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イセカイキ - 再生回帰ヒーロー -  作者: はむら タマやん
第死章 異世戒貴 - 中編 インサニティ・アンデッド -
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第八話 《地天》の使徒

 テッドがアジトへと向かう。


 ――屋敷のほうで大爆発が起きたのは、その道中でのことだった。


「……嫌な予感がする」


 グランの呟き。彼はレイラの制止も聞かず、屋敷へ向かって駆けて行った。

 そこで見たものは、地面に開いた穴。飛び込んでみれば、ミコトとフリージスが対峙する光景があった。


 サーシャを抱え、地下から脱したグランは、地上に登ってすぐさま駆け出した。

 向かう先はエインの外。早くここから離れなければならない。


 サーシャの左肩から先がない。高温で熱したような火傷が傷口を塞いで、流血していない。

 しかし服にべったりと付着した血量と、土気色の表情を見るに、かなり失血していることがわかった。


 とにかく、安静にしなければ。

 そのためには、町を出ないと安心できない。


 サーシャを守らなければ。

 その想いが、グランの足を速めさせる。


 グランにとってサーシャは仲間だ。だが実際は仲間意識より、庇護対象という認識が強い。

 サーシャは、というより正確には、自分より戦闘力が低い仲間は、だ。


 フリージスを除き、サーシャ、レイラ、ラカ、オーデ、リース。

 この五人に対しては、守らねば、という想いが強かった。


 しかしただ一人、ミコトに対しては少し違う。

 死なないから守る意味がない、という意味ではない。


 戦闘力の優劣では、圧倒的にミコトが劣る。

 それでも彼は、決闘でグランを降した。グランはミコトに負けたのだ。


 だからグランの彼への認識は、戦友だ。

 その戦友が、最も守りたい者を、グランに託したのだ。


 今頃、ミコトは死ぬような目に遭っているだろう。

 それがわかっていて、戦友の頼みだからと、グランは了承した。

 もしミコトに『再生』がなくとも、グランは頷いただろう。


 仲間への庇護意識に、戦友からの信頼を受けたグランの意思は、非常に強いものだった。



 そのグランの前方に、一人の男が立ち塞がる。



 ここは大通りから外れた、幅五メートルの路地だ。

 民衆は未だ倉庫街で騒いでいるらしく、人っ子一人見当たらない。


 そんな路地の中央に、待ち構える敵。


 オールバックに腰まで流した、金髪の髪。

 狂気的な使命への意思を宿した、青い瞳。


 カーリスト・G・エインルード。

 エインルード領の次期当主であり、当主代理を務める男。


「焦燥で仕損じ、さらに《操魔》の左腕を消し飛ばすとは。らしくないな、フリージス。……暴走はしない、か。ふん、警戒して損をした」


 カーリストの冷たい視線は、グランが抱えている少女に注がれていた。

 彼が何を言っているのか、グランは知る気などなかった。また、カーリストと戦う気もなかった。


 サーシャを担ぎながらでは戦えないし、戦ったとして、時間が経てば経つほどサーシャの容体は悪化するだろう。

 グランの選択は、カーリストを無視しての強行突破だ。


 跳躍。一気に二階建ての屋根に飛び乗ったグランは、走る勢いを緩ませずに走り抜けようとする。

 カーリストは急ぎ、回り込むことはなかった。ゆっくりと歩き、グランが通るだろう家の前に立つ。


 グランは訝しみながらも、そのまま走り抜けようとし――突如、足が止まった。

 がくん、とグランの速度が急停止する。その停止は、グランの意図ではなかった。


 踏み出そうとした足が、屋根から離れなかった。

 グランの風のような疾走は、そのまま彼自身に牙を剥く。


 足が止まり、勢いだけが乗った上半身が、屋根に叩き付けられる。

 無理やり屋根と固定された足は、人体に無理な動きによって悲鳴を上げる。


 グランにできたのは、可能な限り衝撃を与えないように、サーシャを放り投げるくらいなものだった。

 そしてサーシャにも、不可思議な現象は発生した。屋根を転がっていくこともなく、落ちた箇所で動きを止める。


「サー、シャ……!」


 グランは痛む体を無視して、慌てて駆け寄ろうとするも、動くことができない。

