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イセカイキ - 再生回帰ヒーロー -  作者: はむら タマやん
第死章 異世戒貴 - 中編 インサニティ・アンデッド -
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第一四話 その日は追い込まれるように



 一三日後。

 サーシャの容体も、かなり回復してきた。

 この間までは随分と疲弊していたが、目覚めて二日で魔術が使えるようになり、治癒魔術で左肩の傷を塞いだのだ。


 ただ、一点だけ。サーシャに起きた異変は、レイラたちの頭を悩ませた。


 ――『操魔』が使えなくなっていた。


 サーシャは常に、利き腕である左手を起点に魔力を集めていた。

 左腕ごと消えた今、もしかしたら、魔力を操る感覚を失ったのかもしれない。


『操魔』はサーシャを苦しめてきた要因の一つでありながら、サーシャを助けてきた力でもある。

 それが消失したことを、喜ぶべきか、悲しむべきか……。ただ、現在においては『最悪』と言わざるを得ない。


 今は緊急事態だ。

 最強の魔術師フリージスと、必殺の無属性魔術師リースは、裏切った。

 エインルード領の民衆は、ほぼ全員が敵に回ったと言っていい。

 その上エインルード側には、《地天》の使徒カーリストがいる。


 対してこちらは、たったの七人。

 近接最強戦力であるグランは病み上がり。レイラは器用貧乏で、決して強いとは言えない。テッドとラカは魔術が使えず、近接戦闘しかできない。

 グリアとイシェルは非戦闘員。唯一、イシェルの斥候能力が高いのが救いか。


 戦闘経験でトップのオーデと、不死身のミコトもいない。

 そこに、サーシャが『操魔』を使えないと来た。


 数も、異能も、戦闘力も劣っていた。

 当然この場合、逃走が正しい選択になるわけだが。しかし、エインルード領外に逃げることもできない。


 この町――エインは、三〇メートルの高さの外壁に囲まれている。テッドが持つ魔道具であっても、その高さを乗り越えることはできない。

 出ようとするなら、必ず関所を通らなければならない。その関所は今、通行を禁止されている。エインに潜んだ裏切者を捕えるために、一個の町が一丸となって捜索に乗り出しているのだ。


