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公爵令嬢のもらい事故

 師走迫る寒空の下、国立近衛騎士隊が本日の訓練をこなしている。

 一糸乱れぬ動きで隊列を組み、型の揃った美しい素振りを威勢の良い掛け声と共に繰り返す。


「あと10! ───……、それまでっ! 本日はこれにて終了とする! 全員剣を置けっ! 整理体操を行う! …本日の掛け声っ! ミスティア!」


 総隊長の掛け声が響き、同時に指名がなされる。


「はいっ!」


 元気良く返事をして前へ躍り出たのは、年の頃10代前半に見える小さな少女だ。

 ミスティアと呼ばれたその少女は、騎士見習いとして入隊してからすぐに頭角を現し、僅か1ヶ月で正騎士に任命された、最年少近衛騎士だ。

 騎士見習いからの昇進期間も過去最短であり、天才と持て囃される若手注目株だ。

 もっとも、本人はそう呼ばれる事が気に食わないようで、天才だ云々言われる度に「本当の天才は騎士にはなってくれませんでした。」と伏目がちに答えるのだが。

 その答えた時の憂いの表情や、若さ故の慢心も無く、只只管タダヒタスラ努力を続けるその可憐さに心をやられてしまった隊員も多く、密かに近衛騎士隊内外でファンクラブが作られている。


「お、今日はティアちゃんか…!」


「はぁぁ…ティアたん…。」


 その人気を証明するかのように、ミスティアが前へ出ると、小声で囁きあう声がどこから出なく聞こえてくる。

 当の本人はそんな声など聞こえていないのか、肩口辺りまで伸ばした綺麗な青みがかった髪を揺らしながら隊員の列へ向き直る。


「それでは始めますっ! 1の型、用意っ! 1・2・3・4! 5・6・7・8! もう一度っ! ───……。以上全11の型、本日も滞りなく終了! 本日の訓練、有難う御座いましたっ!」


『有難う御座いましたっ!』


 一糸乱れぬ王国式敬礼の後、本日も解散となる。この後は、誰が何をしようと基本的に騎士隊としては感知せず、自由行動となる。

 ちなみに、彼らが先ほどまでやっていた型は、エアリースが早朝の自主訓練でしていたヨガレッチである。

 通常立って行うラジオ体操に、下半身の柔軟を混ぜて行うこの動きが、予想以上に訓練後の体の疲れに良い事が分かり、先の体験入隊から1月ほどしてから、正式に準備体操と整理体操として組み入れられた。

 正式入隊に際してミスティアが総隊長のゴーギャンへ直訴したのも大きい。


 訓練後の食堂で、先輩騎士のお姉さま方に囲まれて夕食を摂っているミスティアの耳に、後ろのお兄様方の会話が入ってくる。


「総隊長が最近雰囲気がおかしいのは、あん時最後に告白したエアリース様にフラれたかららしいぜ。何でもご丁寧に伝令士が持ってきて、その内容がまた…。」


「また…? あぁ、そういうことか。なるほどねぇ。総隊長も人の子だったってわけだな。…でもよ、そうしたらもう別に総隊長に気を使う必要ないんだよな? 俺行って見ようかな…。」


「ぶはぁっ、かぁっはっは! いきなり笑わせんなよ! 総隊長とあんだけ仲良さげにしててその結果だぞ? お前エアリース様とどんだけ話したよ? …はぁ、腹痛い。」


「手前ぇ…、俺だって自主訓練の時挨拶とか天気の話とかしたよ!」


「おぉ、そりゃあすげぇすげぇ、だぁーはっはっは…ひぃ、腹痛ぇ。」


「うるせいやい。良いんだよ。俺はティアちゃん一筋で行くんだから。…今日の模擬戦でのあの攻撃の繋ぎ見たか? ありゃ本物の天才だよ。俺もうかうかしちゃいらんねぇ。…あーあ、俺があと10も若けりゃあなぁ…。」


 唐突に向けられた自分への矛先に、ミスティアはたじろぎ、自分でも分かるくらいに赤くなっていた。

 お姉さま方の放つ殺気を感じたか、話していたお兄様方の片割れが振り向き、顔を驚愕の色に染め上げ、隣のお兄様を「お、おい…!」と肘で突いた。

 隣で妄想に耽っていたお兄様はハッと我に帰り、チラッと後ろを振り向いてすぐ「さ、さぁて、そろそろ夜の訓練にでも行こうかぁ?」わざとらしく宣言し、そそくさと席を離れていった。


