漁太の奮闘
船は更に北上し、次のポイントに向かう。
部屋で漁太は眠っていた。
もはやスマホのゲームをする気力はない。
さっきラインを確認したが、圏外な上に、友達の「残業だわ、マジでブラック」というワードを見た。
残業でブラック、そしたら寝ずに働くこの船は一体何色になるのだろうか。
時刻は深夜。
いつもなら8時まではぐっすり眠っていられるのに、もうあと数時間後には起きなければならない。
このほとんど睡眠がとれないというのが、眠らずに働くことになれない漁太にとっては最大の苦難であった。
スピーカーから声がする。
「ポイントだ、起きろ。設置するカゴは20」
漁太と竜が起き上がり、持ち場に移動する。
「これ食え」
竜が渡してくれたのは、フリスクの激辛だ。
普段このミントが苦手な漁太は食べなかったが、今回は眠気を覚ますため、もらうことにした。
口の中がスースーする感覚がし、辛さで目が多少なり冴えた。
看板に出た。
時刻は深夜2時、まさに暗黒世界だ。加えて、先ほどよりも波が荒い感じがする。
そして、寒さも増した。
「北極に近づくほど、寒さはえぐくなるぜ。まあ目は覚めるけどさ」
竜がそう言って、カゴに上り始めた。
林治と漁太で持ち場に着く。
カゴの投入が開始された。
今回は漁太がタイミングを計ってカゴを入れる。
前回のリベンジと思い、渾身の力を込めた漁太は、無事にカゴを海に投げ入れることができた。
作業は順調に進むも、問題は漁太の体力だ。
もうクタクタで、眠気によって動きが鈍っている。
(しんど……)
マラソン大会ほど体力は消耗しないものの、エサを取って、カゴに入り、出て投げ入れ、と途切れることなく作業が進む。
唯一の救いは、投げ入れるカゴが一度に20まで、というゴール地点が定まっているところだ。
もしこれが、設置数50などと言われた日には恐らく死ねるだろう。
漁太は、ゴールドラッシュ号を見たときの、船長の「しんどい」という言葉を理解した。
「ラストだ!」
林治の言葉で、どうにか体を起こして、カゴにエサをくくる。
そして、それを投げ入れた。
船に戻って休憩する。
漁太はすかさず眠りについた。
前回よりもスピードはアップし、3時間で20個のカゴを投げ入れることができた。
漁太が足を引っ張っていることに変わりはないが……
あっという間に時間が過ぎ、最初のポイントに戻って来た。
ブイを引き上げ、ロープを巻き取る。
そして、クレーンで持ち上げ、仕分け場の上まで運ぶ。
「今回は期待してるぜ」
竜がカゴのヒモを引くと、ドサッとさっきより明らかに多いカニが取れていた。
「やった!」
漁太が叫んだ。
取れたカニは10匹。
「いいんじゃね?平均値だ!」
すべてのカゴを引き上げた。
結果、150匹。
「まずまずだな!」
と3人でハイタッチをする。
これだけでも売り上げは75万円だ。
操作室で源次が結果を受け取り、更に次のポイントを考える。
「カニの群れの真ん中をとらえつつある。今のラインの真ん中を軸に、今度は西から東にかけてカゴを設置してみるか」
そして船は再び移動する。
朝はとっくに訪れ、時刻は9時となっていた。
回収から2時間がたち、次の設置ポイントまで来た。
スピーカーで声が流れる。
「ポイントについたが、その前に飯だ」
みんなリビングに集まる。
飯の担当は水沼で、すでに用意されていた。
料理は冷凍の肉だが、やっぱり味付けがいい。
漁太は目を輝かせて食事にありついた。
こんなにうまいご飯があるのか!と、ご飯を3杯おかわりした。
体は筋肉痛で、動くたびに痛かったが、体力は戻っていた。
目も冴えている。
作業自体は完全な体力勝負であり、単調作業のため、初日よりキビキビと作業に当たれた。
それを見ていた林治は、
「……若さだな」
と一人つぶやいた。
20のカゴを設置。
そして、回収。
今回は160匹のカニを捕まえた。
東よりにカニが集中しており、一カゴに最大20匹のカニを捕まえることができていた。
これにより、源次はカニの群れを補足、ここからオイスター号の猛烈な追い上げが始まった。
そして、10日が経過した。
今日は結果発表の日だった。
「発表するぞ。10日で採れたカニの合計、1992匹」
あと一歩、ノルマには及ばなかったが、そこそこの数値である。
「新人がいるにも関わらずこの数値、俺はまあまあと見てる」
と源次が言った。
この10日間、漁太はとてつもなく苦しかった。
作業中はあまりにも辛く、林治にも怒られ、涙を何度も流した。
何度も船を下りたいと思ったが、海上に出てしまえばもう引き返すことはできない。
だが、ここまで来た。
地獄を10日間やり過ごしたのだ。
疲労はたまりにたまっていたが、体は仕事のサイクルに慣れ、まだやれる、という思いも多少なりあった。
「他の船の結果だが、ゴールドラッシュがダントツの4223匹、俺たちの船は10隻中4位だ、悪くはない。頑張ろう」
ゴールドラッシュ号は当たりの漁場を引いたのだ。
そして、積載されているカゴの力を存分に発揮したのだろう。
だが、その日、妙な無線をオイスター号が傍受することになった。
頑張れ漁太