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名無し人形劇  作者: 冷やしヌードル
第一章 はじまり
6/6

4-白い彼女と黒い姉

 白い彼女は姉と合流するために疾走する。

 本来予定していた待ち合わせの時間に少し遅れてしまっていた。

 交戦していたから仕方ないとはいえ、それを言い訳にして姉に対し厚顔な態度を取れるほど、彼女は器用ではなかった。

 しかも、肝心の敵は取り逃がしてしまうという失態を犯してしまった。

 気が重たくなってしまうが、しかしだからと言って姉に報告しないわけにはいかない。

 仕事は、きちんと果たさなければならない。


(……やはり戦闘を仕掛けられた時に、合図すべきだったでしょうか)


 合図を撃てば、戦っている間に姉と合流できたかもしれない。

 そうすれば、姉と二人がかりで周辺を捜索することができたかもしれない。

 そうすれば、敵を逃すことなど無かったかもしれない。

 もしかしたら姉の方も何かしら見つけているかもしれないという考えと、そして自分一人で十分だという判断から、合図を撃つのは避けていたのだが……今にして思えば判断を誤ったかもしれないと彼女は悔やんでいた。


(まあ、今更どうこう言っても仕方ありません。それに、合図を撃っても間に合わなかったかもしれませんし……)


 こちらの人数が増えることで、あちらが強硬策に出ないとも限らない。

 それに……――つまらないプライドが、無いとも言えなかった。



 彼女が今走っている街路の少し先に、一人の人影が立っている。

 全身を黒に包んだ女。

 白い彼女とは正反対かつ対照的に、その全身は黒だった。

 東洋人のように、その髪も瞳も黒い。

 唯一、その白い肌だけが白い彼女と同じ色をしている。


「……遅ぇ」


 爪先で地面をトントンと叩いているその様子を見る限り、どうやら少し苛々としているようだった。


「クソでけえ音がしたからさぁ、まぁ……多分、戦闘中だったんだろうけどよぉ。ならアタシを呼べっつうの。この待ってる時間が勿体ねえだろうが。

 アタシは無駄に待たされるのが大っ嫌いなんだよ。知らねぇわけじゃねえだろあの愚妹……」


 その口ぶりからして、恐らくこの黒い彼女が(くだん)の姉なのだろう。

 その口調は妹とは似ても似つかぬほど乱暴なものだったが、容姿は白い彼女と瓜二つだ。

 纏う雰囲気こそ全くの別物だが、容貌は恐ろしいほど似通っている。

 恐らくは双子の姉妹なのだろう。

 まるで一つの存在を二つに分けたと言っても信じられるほど、二人は似ていた。


「……ああ、でもアタシがどれだけ待ってるかなんて分かんねえか。割りと早めに切り上げたしな」


 彼女はその口からぶつくさと文句を垂れ流しながらも、それでも呼ばれない限りは行こうとしない。

 薄情なのかもしれないが、しかしそこには己の妹への信頼がある。

 妹が大丈夫だと判断しているなら、彼女はそれを信じて待つ。判断を誤って死んだというのなら、それは妹の責任なのだから。

 自分たち姉妹が力を合わせても勝てない相手が現れたから合図を送ってこない――そういう可能性もなくはないが、しかし、やはりそれは限りなく低いだろう。

 それだけ強大な存在が現れたのなら、その強大さに見合う、存在の圧力とも呼べる重圧が無くてはおかしい。

 そんな気配は感じられないのだから、それはつまり妹が一人で殲滅できる程度の雑魚(カス)が相手なのだろう――と、黒い彼女はそう思っている。


 欠伸を噛み殺しながら暗い宙を見つめて暇を持て余していると、少し離れた場所から走る足音が聞こえてくる。

 そして、姉の元を目指して走ってきた白い彼女が、黒い彼女の元へと到着する。


「申し訳ありません姉様。遅れてしまいました」


 到着するやいなや、白い彼女は頭を下げて謝罪する。

 待たされるのが嫌いな姉のことだから、謝っておかなければ小言を言われてしまうかもと思ったため、言われる前に先に頭を下げる。

 

「ああ、謝罪はいいよ面倒くせぇ。それより、報告」


 しかし彼女は妹の謝罪を聞いた瞬間に「もういい」と諭し、そんなことよりも何があったのかを早く話せと妹を急かす。

 ――待つのが嫌いなのは自分の性格の問題なのだから、それをどうして一々妹に押し付けて、あまつさえ怒鳴らなければならないのか。自分はそんなに器の小さい人間ではない。

 黒い彼女はそう思っているが、しかしこの白い妹は姉に対してやたら腰の低い部分があった。

 そんな姉の内心には、妹が無事に帰ってきたことへの安堵が少しあったものの、しかしそれをおくびにも表情に出さない。

 