 隣のお姉さま方に何やら慰められていたようだが、その時のミスティアにはそんな事は耳に入らず、夜はまともに動ける気がしなかったので、その日の自主訓練はやめて素早く床に着くのだった。


 そんなやり取りがされている中、近衛騎士隊総隊長室では、一人の美丈夫が唸っていた。


「はぁ…ゴーギャンよぉ。いつまでそうしてるんだよ、全く。もう若い衆らまでもお前のおかしさに気付いてるぞ。何時までもウジウジと恋する町娘じゃあるまいし、乗り越えんか。」


「はぁ…、む、あぁご老公でしたか。何か御用でしたかな?」


「誰がご老公じゃたわけが。いい加減決断せよと言って居るのだ。」


「そうですな…。ウジウジ悩んで居たところで…。別段俺の代わりなんざ今の騎士隊なら掃いて捨てるほどいるしな…。」


「む? 何だって?」


「いえ、此方の話ですよ。何かを得るために何かを犠牲にする事もやむなしと考えましてね。さて、ちょっと剣でも振ってきます。一日でも怠るとこのボケ気味の頭では、振り方を忘れそうだ、ははは。」


 妙な晴れやかさを放つ笑顔を、千人体長のネグローニは怪訝そうな顔で見送るだけだった。


 翌朝、いつものように早朝の自主訓練をこなしたゴーギャンは、その纏う雰囲気を部下に指摘された。


「あ、総隊長。何か雰囲気変わりましたね! やっと吹っ切れたって所ですか? いやぁ、一時はどうなるかと思いましたけど…。」


「あぁ、やはり俺は顔に出ていたか? お前にバレるとは、やはり失格だな。」


 笑いながら、後ろで「失礼ですよぉ! 聞いてますか、総隊長!」とか言っているのを無視して、総隊長室へ引っ込む。

 それから、一通の封筒を執務机の上に置き、ゴーギャンは静かに部屋を後にした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 いつものように、家族での朝食を終えて、自室で柔軟をした後、中庭へ出て本を読む。

 優雅な令嬢生活を満喫中の、俺ことエアリースは今日も平常運転だ。

 特にイベントも事件も無く、平穏無事な生活に戻ったため、いつものルーティーンを取り戻すべく、久方ぶりに午前中から庭へ出ているわけだ。


「頼もおおおおおう!!」


 そんな優雅なひと時をぶち壊すかのように、ドでかい声が入り口から響いた。

 隣に居るアセーラと顔を見合わせ、何事かと首を捻る。


「お嬢様、ゴーギャン様がお目通り願いたいと来られておりますが。」


「まぁ、ゴーギャン様が? 一体どうした事でしょう? 何か火急の用件かしら。どうぞお通ししてください。」


 使用人が、「畏まりました。」と一礼して消えて数分、私兵を伴ってゴーギャンが現われた。本物だよ。


「まぁ、よくぞおいでくださいました。今日はどうされたのですか? 騎士隊の訓練は、今日はお休みですか? いつもの甲冑ではありませんものね。」


「お目通り適い感謝致します。…本日は、ご相談に参りました。」


「まぁまぁ、私でどうにかできる問題なのでしょうか。どういったご相談でしょうか?」


「はい。あの手紙を拝見させて頂いてから、私自身、非常に悩み続けました。ですが、昨日ネグローニに諭され、ついに決意をしました。…今朝、近衛騎士隊を辞めて来ました。自分の半分も行かない娘に恥ずかしい大人だという指摘もご尤もですが、エアリース様、貴方を忘れる事が私には出来そうにありません。一度断られている為、こんな日も経っていない状況で再度お願いなぞは致しません。

 ただ、私をお傍に置いていただけはしないでしょうか!? サクリファス家の私兵としてこの身で貴方をお守りさせてください!」


「はぇえ…?」


 素っ頓狂な返事が出ちまったかが、これはしょうがないだろう。一体何を言っているんだこいつは?

