12話 『シィの過去とミルの誓い』
太陽もほぼ真上にまで上り、多くの人で賑わっている街の中で僕達はパトロールを続けていた。
時刻は正午前ってところだろうか、そろそろお腹が空いてきたな。
それにしても...
「騎士さーん、こんにちはー!」
「そっちの2人は新人さんよねぇ? お仕事頑張ってね」
「いやー、朝から元気にパトロールとは若者の体は羨ましいのぉ。頑張りなさい」
騎士って老若男女問わず誰からも声をかけられるんだな......。今までにこんなに多くの人から挨拶されたことなんて無かったから僕は圧倒されてしまい、大きな声で返事をする事が出来なかった。
エンさんは街のほとんどの人と顔見知りのようで、通りすがりに声をかけてくれた人全員にキチンと手を振って返事をしている。やっぱりすごく慕われているんだろうなぁ。
一方でシィは街の人に挨拶をされてもあまり返事をすることは無かった。僕と同じく、多くの人に話しかけられることに慣れていないのかもしれない。
まぁ挨拶をされるのはいいんだ。相手がたくさんだと驚きはするけど、困るようなことではないからね。
困るのは、僕とシィが騎士としては珍しい男女ペアなのが原因だと思うけど、いかにも噂話とかが好きそうなおばさんたちが僕とシィに、
「2人はお互いのことどう思ってるの?」
「もしかして付き合ってたりするの?」
みたいな事を聞いてくることだ。
その時は流石の僕達も大きな声で揃って、
「そ、そういう関係ではないですから!」
と答えなくてはいけない。
あと、こういう質問をされた時はたいてい僕達の後ろでエンさんが笑ってた。こんな時は笑ってないで助けて下さいよ...。
そんな感じで、まだあまり街の人との交流を深められた気はしなかった。
それでも、街でいろんな人と話したりすることは慣れれば楽しいはずなので、早く馴染みたいなぁと僕は思う。
✱✱✱✱✱✱✱✱
正午を回ったころ、パトロール中であった僕の背後から僕のことを呼ぶ声が聞こえた。
「ミルさーん」
僕の名前が呼ばれたからか、僕だけでなく前を歩いていたシィとエンさんも振り向いて声の主の方を見た。
「リース、昼食を持ってきてくれたのか?」
バスケットを持ちながら小走りでこちらへ向かってくるリースに、僕はそう聞いた。
「はい、約束のサンドイッチです。多めに作ったので他の騎士の方たちと一緒にいただいて下さい」
リースは僕の前で止まりそう言うと、手に持ったバスケットを僕に手渡した。
「ああ、分かったよ。ありがとう」
そう言ってから、僕はせっかくなのでエンさんとシィにリースのことを紹介しておこうと思い、リースを後ろの2人と向かい合わせた。
「エンさん、シィ、この子が僕の推薦状を書いてくれた街の人です」
「リ、リースです。は、はじめまして」
僕がそう紹介するとリースは緊張した様子でお辞儀をした。
「騎士団長のエンだ。リース、確かにこうやって面と向かって話すのは初めてだが、私は何度も街で君のことを見かけているから本当のはじめましてではないな」
リースの様子を見たエンさんが笑顔で言うと、リースは顔を上げた。
エンさんは話を続ける。
「それに君のおかげでミルという期待の新人が騎士団に入団してくれたんだ。お礼を言いたいのはこちらの方だよ」
「い、いえ、私はただミルさんへの恩返しがしたかっただけです。...でも、少しでもお役に立てたなら光栄です!」
リースとエンさんは会話を終えると握手を交わしていた。
その話話の種である僕はというと、エンさんの言葉が結構恥ずかしくて顔を赤くしていた。そうして僕がうつむいていると、シィもリースの前に出て話し始める。
「紹介の時に見てたかもしれないけど、私はシィ・エスターテよ。一応ミルとは騎士の仕事ではペアということになってるわ」
「はじめましてシィさん。なるほど、おふたりで一緒に活動しているんですね。皆さんありがとうございます、この街のために頑張っていただいて」
リースはそう言うと僕とシィ、そしてエンさんに向かって頭を下げようとする。その様子を見て、シィが慌てて静止させる。
「頭を上げてリース。私が騎士になったのには私個人の理由もあったわけだし...。あ、でももちろんこの街のことはしっかり護って見せるわ。...そう、絶対にね」
シィは強い口調でそう言った。まるで何か強い決心があるように。
その口調は、過去にシィやその姉に何かがあったのではないかという僕の考えを静かに確信へと変えた。
しかし、今はリースもいるし、そもそもこんな街中で聞くことではない。まずシィも話したくないことかもしれないので、ここで聞くのはやはり止めておく。
ちょっと暗い感じになってしまったので、僕は少しでも雰囲気を明るくしようとする。
「そ、そういえば2人は歳も近いけど、これまでに面識はないの?」
シィとリースはなぜそんなことを話すのかと一瞬不思議そうにしていたが、すぐに会話を再開した。
「私は5年前からこの街を出ているし、それまでなら会っていたかもしれないけど...」
「5年前だったら、忘れてしまっているかもしれませんね」
「そうね...」
話はそこで止まってしまった。
うーん、思いのほか話題が弾まなかったか。
なんか他に話題は無いものかと考えていると、僕のお腹がぐぅと鳴った。
「あ、せっかくリースが作ってくれたので、そろそろサンドイッチ食べませんか?」
僕は誤魔化しながらエンさんに聞いてみる。
「ああそうだな。そろそろお昼にしようか」
「そうですね。あ、リースはどうする?ご飯はもう食べたの?」
「はい、私はもうお昼は食べたのでサンドイッチは皆さんでいただいて下さい」
「そうか。ありがとう、わざわざ作ってくれて」
「いえいえ、では私はこれで」
そう言うとリースは家の方へ帰っていった。
