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イセカイキ - 再生回帰ヒーロー -  作者: はむら タマやん
第死章 異世戒貴 - 中編 インサニティ・アンデッド -
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第一三話 悪夢に追い立てられて




 ――あれから一〇日。

 全てが狂い始めたあの日から、もう一〇日が過ぎた。


 グランは生きていた。

 異常な回復力で、彼は復活した。


 よかった、とレイラは思うが、奇妙な感覚は消えないままだ。

 それはグランが纏っていた、異様な魔力が関係するのだろう。


 レイラに魔力を視認する才能はないが、感じるくらいはできる。

 以前のグランとは、まったく質の違う魔力だということぐらい、彼女にもわかった。

 それが以前。二カ月前に見た、魔族の魔力――瘴気ということも。


「…………」


 テッドに連れられてやってきたのは、一件の家屋だった。

 その地下に、アジトはあった。


 アジトとは言っても、そんな大したものじゃない。

 元からあった地下を、少し改良したぐらいの、安っぽい場所だ。


 もし見回りが来ても、地上の家屋に住まう者が対応する。地下には気付かないだろう。

 隠れるには絶好のポイントだと言えた。


 ただ、この地下は、けっこう狭い。

 梯子を降りると、短い通路がそこにある。左右にそれぞれ二部屋、正面に一部屋で、合計五部屋だ。


 正面の部屋は物置で、色んな機材や道具、武具が置かれている。

 実質、部屋として扱えるのは、四部屋だけだ。

 さらに、一部屋は怪我人用に割いているので、三部屋ぐらいしかまともに使えなかった。


 その三部屋も、そう広いわけではない。精々が三畳、と言ったところだ。

 まぁ、窮屈さは覚えるが、数人が隠れるだけなら問題ない。そんなアジトだ。


 数人。そう、数人だ。

 アジトと言うくせに、その人数は少ない。

 レイラたち余所者を含めても、たったの七人。除けば三人。


 もはや秘密基地、と称したほうが正しく思える。

 レイラはそんなアジトの一室にいた。そこは、簡素な病室だった。

 狭い部屋に、ベッドが二つ。


 片方には、全身に包帯を巻いたグラン。

 レイラが入室した気配に気付き、目を覚ましていた。起き上がる様子はない。


 そして、もう片方には――、


「……サーシャ」


 サーシャ・セレナイト。

 レイラの妹が、死んだように眠っていた。


 あれから一〇日が経ったのに、身動ぎ一つしない。

 本当に死んでしまったのではないのか。もう起きないのではないかと。時々、恐ろしくなる。


「あ、レイラちゃん」


 怪我人二人の看病をしていた人物が、レイラに気付いた。

 ウェーブの濃い茶髪、立ち上がる仕草に連れて靡く。

 歳は三〇を過ぎたくらいで、大人の女性、といった雰囲気があった。


「グリアさん。お疲れ様です」


「ううん、大丈夫よ。気にしないで」


 グリア・ボルックス。

 子供が大好きらしく、アジトの者の中では、特にサーシャを気に掛けていた。


「それで、サーシャの容体は……?」


 グリアは静かに、首を横に振った。

 レイラは数秒目を伏せて、ベッドの近くにあった椅子に座る。


 ――結果的に、サーシャは生き延びた。


 大怪我を負い、大量の血を失いながらも、生き延びたのである。

 不幸中の幸いだった。

 その代償は、大きかったけれど。


 左肩から先が、失われていた。


 身体部位を元通りにするには、上級クラスの治癒魔術が必要になる。

 ただ、治癒術師としての資質がある魔術師は、かなり少ない。その中でも上級となると、王宮抱え込みにも早々いない。


 さらに、完全に左腕がない状態で治ってしまえば、回復の望みはもっと薄れる。

 王都からエインルード領に来るまで、魔王教に見つからないように、しかし迅速にと移動して、二カ月。