「はい姉様。街を捜索中、名を持たぬ死(ミュースター)の群れと遭遇し、これと交戦。一度は全滅させましたが、すぐに新たな名を持たぬ死が発生。

 召喚者が近くにいるものと判断し、その者を探すためもう一度交戦を開始。潜んでいた部屋と思しき場所を発見しましたが、残念ながら逃げられてしまったあとで……申し訳ありません、姉様」


 一度大まかに何があったかを説明し、その後、事細かに報告をする。

 黒い彼女は、その声に黙って耳を傾ける。


(……こいつ、絶対そいつに嵌められたろ)


 報告を聞きながら、彼女は何が起こったかをおおよそに把握していた。

 その上で、恐らく妹が騙されたのだろうということも、なんとなく察していた。


(うちの妹はちょーっと素直なところがあるからなぁ……。そこが良い所でもあるんだが、突かれちゃったかなぁ)


 この妹はその性格上、小賢しい相手や面倒臭い相手との戦いを不得手としている。

 策に嵌められてしまっても、打開策を上手く考えることができない。

 だが大抵の相手や小細工は力づくで突破できるのだ。だが今回、敵は迎撃ではなく逃走を図っていた。そのため白い彼女は、敵とぶつかることが出来ず、追いつくことも出来なかった。


(とりあえず、アタシの可愛い妹を世話してくれた礼はしっかりやんなきゃな――)


「――……姉様?」


 報告を続けていた白い彼女が、一旦報告を打ち切って黒い彼女に話しかける。


「……ん、なに?」


「いえ。何か考えていらしたようなので、どうしたのでしょうか、と」


――あら、表情に出てたか?


 アタシもまだまだだなぁ、と黒い彼女は内心で呟く。

 考えごとに集中して話を聞き逃すなんていう愚は犯さないが、妹のことを考えていたとはいえそれが顔に出でしまうのは、気を緩めてしまっている証拠だ。

 引き締めて挑まねば、いつ喰われてしまうか分かったものではないのだから。


「ああ、悪い。表情に出ちゃってた? なんでもないから、続きを――」


「いえ、顔には出ていませんでしたが、姉様のことですので。それくらいは分かります」


 一見してなんの表情も浮かべていない無表情な顔で、白い彼女はそんなことを言った。


「わたしは姉様の妹ですから。姉様が違うことを考えてるんだろうな、ということくらいは察しがつきます」


 心なしか“妹”という部分の声が少し強調されていたような気がしたが、しかしそんなことを言われて嬉しくならない姉がいるはずもなく。


(可愛いこと言ってくれちゃってまあ……)


 妹のデコを人差し指でつつきながら、黒い彼女は微笑みを浮かべる。


「ね、姉様?」


 それでもやっぱり、自分はまだまだだなと、狼狽えている妹を見ながら彼女は思った。

 いくら双子の妹とはいえ心中を悟られてしまうとは、まだ研鑽が足りないようだと。

 また鍛え直しだな――そう思ったところで、微笑みを消して。


「はい雑談終わり。話が逸れたな、続きだ」


「はい姉様。それと……」


 白い彼女は一旦言葉を切って。


「――動きましたか?」


「いや(なん)にも。息を潜めてるって風でもねぇし、この辺はひとまず安全、か?」


 彼女たちは無駄話をしている間も、決して周囲への注意を怠っていたわけではない。

 隙を見せたにも関わらず何も襲ってこないということは、この辺りには何もいない可能性が上がったということになる。……相手が相当に用心深いというのなら、話はまた別だが。

 油断はできないが、物影に隠れて話をするぶんには大丈夫そうだった。


――アタシがいれば、不意打ち程度は怖くねぇしな


 周囲の確認を終えた彼女たちは、話を続ける。

 数分ほど、白い彼女が姉への報告を再開して。


「それで、姉様の方には何かありましたか?」


「んにゃ、なぁんにも。今日は引きこもってるみてえだわ。誰かが引きずりこまれた感じもねぇし」


 妹と比べ、姉の戦果はゼロだった。

 これは姉が妹よりも仕事が出来ないというわけではなく、妹が運良く敵と遭遇出来たことが大きい。


「だからまあ、お前は今日はもう休んでていいよ。なんも来そうにないしな……」


 随分と走り回ったし、今日はもうこれ以上は何も起こらないから妹は休ませようという判断だった。それに、自分だけ何も見つけていないというのも姉としての面目が立たない。

 もし仮に何か起こったら起こったで、自分が対処すればいい。


「よろしいのですか? ……では、お言葉に甘えさせてもらいます」


「おお、いーよいーよ。その辺で休んでろ」


 姉が大丈夫だと言うのだから大丈夫なのだろう――姉への信頼からあとは姉に任せ、白い彼女は姉へと一礼した後に建物へもたれかかるようにしてその場に座り、目を瞑る。

 休息を取りつつ、しかし敵襲があればすぐに起き上がれるよう警戒だけは解いてない。


 白い彼女――純白の燕尾服に身を包んだ、男装の麗人さながらの美女。

 中性的な美青年と言われれば信じてしまうかもしれないほどの美麗な顔立ちにスラリとした肉体美は、どんな場所に立っていても絵になってしまうほどに美しく、まるで一種の芸術品のようだった。

