。誰かを護るために使える力。僕もよく分からないけど、多分自分の身体能力を向上させるんだと思う」
シィはもの珍しそうな目で僕のことを見て言う。
「身体能力向上...。聞いたこともないわね」
うーん、エンさんも知らないって言ってたし、やっぱり珍しいものなのかなぁ。
「そういえば、これで僕の実力を認めてくれたかな?」
「え、えーっと。まぁ、今ので6割くらいかしらね。」
6割か。まぁ少しずつ信用してもらえるんだと考えればいいかな。
「それじゃ帰るわよ。森は虫が多くて嫌になるわ」
シィがそう言って、森の入口の方へ歩き出す。
僕も長居は無用かと思い、シィの方を向いて後をついて行こうとした。
しかしその時、エンさんが叫んだ。
「まて、2人共! もう一体いるぞ!」




