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イセカイキ - 再生回帰ヒーロー -  作者: はむら タマやん
第一章 異世会来 - 前編 カムオン・パンピー -
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第八話 青い光

「で、だいぶ本題からずれちまったわけなんだが」


 ちょっと恥ずかしい思考を表に出さぬよう、ミコトは頬を掻きつつ切り出した。

 だが、サーシャは不思議そうに、


「本題って、なんだったかなぁ? カガクの話?」


「ちげえよ。いや、話してて楽しかったから、んな申し訳なさそうな顔すんな」


 本当に、いろいろ話せて楽しかった。たびたび出る単語の意味を理解してくれたかどうかは怪しいが、異世界人に科学を紹介する、というのはけっこうおもしろいのだ。

 きっと科学技術に精通している内政チート転生者も、こういう気持ちなんだろう、と勝手に想像。

 それはともかく。


「魔術だよ魔術。結局、俺それ使えんの?」


 教えてもらったことと言えば、魔術は切っ掛けも大事だということぐらいだ。

 魔術を使える切っ掛けを得たとして、使い方がわからなければ使いようがない。


「魔術っていうのは、簡単に言えば世界を変える力、だね」


「そりゃまた大層な」


 タンスに指をぶつけるぐらいで使えるようになるくせに。


「簡単な魔術発動の流れは、術式演算、魔力精製、スロットへの魔力注入だよ」


「さっぱりわからん」


 まず精製とはどうするのか。演算とはどういうふうにすればいい。スロットとはなんなのか。

 眉根を寄せるミコトに、サーシャは苦笑して、


「魔力は生命力から精製されるの」


「生命力……って、危ないんじゃねえか? これ以上白髪増えたりしない?」


 生命力を使ったら寿命が縮んだり、体が脆くなったり、若白髪が増えたり、若白髪が増加したり、若白髪が生えたりしないだろうか。

 などと危惧するが、サーシャは安心させるように微笑んで、


「大丈夫だよ。確かに使いすぎれば危ないけど、脳が勝手に制限をかけてるから、そういうことはないよ」


「そ、そっか。それは安心、か?」


 自分の知らない技術なので、信用していいのか自信が持てない。

 まあ、サーシャが大丈夫だと言うのなら、大丈夫だとは思うが。


「んで、術式とかなんちゃらってのは?」


「術式は、ルーンを演算したりしてできるの。そのルーンを演算するところが、精神内のどこかにあるスロット、っていうのだよ」


「これもうわかんねえな」


 お手あげのポーズで、ミコトは仰向けに転がった。

 精神内のどこかって、どこだ。今、思考している頭にでもスロットがあるのだろうか。

 呻くも、答えは見つからない。


「たぶん、使えるようにならないとわからない感覚だね」


「……切っ掛けって奴か。環境の変化なら、この数時間で無茶苦茶やってんだけどな」


 なんせ異世界に来たのだ。環境の変化はものすごいはずなのだが。


「やっぱ才能じゃねえの?」


「それもあるんだけどね。最初からできる人もいるし」


 やはり才能が出てくるのか。ミコトは自分が才能のない人間だとは思わないが、そこまであるとも思っていない。平均よりちょっと上を自称している。

 ミコトはため息をこらえながら上体を起こして、


「んで、続き教えてよ」


「うん、そうだね。どっちにしても、魔術を使うには知識が必要だしね」


 サーシャはコホン、と可愛らしく一息置いてから、弟に勉強を教える姉目線となって、


「じゃあ世界への作用の仕方を教えるね」


「おー。頼んますです先生」


「はい、頼まれましたー。……世界への作用の仕方は、大雑把に言うと二種類。創造と干渉だよ」


「っつーと?」


「創造は、無から有を作り出す魔術。たとえば……『アクエ』」


 サーシャが左手の掌を上に向けて、ミコトに見えるように差し出した。

 その掌に、少量の青い光が集まって、直後に二、三の水滴が生み出された。

 水滴は重力に従い、サーシャの掌に落ちる。


「これが創造。物を作り出す力だね」


「これで水不足は解消だぜやったー」


「残念。創造で作り出した水は、飲んでも意味がないのです」


「なんでなん?」


「この水は、世界に無理やり作り出した異物。定めた術式とは違う形になったり、スロットへの魔力注入をやめると消えちゃいます」


「ほらこの通り」とサーシャが言うと、ミコトの目の前で水滴は消えてしまった。

 なるほど。だから創造で作り出した水は、飲んでも意味がないのか。


 そういえばラウスは、水の塊を受けたにも関わらず体をまったく濡らしていなかった。

 あのときは驚いたが、ラウスが何かしたわけではなかったようだ。無駄に怖がってしまった。


「その、違う形になるってのは、どういうことなんだ?」


「普通の水は、放っておくと水蒸気か氷になるよね? でも、創造した水は違う。術式をしっかりして、スロットに魔力を注ぎ続ければ、外部からどれだけ干渉しても状態が変わらないの」


