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イセカイキ - 再生回帰ヒーロー -  作者: はむら タマやん
第死章 異世戒貴 - 中編 インサニティ・アンデッド -
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第一六話 アラタメマシテ









 そこは巨大な大空洞だった。

 エインの広さほどもある、巨大な空間。


 掘られた溝の底が青い。その青は魔鉱石の色だ。

 規則的に掘られた溝の全容は、魔法陣だと思われた。


 魔法陣は起動していない。

 サーシャたちは魔力源へと近付いていく。


 憶えのある魔力だった。

 魔力に衰えはない。その静けさが、逆に恐ろしい。


 魔法陣の中心部には、二つの円があった。

 その片方。赤黒い血が、池のように広がっている。


 彼は、血溜まりの中心にいた。

 倒れ伏し、身じろぎ一つしない。


 サーシャは駆け出していた。

 べちゃべちゃと、その血が誰のものか、考えたくない。


 ミコト・クロミヤ。

 彼のトレードマークのようになっていた、白髪混じりの黒髪は、血に濡れて赤黒く染まっている。


 仰向けに倒れた彼は、息をするだけの人形になっていた。

 焦点の合わない瞳は濁り、感情を映さない。


 この様相を、ここに来るまでに見たことがある。

 オーデの亡骸のように、生気がなく。リースの母親のように、感情がない。


 ミコト・クロミヤは生きていた。

 その心は、死んでいた。


「み、こと……?」


 名前を呼ぶ。

 言葉は返ってこない。

 名前を呼んでくれない。


「少し、遅かったね……」


 暗闇の先で、声が響いた。

 もう片方の円。その中心から、声が届いてくる。


 三種の魔力。

 二つの生命。

 たった一人の声。


 魔術の明かりに照らされ、その姿が明らかとなる。


 フリージス・G・エインルード。

 長い金髪と、青い瞳の青年。少し体力を失っているようだったが……そんな生気に満ち溢れた顔を、サーシャは見たことがない。


 異様なのは左腕だった。

 フリージスの左肩から先が、聖晶石に覆われている。

 光加減が代わり、青く透き通った聖晶石の内側が、明らかになる。


 フリージスの左肩から生えていたのは、リースの上半身だった。

 裸のリースが、自身の肩を抱いて、眠っていた。


 その聖晶石が、何の……いや、誰の魔力によって作られたものなのか。

 魔力探知に優れたサーシャは、それを確信する。


「ミコトの……魔力……」


 それも、何人もの。いや、何十、何百、何千、何万人が、全ての生命を振り絞ったかのような、膨大な魔力。

 その全てが、ミコトの生命によって賄われていた。


 呆然とする暇はなかった。

 こつん、足音が響く。


 見れば、そこにいたのは、カーリスト・G・エインルード。――《地天》の使徒。


「なぜ、ここに……? 関所にいたのでは……」


 驚愕したグランの問い掛けに、カーリストは鼻を鳴らした。


「時間を掛け過ぎたのは失敗だったな、侵入者ども。貴様らは戦闘の痕を残しすぎた。異変を察知した見回りが、『ノーフォン』によって吾に連絡を寄越したのだ」


 始末した見回りは、近くの部屋に放り込むことで隠せた。

 しかし、血の跡だけは、どうやっても消せない。それを、見回りによって見つけられてしまった。


 カーリストの背後から、ぞろぞろとエインルードの民衆が現れる。

 彼らは一様に、瞳に憎悪を込めて、サーシャたちを睨み付けていた。


 民衆の垣根が割れて、血まみれの女性が突き飛ばされた。

 その名を、レイラは叫ぶ。


「グリアさん!」


 グリア・ボルックス。

 ウェーブの濃い茶髪は、血と泥で汚れていた。


 彼女はふらふらと歩み出て、ミコトの血で作られた池に足を囚われ、受け身も取れずに倒れた。


「この者は騒動に乗じて、エインを出ようとしていた。吾が動くまでもなく、反逆者として捕えられた間抜けだ」


 今はエインルード領の全員が、一丸となって動かねばならない一大事。

 そんな中、一人だけ逃げ出そうとした者の末路だった。


 グリアは全身に赤と青の痣を作っていた。

 ただ捕えられただけでないことは、その様相から察せられた。


「『アヴリース』はどうだ? フリージス」


「はい、兄上。この通りさ」


