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イセカイキ - 再生回帰ヒーロー -  作者: はむら タマやん
第死章 異世戒貴 - 中編 インサニティ・アンデッド -
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第六話 希望は在った

 地下の通路は、天井に等間隔に設置された魔道ランプによって、一定の明るさが保たれていた。

 何階層かあるらしく、上下に続く階段があった。


 ここに来るまでの道は、楽なものだった。

 エインルードの者たちは火事で大騒ぎしており、鎮火を優先して警戒を怠っている。

 つまり、見回りはほとんどない。生命探知で集団さえ避ければ、移動は非常に簡単だった。


「下か」


 サーシャの生命は感知して以降、ずっと補足し続けている。

 生命力が弱まる気配はない。健康そのものだ。だが、それがいつ損なわれるかわからない。


「旦那っ。クロミヤの旦那!」


 階下に向けて歩もうとしたミコトに、声を掛ける者がいた。

 生命探知で捉えていたので、驚きはない。ミコトは上階に視線を向けた。


 灰色の髪と瞳を持った、《無霊の民》の壮年。

 オーデ・アーデ・ムレイが、階段を駆け下りてくる。


「無事ですかい、旦那?」


 ミコトの格好に目を見開き、オーデは心配する。

 火の海に倒れていたこともあって、ミコトの格好はかなりひどい。

 しかし火傷はほとんどない。


「ああ、俺なら心配ない。オーデはなんでここに?」


「旦那を追って、そしたら、ここに辿り着きやした。……旦那、早く逃げやしょう」


「そっか。でも、まだ無理だ。下にサーシャが捕えられているんだ。早く行かねえと」


「わかりやした。お伴しやす」


「サンキュ。心強いよ」


 オーデは魔術こそ使えないものの、素手の格闘技能は仲間内でも随一だ。

 ミコトが身体強化しても届かない高みにいる。


(このままじゃ、足手纏いになるか)


 そう判断したミコトは、『最適化』を起動。

 弱い自分はおそらく、これから何度も死ぬ。ならば躊躇している暇はない。


「――『バート・アクエモート』」


 禁断術式が組み込まれた、水属性の身体強化。

 リミッターを解除するのではなく、破壊する魔術が、ミコトの体に作用する。


 頭の中で、何かが壊れる感覚がした。それは制限されていた力が解放される音。

 体に力が満ち、思考がクリアに、高速化する。代償として、常に体が壊されていく。


「行こう」


 ミコトはオーデを連れて、先を急ぐ。

 死へと、向かう。




     ◇




 人が騒ぐ声で、眠りが浅くなる。

 それにより、体の節々の違和感を自覚し、サーシャ・セレナイトは目を覚ました。


 低血圧のサーシャは寝起きに弱く、長い間ぼうっとしていた。

 やがて視界が定まってきて、サーシャはぽつりと呟く。


「ここ、は……どこ?」


 見知らぬ天井。サーシャは体を起こし、辺りを見渡す。

 小さい部屋だった。天井に魔道ランプが一つ、自分が寝ていたベッドが一つ。たったそれだけの、何もない部屋。


 灰色で統一された壁と鋼鉄の扉は、サーシャに圧迫感を与えた。

 寝室というより、まるで監禁部屋だ。


 立ち上がり、扉に近付く。開けようとするも、錠が掛けられていて動かない。

 まるではなく、本当に監禁されたらしい。


(なんで、こんなところに)


 どうしてここにいるのか。サーシャは頭を捻った。

 そして思い出した。


 ミコトの看病をレイラに代わり、ラカを連れて街に出たこと。

 買い物中にリースと出会い、倉庫街に案内されたこと。


 そして、


「リースに、襲われた……?」


 意味がわからなかった。

 ラカは無事なのだろうか。どうしてリースが自分を襲ったのだろうか。


 この赤い、魔族の瞳が原因で恨まれていた、というわけではないだろう。普段のリースを見ていればわかる。

 そもそも、フリージスに心酔しているリースが、フリージスの意思に反した行動を取るとは思えない。

 フリージスは、自分を保護すると言ってくれたのだ。


 ……考えても答えは出ない。

 サーシャは耳を澄ませて、騒がしい外に意識を向けた。


 ――火事だ! 早く火を消せ!


