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いけにえ

「水沼さん、遅いですね」

と竜が言う。

「様子見てきましょうか?」

と聞くが、

「外はかなり危険だ、行くならわしが行く」

と言って林治が外に出て行った。

しばらくして、息を切らした林治が戻って来た。

「はあ、はあ、まずいぞ!竜、来い!」


竜と林治、漁太も一応ついてきた。

看板の上は波と氷、吹き荒れる風で凄まじいことになっていた。

「水沼さん!」

そこには水沼が看板の上に無防備に横たわっていた。

「流されちゃう!」

漁太も叫んだが、

「お前は絶対近づくな!」

と竜に言われ、手すりにしがみつき、2人の作業を見守るしかなかった。

どうにか波に揺られながらも、水沼のもとにたどり着き、2人は頭と足を持って、運びこもうとした。

ぐったりしている水沼はかなりの重さである。

そして急いで戻ろうとしたその時であった。

ドバアアアアアン……

漁太はその光景を目の当たりにした。

波が看板を襲ったのである。


その場にいたはずの3人がいない。

「うわああああああっ」

漁太は無意識のうちに声を張り上げていた。

みんな波に飲まれたのか?

すると、看板のギリギリのところで竜が手すりをつかんで投げ出されるのをなんとかこらえていた。

苦悶の表情は浮かべているが、海に投げ出されずに済んだ。

「漁太ーっ、大丈夫かーーっ!」

竜が叫び、漁太も返事をした。

「ダイジョブです!」

しかし、林治と水沼の姿が見えない。


林治は上を見上げていた。

そこにはあるはずのない船がある。

どうやら自分は落ちたらしい。

(死ぬのか……)

一瞬にしてそれを悟った。

今まで30年近くこの海で働いていたが、この経験は初めてだった。

よぎったのは新しく入って来た船員のメンバーたち。

(自分は入れ替わりで死ぬのか……これで満足か?)

波間でプカプカと揺れる。

みるみる体が動かなくなるのを感じる。

シュっと浮輪が投げられた。

「林治さん!」

上から声がする。

(くそうっ)

そう思い、浮輪に近づこうとしたが、全く体が動かない。

浮輪はあと数メーター先だ。

(ダメだ!)

林治は心臓が今までにないほどに高鳴るのを感じた。

死神から逃れるために、体はできるすべての力を林治に与えた。

体が動き、浮輪に近づいていく。

そして、なんとか浮輪を手に取った。


看板の上に林治を引き上げることができた。

林治は寒さで震えていたが、

「死にたく……ねえ」

と泣きながらそうつぶやいた。

「すぐに部屋の中に!」

と言って2人で体の動かない林治を運び入れた。

船内は暖房が効いていないが、余熱で外よりははるかにましな状況である。

林治の服を脱がし、シャワーを浴びさせる。

そして、体を拭いて、救命衣に着替えさせた。

だが、竜は気づいた。

「……死んでる」

漁太ははっとした。

作業に夢中で気づかなかったが、そう言われて今一度林治を見た。

息をせず、体が固まっていた。


心肺蘇生を行うも、息を吹き返すことはなかった。

「くそおおおっ」

竜が呻きを漏らした。

船は水沼、林治の2人を失った。

漁太はパニックになるのを必死で抑えた。

できるのはそれだけであった。


2人のいけにえを海にささげたせいなのか、海は穏やかである。

竜が操作室に向かい、船長に報告した。

船長は無言で壁をたたいた。

「……」

それでも自分の中の怒りを抑えられず、何度も何度も壁をたたきつけた。

手の甲が血で染まり、ようやく、

「竜、一人にしてくれ」

と言った。

部屋を後にすると、後ろから源次の叫び声が聞こえた。


船室に2人、取り残された。

「これから、どうすんだろ」

と竜が言う。

漁太は、

「帰ろうよ……」

と力なく言った。

「そうだな、俺たちだけじゃ何もできないしな」

と言った。

何時間たっただろうか。

はっと目を覚ました。

吐く息が白い。

「竜さん!」

エアコンは冷媒が抜けたままであった。

「そういやっ、エアコンをまだ修理してねえっ」

慌てて二人で道具を持って、室外機に向かった。


波は穏やかなため、看板の上で作業できる。

「修理の仕方は分からないから、とにかく冷媒を充填しよう」

とバルブに冷媒の入ったタンクをつなげ、ゲージから補充する。

ゴゴゴゴと音がし、ゲージの圧力が回復していく。

「これでしのぐしかない」

すると、配管からプシューっと音がした。

「この穴か!」

と竜が言った。

「とにかく、ふさがないと」

しかし、どうやって塞げばいいのか、分からない。

「鉄か何か溶かして塞げればいいんだが、一旦材料置きに行ってみよう」

そこには、水沼が整理しているものの中に、エアコン修理、とラベルの貼ってあるカゴを見つけた。

「たぶんこれだ!」

と中から銅の棒とガスバーナーを見つけた。

そのセットとライターを取って、看板の上に戻り、穴をふさぐ作業に入った。

一旦エアコンを止めて、穴をふさぎ、またエアコンを始動し、ガスを入れていく。

どうにか部屋の温度は元に戻った。


船長の呼びかけで、3人は集まった。

「とにかく、こうなってはもうカニ漁は中止しなければならない。だが、ゴールドラッシュはもうあと数キロ先にいるはずだ。最後に助けに向かう」

そう言って、源次は操作部に戻っていった。




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