公爵令嬢も怒る
最近、恋愛小説とやらにこり始めている。
何せ時間がむちゃくちゃあるのだ。
外にも出してもらえないし、アセーラ達の着せ替え人形役もいい加減に飽きてしまった。
使用人達に巷で流行っている物は何だと聞けば、恋愛小説だと言う。
そういえば前世でもそういうの暇つぶしにたらたらと読んでいたなぁなんて思い出し、異世界の恋愛とはどんなもんかと、使用人に一冊せびったのだ。
読んでみると、身分違いの恋だとかテンプレもいいとこなのだが、これがまた面白い。
いや、前世で読んでいたら何だこんなものと打ち捨てていたかもしれないが、何せ今はやる事が無い。
心の底からこういうものに飢えていたのだろう、たちまち嵌ってしまった。
もっぱらの日課は、使用人達と小説に関しての意見交換や、新作の催促などだ。
前世では居酒屋に行った所でそんなもの読んでる同性はいなかったせいで、一人で静かに楽しむだけだった。
それもまた良かったが、やはり考えが凝り固まっていけない。
使用人達とあそこが良かったとかあの王子のあの態度はないだとか聞いていると、やはり自分とは違った考えを持っていて良い刺激になる。
初めこそ身分が上の俺に気を使って「左様で御座います。全くその通りでございますねお嬢様。」なんてつまらない返答しかしてくれなかったが、俺が「本当は違う事を感じているのではないですか? 貴方の本当の意見が聞きたいのです。独りきりは寂しいです…。」なんて泣き言を漏らしたら、私も私もなんて次々と意見や見解を言ってくれるようになり、果ては近侍や、男の使用人まで恋愛小説の輪が広がっていった。
今や恋愛小説は、我が家の密かなブームとなっているのだ。
となると、もはや部屋に閉じこもってなど居られない。使用人が用も無く主人の部屋に入ることなど流石に許されないからだ。
彼ら(彼女ら)が気軽に俺に声をかけ、かけられするためにはやはり部屋を出て、せめて庭くらいには行かなくては。
俺は、強い決意を持って自室のドアを解き放つのだった。
「…! ややっ! お嬢様、如何なされましたか? お花摘みは先ほど行かれたと思いますが…。
必要な時以外はお嬢様を部屋から連れ出さないように、危険から避けるようにと旦那様より仰せつかっております故、何卒ご理解頂き、お部屋で出来ることをなさって頂けませぬか。外出以外のことであれば、我々が何でもお望み通りの物をご用意致します。
お嬢様のお好きな読み物も、行商から新作を買い入れましょう。」
「はい…、それは私も重々理解している積もりです。皆が私を気遣ってあれこれしてくれる事も分かっております。
ですが、どうしても…どうしてもその本の事で部屋でじっとしているわけにはいかないのです。
貴方も最近読み始めたのだと嬉しい報告をしてくださいましたよね? 是非そういう事を、気軽にお話したいのです。ずっと同じ鏡台やベッドだけを眺めていたら、気が滅入ってしまいますわ。
それに、部屋に居たら貴方ともお話できないではありませんか。
私は貴方と同じ目線で語らいたいのです。貴方の声が聞きたいのです。どうか、庭くらいまでは出して頂けませんか?
それに、この屋敷に危険などそうそうありましょうか。サクリファス家の護衛は、とても優秀だと自負しておりますのよ? いざとなったら、貴方が守ってくださいますよね? ふふっ。」
「…っ!! お、お嬢様…! くそう、俺の身分がもう少し高ければ、貴方を抱きしめてやれるのに…。
畏まりました。ですが、旦那様には内緒でお願いしますね。最近とかくお嬢様の事を気に掛けてらっしゃるのですよ。」
そのセリフは、最近読み始めた小説のフレーズか?