「何が起きてるの?」


 それは誰に訊くでもない、行き場のない質問。

 しかし、それに扉の向こうにいた人物が、声を返す。


「全てが始まったのです」


 抑揚のない声。

 しかしサーシャにはわかる。その心が、歓喜に満ちていることが。


「リース……?」


「はい。フリージス様のメイドを務めさせて頂いています、リースという者です」


 普段、あまり喋らないリースらしくない、改まった自己紹介だ。

 リースを知る者なら、その変調に気付けた。


「……始まったって、なんのこと?」


「フリージス様の使命の、第一歩が。ようやく、もうすぐ、叶うのです」


 リースの言っていることが、何一つわからない。


「フリージスと会って話がしたい。連れて行って」


「しばらくすれば、お会いできるしょう」


「今すぐ、お願い」


「できません」


 そうだ。リースはこういう人だった。

 フリージスの命令には絶対に逆らわない、そういう人間だった。


「――言うこと聞かないと、無理やり出るよ」


 皆が心配だ。

 サーシャは危険を承知で、強引にでも脱出する覚悟を決めた。


 しかし。

 サーシャは『操魔』を使おうとして、違和感に気付く。


 ――この部屋には、魔力がない。


「……!?」


 部屋の外から魔力を集めても、この部屋に入って直後、全て床に吸われていく。

 マナは使えない。ならばオドはと魔力精製を試みるが、こちらも魔力制御から離れてしまう。


 ここでは魔術が使えない。全力を出そうとも、初級魔術も使えないだろう。

 生活級では、攻撃手段として使えるはずもない。この鋼鉄の扉を敗れるわけもない。


 つまり、完全に脱出不可能。

 追い打ちのように、リースの言葉が届く。


「大人しくしていてください。今のところ、手荒なことはできませんから」


 もし脱出できても、接近戦でリースに叶うはずがない。

 悔しくて、サーシャは扉を叩いた。重い金属が鳴らす音が、静かに周囲へと響いた。


 ――それでも、諦めはしない。


 ここで座り込んでしまったら、屈してしまったら。

 二カ月前、あの少年との誓いが、嘘になってしまうから。


 だから、


「――絶対に、ここを出る!」


 その、言葉の直後だった。



「よく言ったぜ、サーシャ!」



 次の瞬間、爆音が響いた。

 上階に発生した衝撃が天井と、部屋と通路を隔てる壁を崩壊させた。


 瓦礫はサーシャを避けるように、周囲に積み重なった。

 煙が立ち込める中、すぐ目の前に誰かが降り立った。


 見知った魔力。薄らと見える、白髪の生えた黒髪。ニヤリという不敵な笑み。

 ミコト・クロミヤが、そこにいた。


「よっ、サーシャ。数時間ぶり。元気だった?」


 こんなときでもふざけるミコトに、サーシャは緊張を和らげた。

 彼がいれば、こんな状況も乗り越えられる。そんな確信があった。


 まあそれは置いておいて、


「ミコト、その格好はなに!?」


「ボロキレ! 焼けちゃった、てへっ」


「てへ、じゃないよまた無茶して! 体はいいの? 体調は? 大丈夫なの!?」


「てへぺろ!」


「もう、ミコトは! ミコトはもう、ほんともう、もうっ!」


 ミコトは困ったように後ろ髪を掻くばかり。

 まあ、こういう人なのは、わかっていたことだ。

 サーシャは溜め息をこぼし、本当に言いたかったことを告げる。


「来てくれて、ありがとう」


「……へへっ、おうさ!」


 ああ、やっぱり調子に乗る。

 でも、ミコトらしい。




「わたくしを忘れてもらっては困ります」


 ミコトの背後に、高速で迫る気配があった。

 紫紺の髪と瞳。常に崩れない無表情、私服同然に着こなしたメイド服。


 フリージスのメイド、リース。

 その右手には、この世でただ一人、彼女だけが生み出せる紫紺の光が宿っていた。


 無属性――消滅魔術。

 その光が触れた箇所は、気体・液体・固体、さらには魔術をも消滅させる、最強の魔術。


 それが絶対の矛となって、ミコトへと迫り――しかし、ミコトは対応する。


 スピンするように跳んだミコトが、回し蹴りを放つ。

 リースが伸ばしていた腕の肘に向けて、思いっきり蹴りを撃つ。