 顔がばれていないグリアとイシェルしか、まともに動けない状況である。

 だからアジトの面々は、何もできなかった。ただ地下に身を隠し、機会を窺っていた。




     ◇




「なあ、サーシャ」


 病室に、アジトの全員が集められていた。

 声を発したのはラカだ。


 ずっと知りたかった。今まではぐらかされてきた。

 でも、もういいだろう。訊いてもいいはずだ。


「ミコトの力についてだ」


 サーシャが目を伏せ、レイラが目を逸らした。グランは目蓋を閉じている。

 本人の意思を尊重する。そう言われて、ラカも今まで聞けなかった。だが、もうそんなことは言っていられない。


「あの野郎。生き返るだとかなんとか言って、様子がおかしくなってた。……そろそろ、教えてくれよ」


 沈黙が室内を包んだ。

 最初に口を開いたのは、サーシャである。


「『再生』って。ミコトは、そう言ってた」


「さい、せい……」


「死んだら、無傷で生き返る力だ、って」


 テッドとグリアが「信じられない」と呟いた。しかしラカは、一笑に付すことができなかった。


 ラカはついこの間の出来事を思い出す。

 牢屋に入れられ、拘束されていた時。ミコトは、自身の親指を噛み切ることで、拘束を解いた。


 つまりあの自傷行為は、『再生』を前提としたものだった。そう考えれば、一応、理解できた。

 もっとも、理解と納得は別物である。


「つまり、あの野郎……。死ぬつもりだったのかよ……!」


 悔しかった。

 ラカのためにオーデを助けた彼が、自分の命を軽視していることが。

 恩人が犠牲になることが、悔しくないはずがない。


 何より悔しいのは、ミコトがそのことを教えてくれなかったことだ。

 信用できなかったのだろうか。仲間ではないのか。

 生き返るからなんだ。そんなことで、気持ち悪いなんて思うはずがないのに、どうして言ってくれなかったのだ。


 ただただ、悔しかった。


「……悪い。オレ、ちょっと出る」


 ラカは最後にそう言い残して、病室から出た。


 しかし、地上の家屋に登るわけにはいかない。ラカの顔はエインルード側にバレている。訪問者が来れば見つかってしまう。

 ラカはほとんど人が来ない、奥の物置部屋に入った。


 扉を閉め、溜め息をこぼす。

 地下の冷たい空気は、ラカの体を冷やした。


「……入ってこいよ」


 気配を感じ、ラカは声を発した。

 すると扉が開き、居心地悪そうな表情をしたテッドが入室してきた。


「ラカ」


「ん?」


「そんなに、ミコトという人物が大事か?」


 戸惑いながらの、テッドの問い。

 ラカの内心を不器用に探るような、よそよそしいものだ。


「当たり前だ」


 即答した。

 テッドが目を剥くのを無視し、ラカは続ける。


「あの野郎は、オーデを救ってくれた。諦めたオレを叱咤して、前に進ませてくれた。――大事な仲間だ」


「仲間……。そうか、仲間か」


 テッドの安心したような苦笑。

 彼も彼で、自分の境遇を案じてくれていたのだろうか。と、ラカは嬉しく思った。

 それで、調子が戻ってくる。


「ミコトの奴さ。いっつもふざけてるし、時々変な言葉を使うし、鈍感だし。正直、今でもたまにウザいって思うけど……それ以上に、いい奴だぜ」


「……そっか」


 テッドの呟き。今回のそれは、少し寂しそうだった。


「僕は無霊大陸に帰りたい。なぁ、ラカ。お前はどうだ」


 オレも帰りたい。そう言おうとして、咽喉が詰まった。

 仲間との別れ。それが、ラカに躊躇させた。


「……そっか」


 今度の呟きは、悲しそうだった。




     ◇




 ラカを追うように、テッドも退室したあと病室。


 グリアは居た堪れなかったのか、サーシャに無理をしないように言い含めてから、部屋を出て行った。

 彼女は地上の家屋に戻るそうだ。長時間、地上を無人にするわけにはいかないらしい。


 残された面々は、居心地悪くしながらも、一人の少女に目を向けた。

 黒髪黒目の、無気力そうな少女、イシェル。あらゆることに怠そうな態度を崩さなかった彼女は、今は気力に満ちていた。


「イシェル……?」


「ん、ごめん。それじゃ頼み通り、エインルードについて説明させてもらうよ」


 今日ここにイシェルを呼んだのは、容態が安定してきたサーシャに、状況の説明をするためだった。

 語る前にまず、イシェルは自分のことを、エインルード領に紛れ込んだ、趣味の諜報員だと名乗った。

 趣味で成立するのかどうかはともかく、彼女は手に入れた情報を売り払って生きてきたのだと言う。


「エインルードは団結力が凄まじいからねー。情報を外に漏らさないようにって、警戒態勢もすっごいから、本官も情報収集に苦労したよー」


 そう言ってから、そういえば、とイシェルがグランとレイラを交互に見やる。


「前に言ったよねー? 情報料は、本官が惹かれる情報だってー。それ、指定してもいいー?」


「それが何かによるわね?」


「無理難題は吹っかけないよー。ただ、そう。ミコト・クロミヤと話がしたい」


 三人は顔を見合わせた。

 それなら別に問題ないだろうと、レイラが代表して頷く。

 イシェルは表情を綻ばせた。『再生』ないしミコトに対し、興味を向けているようだった。


「それじゃ、話させてもらうよー。と言ってもわかってることは、そんなに多くないけどねー」


 少し弾んだ声で、イシェルは説明し始めた。


「エインルードは《地天》の勇者、グロウスの末裔で……」


「ちょ、えっ!?」


 説明し始めて、すぐにサーシャの、驚愕の声に中断させられた。

 シーッ、と口元に人差し指をやるイシェルに、サーシャはぎゅっと口元を絞める。


「それでー、イヴっていう存在を殺すためにー、無属性魔術の研究をしててー……」


 イヴ。

 それを聞いたとき、サーシャの中で何かが騒めいた。


「……エインルード領外に出ようとする者はー、研究の実験体にするためにー、道中で拉致されるんだってー」


 サーシャが息を飲んだ。

 以前に聞かされていたレイラとグランも、目を伏せている。


「研究内容だけど、訊くー? ざっと挙げるだけでも、母体を薬漬けとか、心的外傷を負わせたりだとか、あとはー……」


「も、もういい! 言わないで!」


 イシェルは「そう?」と、軽く頷くだけだった。

 続きを話す。


「リース。二〇歳。女性。この人は研究の成功体らしいねー。消滅魔術『アヴリース』……うん、必殺の名に相応しい。それで将来的には、魔道具として活用するそうだよー」


 リースが生まれてきた経緯。そして、魔道具として扱うという言葉に、サーシャは絶句した。


「フリージス・グロウス・エインルード。二〇歳……いや、今は二一歳。男性。育成記録が付けられてたから、あっさり詳細を知れたんだー。魔道具『アヴリース』を使いこなすために、幼少期から厳しく鍛え上げられたみたいだねー。一、二歳で魔術の修行ができる辺り、超天才だよねー」


 通常、魔術の修行は六歳以降に行われる。それは、幼少期の生命力の減少が、後遺症を残す原因となるからだ。

 そんな幼い時期に行った過酷な修行は、フリージスの寿命を著しく削ったはずだ。


「それとー、カーリスト・グロウス・エインルード。三〇歳。男性。エインルード領の次期当主で、当主代理。フリージスの兄に当たる人物だねー。《地天》の使徒って呼ばれてる」


