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第四話 不穏な影

なんだかんだでレイラは、こんなミコトも信頼してるわけですよ。





 翌日。

 宴会で出された食事の残りを食べながら、レイラはナディアに問う。


「怪しげな男……?」


「そうそう。ここに来れば会えるって聞いたのよ?」


「……悪いけど、そんな輩は見てないわ」


 ナディアは心当たりがないらしい。

 やはり、嘘だったのだろうか。敵の言葉を信用するべきではなかった。


 もし追手が来るとしては、相手はあのフリージスだ。

 最強の魔術師が、無尽蔵の魔力と、必殺の魔術を手に入れた。勝てる保証はなく、負ける予想しか浮かばない。


 だがミコトは、シリオスを信用しているようだった。

 その根拠はわからないが、彼が嘘をつく理由はない。


「……とりあえず、今日は里を見てくるわ。みんなは?」


「オレはテキトーにぶらつく」


「わたしはミコトのところに行ってるね」


 ということで、レイラとラカが別々で散策することになったのであった。




 ナディアはサーシャに付いて、男たちが泊まる家屋へ向かう。


「そういえば、サーシャちゃんと二人っきりって、久しぶりだね」


「……そうだね」


 そっけない返答に、ナディアは寂しげな苦笑い。

 記憶喪失のサーシャにとって、ナディアとは初対面なのだ。それが、ひどく寂しい。


 レイラはもっと苦しかったのだろうな、と思う。

 なんで忘れてしまったんだと、理不尽に感じる。


 でも。


 ナディアはサーシャの、赤い瞳を見る。

 かつては青かったはずの瞳。封魔の里において、長老であるナターシャだけが持っていた赤い瞳。


「サーシャちゃんも、苦労してきたのよね……」


「……?」


 サーシャはただ、首を傾げただけだった。

 家屋に到着する。そのとき、まるで到着を予期していたかのように扉が開き、ミコトが顔を出した。


「ミコトー!」


 走り出し、ミコトに抱き着くサーシャ。ミコトは体勢を崩すことなく受け止める。


「えへへぇ、みことぉ」


 サーシャのだらしない笑みを見て、ナディアは溜め息混じりに微笑んだ。

 サーシャには、頼れる人たちがいる。助けてくれる人たちがいる。


 だから、きっと大丈夫。



     ◆



 幻視する。

 夕焼け空の下で、大切な場所が炎に包まれている光景。


 もちろん、それは幻で。

 今ここに、敵はいない。


「確か……ここ、だったわね」


 その地獄を、最初に見た場所。

 里と森の中間に、レイラは立つ。


 かつて炎に包まれた里は、復興が進んでいる。

 たくさん人が死んだ。でも、生き残った人たちがいた。その人たちが、故郷を取り戻そうと頑張っている。


 まだまだ、足りないものは多い。畑も以前と比べると小さくなったし、火事にあった家屋がそのままの場所もある。

 でも、故郷はまだ、潰れていない。


 レイラは歩く。

 あの日を思い出して、同じ道を歩む。


 優しかった老女。

 生き埋めにされたドーリャ・シスバ。

 彼女が埋められた場所には、墓場ができていた。


 ドーリャの名が刻まれた墓石。

 ドーリャと同じ墓石に、溺死させられた夫の名も刻まれている。


 焼き殺された、友達の墓石もあった。

 手を合わせ、次へ行く。


「……久しぶりね、アリュン」


 そして。

 アリュン・ルメニアの墓石。

 レイラの、初恋の相手。


「ただいま……っ。みんな、ぁ……!」


 ――おかえり、と。

 そんな声が、聞こえた気がした。


 少女の嗚咽が、墓場に響き続けた。

 レイラは歩く。その場所へ。


 きっとあるはずだ。

 あって、しまうはずだ。


「ぁ……」


 行き当った墓石の前に、誰かが立っていた。

 異様な姿をしていた。体格から、おそらく男だろう。


 ぼろぼろでよれよれの、黒い外套。背中にはハルバードを背負っている。

 肌を一切見せない、細部まで覆った包帯。

 唯一判明する容貌は青い瞳と、包帯の隙間からこぼれた、くすんだ銀髪。


「レイラ、なのか?」


 男はレイラを見るなり、目を見開いて驚愕していた。

 だが、こんな変な男、レイラの記憶にはない。だが、どこか懐かしい感覚。


「あな、たは……?」


 嗚咽で震えたレイラの声に、男が歯を食いしばり、背を向けた。

 そして躊躇した様子で、男は立ち去ってしまった。動き出してからは素早く、制止の声さえ掛けられなかった。


「いったい、なんだってのよ、もう」


 ぼやきながらレイラは、男が見ていた墓石の前に立つ。

 そして、溜め息。