 もうこの話は終わったものだと思っていたんだが、どうなってんの? 恋に暴走してんのかこの人は。


『頼もおおおおおおおう!』


 俺がどうしたものかと言い淀んでいると、またドでかい声が、しかも今度は複数だ。

 今日はどうした…。朝から騒がしいなぁおい。


「お嬢様、ネグローニと名乗るお方と他数名の騎士隊の方々が見えておられますが…。」


「お通ししてください。すぐに此方へ。」


 再び一礼して使用人が消えてすぐ、ドドドドッと地鳴りがするような音と共にネグローニ達が駆け込んできた。

 あ、ティアちゃんもいるじゃないか。久しぶりだなぁ。


「まぁ、ティアちゃんもご一緒だったのですか? お久しぶりです。見るからにお元気そうで安心致しました。」


「あ、リースさん。お久しぶりです。…本当に公爵家の方だったのですね。数々の非礼何と───」


「まぁそんな事は良いのですよ。私とティアちゃんの仲じゃありませんか。それで、本日はどうされたのですか?」


 俺の問いに、今度はネグローニがずいと前へ出てきて話し出す。


「朝からお騒がせして申し訳ありませぬ。そこにいるたわけが何も告げず執務机に除隊願いだけ置いて忽然と姿を消したのです。総隊長がやめるなど、国王決済が必要だというのに、勝手な事を…。朝、この紙を見つけてもしやと想い馬を飛ばして参りました所、門の前に此奴の馬が泊めてあるのを見つけましてな。」


 此方に謝りつつ、横に控えていた騎士隊の面々に「おい、連れて行け。」と指示を出している。


「離せ! 想いを遂げるために騎士爵を犠牲にしたのだ! 連れ帰られたところで、俺は変わらんぞ!」


 そんな勝手が効くかよ…。子供じゃねえんだからさぁ…。


「総隊長どうしちまったんだ…。っ…、エアリース様、困りますよお! 総隊長完全に腑抜けじゃないですか! 一体何をしてくれたんですか!?」


 口々に今度は俺に非難の声を上げる若手の騎士達。

 いやいやいや、俺に言うなよ!? 完全にゴーギャンの暴走じゃねえか。

 思いっきりもらい事故だよこんなん! むしろ被害者だよこっちゃあよ!


 俺がしどろもどろになっていると、ネグローニが「バカ者が。これは此奴の暴走だ! 非礼を言うでない。」と一喝してくれて、その声は治まった。


 その後、俺やティアちゃんで小一時間ほど必死に「総隊長がいきなり居なくなられては国の損失となります。」とか「おじ様は私の目標なんです。まだ私を引き上げてください。」とか説得し続けた。

 つうか、この人ティアちゃんに何て呼ばせ方してんだよ…。

 ドン引きしたが、なるべく顔には出さずに、必死さをアピールしておいた。


「むぅ…、分かりました。一度、城へ戻りましょう。…ですが! 手紙にもあったように、あの後の俺の気持ちは制限されておりませんでした。私は、貴方を想い続けましょう! また休みが取れたら立ち寄っても宜しいですか!?」


「え、えぇ…。その際は歓迎いたしますわ…。」


 引き攣る笑顔でなんとか答える。横でネグローニが小さく「大変申し訳有りません…。」と言っているが、もはや同情しか浮かばない。

 何か叫びながら、若手騎士に引き摺られていくゴーギャンを見ながら、初恋は人を変えるよな…。としみじみ思う俺だった。


 後日、手紙を送ると約束していたティアちゃんから、報告と言う名の手紙が届き、理由は分からないが、完全復活したゴーギャンが若手指導・隊長格のしごきにさらにキレが増したと書いてあった。

 まぁ、元気になったのなら何よりだな。


「しかし、人々の愛が痛いねぇ…。」


 そう、手紙を読みつつ一人ごちる。

 追伸欄には、ティアちゃんから、おじさんの魔の手から、私が守って見せます。と書いてあった。


 あぁ、ティアちゃんの愛が心地良いねぇ。

色狂いのおっさんは自分と重なるから書いてて気持ち悪いですね…w


まぁ…此処まで頑張って読んで頂けた方おりましたら、本当に有難う御座います。

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