幕間 For The raison d'etre
raison d'etre 存在意義
《黒死》の使徒の、生命探知範囲から確実に離れたところで、フリージスは荒い息を吐いて腰を下ろした。
生命力は満ち溢れていたが、それは本来、フリージスのものではない。
馴染まない内は、体力に還元されることもない。この倦怠感は、数日は続きそうだ。
空を見上げると、青い月が浮かんでいる。
東の空が明るい。もうすぐ夜が明ける。
明るくなるに連れて、世界が明瞭になっていく。
フリージスは吐息をこぼし、目の前の人物に向き直る。
「申し訳ありません、シリオス様」
そこにいたのは、《時眼》のシリオスだった。
老いた勇者は、夜闇の先を目なき視線を向ける。その先にいるのはおそらく、彼が気に掛けていて……変わってしまった少年だろう。
「わかっていたことだ」
その声に、無念は感じられない。あるのはただの『納得』だ。
「メシアスが選んだ使徒が、そう簡単に終わるはずがない。神の思惑を反し、運命がそれを許さない。……フリージス。彼のことをどう思っている?」
「煩わしい」
それに対し、フリージスの返答は素っ気ないものだった。
かつての仲間に対するものではない。そんな答えを聞き、シリオスは苦笑する。
「君は本当に一途だな」
今度こそ、フリージスの返答はなかった。
フリージスは口調こそ丁寧であったが、シリオスに対して敬意を払ったことは、一度としてない。
シリオスだけではない。
エインルードの面々にも。最強の称号を戴くときに出会った国王にも。
そして、実の兄にも。
「《地天》はどうなりますか?」
それはカーリストを心配しての質問ではない。
グロウスが与えた《地天》の力がどうなったのか。それだけを尋ねていた。
「カーリストは《地天》の力ごと殺されていた。継承は不可能。《地天》の使徒が現れることは、もう二度とない」
使徒の継承方法は二つ。
一つ目。使徒が死に、力が世界樹の元へ還り、新たなる資質持ちに継承される。順当な継承方法である。
しかし、エインルードが取っていたのは、二つ目。
――生きた使徒の心臓を、新たなる継承者が喰らうというもの。
「……そうですか。生きてさえいれば、僕が使徒になろうと考えていましたが」
勇者の血を引く肉体に、《地天》の力。
世界最高峰の魔術の腕に、消滅魔術『アヴリース』。
それだけあれば、《黒死》の使徒と《操魔》を殺す確率は、もっと上がったはずなのに。
「まぁ、いいでしょう」
フリージスは、自身の使命に従って動いている。そのためなら、何だろうが切り捨てる。
その在り方は使命感という呪いに囚われた、エインルードらしいものだった。
しばらくの間、沈黙が続いた。
やがて、朝日が顔を覗かせるのと同時に、シリオスが告げる。
「しばらくの間、《操魔》は放置する」
「なぜ?」
「約束を交わした、というのもあるが、――魔王教のアジトが見つかった」
その発言に、ほぼ無反応だったフリージスも、改めてシリオスに向き直った。
《操魔》を狙う勢力は、大まかに二つ。
魔王を殺すことを目的とする、エインルード。
魔王を復活させることを目的とする、魔王教。
無所属の存在を含めれば、《風月》の使徒もいる。
ヘレンという名の女は、復讐に狂った勇者エアリスの精神汚染によって、思慮なき復讐鬼と化している。
魔王を殺すという目的は同じであっても、彼女のやり方ではイヴを逃がす。
誰よりも早く、『イヴリース』の力で《操魔》を殺さねばならない。
そのために、敵を葬ることも大切だ。魔王教、《風月》。どちらの存在も、フリージスにとって煩わしいものだ。
その一つ。魔王教のアジトが見つかった。
ならば、これを潰さない手はない。
「次の戦場は――王都アルフォード」
朝日が顔を出し、眩い光が辺りを包む。
聖晶石の内へ光は通り、その中にいる者の姿を、ハッキリと映し出す。
「すまない、リース。使命の達成は、少しだけ待っていてくれ」
そう言って、フリージスは微笑む。
裏切った者たち、仮初の関係に向けるものとは違う。正真正銘、心の底からの微笑みだった。
肌寒さを感じ、黄色のマフラーを首に巻く。誕生日プレゼント。こんなものに、なんの価値があるのか。
背後を振り返る。
「――君たちは、いつか、絶対に殺す」
中編『インサニティ・アンデッド』狂気の生ける屍
第死(4)章『異世戒貴』尊/貴きを戒める - 了 -
はい、ここまでお読み頂き、ありがとうございます。そして、お疲れ様です。
四章を読んでもらえばわかる通り、物語の方向性がかなり変わります。
何より大きく変わるのは、主人公であるミコトくん。ようやくチート化です。
漠然とした『守りたい』という感情に、明確な方法『殺戮』が付与され、覚悟も決まりました。
殺人童貞も卒業しました。死なす殺す言いつつ、なんだかんだで誰も殺せていなかった彼は、カーリストの命によって卒業しました。
こうなったコイツは強いですよ。生き返る、気絶しない、拘束したら自爆、容赦なし、即死攻撃持ち。対処法のない奴が当たれば、完全に無理ゲー・死にゲーと化します。
カーリストさんもね、瞬殺ですからね。えっ、もう死んだの? 感が出てたら嬉しいです。
次章予告
第五章『異世潰棄』
次章の舞台は、サーシャとレイラの故郷。魔王教と魔族軍団と《風月》組が絡んできます。そして、ミコトくん大暴れ★
ほのぼのが楽しみな人は、六章『妹と幼馴染と見知らぬ美少女が修羅場なんだが』をお待ちください。
- 06/09追記 -
《地天》の断章を追加しました。次回が本当の、四章ラスト。