 カーリストの確認に、フリージスは左腕――魔道具『アヴリース』を掲げた。

 満足げな表情を浮かべたカーリストが、地を踏み鳴らす。直後に『不動』が発動し、サーシャたちの動きを奪った。


 グランが身体強化し、大剣を振り下ろす。轟音が響き、床を砕く。

 しかし、『不動』を突破するには至らない。


「『ライヴ・テイカー』のために整えられた地が、そう簡単に壊れるはずがなかろう」


 最大級の施設。

 最高級の素材。


 魔王殺しの兵器を創る空間が、ただの剣の一振りで壊れるはずがなかった。


「君から近付いてきてくれて、感謝するよ、イヴ」


 告げたフリージスが、サーシャに向けて『アヴリース』を構える。

 紫紺の極光が収束していく。


 消滅魔術『アヴリース』。

 リースが使ったそれの、何十倍もの極光が、放たれた。


 レイラが叫ぶ。


 ラカが怒鳴る。


 グランが歯を食いしばる。


 しかし、誰も動けない。

『不動』の力は、地に立つ全ての者から、足を奪う。


 そして、極光が迫り――、



 ――立ち上がった誰かに、突き飛ばされた。



「えっ……?」


 そして、紫紺の極光は命中する。




 サーシャの前に立ち上がった、ミコト・クロミヤに。




「――――――――ッ!!」


 声にならない絶叫。消し飛ばされる寸前、爆発的に精製されたミコトの魔力が、極光の進行方向を上方へ逸らす。

 極光は、仰向けに倒れようとするサーシャの眼前を通り過ぎ、分厚い壁を消滅しながら突き進んでいった。



 ミコトの体は、どこにもない。


 全身を紫紺の極光に飲まれ、肉片一つ残さず、この世から消滅していた。


「ミコト・クロミヤに当たったか。まぁ、それもいい。順序は逆になったが、元々消すつもりだったからね」


 改めて『アヴリース』が、サーシャへ向けられる。


「彼の『再生』の規則は、おおよそ把握している。死亡直後の肉体からのみ、『再生』は行われる。そして、『前回の死体』からの蘇生はない。――生き返ったばかりの彼は、『再生』を使えない」



 紫紺の極光が収束する。



「それでも不安はあった。状況によっては、『再生』の規則が変わる可能性があった。……けど、使徒の能力は資質で決まり、資質は心の持ちようで変化する」



 収束する。



「だからこそ、『アヴリース』の礎にすることを決めた。万の命を散らして廃人にすれば、魔女が選んだ使徒とは言え、資質の低下は免れない」



 収束する。




「――不死の怪物は、もう生き返らない」




     ◇




『起きましたぜ』


 最初に聞いた言葉は、少し間抜けたものだった。

 けど、なぜか安心する。そんな、心地いい声音。



 ――収束する。



『ミコト……。ああ――ミコト・クロミヤだ。よろしく』


 それが、彼の名前だった。



 ――収束する。



『いいじゃん、綺麗でさ』


 赤い瞳を、そう言ってくれて。どれほど救われたか。



 ――収束する。



『……ぶじで、よかっ……た……』


 最期まで案じてくれて、どれほど心を締め付けられたか。



 ――収束する。



『俺はお前に、救われたんだよ。ほかの誰でもない、サーシャに救われたんだ』


 自分でも、何かができるのだと。そう勇気付けられた。



 ――収束する。



『おれなんか、死んじまえェ……!!』


 自身自身を責めたてる彼を、守ってあげたいと思った。



 ――収束する。



『さあ、逆転開始だ!』


 その瞬間から、改めて始まったのだ。



 ――収束する――




     ◇




「あ あ  あああ あ   ああ    あああ ああ    あああ  あ ああああ あああああ  あああ    ああああ   ああ  あああああ あ ああああ ああああ  あ あああ あああ あ あ ああ  ああ ああああああああああ!!!!」


 魔力が騒めく。


 サーシャを中心に、この場にある魔力が、彼女の元へ収束する。

 マナは当然、オドも全て。


「ミコト!? ミコ トみことみこと みことみこ とミコトみこと ミコトミ コトみこと ミコト――――ああ  あああ   ああ   あ   ああああ ああ  あああ ああ ああ   あ    あああ あああ   ああああ    あああ   ああああ  あああ あああ あああ  あ あ ああ あ あ あああ   あああ  ああああ   ああああ ああ あああ あああ ああああ!!!!」