 ただ座っているだけであるというのに、瞼を閉じている彼女の姿は、世に知られた名高い名画と比較してもなお遜色ない――それどころか、上回っているとさえ言えるだろう。

 その腕は白いアームロングのグローブで包まれており、彼女の体はその肌をほとんど見せていない。

 目も髪も何もかもが白い、まるで雪の結晶のような女だった。


 黒い彼女――漆黒の給仕(メイド)服に身を包んだ、白い彼女と瓜二つの美女。

 その顔立ちは妹とほとんど同じであるものの、しかし纏う雰囲気は別物と言っていいほど似通っていない。

 男装をしていないせいか雰囲気が違うせいか、それとも顔立ちの細部が微妙に異なるせいか、彼女は妹とは違い完全な女顔だった。

 その乱暴な口調や言動は妹と比べて、どこかガサツで粗暴な印象を受ける。今は妹の前ということで、少し柔らかくなっているが。

 その目も髪も何もかもが黒く、まるで東洋の島国に住む民のような黒色だった。

 本当に白い彼女と双子の姉妹であるのかと疑いたくなるほどに、彼女とは正反対の黒ずくめの女だった。

 唯一妹と同じ色をしているのは、その陶磁のようになめらかな白い肌のみで、その美しい肌が彼女たちの共通項だ。

 そして、彼女はその背に四角い何か箱のようなものを背負っていた。


 黒い彼女―――ルチア・インカローズ・フェルクリスタ。

 白い彼女―――セラフィーナ・ディアマンテ・フェルクリスタ。


 彼女たちの目的は、彼女たちが長年追っているとある秘密組織――組織と言えるかどうか、若干怪しいのだが――の壊滅。

 今回の件に、その組織が関わっているか否か、活動しているかどうかの確認のために、彼女たちはこの暗い街でその証拠探しをしていたのだった。

 まずは証拠を見つけて、あとは殲滅。

 その証拠はセラが見つけたため、あとは召喚者を見つけてこれを撃破――殺害すればこの街での仕事は終わりだった。

 名を持たぬ死(ミュースター)は組織の連中がよく使う雑兵だ。あの影がいるということは、奴らの中の誰かがいるということに他ならない。

 それを以って証拠とし、今あの街が奴らの活動区域になっているのだと断定する。仮に違っても、悪さを働く輩をのさばらせておく道理はない。

 あとはこの黒い街に潜んでいる者を見つけ出すだけなのだが、しかし街一つから人を見つけるというのはやはり簡単ではない。

 この黒い街に彼女たちや奴ら以外の人間は基本的に存在しないため、普通の街で人を探すよりかはマシなのだろうが。

 探索の魔術……そんな便利なものがあれば即座に使用しているのだが、あいにくそんなものはない。

 あったとして、その手の魔術に対する対策は施されているだろう。


「あー、妹がブッ殺してくれりゃ楽だったんだがなぁ。そう上手くはいかねぇか。

 めんどくせぇなあ……かったりい」


 文句を垂れ流しながら、彼女はひとまず妹が見つけたという部屋へと向かう。

 到着したところで新しく何かが見つかるとは思えないが、かといって調べないというわけにもいかないだろう。もしかしたらということもある。


(アタシとセラの探索方向が逆なら話は速かったかもしれねぇんだが……運悪りいぜったく。なんでアタシはあっちに行っちゃったかね)


 苛々とした気持ちを募らせながら、彼女な急ぐ様子もなく淡々と走る。


「……あぁぁクソがァ……隠れてるクソ野郎見つけたら絶ってえブッ殺してやる」


 何せ、ルチアがやろうとしていることはひたすらに面倒くさいことだったから。

 セラが見つけた部屋やその周辺の建物からなんの手がかりも見つけられなければ、敵を見つけるための、残っている手段のうち最も簡単な方法は正攻法(・・・)だ。

 探し物における最も単純な方法であるそれは、特殊な工程が存在しない分、とてもかったるい。

 面倒な手間をかけさせやがって――そんな苛ついた気持ちが、ルチアの心に満ちていく。


(まあどっちにしろ、今日はもう様子を見たら一旦撤収だが。

 できるだけ急ぎてぇが、焦って無様を晒すのも良くねぇ。今日何も起こらなかったってことは、アタシらを見て奴さんも今日のところは慎重になったってことだろうしな。

 むしろド派手にやってくれた方が見つけやすいが………それはそれで困るか)


 彼女は目を細めながら、暗夜を疾走する。


(魔術の痕跡でも残ってりゃそこそこ楽になんだがなー)


 妹が見つけた部屋へ向かって。

 走る彼女の背で、ただ背負われた四角形が揺らされていた。

う、うーん…上手く書けない…。

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