 直撃の直前、リースが背後へ飛び退く。攻撃は掠るのみ。

 リースは苦痛の悲鳴を上げることも、顔を顰めることもしない。


 常の無表情で、状況を立て直そうと直地しようとし――背後の男に気付き、足を伸ばして着地のタイミングを早め、今度は横っ飛び。

 ギリギリで背後の男、オーデの地を這うような蹴りを避けたリースは、横っ飛びのままに瓦礫の影に隠れた。


「不意打ち前に声を上げるだなんて、お前らしくないなぁ、リース」


 挑発するような、嘲る言葉を発するミコトは、目を細める。


「攻撃も一直線だ。嘗めてんのか、って言いたくなるくらいにな。まさかお前……、調子に乗ってるのか?」


 直後、ミコトの眼前にあった瓦礫から、紫紺の腕が現れた。

 なんであろうと貫き通す極光。それはミコトとリースの間を阻む瓦礫を貫通して、最短距離で突き出されたのだ。


 しかし、それもミコトは読んでいた。半歩飛び退くだけで、腕の攻撃範囲から離脱する。

 瓦礫に亀裂が広がり、がらがらと崩れた。その奥から、変わらず無表情のリースが現れる。


「俺の目には、お前が舞い上がってるように見えるよ」


「…………」


 リースは何も答えない。無言のまま、戦闘態勢に入る。


「何やってんだよ、お前。何がしたいんだ? 何が目的なんだ、お前ら!?」


 その叫びが、戦闘の引き金となった。

 ミコト目掛けて駆け出すリース。その横から土煙に紛れ、オーデが蹴りを放つ。


 オーデの動きは不規則で、動きが読み辛い。さらに一撃一撃が鋭く、重い。

 片腕というハンデを物ともしない動き。しかしオーデは、攻めに攻めきれないでいた。


 リースの両手に宿る紫紺の極光。掠るだけで身が削れる魔術が、オーデを踏み込ませない。

 もし蹴りを繰り出して、手で受け止められたら。オーデの戦闘力は激減する。


 同じ素手。格闘技脳ならオーデが勝る。しかし魔術による優劣が、オーデを劣勢にしていた。

 もっとも、これは決闘ではなく、一対一に拘る必要はない。


 ミコトの火弾。その後ろに沿うように、サーシャは風弾を放った。

 オーデとリースは同時に飛び退く。


 火弾が着弾、周囲に火を撒き散らしたところ、風弾が曲がる。

 火を巻き込んだ風弾がリースへと迫る。


 リースが取った対処は、たった一つ。腕を左右交互に振るっただけ。

 その右の極光は残り火を祓い、その左は風弾を消し去る。


 やはり、リースの消滅魔術は厄介だ。


「――だけど、全方位に対処できるわけじゃない」


 サーシャが発動していた魔術は、風弾一つだけではない。

 瓦礫の隙間を這う水の鞭が、リースの背後から襲い掛かる。


 リースは確かに強い。身体能力は人族の中でも高く、技能も優れている。それでも、多人数相手に圧倒できるような実力はない。

 さらに消滅魔術には欠点がある。手にしか纏わせられない極光は、体全体を守るには文字通り、手数が足りない。


 だから、攻撃の対処に腕を使った直後、知覚の外から攻撃する。


「安心して。気絶させるだけ」


 水鞭はしなり、リースへ迫る。リースはこれに対処しなかった。


 ――否、対処する必要がなかった。


 突如、床から岩槍が突き出た。それは水鞭を下から穿ち、消失させた。

 その場に、聞き慣れた声が響く。


「やあ、随分と大変なことになってるね。大丈夫かい、リース?」


「はい。助かりました、フリージス様」


 恭しく頭を垂れるリースの横に、一人の青年が立った。

 長い金髪。感情を宿さない青い瞳。張り付いたような微笑。


 フリージス・G・エインルード。

 アルフェリア王国最強の魔術師、と呼ばれる男。


 異常に動揺するミコトに、フリージスは冷たい目を向ける。


「……本当に、君は。どうやってあの部屋を抜け出したかは知らないけど。予想通り……、――敵に回すと、本当に厄介だ」


 敵、と。

 フリージスはそう、ハッキリと言った。


「フリー……、ジス……」


「フリージスの旦那……」


「ミコト・クロミヤの資質は魔女と同格だと、シリオス様も言っていたしね。危険度は使徒の中でも随一と想定していたが……覚醒すれば、本当に魔女に匹敵するかもしれないな」