 使徒。

 思わず声を出しそうになったサーシャを、イシェルが制止する。


「異能は三つ。触れた地にいる者を動けないようにする『不動』。触れたモノ全ての防御を貫く『変動』と、固める『固定』。こんなとんでもない力を持って、さらに神級魔術『グロウス』も使えると来たー。とんでもだよねー?」


 一気に流れる情報に、サーシャは目を回しそうになる。

 見兼ねたレイラが、横から口を出す。


「つまり、『不動』に補足されたらまず逃げられないし、『固定』のせいでこっちの攻撃は通らないし、『変動』でこっちの防御は全部無意味になる、ってこと。遠距離は神級魔術で補うから……どんな距離にも対応できる化け物ってこと」


『固定』と『変動』と思われる現象を、レイラは一度目撃していた。あの狂い始めた初日、ミコトとカーリストの戦闘だ。

 どんな攻撃も効かないのなら、こちらに対抗手段はない。


「判明している重要人物はー、以上の三人。あとは、ここ数日のエインルードの動きだねー。関所は封鎖されてー、誰も出られない状況にある。そして領民たちはー、反逆者を見つけ出そうと躍起になってる。ここが突き止められるのも時間の問題かなー」


 サーシャは歯噛みした。

 戦っても敗戦は確実。逃げることもできない。隠れても、いつかは見つかる。

 状況の悪さを理解して、胃がキリキリと痛んだ。


「エインルードについてわかってるのはー、この程度。ほんっと、警戒態勢がすごくてヤになるよー。ほんとはもっと仲間がほしかったんだけどー、領民がエインルードに心酔してるせいで、テッドとグリアしか抱き込めなかったしー。その上、あんたらが騒動を起こすもんだから、こっちは命の危機だよー」


「……ごめんね、イシェル」


「勘違いしないでー、別に怒ってるわけじゃないからー。むしろー、感謝してるくらい。本官が惹かれるモノ、連れてきてくれたからねー。ミコト・クロミャとは別の関心事ができたり、興味が尽きない限り、どこまでだって協力してあげるー」


 それでも迷惑を掛けたことには変わりない。その上で、協力者になってくれると言うなら。


「それじゃあ、ありがとう、イシェル」


「……情報料、忘れないでよー」


 イシェルが仏頂面になって、病室を出ようとする。

 しかし、イシェルが扉に手を掛ける直前、扉が開いた。


 入ってきた人物――グリアの慌てように、イシェルも思わず横にどいた。

 そしてグリアは、息を荒くしながら告げる。



「明日、家宅捜索を行うって……!」



 全員が顔を強張らせた。




     ◇




 同日。

 再び病室に、アジトの全員が集合する。


「明日、家宅捜索が行われる。ここがばれるのも、時間の問題だ」


 テッドの声には、緊張が浮き出ていた。


「拒否する……ってわけには、いかないでしょうね」


「レイラちゃんの言う通り。疑わしきは罰せ、ってなるわよね」


 レイラの苦々しい言葉を、グリアが補足する。

 家宅捜索を拒否するということは、疚しいところがあると白状するのと同じだ。


「選択肢はー、たった一つ」


 イシェルの切り出しは、いつになくやる気に満ち溢れていた。


「――関所の強行突破ー。でもこれ、カーリストが関所に出張ってるから、難しいところだねー」


「それじゃ、ミコトとオーデが助け出せないよ」


「ぜってー助け出す」


「そう。妹さんと八重歯ちゃんの言う通り。その選択肢は、本官の関心事がパーになっちゃう」


 サーシャとラカの意思が、自分と同じものであると目にし、イシェルが満足そうに微笑んだ。


「流れに乗って、本官が司会として意見を纏めるよ。えーっと、救出派の人、手を上げてー」


 ちらちらと、手が上がっていく。

 一、二、三と、イシェルが数えていき、途中で言葉を止めた。


「奥さんだけだね、上げてないの」


 イシェルの視線の先にいたのは、迷いを見せるグリアだった。

 グリアは善人に分類されるが、他人のために命を賭けられる人間ではない。


 そもそも、彼女の目的は帰郷して、死んだ家族の墓を建てることである。

 ミコトとオーデは彼女にとって、完全な他人。命を賭ける理由がないのだ。


「まっ、仕方ないよねー。奥さん、戦えないし。じゃっ、奥さんはそうだねー、関所前で待機しといてよ。騒ぎが起きたらカーリストも動くだろうし、その隙に逃げたらいいんじゃなーい?」


 誰も責めなかったが、しかし、イシェルの口調は嫌味ったらしかった。

 グリアは申し訳なさそうに、頭を下げた。


「そういうわけで、一人の除いて満場一致。ということで、突入は確定だね。さ、それじゃあさっそく、作戦を煮詰めようか」


 そう言って、イシェルはニヤニヤと笑った。






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