 今度は足だけではない。膝、肘、手。屋根に接地した部位が固定された。


「これは!?」


 屋根から見下ろす。

 カーリストがしていたことは、ただ一つ。グランが乗っている建物に触れている、それだけだ。


 さらに、グランは驚くことになる。

 カーリストが垂直の壁を歩き、屋根へと登ってきたからだ。


 完全に物理法則を無視した行動、しかし魔術の気配は感じない。

 グランは直感した。


 これは異能だ。

 ミコトの『再生』や、サーシャの『操魔』。《浄火》の使徒の『浄火』のような、在り得ない能力。


「改めて名乗ろう、傭兵グラン。吾の名はカーリスト・グロウス・エインルード。――《地天》の使徒である」


「使徒……!?」


 尊大に名乗るカーリストに、グランは歯噛みした。

《虚心》のバーバラや《浄火》と、同じ存在。単純な戦闘力だけでは、決して敵わない相手。


 魔王教に所属していた使徒とは、欲望と使命で方向性こそ違っていたが、漂う雰囲気から察せられる危険度は同等だ。

 異様。狂気的な使命感を帯びた青い瞳が、グランを物でも見るかのように捉える。


「降伏し、《操魔》を引き渡せ。さすれば、吾は貴様に危害を加えないことを約束する」


 もちろん、グランの答えは決まっていた。


「断る」


「そうか。……時間があれば説得することも吝かではないが、今は急ぎだ。フリージスは、すぐにでも『ライヴ・テイカー』を作動させるつもりらしいからな」


「関係――ないッ!!」


 体の底で、赤い力が沸き上がり、視界が真っ赤に染まる。

 グランは額に赤いオーラを纏い、屋根に頭突きを入れた。


 ズガン! と屋根が沈む。通常の身体強化では考えられない威力だった。

 屋根に亀裂が入り、崩落する。


 カーリストの異能が何かは不明だが、触れた『地面』から、人を動けなくできるらしい。

 ならば、『地面』を崩してしまえばいい。


 気絶中のサーシャ、グラン、カーリストの三人は、屋内に落下する。

 先んじて二階に降り立ったグランは、落下してきたサーシャを抱き留める。直後グランは二階の床を蹴り、二階を崩落させるのと同時、開いた天井から飛び出る。


 カーリストが触れた『地面』から動けなくなるのならば、地面に触れられなくすればいい。

 浮遊中のカーリストが触れられる『地面』はない。グランは動き放題というわけだ。


 だからと言って、戦いに向かうことはしない。

 使徒の厄介さは、身に染みて理解している。自分一人で倒せるとは思えない。

 あくまでグランの目的は、サーシャを守ることなのだ。選ぶべき選択肢は逃走だ。


 グランは屋根伝いに、次の建物に移動しようとする。

 跳躍し、空中に躍り出た。


 そのとき、声が響く。


「――『フィーヴァル』」


 詩が聞こえた。

 直後、大地が隆起する。


 建物と建物の間の、細い路地から、大地が盛り上がっていく。

 隆起の魔術なら、グランでも対処可能だ。今の自分なら、身体強化による腕の一振りで薙ぎ払える自信があった。


 しかし、この局面で使ったのだ。高確率でこれは『地面』として機能する。迂闊に触ってしまえば、捕らえられてしまう。

 そうわかっているのに、回避できない。跳躍中の移動は不可能だ。


 迎撃は危険。防御は意味がない。回避は不可能。

 歯を食いしばって衝撃に備える、それと同時、


「――『エアリード』」


 危機を救い上げる、少女の詩が聞こえた。

 グランの体が、大気の流れに乗って移動する。


 隆起に対する回避は、ギリギリで間に合った。グランは体勢を立て直して着地する。

 そんな彼の元へ、駆け寄る数人の存在。


 レイラとラカ、そして《無霊の民》のテッド。

 先に挙げた二人は、サーシャの姿を確認するなり、表情を安堵に緩ませる。しかしその安堵も、長くは続かない。


「サー、シャ……。左腕が……」


「くそっ。オレが無様に気絶してなけりゃ……!」


 顔面を蒼白にするレイラと、後悔に表情を歪めるラカ。

 駆け寄ってきた中で、テッドだけが唯一冷静さを保っていた。


「とにかく、ここを離れよう! カーリストさんの『不動』に捕まったら、簡単には逃げられない!」


「奴のアレは『不動』と言うのか」


「ああ。それと、もう二つ。触れたモノの形を自在に操れる『変動』と、モノの形が変わらないようにする『固定』。……僕らみたいな普通の奴じゃ、傷一つ付けられない。さっさとトンズラするに限るよ、本当!」


