戦場
(できるわけないだろっ)
漁太は高さのことが気にならないほど頭に血が上っていた。
それが功をそうし、降りてくることができた。
「竜、台車を持ってこい!」
今度は竜に指示を出し、船内に向かう。
それを見ていると、
「ぼさっとするな!一人ではもてん!」
と言われ、3人で船内に向かった。
材料置きに、カゴと同じくらいの面の大きさの台車があった。
林治がストッパーが効いているのを確認し、
「運ぶぞ」
と言い、3人で持ち上げ看板まで移動した。
さっきの持ち場にやって来ると、台車を置いた。
台車にはヒモが付いていて、それを船の杭に括り付けて、落ちないようにする。その作業を終え、竜が再びカゴに上る。
林治が漁太を見て、
「……」
と何か言いたげな視線をよこしたが、結局何も言わなかった。
それが逆に漁太を嫌な気持ちにさせる。
(なんなんだよ、言いたいことがあるなら言えよ!)
どす黒い負の感情が沸き上がる。
しかし、そんなことを考えているヒマもなく、カゴがやって来た。
そして、今度は林治が空中でカゴをつかみ、オーライオーライと手で合図を送りながら台車の上に乗せた。
「お前は支えてろ」
とだけ言い残し、林治はエサをつかんで、カゴの中に入った。
エサの設置が終わると、ストッパーを外して、海に投げ入れた。
ドボオオオオン、と着水する音がし、ようやく1つ目のカゴを入れることができた。
すでに20分が経過していた。
台車の支えがいるため、2つ同時作業ができなくなり、1つずつカゴを海に投げ入れていく。
数個投げ入れた時点で、漁太はもう頭が働かないほどにぼーっとしていた。
最初の作業で力を使い、その後カゴを支えるだけという単純な作業になってしまったためだ。
10個投げ入れたところで、スピーカーから声がした。
「一旦休憩だ」
結局、予定の半分のカゴを設置するに終わってしまった。
みんなでリビングに集まる。
水沼と源次は操作室で作戦会議中のため、この場にはいない。
「カゴを押して海に入れにゃあ、どうにもならん」
林治がため息をつきながら言った。
漁太がうつむく。
正直、漁太自身、ふがいなさを感じていた。
「カゴのヒモをほどく作業もできないと、ローテーションもできんぞ」
竜がそれに対し、フォローをする。
「カゴの投げ入れは多分タイミングが合ってないんで、漁太、お前が声を出して林治さんにタイミングを合わせてもらうようにしろ」
「はい……」
うつむきつつ返事をする。
「カゴに関しては慣れるしかないが、あんまり下は見るな。あと落ちたことを考えないようにしろ。作業手順を声に出したり、とにかく気を紛らわせるんだ。鼻歌歌ったっていい。んで、カゴは左右均等におろしてかないと船がぐらつくから、前を下したら反対、みたいにしてほどいていく。いいな?」
「分かりました」
漁太はすでに、この漁船に乗り込んだことを後悔し始めていた。
船内で2時間、引き上げ手順と、カニの仕分けの説明を受け、その後は休憩した。
船は最初のブイを投げ入れたポイントに引き返し、再度、作業がスタートする。
漁太は極寒の寒さから、暖かい船室に来たため、完全に眠気に襲われていた。
スピーカーから声がし、
「引き上げだ、みんな配置についてくれ」
と指示があったものの、その体は重かった。
(ああ、眠ってたい……)
再び、極寒の寒さに身を投じる。
「よっしゃ、どれくらい入ってるかな」
竜が気合を入れる。
船がブイのところまで来ると、竜がブイを棒で引き寄せ、林治と2人ですくい上げる。
そして、巻き上げ装置の車輪にブイのロープをくくり、ボタンを押し、巻き上げていく。
漁太はそのボタンを押す係になった。
ウイイイイン、と車輪がロープを巻き上げていく。
そして、船の側面に来ると、
「オッケーだ!ボタンを離せ」
と竜に言われ、漁太はボタンを離す。
次に、クレーンがカゴをつかみ、仕分け場と呼ばれるカニとそれ以外を分ける場所まで運ぶ。
「漁太、見とけよ。カニはこっちの船倉に落として、それ以外はこっちのカゴに入れていって、最後にクレーンで海に戻す」
「はい」
そして、中空にぶら下がってるカゴのヒモを引くと、一気に中身が出た。
「え……」
漁太は絶句した。
カニは入っていなかった。
「くそっ、外れか」
竜が思わず言った。
「良かったな」
林治がこちらを見ずに言った。
また何か嫌味を言われたのか、と思ったが、
「これで大量だったら、もっとカゴを入れといたら良かったって話だよ、たぶんここは外れの漁場だったから、逆にそこまでカゴを入れてなくてよかった」
とりあえず怒鳴られずに済み、漁太はほっとした。
カニのことよりそちらの方が気になっていたのだ。
使ったカゴを縛るため、今度は林治がカゴの持ち場に着き、竜と漁太で仕分け作業に入る。
ブイをつかみ、車輪に巻き込み、ボタンを押して引き上げる。
10個引き上げて結果は8匹。
惨敗であった。
船室で源次が腕を組んでいた。
最後のカゴに6匹のカニが入っていた事実。
「ケツはつかんだかもな、このまま北に進むか」
そう一人つぶやいた。