カニ漁開始
「起きろ」
竜の声で目を覚ました。
「今からエサの仕込みだ、行くぞ」
時刻は夜の8時。
もう始まるのか、と思いつつも漁太は厨房へ向かった。
厨房では適当なサイズのエサをひもで括り付ける作業が行われていた。
即座にカゴに結び付けれるようにするためである。
そのくくられたエサはカートに移され、そこから看板の上まで移動、囲いの中にばらまかれる。
その作業が2時間ほど行われ、仕込みは完全に終了。
いよいよカゴを海に落とす作業に入る。
漁太が厨房にいると、スピーカーから源次の声が響いた。
「ポイントに到着だ、みな持ち場についてくれ。設置するカゴの数は20だ」
みんな一斉に動き出す。
竜、林治、漁太が看板の上で作業、水沼がクレーンの操作、源次は操作部で指示出しである。
「頑張ろうぜ!」
と竜に背中をたたかれた。
船の上は暗闇、ゴオオという風の音、そして、凍えるような寒さである。
「モタモタするなよ!」
と林治がするどく漁太を睨む。
「は、はい!」
これから何が始まるのか、漁太にはイメージできていなかった。
とにかく、言われた通りカゴを受け取って、エサを括り付けて海に投げ入れる。
その言葉を頭の中で繰り返した。
(カゴを受け取る。エサをつけて、海に投げる……)
竜が積みあがっているカゴに足をかけ、上り始めた。
ゆらゆら揺れる中、カゴの端に移動し、ヒモをほどいていく。
当然ここで大きな波が来たら海に投げ出されるであろう。
下から見上げていた漁太は、足がすくむのを感じた。
「オッケー!」
と竜が声を張り、手で丸を作る。
その合図でクレーンが動いた。
「来るぞ!」
林治が漁太に促し、漁太も身構える。
ウイイイン、とクレーンが器用にカゴをキャッチし、持ち上げる。
そして、林治と漁太の間に運ぶ。
漁太が中空でキャッチしようと手を伸ばす。
その時、
「あんまり近づくな!」
と、怒鳴り声がし、ビクっとなって硬直する。
一歩下がると、カゴが地面に落ちる。
ドオオン、という轟音が響く。
漁太は怒鳴られ、一瞬パニックになった。
すぐに次の動作に移れない。
「ぼさっとするな!2つ目のカゴが来るぞ!」
慌てて反対側に移動するが、
「走るんじゃない!滑って落ちるぞ!」
とまたも怒鳴られる。
(怒鳴らなくてもいいだろっ)
漁太の中で、林治に対するかすかな反抗心が生まれた。
2つ目のカゴが看板の上に落ちる。
これで2つのカゴが設置された。
すかさず林治はエサの準備された囲いに移動し、漁太も見よう見まねで林治の後を追い、エサをつかんで、反対のカゴに来た。
しかし、ここからどうしたらいいのか分からない。
隣を見ると、何やら林治が中のブイを取り出している。
(ブイを出すのか)
それに気づき、フタを開けて、中に入っているブイを出した。
次に仰向けにカゴの中に入って、エサを結ぼうとする。
だがここでもどうやって結べばいいのか、具体的な作業が分からない。
横目で林治を見るも、すでに作業が終わってカゴから出てきた後だった。
(くそっ……)
漁太は焦るばかりで、手元がおぼつかない。
「外れなければ堅結びでもなんでもいい!」
林治が怒鳴ってくるが、余計にどうしたらいいのか分からない。
「代われ!」
林治がこちらに来てそう言った。
「できます!」
「いいから代われ!」
そう言われ、仕方なくカゴから出てくる。
「何もできんやつめ」
そう林治が言うのが聞こえた。
(初めてで、そんなに早くできるかよっ!)
漁太は林治が作業する傍らで、目頭が熱くなるのを感じた。
カゴにエサが設置された。
「投げ入れるぞ!」
林治に言われ、反対側につき、カゴに手をかける。
そして、力をかけ投げ入れようとした。
しかし、
「ぐっ」
とてつもなく重い。
カゴは300キロはあるため、息が合わなければ海に投げ入れることができない。
「せー、のおおおっ」
林治が掛け声を出し、力を入れるもタイミングが合わずカゴはビクともしない。
「ダメだ!後ろに回れっ」
2人は後ろに回り込んで力をかける。
それでもカゴは動かなかった。
(くそっ、くそおっ)
漁太は焦った。
ここでカゴを落とさなければ作業が止まってしまう。
何より林治が怒鳴ってくる。
全身全霊をかけるも、カゴは動かない。
「漁太!代われ!」
竜が見かねて降りてきた。
「お前が上をひもをほどくんだ、絶対、落ちるなよ。どのヒモをほどくかは下から指示を出してやる」
そう言われ、漁太はカゴに向かった。
とにかく、必死でカゴに上る。
自分のせいで作業が遅れることに焦った。
カゴの登頂部にやって来た。
登頂部では、看板の上の揺れが更に大きく感じ、下を見ると動きが止まった。
思った以上に高さがあったのだ。
そして海の暗闇。
落ちたら死ぬ、という考えが働き完全にその場に固まった。
「漁太!頑張れ!」
下から竜の声がするも、ダメだった。
死の恐怖を感じ、何で自分がこんなことを……という思いに駆られた。
(ふざけんなよ……)
「降りて来い!」
下から林治の怒鳴り声が聞こえた。