 墓石に刻まれたのは、家族の名。

 そこは、セレナイト家の墓だった。


「サヴァラさん、ナターシャさん。さっきの男って、知り合い?」


 問うても、答えは返って来ない。

 当然だ。死んだ者は、何も話してくれない。


 レイラは、今度は静かに涙を流した。



     ◆



 ラカは窪地から登り、一人で里の周辺を回っていた。

 これでも一応『それっぽい男』を探しているのだが、特徴さえわからないのだ。見つかるはずもない。

 そもそも、その人物と会ったところで、何がどうなるのか。見当も付かない。


 努力の成果が見えない以上、ラカの意識は、当然捜索から逸れる。

 捜索は散策へ。そうして意識は、思考に沈む。


 目を閉じれば、今でも明確に思い出せる。目蓋の裏に刻み込まれた惨状。

 下半身が欠損した、オーデ・アーデ・ムレイの亡骸。生気を失った顔。


 家族のように思っていた。

 仇はかつての仲間。原因は――、


「ミコト……か」


 首を掻き毟りながら、彼は教えてくれた。

『再生』のこと。オーデがどうして死んだのか。


 ラカは怒ることも、憎むこともできなかった。

 だって、あんな目を見たら。死人のような目を見たら、何も言えないではないか。


 一度、この鬱屈とした感情を吐き出せば、楽になれるという確信はある。

 怒鳴るでも、泣き喚くでも。でも、そうして拒絶してしまったら、本当にミコトが死んでしまいそうな気がした。


 しかし、今のミコトを受け入れるのも、抵抗があった。

 自死をも厭わない狂人を。オーデの死の原因を。どうして簡単に受け入れられるだろうか。


 いつものように、ふざけてくれたら。

 調子に乗って、騒ぎ立ててくれたら。

 ウザいと言って、蹴り上げて。それで終わりなのに。


 ちょっとくらい、わかりやすく落ち込んでくれたら。

 罪悪感を隠すような、作り笑いでもしてくれたなら。

 顔面殴り付けて、もういいと笑ってやって。それで終わりなのに。


「どーして、あーなっちまったんだよ、クソ」


 今はただ、行き場のない感情を、吐き捨てることしかできなかった。

 溜め息をこぼし、空を見上げる。


 晴れ晴れとした空が、今は憎らしい。


(……ん?)


 そのとき、森から気配を感じた。

 虫や鳥ではなく、もう少し大きな何かだ。


 ラカは黄色の目を細め、薄暗い森の奥を睨み付ける。

 視線の先に、二つの赤い光点があった。


 それは、眼。


 直後、敵意が膨れ上がる。

 ダン! と駆け出した何かが、森から抜け出た。


 茶色の体躯を持った、四足の獣だった。大きさはラカの胸ほどもある。

 野犬のようにも見えたが、どす黒さと血生臭さを孕んだ眼が、それがまともな生物であることを否定していた。

 血色の瞳が、ギラリと輝いた。


「ワリィが……」


 対し、ラカの対応は迅速だった。

 獣の攻撃にまったく怯むことなく、腰を軽く落として待ち構える。


 超至近。手を伸ばせば届く、彼我の距離。

 両者が動く。獣の前足が放たれる。獣の爪は鋭く、この速度で直撃すれば、致命傷は間違いない。


 ラカの動きは、獣よりも一歩遅かった。しかしそれは、反応が遅れたわけではない。

 獣の最初の動作を把握し、ラカがより深くへ潜り込む。獣の前足より、さらに深くへと。


 一カ月前に戦った、老人との戦闘。

 あの柔の技。相手の動きを見て、最適な対処を行う技術を模倣する。

 鬱屈した感情を吐き出そうと、ここ最近はずっとこの修行をしていたのだ。


 これが、その成果。

 激突。

 ラカの踵蹴りによるカウンターが、獣の鳩尾を抉り、肋骨を蹴り砕いた。


「――オレは今、虫の居所が悪いんだ」


 踵蹴りを放った勢いのまま、足を強く踏み出す。

 浮き上がる獣の体。その顔面に狙いを定めた。


 直後、空気を押し退けて突き進む掌底が、獣の意識を奪い去った。


 森から見つめていた光点が遠ざかる。

 追い掛けるのは不味い。ラカはそれを見送りながら、足元の獣を見下ろした。


「赤い瞳は、魔族の証なんだっけか? 魔族を見るのは初めてだが……」


 肋骨を砕かれ、脳震盪を起こされ。

 それでも荒い呼吸をし、生きようとする獣……否、魔族の首に、ラカは踵落としを放った。


 首の骨が砕ける感触。

 魔族は呆気なく絶命した。


「――魔族っつっても、大したことねーんだな。目だって、そんな綺麗じゃねーし」


 それにしても、どうしてこんなところに、魔族が現れたのか。

 不穏な予感に、ラカは目を細めたのだった。





ラカが主人公でいいんじゃないかな。

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