うーん、こいつは恋愛小説に嵌りすぎだな。なりきりは俺の趣味じゃねえぜ。
まぁ、そういう色んな奴がいてないわ~、とか話すのが楽しいんだよな。外に出れさえすればそれも出来るはずだ。
とんとん拍子に事が進んで俺は、満足だ。
何日か後にアセーラに教えられたんだが、俺を庭まで出すという事は一応お父様の耳に入れていたらしい。お父様は黙認してくれていたわけだ。
良いとこ有るじゃないか、最初からそうしてくれたらもっと尊敬してたんだがな。
だが、それにも続きがあって、最初は大反対したそうだが、護衛の連中とアセーラが「お嬢様にあんな悲しい顔をされて、潤んだ瞳で自分におねだりされてどうやって断ればいいんですか!?」と詰め寄ったら、しぶしぶ折れたんだってさ。
尊敬して損したわ。大反対てお父様…。
さて、そんな庭に出られるようになり、仕事がひと段落着いた使用人達と語らいを楽しんで幾日か。
何やら、入り口の方が騒がしいな。
「今日も出てこられないとはどういうことだ? 王子の俺を馬鹿にしているのか。
わざわざ自ら足を運んでやっているのだぞ。何度肩透かしを食らったと思っているのだ。俺が直接問いただしてやる! どけ!」
「ロイス様! いくら王子と言えど、公爵家で勝手は許されません! まして今は旦那様も若様も外務中に御座います。
お嬢様に静かに療養していただくため、何人もお通しするなと言付かっております!」
ギャーギャーと騒がしいなおい。
護衛やアセーラ、使用人達までもが俺を取り囲むように壁を作った。
一体何が始まるんです?
「くそう、どけ言っている…! む…! 外に出て居るではないか! 貴様、俺を誑かしたのか? 元気そうではないか。
やぁ、エアリース嬢、お元気そうで何よりだ。最近俺が送っているものは気に入ってくれているかな?
君への気持ちを物に託すのは好みじゃなかったが、私も忙しい身でね。なかなかこうやって足を運ぶことが出来なかったのだよ。」
「まぁ、ロイス殿下、ようこそお出で下さいました。
えぇと、贈り物ですか? 大変申し訳ありませんが、ここ一月ほど私宛に何かが届いたという知らせは聞いていないのですが…。
そんなにお忙しい中、本日は我が家へどういった御用向きでしたでしょうか?」
何を言ってるかサッパリだが、まぁ用件くらいは聞かないと体裁が悪いからな。
お父様に何かしら用件があったら、言付かってさっさとお引取り願おう。
あの目に宿る獣はいつになっても慣れないんだ。
腹を見せてはっはしてくれるならまだ考えるが、いつも敵意むき出しの犬歯むき出しだもんな、怖いっての。
俺の返答を聞いて、素っ頓狂な顔を浮かべた後、綺麗な顔を見る見る赤くし、何かをぶつくさつぶやいた後、また本題とは違うっぽい事を話してきた。
「ふぅ…。まぁいい。それは卿に追々確認するとして、エアリース嬢は今何をされているのですか? 侍女や使用人…に護衛…と顔ぶれに繋がりが見えてこないのですが…。」
「今は皆様達と、紅茶を飲みながらお話をしていたのですよ。
お天気もいいですし、庭でしたら私の部屋よりも皆も集まりやすいですものね。」
とくに詳細を語る必要性を感じなかったため、簡単に状況のみを説明していく。
すると、俺を取り囲むように立っていた護衛連中の一人が、敵意剥き出しの目と口調で「お嬢様と我々は愛読する恋愛小説の話に花を咲かせていたいた最中に御座います。関係のない方は話にもついてこられず詰まらないかと存じますので、どうぞお引取りを。」なんて突き放してる。
おいおい、其処まで敵対する事はないよ?
「はっ、恋愛小説!? 巷で流行してるとか言うあの低俗な読み物の事か。あんなもの下町の俗物が読むものだろう。
まして男のお前がそんな軟弱な物を読んでいるとはね…。サクリファス家の護衛も高が知れるというものだ。」
「まぁ、面白い読み物ですのよ。殿下はお読みになったことは御座いませんの?」
「あぁ、エアリース嬢、この俺があんな俗に塗れた書物読むわけが無いでしょう。それよりも、今度王都西の王族の薔薇園でも…」
もうね、この一言にカッチーンと来たね。
この瞬間だけ奴の目の中の獣も子犬に見えるくらい恐れが消え、俺は心のままできるだけ冷めた口調で、突き放すように捲くし立てた。
経験もせずに憶測で批判するバカタレが俺ぁ、いっちゃん嫌いなんだよ。
「…読んだことも御座いませんのに、俗物だと、低俗だと良くも言えますわね?