「へえ、すげえな」


「魔力注入が少ないか、外部からの干渉が強すぎると、簡単に消えちゃうんだけどね」


 つまり、魔術を維持する魔力を上回る力で、水を熱したり冷やしたりすれば、形も残らず消滅する、ということなのだろう。

 ミコトは唸ると、サーシャにその先の説明を促した。


「干渉は、この世界に存在するモノを操る魔術。『エアリ』」


 サーシャは左手をくるくると回した。その人差し指に集まった青い光は瞬時に消え、代わりに目に見える風が現れた。

 そして、サーシャの指がこちらへ向けられると、風が真っ直ぐ飛んできた。


「ぬおっ!」


 まったく意識していなかったミコトは避けられず、額に風を受けた。驚き目を閉じて仰け反っていると、サーシャがクスクスと笑った。


「しゃしんのお返しだよ」


「……地味に根に持ってたのかよ」


「アハハハハ! 馬鹿みたいな顔!」


「黙りんさいテメエ」


 ここぞとばかりに嘲笑うレイラに、ミコトは冷たい視線を送った。

 ふと横を見ると、サーシャの微笑ましげな顔。

 ミコトは羞恥を誤魔化すように「あーあー!」と騒いで、


「で、今のが干渉って奴か」


「今のは空気を操ったんだよ。ついでに、飲み水を作れる魔術が、『キューター』」


 今度は、岩の窪みに水が生まれた。干渉なら、魔力注入とやらをやめても消えず、蒸発したり凍ったりもできるだろう。

 これが、もともと存在する物で作り出したというのなら、


「水蒸気を集めたのか」


「うん、そうだよ。よくわかったね」


「まあな。その場にあるモン弄って水を出すなら、それ以外思い浮かばねえよ。それにしても、いろいろできんだな。属性とかってねえのか?」


 創造・干渉は初めて耳にしたが、属性と言えば魔法系ではお馴染みの用語だ。それなら多少わかるはず。

 案の定サーシャは頷いた。


「自然属性四つで、上位属性二つ、神域属性二つで、全部で八つの属性があるよ」


「ほうほう」


「上位属性は簡単には使えないし、神域属性は今のところ存在しないから置いておいて、今は自然属性だけを話すね」


 なぜ簡単には使えないのか。なぜ存在しない属性があるとされているのか。

 訊きたいことはいくつかあったが、脱線するので口出ししない。


「自然属性は、火・水・風・地の四つ」


「ポピュラーだな」


 四大元素、と呼ばれる奴だろう。オタクには馴染み深い言葉だ。


「属性に得手不得手ってあんの?」


「あるけど、まったく使えないってことはないよ。でも、スロットがあるのが精神内だから、トラウマがあったら使えないかな。小さい頃に火傷したり、溺れたりしたりね」


「意外と繊細なのな、魔術って。呪文唱えてハイドーン! だと思ってた」


「お伽噺とか、勇者伝説の中だけの話だよ」


 勇者という単語に心惹かれたが、脱線はいかんと己を戒める。

『だらしねえ』という戒めの心、これ大事。


「魔術の簡単な説明は、このくらいかな。ほかの属性とか、ルーンの暗記とかもする?」


「それよか、どうやったら魔術が使えるようになるんだよ。切っ掛けとかそんなんじゃなくてさ」


 ラウスに襲われる危険がある。悠長にしていられないのだ。

 サーシャは難しそうに眉根を寄せた。さすがに難しい話だったかと思ったとき、横からレイラが、


「まずは、魔力を感じなさい」


 ミコトは驚いてレイラを見た。彼女は口を出さないと思っていたのだ。

 レイラは仕方なさげにため息をこぼすと、右手の人差し指を立てた。


「耳じゃない。口じゃない。鼻じゃない。肌じゃない。眼でもない。ただ、黙って感じればいい」


 ミコトが疑問を口にする暇もなく、レイラの体からほんの微量の、青い光が湧き上がった。この世界の月、サーシャが魔術を使うときに見えるものや、『ノーフォン』に取り付けられた青い石と同じ色だ。