 フリージスが収束していた極光は、魔力が失われたことで消える。


 青は徐々に、赤へと変貌する。

 赤い瞳が、一層の輝きを得る。



『操魔』――否、《操魔》。



 魔力を総べる存在が、その片鱗を覗かせる。

 血色の魔力がサーシャの左肩に収束し、それは形を作り――傷跡一つない左腕が復活する。


 次いで形作られるのは、人の形。

 赤い、朱い、紅い、赫い、人の影。


 素材がなければ、ミコト・クロミヤは『再生』しない。

 その上、心が死んだ彼は、自力で復活することはできない。


 ――だが。


 素材ならたくさんあった。

 心なら満ち溢れていた。


 ミコトの魔力によって作られた、『アヴリース』を構成する聖晶石。

 そこから人格・性格・魂・生命・精神、あらゆるものを引き出す。


 それは死の記憶。

 万を超える苦痛と悲痛が、サーシャの精神を凌辱する。

 けど、それ以上に、彼がいないことが耐えられなかったから。


 彼女は――浸食を受け入れる。

 サーシャの中で眠っていた存在が、目を覚ます。


 死の苦痛によって作られた、赤い魔力の集合体が、割れる。


 卵から、新たな生命が誕生するかのごとく。

 実態は、死の門を無理やり抉じ開けてきた、アンデッド。



 そして――――






     ◇






     ◇






     ◇






     ◆






     ◆






     ◆






 ――――『再生』する。




 その者は黒衣を纏っていた。

 夜、闇、悪、影、黒。否、それは『死』そのもの。


 項垂れた状態から、糸で無理やり吊し上げるように、顔のみを上げる。

 白髪混じりの黒い髪の隙間から、覗く。血色に輝く、赤い瞳。


 瞳を除けば、顔立ちはミコト・クロミヤそのもの。

 しかし、纏う空気はまったくの別物。


 赤と黒。血と死。

 それはまさしく、悪魔そのもの。


 怪物が、世界を睥睨する。

 フリージスを。カーリストを。エインルードの民衆を。仲間たちを。


 ゾッ、と。

 言い知れぬ悪寒が、誰しもに駆け巡った。

 たったの一睨み。それは生存本能を刺激する、絶対的な死の予感。


「――――」


 踏み出そうとして、違和感を覚えたのか、怪物は足元を見やった。

 血の池から、足を踏み出すことができない。


 それはカーリストの『不動』。

 人から足を奪う異能。


「ケキッ」


 小さな嗤い。

 怪物は改めて、カーリストを睨む。



 ミツケタ。



 凶悪な殺意を撒き散らす、狂気の笑み。


「ふあん、ていィ? カラダが、ッ。さだま、ラないィ。キヒィ、ぎゃふっ、砉ケキ砉カクふハ――――『変異』するッ!!」


 直後、怪物の背中が破裂する。血を撒き散らしながら飛び出したのは直系五〇メートルは超える、三対六羽の肉色の翼だ。


 翼が羽搏く。地に囚われた足が千切れ、怪物が飛翔する。

 向かう先にいるのは、カーリスト・グロウス・エインルード。怪物の瞳に映る《地天》の使徒は、圧倒的に強者ではなく、ただの獲物であった。


 その笑みを見て、カーリストは確信する。

 圧倒的な格の違いを。膨大に開いた資質の差を。


 段ではなく、桁でもなく。次元が、違う。


「――『グロウス』ぅぅぁあぁああああああああ!」


 神級魔術。

 光に触れたモノを、天と挟んで押し潰す、神の奇跡。


 地に囲まれた大空洞で発動すれば、崩落は決して避けられない、人智を超えた力。


 対し、怪物が紡ぐは、それを上回る奇跡。




「――『メシアス』」




 命属性。神域の神級魔術。

 現れたのは、生のイメージからは真逆の、黒い死の力。


 物事には常に、相反する二つが付き纏う。

 火に『熱』と『冷』があるように。

 水に『潤』と『渇』があるように。

 心に『善』と『悪』があるように。


 命には、『生』と『死』が付き纏う。

 怪物の境界は、『死』に傾いた。それだけのこと。


 地を天繋ぐ青い輝きと、死そのものの黒い泥が。

『地天』と『黒死』が、激突する。


 拮抗はない。

 抵抗もない。


 打ち破られたのは、『地天』の奇跡。

『黒死』は容赦なくカーリストを飲み込む。身体を保つはずの『固定』は、呆気なく突破される。


 死ぬ。

 触れた部位から、問答無用で死へと堕ちる。


 あれだけグランたちを苦しめた敵は、あっさりと死んだ。


 それだけでは終わらない。

 カーリストの背後にいた民衆も、全て泥に飲み込まれ、その命を終わらせる。

 壁に到達した『黒死』は、壁を這い上がり、天井へと向かう。


 そして――殺した。




 この日。

 一つの町が、地図から消えることになる。




     ◆




 大空洞の天井は、完全に抉り取られていた。

 振りゆく死んだ砂も、『黒死』は振り払う。


 夜の空が現れる。

 青い月が露わになる。


「ぎひ――ひゃ」


 空で、肉色の翼を羽搏かせながら。

 怪物は月を仰ぎ見て、嘲笑う。


「ぎゃはははははっははっははあはあははあははははっはははははははあっはははははははははははははあははははっはははっははははははあ!!!!」


 生命の冒涜。

 死者は生き返らないという、世界の理を逸脱した、神への反逆者。


「御機嫌よう皆様ァ! 俺は《黒死》の使徒――クロミヤミコト!」




 嗤え。嗤え。嗤え。




「――アラタメマシテ」


























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