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イセカイキ - 再生回帰ヒーロー -  作者: はむら タマやん
第一章 異世会来 - 前編 カムオン・パンピー -
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第七話 明るい食卓

 お腹の虫が鳴いた。ミコトは頬を掻いて「そういや腹が減ったなぁ」と切り出した。

 それを、レイラは呆れた目で見たあと、バッグから布の袋を手に取った。


 ミコトとサーシャの視線が袋へ向く中、レイラは袋から取り出したるは、保存・携帯のために固く焼いたビスケットの一種、


「乾パンか。それ、意外と美味いよな」


「アンタの分はないわよ」


「ひでえっ! 悪魔のような所業だ!」


 ずいぶんとひどい、レイラのミコトへの対応である。

 ミコトの言い草もなかなかのものだが。


「駄目だよ、みんなで分けないと」


 が、理不尽な出来事には天使が舞い降りるものなのだ。

 サーシャに礼を言ったミコトは、レイラにドヤ顔を向けた。レイラの額に青筋が浮かんだ気がしたが、気のせいだろう。


 口の端がピクピクしている(気がする)レイラから乾パンを受け取ったミコトは、一口でもらった乾パンすべてを口に放り込んだ。実に粗雑である。

 対してサーシャは一つ一つ丁寧に噛んで食べ、レイラは残った乾パンをポンポン口に放り込む。


 食べてから『ヨモツヘグイ』という単語が頭をよぎった。

 ヨモツヘグイ。あの世の食物を食べることを意味し、これを食べると地上には戻れなくなるとか。


 異世界の食物乾パンは、もうすでに腹の中だ。

 ……ミコトは考えないようにした。


「お、そだそだ」


 先に食べ終えたミコトは、一つ思いついた。

 声を出すことでサーシャとレイラの視線を集め、


「魔術って、簡単に憶えられるモンなのか?」


 簡単で、ここでも憶えられるものならば、今のうちに修得しておきたい。

 またラウスと戦ったとき、運よく『頭痛』がくるかどうかなんて、わからないのだから。


「……人によるよ?」


 サーシャが口の中の乾パンを飲み込んでから答えた。

 レイラは教える様子はなく、乾パンを黙って食べている。ここはサーシャに任せることにしたらしい。


「才能ってことか?」


「うーん、それも大事だけど……。やっぱり、切っ掛けが大事かな」


「切っ掛け?」


 何かの儀式でもするのだろうか。

 ミコトが首を傾げると、サーシャは姉が弟を見るような目で微笑んだ。納得いかない。


「そんなすごいことでも、仰々しいことをするわけでもないよ? 生活環境が変わったり、タンスに足の指をぶつけたり……寝て起きたらいつの間にか、ってこともあるみたい」


「んな簡単なことでいいのかよ」


「うん。だから、けっこう魔術が使える人は多いんだよ。一世帯に一人ぐらいはいるんじゃないかな」


 ロマンが足りない。

 ミコトは呆れたように「ファンタジーが安い……」と呟いた。


「ミコトって、魔術のことあんまり知らないよね? ミコトの世界って、あんまり魔術が発展してなかったの?」


「いや、そもそも魔術とか、架空の存在だったし」


 ミコトは軽い気持ちで答えたのだが、サーシャの驚きようはすごいものだった。

 目を見開いて、口をポカンと開けている。

 レイラも目を丸くしていた。そういえば携帯電話は見せたが、魔術がないなんて話していなかった。


「魔術がないって、無霊大陸みたいに?」


「そのなんとか大陸は知らねえけど、本当に魔術がなかったんだって。代わりに科学技術が発展しててさ」


 頬を上気させて迫るサーシャに、ミコトは驚いて仰け反った。

 穏やかな少女だと思っていたが、意外と好奇心旺盛らしい。いや、子供らしいと言えば子供らしいか。


 ミコトは頬が緩むのを自覚した。


「カガク?」


「そ。さっきの携帯みたいな奴な? あれ、『ノーフォン』みたいな使い方もできんだぜ?」


 むしろ、それが本来の機能だ。携帯『電話』なのだし。


「じゃあそれがあったら、元の世界の人とも話せるの?」


「さすがに無理だろ」