 ミコトは言われた通りに、五感を意識せずぼんやりと青い光を視た。そして、ミコトは妙な感覚を得た。言葉にしがたい、だが体に馴染むような、不思議な感覚。

 瞬間、世界が書き換わるのを感じた。直後、赤い革手袋をはめたレイラの人差し指の先に、小さな火が灯った。


「……地味だな、なんつーか」


「火種ならこの程度で十分でしょ。で、わかったかしら?」


「ああ。なんか……変な感じがした」


「才能あるじゃない。ま、これで第一段階は突破ね。次に魔力精製と術式演算……は、自力で掴むしかないけど」


「おう、ありがとな」


 素直に礼を言うと、レイラは居心地悪そうに、


「やめて気色悪い。アタシは戦力は少しでも多いと思っただけよ」


「またまたぁ。ツンデレって奴だな、わかります」


「そういうところがウザいのよ!」


 レイラの罵倒に、ミコトはへらへらと笑って返した。それが余計に苛立たせたのか、レイラは目尻を吊り上げた。

 それを横目に、ミコトは得た知識を頭の中で反芻させる。しかし考えても、どうやって使えるようになるのかわからない。


「そもそも、魔力ってなんだよ。青い光が魔力って奴か?」


 ミコトは軽い気持ちで訊いたのだが、サーシャとレイラが目を見開いて驚いた。

 失言したかな、とミコト首を捻る。


「なんか言っちった?」


「ミコト、魔力が見えるの?」


 そう訊くサーシャの顔には、怯えの色が見えた。

 理由がわからないので、言葉の選びようがない。ただ正直に言うしかない。


「見えるけど……なんかやっちった?」


「……ううん。ミコトはすごく才能があるよ」


「じゃあ、なんよ?」


 そのときサーシャの顔に浮かんだ感情は、さまざまだった。

 恐怖。葛藤。諦観。信頼。寂寥。


「そうだね。話さないと、いけないよね」


「サーシャ!」


 レイラが止めるように怒鳴った。

 サーシャはビクリと肩を震わせたが、覚悟の入った視線でレイラを見返した。


「言うよ。巻き込んじゃったミコトには、言わなきゃいけないと、思うから」


「…………」


「ごめんね、レイラ」


「えっと、なにこの展開、居心地悪い……」


 レイラは苦々しげに顔を歪めると、ミコトをひと睨みして、壁にもたれかかって目をつむってしまった。

 何も話したくないという雰囲気を漂わせるレイラと、苦しげな顔をするサーシャに、なんと声をかければいいのだろう。ミコトにはわからなかった。気遣いできるようになりたい。


「別に、話さなくても……」


 苦心して選んだ言葉は、サーシャが首を横に振ることで意味をなさなくなった。

 サーシャは一度、大きく深呼吸すると、真紅の双眸をミコトに向けた。あまり眼を合わせようとしなかったサーシャが、だ。

 宝石のような瞳に射抜かれて、ミコトは一瞬だけ怯んだ。


「魔力って、実は二種類あってね。生き物が生命力から精製した魔力を、オド。世界の魔力を、マナって言うの」


 ミコトは黙って相槌を打った。

 サーシャの言葉を止められないのなら、できるだけ話しやすくしてやろうと、慣れない聞き役に徹する。


「普通の魔術師は、オドを使って魔術を使う。レイラが見せた火種の魔術も、オドで発動させたもの。だけど、わたしは……」


 サーシャは言いよどんで、しかし悲壮な覚悟を秘めた目で、告げた。


「わたしはマナを操って、魔術が使える――『操魔』の力を持ってるの」


「……そりゃあ、すげえじゃねえか」


 ミコトが絞り出した言葉は、その力への賞賛だった。マナを扱えることにどんな意味があるのかはわからない。そもそも、魔術の素人であるミコトにわかりようがなかった。


「世界の魔力――マナは、世界の生命力も同義。わたしは世界の生命力を、自分の魔力として扱えるの」


「……つまり、その力が世界にとって害だから狙われてる、って言いたいんだな?」


 サーシャはコクリと、小さく頷いた。弱々しい雰囲気を漂わせるサーシャに、ミコトは頭をガシガシと掻いた。

 言葉を考える必要はない。思ったことを、そのまま告げた。


「俺は魔術に関しちゃ、無知蒙昧の素人野郎だ。だからそれが、どんだけすげえのかも、よくわかんねえよ。けど、俺にとっちゃあ害じゃない。それで俺の命は助かったんだしな」


 そうだ。一番最初にミコトを救った人物は、世界や神なんて意思があるかもわからない、不確かな存在ではない。サーシャなのだ。

 だから、わざわざ偽る言葉など、持ち合わせていない。


「それだけじゃ、ない……」


 ミコトの軽い物言いに、サーシャが声を震わせた。ミコトと目を合わせる。黒と赤の視線が絡む。


「赤い瞳は、魔族の証なの」


「ま、まぞく……?」


「瘴気に汚染されて、己の感情と欲望に狂う、悪魔の瞳……」


 赤い瞳は、魔族の瞳。

 ミコトは心の中で納得した。彼女が自分の瞳を気にしていた理由が、ようやくわかった。


「サーシャは、魔族って奴なのか?」


「……わたしは、人間だよ。そのつもり」


「んじゃ、それでいいだろ?」


 弱々しく首を振るサーシャ。魔族ではないと口では言っても、自信なさげなのはすぐわかる。

 まあそれで、ミコトの答えが変わるわけではない。


「言ったろ? 魔族とか、そんなの俺、知らねえし。――いいじゃん、綺麗でさ」


「ぁ――――。……怖くない、の?」


「お前を怖いなんて言う奴がいたら、きっと脳みそ腐ってる」


 ミコトはニヤリと笑った。安心させるように、自信満々の笑みを見せつける。

 サーシャは俯いた。角度的に、表情を見ることができない。


「……ミコト」


「あん?」


「……巻き込んじゃって、ごめんね」


「俺が巻き込まれたくて、こうしてここにいるんだよ」


「……ありがとう」


「――おう」


 サーシャはぎこちない笑みを浮かべて。

 ミコトは彼女が安心するように、笑顔を作った。


 ただ。


「…………」


 ――今、どうして頭痛を感じているのかが、ミコトにはわからなかった。

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