気まぐれのカニ漁
主人公、漁太は高校を卒業するにあたり、そろそろ進路を考えねばならない時期に来ていた。
周りの者は専門学校や、大学、もしくは就職と進路を決めていく中、漁太は友人にこんなことを豪語してしまったのだ。
「カニの漁やってみたい」
カニの漁はめちゃくちゃ儲かる、理由はそれだけだ。
しかし、この適当に言った発言がきっかけで、漁太はカニ漁に興味を持った。
「世界一過酷なカニ漁」それは、ベーリング海と呼ばれる、アラスカと北極の間に挟まれた海で行われるとのことだ。
漁太は、若者特有の根拠のない自信を抱いていた。
俺ならできる。
それ以上漁について突っ込んで調べずに、俺はカニ漁をする、ダメならやめればいい、と考えていた。
偶然学校に来ていた求人に、「ベーリング海でのカニ漁」というのを見つけた。
これは、漁太の学校に水産科があったからだ。
漁太はこの求人に応募した。
書類と、簡単な面接で合格となり、卒業後、海へ出ることになるとのことだった。
しかし、実際漁を行うのは、冬になってからであったが。
親や周りの友人の反対を押し切り、漁太は飛行機でアラスカにわたり、港街「ノースホライゾン」に向かった。
両親は、なんでこの子がカニ漁なんかに興味を、と疑問を持ったが、これは単なる気まぐれで何か深い理由があるわけではなかった。
思い付きで行動するクセ、それは確かに昔からあったかもしれない。
全く興味のないことを始めてすぐに飽きてしまう。
それが漁太の性であったが、もう止められなかった。
「うー、さっぶ」
漁太は、現地は寒い、という話を聞いて真冬の恰好でやって来たが、日本の冬の比ではなかった。
カニ漁のシーズンは冬で、その時期のアラスカの平均気温はマイナス30度だ。
漁太は羽田から飛行機に乗り、15時間の旅路のあと、アラスカ空港に到着した。
そこには、今回、漁太を雇ってくれた船長の源次が待っていてくれた。
源次はひげ面で、小太りのおっさんだった。
サンタクロースのかっこをさせたら似合いそうだな、と漁太は思った。
「おお、着いたか、港には車で向かう」
2人は4WDに乗って、アラスカ空港から港街まで向かった。
道中、大自然の中を走り抜ける。
「すっげー!」
窓の向こうにはまじかに見える氷山があり、手に取れそうなほどに近い。
「夏になれば青々とした草木も見えるし、気候も過ごしやすくなる。夏は30度まで気温が上昇するからな。俺たち漁師はオフの時は山でスキーなんかをする奴もいるな」
漁師は冬場のシーズンに稼げるだけ稼ぐとの話だった。
その期間3か月。
漁太は、こんなオイシイ話があるなんて、早くも来てよかった、と思っていた。
それから数時間、気づくとうっかり眠ってしまっていた。
ガタゴトガタゴト、と心地よい振動のせいもあった。
「着いたぞ、港だ」
源次に起こされる。
「うーん……」
寝ぼけ眼のまま、窓から景色を覗く。
海だ。
源次が車から降り、漁太も車から降りるため、扉を開ける。
ビュウウ、と冷たい風が流れ、車内との気温差に思わず身震いする。
バタン、と車を閉め、海の方をもう一度眺める。
曇り空のもと、目の前いっぱいに広がる青々とした海が見えた。
そして、見たこともないような船が港に並んでいる。
何台あるだろうか、漁太は数えてみる。
「いっちにーさんしごっろく……」
意気揚々と数えていたが、
「行くぞ、こっちだ」
と源次に促され、漁太はあとについていった。
向かった先には、乗組員と思われる男、3名がいた。
「自己紹介をしてくれ、まずは漁太」
船長にそう言われ、緊張しつつ、自己紹介をした。
「はじめまして。谷漁太です。出身校高校は東洋水産高校です。趣味は、映画鑑賞です、よろしくお願いします」
その自己紹介に、
「高校は卒業しただろ、大丈夫か?」
とか、
「まじめなのが入って来たな」
といろいろな反応がある。
そして、メンバーの中で一番若いと思われる男が、最初に自己紹介を始めた。
「俺の名前は原田竜、年は25で、この仕事は3年目だ。担当は看板でエサの仕込み、カゴの設置と引き上げ、そんな感じだ。」
「それは3人で分担してやる、変なことを吹き込むな。私は水沼だ。年は46、よろしくな」
そして、最後の一人が話を始めた。
「高卒か……使い物になるわけがない。なんでこの仕事を?」
少しきつめの問いに、漁太はしどろもどろになる。
「あ、いや、僕は……この仕事が面白そうだと思いました」
男が言う。
「去年この船で死人が出たから募集をかけた。高卒とは……上の考えは理解できんよ」
そういって、奥に引っ込んでいった。
「あの人は船で一番のベテランの林治さん。年は55で、少し気難しいからあんま近寄んなくていいぜ」
原田がそう言った。
しかし、漁太は聞いてしまった。
欠員の補充で自分が採用されたこと。
そして、その欠員とは、去年海で死んでしまった人間だったのだ。
カニ漁はやばい