 フリージスは淡々と言う。彼は間違いなく今、敵として在った。

 サーシャは必死に動揺を抑え付けて、隣の少年を見やった。ミコトはこの場で、誰よりも動揺がひどかった。


 荒れた感情の波が、魔力に乗って漂ってくる。

 サーシャは気付いた。一見平静に見えて、実はぐちゃぐちゃな精神状態を。


「逃げるよ」


 サーシャの言葉に、ミコトが振り向く。

 彼は信じられないとばかりに、首を横に振る。


「な……ん、で。逃げる必要が、ある。フリージスは、仲間だ……。きっとこれにも、何が訳があって……!」


「なんにしても、一旦逃げよう! このままじゃどうにもならない……!」


「でも!!」


 悲鳴のように否定するミコトを、オーデが脇に担いだ。

 フリージスとリースを背にし、サーシャを先頭に、彼らは出口に向けて走り出す。


「失礼しやすぜ、クロミヤの旦那」


「オーデ、何やってんだよ!?」


「文句なら後で幾らでも聞きやす。だから今は」


「…………わ、かった。降ろしてくれ」


 オーデの真摯な頼みに、ミコトもようやく頷いた。

 地面に降ろされたミコトは、オーデに並走していたが、力なく項垂れていた。


 そのとき、オーデの必死の呼び掛け。

 振り向いたサーシャが見たのは、豪速でこちらに迫る岩槍だ。


 サーシャとミコトが、同時に水弾を放つ。

 この一瞬で発動できる、最大威力の魔術が、岩槍と激突する。


 しかし二人の力を合わせた魔術でも、最強の魔術師には敵わない。精々、岩槍の威力を落とすぐらいなものだ。

 サーシャたちは一斉にその場を飛び退いた。着弾した岩槍が炸裂し、破片が撒き散らされる。


 破片だが、その速度、重さは軽いものではない。握り拳ほどの大きさも岩、その威力は、決して無視できるものではない。


「く……!」


 着弾の寸前、水の防壁が間に合う。

 サーシャが発動した水壁が、岩の破片を受け止めきった。


 三度の魔術行使で、ようやく止められる威力。

 最強の魔術師と呼ばれるに相応しい実力。


 これが、かつて背中を預けた仲間の、強大さ。


「――『イグニスリース』ぅ!!」


 ミコトの発動した炎の上級魔術が、高熱を撒き散らして放たれる。

 狙いはフリージスやリースではなく、両者間の天井。


 直撃、貫通。爆炎は地上まで届く。


 ぽっかりと開いた天井から、夕日の赤い光が差し込む。

 瓦礫が降り注ぐ中、三人はそれぞれの手段を以て地上を目指す。


「このまま地上まで……!」


 サーシャは不完全ながらも憶えた飛行魔術で、真っ直ぐ空に向かう。

 ミコトとオーデは跳躍。通路の壁やヘコみを利用し、ぐんぐんと地上へ向かう。


「この調子なら!」


 サーシャは安堵の声を上げた。

 ――しかし、まだ窮地は脱していなかった。


「仕方ない。リース」


「畏まりました」


 下から声がした。






 ミコトは、聞いた。



「――消滅魔術『アヴリース』、発動します」



 その声が妙に、耳に残った。


 音が消えた。そう錯覚してしまうほどに、圧倒的だった。


 それは紫紺の極光だった。


 下から上へ、光の柱が昇る。


 瓦礫も壁も、なんの意味もない。あらゆるモノは、障壁足り得ない。


 すべて、消える。


「……ぁ」


 サーシャに突き飛ばされた。


 サーシャの左腕が消滅した。



 ――――二射目。



 それは確実に、ミコトの命を狙って放たれたものだった。


 しかし、今度もまた、庇われた。


 射線上にオーデが割り込んだのだ。


 オーデは微笑んでいた。


 卑屈さの欠片もない安堵、けれど少しの未練と後悔。




「――ラカを頼みやす」




 それが、最期だった。


 呆気なく、現実味もなく。


 あまりに突然。


 ドラマも何もなく、唐突。



 紫紺の極光が、オーデに当たる。




 オーデの体が、バラバラになった。




 オーデ・アーデ・ムレイが、死んだ――――――――。






 二人は落ちる。


 下へ、下へ。


 狂気にまみれた闇の中へ。


 救いのない、絶望に溢れた、地獄の底へ――――――――。



























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