 三つの異能。相手の動きを止める『不動』以外に、あと二つ。実際に見たことがないから判断が付きにくいが、テッドの焦りようから相当のものだとは察せられた。

 グランの直感は正しかった。アレは《浄火》同様、まともに戦ってはいけない相手なのだ。

 少なくとも、なんの情報もない今、勝てるわけがない。


「テッド、早くアジトに!」


 後悔を振り切ったラカが、テッドに向く。

 テッドは深く頷いた。


 直後、先ほど散々に荒らした建物が、完全に崩壊する。

 土煙の中から、無傷のカーリストが現れた。


「やっべ、早く逃げっ」


「――どういうつもりだ、吾が領民」


 トン、とカーリストが地を踏み締める。

 たった一動作。それだけで、『不動』は発動する――直前、テッドが懐から何かを取り出した。


 それは棒状の魔道具だった。柄頭には魔鉱石が取り付けられている。

 テッドがそれを強く握り締めると、棒の先端から青い糸が伸びた。テッドが魔道具を振るう。それは鞭のように建物の屋根に当たると、そのまま吸い付き、屋根へと引き寄せられていく。


 その際、ラカを抱える。屋根へと巻き上げられ、テッドとラカの二人は、『不動』の範囲外へ脱する。

 しかし、サーシャとレイラ、グランは間に合わなかった。


 地に接する者の動きを封じる異能――『不動』が発動する。

 三人の足が、地からまったく動かなくなる。

 地味だが、非常に効果的で、強力だ。翼なき人間は、魔術の行使なくして空を飛べず、足を止められた者に逃げる術はない。


 ――もっとも、まったく対処ができないわけではないはずだ。


 グランはサーシャをレイラに預け、背中に差した大剣を引き抜く。

 赤いオーラがグランと大剣を包み込む。そして瞳が赤く煌めいた一瞬、振り下ろした大剣が、石畳の地面を盛大に崩壊させた。


 地面は大剣の圧に耐えきれず、急激に陥没し、彼らはほんの数瞬だけ宙に浮く。

 その隙を逃さず、グランはレイラごとサーシャを抱え、隣の建物の壁に大剣を突き刺す。グランはその突き刺した大剣の上に乗り、跳躍。そのとき、大剣の回収も忘れない。

 二階の窓枠にグランが足を引っ掛け、その場で留まる。


 誰も捕えられなかったことに、カーリストが苛立ちの舌打ちを打つ。

 詩を紡ぎ、岩槍が飛び出す。それはグランたちがいる建物に直撃し、崩壊させた。


 隣の建物に飛び移り、皆は再び逃走する。

 完全にカーリストを抜き去り、あとは走り抜けるだけだ。グランはセレナイト姉妹を抱えながら、ラカとテッドはそれぞれ自力で走る。


 テッドに伝え聞いたものに、移動を補助する異能はない。

 速度という点では、三人はカーリストを上回っていた。


 これならば逃げ切れる――その希望は、背後から聞こえてきた詩によって、絶望へと変わる。



「――『グロウス』」



 勇者の名。属性の名。

 それが、その魔術の名だった。


 グランたちの背後で、存在感が爆発的に膨れ上がる。

 危険、異様、威圧。その圧倒的な存在感は、グランが見てきた魔術の中でも最高級。特級魔術『ムスペルヘイム』さえも上回る。


 レイラがぽつりと、自身の推測を漏らす。


「神、級……」


 百以上のルーンを使用し、最大の効果を得る特級魔術とは、完全なる真逆。

 たった一つのルーンで、強大かつ異質な結果を生む、人智を超えた階級――神級魔術。


 その効果が表れたのは、グランが魔術の発動を感知するのと、ほとんど同時だった。


 カーリストが足元から、周囲の大地に伝播していく、青い光。光は伸び、地と天を繋いでいた。

 グランたちとカーリストの間にあった、大地や建物の表面に、青い輝きが広がっていく。


 その速度は速い。

 あれだけ距離を離していたというのに、グランたちの近くまで迫ってきていた。


 幻想的な光景に、しかし、直感でわかる。