少なくとも私は素晴らしい作品達だと思っております。作者様方を尊敬もしております。
下町の民衆の方々にそれだけ受けるという事は、何かしら人を惹きつける何かがあると、少し考えれば想像がつくと思いますが。
ランドグリス王国の国民は、平民が八割を占めております。残りの二割の中にも一代貴族の方々が居られます。
その八割強の方々の税金で私達貴族が暮らしていけているというのに、それを下に見るだなんて、信じられませんわ。
せめて御自分の目で確認し、それでも合わないというのなら、理由を添えて批判してくださいまし。
それをしない、できない方とお話しするような事も時間も、私には御座いません。」
言ってるうちに冷めてきていて、非常に怖くなっていたが、何とか言い切れた。
目を合わすのも怖かったので、怒る振りをして瞼をぎゅっと閉じ、視線をはずした。「怒った顔もまた抱きしめたくなります…。」とアセーラが独り言を呟いていたが、聞こえない振りをしておいた。
アセーラよ、場の空気を読みなさい。
王子が何も言い返さないのをいい事に、護衛の一人が「お嬢様は非常にお忙しいのです。他にご用件が無ければ、このままお引取りを…。」ととても低くてダンディーな声で言う。
少しの間があった後「…また来る。」と王子が小さな声で返事をして、踵を返した。
めっちゃ緊張したわ…。
腰が抜けたのか、気が抜けた瞬間立ち上がれなくなってしまった。
がんばってこの内心の焦りを顔に出さないように顔に力を入れていると「お嬢様、お話の続きをしましょう、さぁ、機嫌を直して。」とか「お嬢様、凛々しゅう御座いました。私感動してしまいました。」とか慰めてくれた。
俺は良い家臣を持ったらしい。
余談だが、最近お兄様もこの輪の中に加わってきたようで、頻りに近親恋愛物とかの禁断の恋シリーズを薦めてくる。
すまないお兄様、俺は近親相姦とかには興味が無いんだ。いつもそっけない対応ですまない。この場で陳謝させて頂こう。
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サクリファス家のメイド長をしております、ベアトリスと申します。
最近お嬢様は、私ども下々の間で流行っている恋愛小説に興味を持って頂けたようで、頻りに話題を振ってくださいます。
かく言う私も嵌っておりまして、仕事中だというのにお嬢様と熱く語らってしまう事が御座います。
他の使用人に示しが付きませんので、この事はバレないようにしなくては。
さて、その事についてお嬢様も気にされていたのか、お庭へ出るようになられました。
どうもお嬢様のお部屋護衛担当のマシューに大変熱弁の後おねだりなさったそうで、彼は使用人達からやっかみの村八分にされつつあります。
役得にもほどがありますよね。私もこれについては自重する気は御座いません。
各人、時間が出来た時にお庭へ伺って、お嬢様と歓談をするという形態が確立致しました。
お嬢様は誰がどんな話題を振っても気さくに聞いてくださいます。
私は勿論、伝説の騎士シリーズのお話です。
そんな楽しい日々を送らせて頂いていたある日、旦那様方も要注意と使用人共にお伝えになっていた方が乗り込んでこられました。
今からお部屋へ匿った所で間に合わないと判断し、皆に目配せし、皆でお嬢様の壁となりました。
マシューが牽制をし、とにかく殿下をお嬢様へ近づけないように私どもも動きます。
睨み合いが続き、マシューが改めてお引取りを願う旨をお伝えした所、ロイス殿下が爆弾を投下されました。
私も頭に血が上って、不敬を承知で口を開きかけた瞬間、私どもの愛してやまない鈴のような声が発せられました。
ですが、いつもの一陣のそよ風のような声ではなく、とても冷たい底冷えするような極寒の風のような声でした。
思わず声の方を振り向くと、必死に怒りを抑えておられるお嬢様のお顔がありました。
語る次第に声が震えて来て、目元に薄っすら光る粒まで見える始末。
それほど、私どものような下々を大切に考えていてくださるのかと、胸が震えて、私まで涙しそうになってしまいました。
全てを言い終えた後、殿下にお美しい涙なぞ見せるかと言わんばかりに、瞳を強くとじ、上方向を向いてしまわれました。
殿下が帰った後もまだご機嫌を直しては頂けず、私どもは精一杯自分の気持ちをお伝えしました。
すると段々と頬を朱に染められて、不機嫌を取り繕いながらも再びお話に参加頂けました。
これほど絶世の美貌を持ちながら下々に百面相のような表情を見せてくださる我らがお嬢様。
本当に素晴らしい主に仕えることが出来ました事を深く感謝致します。
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見出しの腹黒王子を嫌な奴として描きたくて、今回のエピソードを書かせていただきました。
どうかな?嫌な奴に見えたかな…。何かただの世間知らずのバカにしか書けなかった気がしないでもないです。
近衛騎士の登場回はどうやって持っていこうかなぁ…。
ここまで読んでくださった方居りましたら、有難う御座います。今後とも宜しくお願いいたします。




