カニ漁へ
漁太は林治が去っていったのを確認し、竜に聞いた。
「死んだって、本当ですか?」
しかし竜は、
「……お前は知らない方が良い」
と言って、詳細は教えてくれなかった。
その後、漁太を連れ、みんなで船の止まっている海沿いまでやって来た。
船長と漁太を残し、他の者は船に乗り込んでいく。
「これが俺のオイスター号だ」
船長がそう言い、漁太はそれをまじまじと見つめた。
船からクレーンが生えていて、バランスよくカゴが乗っている。
「この船の積載できるカゴの最大数が100だ。まあ、この港じゃ一番小さい船だがな」
確かに隣には2周り以上も大きい船が止まっている。
「こっちの船は何個乗るんですか?」
漁太が尋ねると、
「あれはこの港最大の船、ゴールドラッシュ号だ。300は乗るな。当たればでかいが、外れたらその分しんどいがな」
と船長が言った。
「しんどいんですか?」
「船に乗れば分かる」
この時はまだ、しんどいの意味が漁太には分からなかった。
ちょっと待ってろと言われ、漁太が外で待っていると、船長が船からゴムのスーツのようなものを持ってきた。
「まずは救命衣の着衣方法と、海に落ちて心配停止になった時の応急処置の方法を教える」
その救命衣は、保温性が高く、水に落ちても浮いていられるとのことだった。
救助が来たら、衣服についている笛を吹けば自分のいる位置を教えられる。
「泳ぎが苦手でもダイジョブってわけだ」
船長がニッとこちらに向いて笑う。
漁太は、
「僕、平泳ぎならずっと泳いでいられます」
と言ったが、
「そんなの意味がない」
と言い返されてしまった。
なんだよ、50メーターも泳げるんだぞ、と漁太は少しムッとした。
人工呼吸のやり方の説明を口頭で受けた後、2人は船に乗り込んだ。
そして、厨房にやってきた。
そこでは、先ほど入っていった3人が、カゴにつけるエサの準備をしている。
ブリなどの魚を適当な大きさに切って、それをカートにどんどん入れていく。
そして、カートがいっぱいになったら、倉庫のような冷凍庫に中身を出していく。
「船の上ではポイントの移動時間を使って、エサの準備をすることになる。だからやり方を覚えろ。現地じゃてんてこ舞いでいちいち指導なんてする暇ないからな」
と船長から説明を受ける。
「分かりました」
漁太がそういい、近くにいた水沼から包丁を受け取る。
「やってみろ」
と言われ、試しに切ってみる。
「もっとでかく切れよ、ちっせえ男だな」
場が笑いに包まれ、和やかなムードのまま仕込みが終わった。
ちなみに、どれくらいのエサが必要になるかは分からないため、陸では無駄に準備しすぎないのがセオリーである。
うまく一つのカゴに大量のカニが入ってくれれば、そこまでエサは必要ない。
逆に、全く採れない場合、無駄にエサばかりを消費してしまう。
夜6時になり、みんなで夕食を取る。
テーブルに用意されたのは、ステーキ、ポテトといった高カロリーな食事だ。
濃い目の味付けとなっており、漁太はこの味が気に入った。
そして、
「みんな、聞いてくれ」
船長が明日以降の説明を始めた。
「海上に出たらおよそ12時間程度で最初のポイントに到着する。分担はいつも通りだ。それに加え、今回は現地に漁太が加わる」
自分の名前を呼ばれ、一瞬背筋を伸ばす。
「漁太、分からないことは今のうちに聞いておけ」
「……はい!」
元気よくうなずいた漁太であったが、何を聞けばいいのか、それが分からなかった。
「出発は明日の早朝だ。海に出ればもう携帯の電波は圏外になる。今夜にでも両親に連絡しておけ。船倉が一杯になるまでは帰れないからな」
各々大事な人に連絡を入れるのも、出発前の恒例である。
補足だが、船倉とはカニを入れておくための水槽のようなもので、これが一杯になれば、およそ1億の売り上げとなる。
船長に言われた通り、漁太は今夜泊まるホテルの個室で母親にラインを入れた。
「明日から海に出るみたいだから、しばらくは連絡できないかも」
すると、すぐに返事が来た。
「了解!頑張ってね!」
その後、友達のグループチャットを確認する。
履歴を見ていく。
「残業とか、ウチの会社マジブラック」
「空斗お疲れ!」
「今日スプラどうする?」
「とりあえず漁太を待つか」
「あいつ、海外じゃん」
「そっか、漁太はイカじゃなくてカニだったなw」
と緑の吹き出しが並んでいる。
彼らの言うスプラとは、某有名ゲームメーカーのFPS、一人称のシューティングゲームであり、オンライン対戦などで盛り上がりを見せている。
漁太はラインで、
「明日から漁だからしばらくできないかも。悪い」
とだけ送った。
「頑張れよ!」
「取ったカニ写メ頼むわ」
と友人2人から返事が来たのを確認し、眠りについた。
ピピピ、ピピピ、と音がし、漁太は目を覚ました。
アラスカの朝はことのほか寒い。
着替えた後、ホテルの朝食を食べ、昨日の船に向かった。
必要なものが入ったボストンバックを下げて、合流する。
すでにみな船に集まっており、最後の漁太が乗り込むと、船は出港した。