 ――アレに飲まれれば、命はない。


 いつ、あの光が止まる。どこまで行けば逃れられる。

 青い光に衰えはない。変わらぬ速度のまま、グランたちへと迫る。


「――――」


 ……覚悟を、決めた。


「グラン?」


「すまない、レイラ。今、降ろす」


 言って、グランはレイラを降ろす。

 困惑しながらサーシャを担ぎ直すレイラに、グランは目を向けない。


 背後へと向き直る。

 迫りくる神の奇跡に、真向から立ち向かう。


「…………」


 いつか、わかっていたことだった。

《浄火》の使徒への復讐を誓い、『アレ』を飲み込んだときから、こんな時がやってくると。

 本当なら、《浄火》に対して使うはずだった、最悪の切り札。


「解放――」


『それ』を抑えるために、魔力で覆っていたものが、解放された。

 グランの中にある異物が、一層の赤い輝きを得る。



 ――邪晶石の瘴気が、グランの魔力を喰らう。



「ぐ、ぁぁ、ぁぁああぁ、あっぁあっぁ、ガあぁぁアアアアアアアアア!?」


 想像を絶する激痛が、グランの思考を埋め尽くす。

 痛い、苦しい、壊れる、死ぬ。それは暗の弱音。

 悲しい、寂しい、憎い、殺す。それは負の感情。


 その対価は絶大。

 血のように赤黒い瘴気が、グランの体を包む。

 身体強化も、付与魔術もなかった。


 クレイモアが振り下ろされる。

 青く輝く大地に直撃し、轟音を奏でて地が割れる。


 果たして、青と赤の激突は――青の勝利だった。

 青は衰えたものの、最後の力を振り絞るように、グランの体を飲み込んだ。



 そして青い輝きの、真の効果が発動する。


 ――青い輝きが、すべてを押し潰した。




     ◇




 大地が、建物が。瞬間的に、地の底へ押し潰された。それはまるで、地と天に挟まれたかのように。

 あらゆるモノは粉砕し、崩壊し、瓦解する。問答無用の圧迫が、全てを押し潰す。



《地天》の神級魔術――『グロウス』。

 それは光が飲み込んだモノ全てを、地と天で押し潰す、神の力。



 グランは、生きていた。


 瘴気の一撃が、青を衰えさせていたからか。

 彼を覆う魔王の魔力が、防御となっていたのか。

 それとも『グロウス』の範囲の、一番外側だったからか。


 奇跡的だった。

 あらゆるモノが平らになった中、たった一人だけ、息をしている。


 だが、虫の息だ。

 圧迫によってグランは全身から血を流し、骨は折れ、全身がぼろぼろ。

 例えるなら、馬車に轢かれたカエル。生きているのが不思議な有様だ。


 ――あと数分で、グランは死ぬ。


「グラン!」


 ラカが駆け寄り、呼び掛けるが、グランは反応しない。

 ただ、何かに魘されているかのように、呻き続けている。


 そのグランを、血に濡れることも厭わず、ラカは背負った。


 グランは傭兵だ。無霊大陸にいた頃、大嫌いな奴らだった。

 でも正直、そんなのはどうでもよかった。


 グランは仲間だから助けたい。それが全てだ。


 平らになった街の一画を、テッドは呆然と眺めていた。

 彼の視線の先にいたのは、カーリストだった。彼我の距離は、《無霊の民》の視力を以てしても表情が見えないくらい、離れている。

 カーリストの射程圏外に逃げられたのだ。


「今なら逃げられる。急ごう」


 皆は呆然としながら、黙って頷いた。

 誰もが表情に、絶望を浮かべていた。


 これが、《地天》の使徒。

《浄火》の使徒、《虚心》のバーバラに並ぶ、人智を超えた存在。


 敵うわけがないと諦め、逃げていく。

 それは言い繕いようがない、紛うことなき敗走だった。

















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