 どれだけ急いだとしても、エインルード領から王都まで、一カ月近くはかかる。

 エインルードのほうが標高が高く、王都までの道が下り坂だということを考慮に入れても、だ。


 治せるかもしれないフィンスタリー・トゥンカリーという老人は、すでに死亡している。

 サーシャの左腕が元に戻る望みは、ほとんどない。


「レイラちゃんは、サーシャちゃんのお姉ちゃんなのよね?」


「あ、えっと、はい」


 沈んでいたところに声を掛けられ、レイラはどもりながら返した。

 グリアはレイラに優しげな目を向ける。


「サーシャちゃんが目を覚ましたら、きっと悲しむわ。そんなとき、お姉ちゃんが暗くなってちゃ駄目。ちゃんと励ましてあげるのっ」


 それはレイラを叱咤しているようで、レイラを心配していた。

 グリアさんは励ますのが上手いな、と思う。年齢や雰囲気から、レイラは思い至る。


「グリアさんって、子供がいるんですか?」


「…………」


 グリアは悲しげに瞳を揺らし、目を伏せた。

 しまった、とレイラは後悔した。エインルード領に来た者が、訳ありでないわけがない。

 答えなくていいと、慌てて言おうとしたレイラだが、その前に、グリアが話し出す。


「もう、いないわ。盗賊に襲われて、夫も、娘も、みんな、いなくなったわ」


 レイラは絶句した。


「それで、奴隷市に売られて、エインルードに拾われて、最近ここに来たの」


「そ、れは……」


 家族が、大切な人たちが、殺される。

 その苦しみが、レイラにはわかった。あんな経験をして、その絶望は、半端なものではない。


 だが、グリアは強かった。


「だからね。ちゃんと、お墓を立てたいな、って」


「――――」


「遺骨も納められないだろうけど、でも、弔いたいの。だから私は、エインルード領を出るわ」


 エインルード領を抜け出し、他領に引っ越そうとする者は、道中に襲われる。

 故郷に戻ろうとしたグリアに、その情報を伝えて引き止めたのは、アジトのメンバーだった。

 そして今、グリアはここにいる。そう、彼女は語った。


「……強いですね、グリアさん」


「当然よ! これでも一児の母なんだから!」


 苦笑を浮かべ、レイラは過去に思いを寄せる。

 魔王教が故郷を滅ぼしてから三年。いや、もう三年半か。


 帰ることもできず、逃げ回る日々だった。

 戻っても、帰る場所なんてなくて、悲惨な光景だけがあるのではないかと。


 気持ちの整理は、半年前にできた。

 そろそろ一度、帰ってもいいかもしれない。


「サーシャにも、ちゃんと見てほしいし……」


 記憶を失っているサーシャだが、帰郷すれば思い出すかもしれない。

 記憶喪失のサーシャに対して、乗り越えたとはいえ、思うところがないわけではない。思い出してほしい、という感情は変わらずあった。


 微笑みを浮かべたレイラは、サーシャの頬を撫でた。

 息をしているのに、肌はいやに冷たかった。



 ――サーシャが小さく、呻き声を上げた。




     ◇




 痛い。

 左肩が焼けるように、痛い。


 左腕がない。

 何もない。


 血が失われていくのを感じた。

 このままでは死ぬと、彼女は本能的に悟った。


「このままじゃサーシャが!」


「だが……。だが、ナターシャ! それじゃ、お前が……!」


「サヴァラ、お願い!」


 誰かが言い争う声が聞こえた。

 ぼやけた視界で、彼女は二人を見た。


 くすんだ銀髪と青い瞳の男と、綺麗な銀髪と赤い瞳の女性。どちらも血だらけだった。

 近くには、亜麻色の髪の少女が、気を失って倒れていた。


 気付くと、口論を終わっていた。

 女性が苦痛を隠すような、安堵の微笑みを浮かべ、地に転がった。


 張り裂けるような悲鳴を上げたのは、男のほうだった。

 ぼろぼろと涙を流しながら、女性から引き抜いた――未だ脈動する『それ』を、サーシャの元へと持ってくる。


(いや……)