「それじゃあ公園にでも行きましょうか。屋根のついたところがあったはずなので」
僕がそう提案すると、シィは腕を組みながら言う。
「悪いけど私は少し用があるから。先に公園で食べてて」
シィがそう言ったので、僕とエンさんは先に公園に向かうことにした。
まぁサンドイッチを残しておけばいいだけのことだしね。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「ふぅ、ごちそうさまでした」
日陰にある公園のベンチの上に座りながら、僕とエンさんはシィの分を残して昼食のサンドイッチを完食した。
「ごちそうさま。ミル、後でリースにお礼を言っておいてくれないか?」
「はい、伝えておきます」
エンさんもリースのサンドイッチに満足してくれたようだ。リースもそれを聞けばきっと喜ぶだろうな。
「それにしてもシィはどこに行ったんでしょうか?」
僕はなんとなく気になってエンさんに聞いてみた。だいたいシィと別れてから20分ほどたったしもう戻って来てもいい頃だと思ったからだ。
エンさんに聞いたのは2人は昔からの知り合いと言っていたので何が知っているのではないかと考えてのことだ。
「シィは...、きっとお墓だろうな」
「お墓ですか...」
前々からシィは身内の誰かを失ったような素振りを見せていたが、恐らくそれに関係しているのだろう。
「ああ、彼女の姉の物だ」
案の定、僕の考えは的中していた。
姉...。
『あの人のようにはならない』...。
なんとなくどういうことなのかの予想はついてしまう。
「彼女の姉は私の同期だった。だから私は妹であるシィのことも知っていたんだ。そして姉が亡くなったことは私にも原因がある...」
「......」
僕は何も答えられなかった。
今、僕がエンさんのことを励ましたとしても、そんな簡単に解決するようなことではないと思ったからだ。
「...すまない、君にこんな話をしてしまって。ただ、パートナーのことだしいつかは伝えておこうと思ってはいたんだ」
「いえ、構いませんよ。僕もシィの過去に何かあったことには気づいていましたし、きちんと知りたかったですから」
実際、シィ本人に聞いてもこのことをちゃんと教えてくれるかは分からなかった。そのことを知れたのは素直に良かったと思う。
「そうか。...ならば1つ頼みをしてもいいだろうか」
「...なんですか?」
今の話の中で、僕に何か出来ることがあっただろうか。
「シィの事を少しでも支えてあげて欲しいんだ」
「僕が...ですか?」
僕は驚いた。パートナーになってから間もない自分よりも、前からシィのことを知っているエンさんの方がシィを支えられるはずだと思ったからだ。
「ああ。シィがミルのことを素直に認められていないのも、過去の事があるからだ。姉がいなくなってからずっと1人で剣術の修行もしてきたから誰かに頼ることに慣れていないんだと思う」
その言葉に僕は思うところがあった。
「大切な人を失って、他人に頼ることに慣れていない...か。はは、なんだか似てるなぁ...」
僕は小さな声で呟いた。
「うん? どうしたんだミル?」
「あ、いえ、別に何でもないですよ」
エンさんが不思議そうに聞いてきたので慌てて誤魔化す。
そうだ、やっぱり思っていたとおりだ。シィは似ている。だから僕はなんとなく彼女の悲しみを察したんだ。彼女程ではなくとも、その気持ちが分かったから。
「もちろん私も精一杯彼女の手助けをする。だが私は騎士団長でもある。常に彼女のそばにはいられない。だからこそペアである君の力を借りたいんだ。君なら年も近いし仕事のパートナーだから、きっと彼女も気兼ねなく話易いと思う。それに、長い間そばにいてあげることが出来る」
エンさんは「頼む...」と僕に言いながら僕に頭を下げた。これが上司からではなく、あくまでシィのことを思ってる者からの頼みであることの証だろう。
「エンさん、顔を上げて下さい」
僕は頭を下げたエンさんに向かってそう言った。
そして頭を上げて僕の顔を見たエンさんに自分の素直な気持ちを伝える。
「大丈夫ですよ。エンさんに言われなくても、僕もペアとして精一杯シィの事を支えるつもりでした。だから、心配しないで下さい」
エンさんの目を見て、柄にもなく真剣な気持ちで今の思いを言葉に変えた。
「ふふ、頼もしいな。ああ、もちろん君のことも私はしっかり支えていくつもりだから安心してくれ」
「はい、ありがとうございます」
僕達がシィについての会話を終えた頃、当のシィが戻ってきた。
「2人ともずいぶん仲が良さそうに話してたけど、なんかあったの?」
流石にシィの事について話してたとは言えないので、適当に誤魔化す。
「いや、ちょっとね。それよりも早くサンドイッチ食べた方がいいよ」
僕はそう言って、バスケットの中に残したサンドイッチをシィに渡す。
「ええ、貰うわ」
シィはそう言うと僕が渡したサンドイッチを受け取り、口に運ぶ。
「うん、美味しいわね」
シィは笑顔でそう言った。
「ってあんた、ど、どうして私の方を見てるのよ」
どうやら僕がシィの方を見ていることに気づいたようだ。
「ううん、何でもないよ。...大丈夫。シィはそうやって笑っててくれていいんだよ」
「え? どういうことよ」
「あ、気にしないで。後半は独り言だから」
「そ、そう」
そうだ、今の言葉はシィに伝えたかったものじゃない。ただ、僕が決心したかっただけだ。
僕が過去に支えきれなかった大切な人の二の舞にならないようにして、シィをずっと笑顔でいさせられるようにしよう、と。
今回は比較的重要な要素が多いです。
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