 ――直後、男がサーシャの口に、無理やり『それ』を押し込んだ。


 ごくん。




     ◇




「――――っ! …………ッ!? ぁ、ぁぁあああ、ァァアァ、あアアァッァッァァアアアアアアアアアアア――――ッ、――――!!」


 突如、サーシャの口から発せられたのは、耳を劈くような絶叫だった。

 忌避感、絶望、悲哀、苦痛。サーシャは何かを拒絶するかのように、ベッドの上で暴れ出した。


 悪夢としても尋常ではない。

 これはあまりに度を越えている。


「……っ!?」


 唖然としていたレイラは、すぐさま行動を起こす。

 髪を掻き毟り、自身の首を絞め、何かを吐き出そうとするサーシャの行動を、レイラはベッドに無理やり押さえ付けて拘束する。


「大丈夫よ、サーシャちゃん! ここには怖いものなんてないから!」


 グリアがサーシャを安心させようと、声を上げる。

 それに続けて、レイラも声を張り上げた。


「サーシャ、しっかりしなさい!」


「あああ、あああああああ……!? おとう、さ……ァ! お、ぁさ……おかぁさん……!!」


 サーシャを拘束したままの状態で、レイラの思考が一瞬停止した。

 サーシャの父母、サヴァラとナターシャ。彼らを思い出して今、サーシャは苦しんでいるというのか。

 あの日。自分が気絶している間に、サーシャが記憶を失うような、最悪の出来事でもあったのか。


 いや、考えるのは後回しだ。

 今はサーシャだ。過去ではなく、今、目の前にあることを。


「サーシャ、わかる!? アタシよ、レイラ! アンタの姉よ!」


 必死の呼び掛けか功を奏したのか、サーシャの錯乱が、少しずつ鎮まっていく。

 サーシャの抵抗が完全になくなる。レイラは深い溜め息をこぼして、拘束を解いた。

 しばらく様子を見ていたが、サーシャが再び暴れ出すような気配はない。


 グランは上体を起こして、サーシャの様子を窺っていた。

 騒ぎはアジト中に聞こえていたのだろう。鎮まったのを見計らったようなタイミングで、扉が開いた。


 ラカとテッドの入室。

 これで地上の家屋に待機している一人以外、全員が病室に集合したことになる。


「サーシャ、大丈夫なのか?」


 そっけなく振る舞いながら、ラカはサーシャの容態を尋ねた。

 レイラはちらりと、サーシャを見やる。


 サーシャは目を覚ましていた。


 サーシャは荒い息を吐いて、天井をぼんやりと見つめている。その赤い瞳は焦点が合っておらず、空虚だった。

 汗で服が肌に張り付いていて、幼い容姿ながらも扇情的な光景だ。


「……一先ず、目が覚めてよかった、と言おうかな」


 そう言ったのは、壁に背中を預け、物憂げな表情を浮かべたテッドだ。


「それじゃ、ご飯を作ってくるわね」


 居た堪れない様子のグリアは、そう告げて部屋を出て行った。

 開いたスペースを詰めるように、ラカがサーシャのそばに寄る。そして、頭を下げた。


「すまねー、サーシャ。オレが間抜けに、気絶しなけりゃ」


 ラカの謝罪に、天井を見上げていたサーシャは、視線を移動させた。

 ゆらゆらと、一室を視線だけで見回すサーシャ。ラカを無視して、ぽつりと呟いた。


「ミコト、は? それに、オーデも……」


 誰もが沈黙した。

 ミコトは未だ、屋敷の地下に囚われたままだ。そんなこと、先ほどまで錯乱していたサーシャに、言えるはずがない。

 しかし、サーシャと碌に関係を築いていないテッドに、遠慮はなかった。


「ここにはいない」


「そう……。助けに、行かなきゃ……」


 緩慢に起き上がろうとするサーシャを、レイラは肩を押してベッドに押し返した。

 サーシャは抵抗もできず、再びベッドに倒れる。


「無理して動いて、サーシャがボロボロになってちゃ、意味がないじゃない。アイツだってそんなこと、望んでないわ。もちろん、アタシも」


「……、……」


「大丈夫よ。アイツは死なないわ。今は、回復に努めましょ」


「……うん」


 渋々という風に頷くサーシャに、レイラは安堵の溜め息を吐いた。

 ミコトを後回しにすることに罪悪感はあったが、感情に任せて行動するわけにはいかなかった。


 会話の終わりを見計らって、テッドが口を開く。


「お前、オーデさんの居場所を知っているか?」


 テッドはオーデと知り合いらしい。一週間前に名前を聞くなり、喜色満面の笑みを浮かべるほどだ。

 お騒ぎを起こしていながら、未だ彼がエインルード領に留まっているのは、オーデに会いたいという気持ちがあるからだろう。

 もっとも、それがエインルード領から出ない……否、出られない理由ではないが。


「……わからない」


 尋ねられたサーシャは、しばらく頭を悩ましたあと、そう答えた。

 サーシャは先がなくなった左肩を撫でながら、言葉を続ける。


「左腕が消されたあと、わたし、気を失っちゃったから」


 溜め息をこぼすラカとテッド。

 ラカもそうだがテッドも、オーデに対する思いは強いようだった。


 そのとき、扉が開けられた。

 二人の人物が入室してくる。その一人であるグリアは鍋を持っていて、いい匂いが病室に充満した。

 中にいた面々は、邪魔にならないよう、壁に寄る。


 グリアとあと一人は、退屈そうな表情をした少女だ。

 アルフェリア王国では珍しい、黒髪黒目だ。歳はレイラと、そう離れてはいまい。


 イシェル。家名はない。

 テッドやグリアに、エインルードの真の姿を教え、このアジトに引き込んだ人物である。


 サーシャの上体を起こすのを、イシェルが手伝う横で、グリアが鍋のスープを蓮華で掬う。

 サーシャは大人しく、差し出されたスープを受け入れた。


 もう大丈夫そうだ。

 安心した面々は、病室を出て行った。


「……で、なんでアンタも出てくんのよ?」


 一言も喋らず、一緒になって退室してきたグランに、レイラは半眼で尋ねた。

 あんな大怪我をしたのだ。かなり回復したとはいえ、心配なのだ。


 グランは体中の包帯を外しながら、当然だろう、という風に、


「イシェルは衣服を持ってきていた」


「ああ、うん。確かに、持ってきてたわね」


「見る気はないが……女子が着替える部屋に、男がいては駄目だろう」


 確かにそうだ。

 グランの魔力はおかしくなってしまったが、性格自体は変わっていないらしい。

 ちょっと安心した。






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