 画面を見ても、電波は立っていない。そもそも、電波が世界を超えられるはずがないのだ。

 それでもものは試しと、親友に電話をかけようとしたが、感情の色のない電子音声が流れるだけだった。


 ミコトは落胆した。予想通りだったが、もしかしたらと期待していたのも事実だったのだ。

 誰にもばれないように、心の中で嘆息した。

 その、はずだったのに。


「あ、ごめん。無神経だったよね」


 ――サーシャが、沈痛な面持ちで謝罪した。


 ミコトは目を見開いて。

 ……しかし、いつも通りに。


「いや、別に気にしてねえよ。もともと諦めてたことだしな」


 ミコトは手を振って返した。憂いは一切出さない。


 サーシャは「そう?」と申し訳なさげに言うと、黙って残りの乾パンを食べ始めた。

 なんとなく、その姿が寂しそうに見えたから――ミコトは笑みを作って、


「ま、科学に世界を超えるような技術はねえけど、いろいろできんだぜ?」


 そう切り出してサーシャの興味を引き付け、


「空飛ぶ乗り物とか、人を轢き殺せるぐらいの速度が出る、馬いらずの馬車とか、いろいろあってさぁ」


「ど、どうやって動いてるの!?」


 サーシャが興奮して訊いてきた。

 妙に聡いところがあるサーシャだが、誘導するのは簡単だ。

 ミコトは口を笑みの形にして、


「まあ、ガソリンとか電気とかで――」


 意気揚々と、地球のことを話し始めていた。

 何を話しただろう。けっこう誇張が入っていたり、知らない理論を妄想だけで語ったり、オタク文化を熱弁したり。

 いらないことまで話したと思う。それでもサーシャは興味津々に聞いてくれたし、レイラも耳を傾けてくれているようだった。


 ミコトの脳裏に、最近の食卓の光景がよぎった。


 台所で調理する、ミコトの姿。母と別けて調理された料理。

 水物の料理を、部屋で寝込む母の元に持っていき、そのあと自分の料理を食べ始めるのだ。

 ――たった一人で、黙って、黙々と。


「…………」


 ミコトは目の前に広がる光景を見た。


 粗悪なものだった。

 匠もビックリな開放感で、すぐに外が見える。

 イスもテーブルもなく、座り心地は最悪。

 お腹に収めた乾パンも少なすぎて、正直食べた気がしない。


 ――それなのに、どうしてだろう。


 命を狙われた状況で、不謹慎だと思う。緊張感や危機感が足りないのではないかと思う。

 命を失うのは怖い。ミコトは死にかけたが――いや、死にかけたからこそ、死にたくないと強く思う。


 けど。だけれど。


 ――今が幸せだと、感じていた。


 ミコトの頬が、知らず緩んだ。

 こぼしたため息は、憂鬱な感情ではなく、安堵からのもの。


「――ごちそうさま」


 気付けば、ミコトは口走っていた。食べ終わってけっこう経った今では遅すぎる言葉で、この頃はまったく言わなかった言葉だ。

 サーシャとレイラが訝しげに見てきた。

 これも定番だよな、とミコトは思いながら


「ああ、これは食後の挨拶でな。確か、食材を調達した人たちに対する感謝の言葉だとか」


「アタシに感謝しなさい」


「お前には死んでも感謝しねえ」


 ない胸を張るレイラがウザったくて、ミコトは反射的にそう返してしまった。案の定、レイラの目尻が吊り上がったが、ミコトは無視する。


「『ごちそうさま』に対して、『いただきます』っていうのもあってな。確か『俺様のために犠牲となった動植物の命を頂いてやる』って感じだったか」


「たぶん違うと思うよ」


「『多くの生き物を犠牲にして生きている』ことと、偉大な自然への感謝の気持ちを表したもの……だったはず」


 なかなかうまく説明できた気がする。ミコトは自画自賛した。

 ふと、サーシャが左手の手元を見つめていることに気付いた。見ると、最後の乾パンが掌に乗っている。


「――いただきます」


 そう言って、サーシャが乾パンを口に放り込んだ。

 目を丸くするミコトの前でサーシャは乾パンを飲み込むと、


「――ごちそうさま」


 どうしてか。

 心の内から、何かが溢れ出ようとした。

 ミコトはそれを、胸にうちに抑え込んだ。


(ああ、そうか)


 ミコトは気づいた。

 どうして、こんなに今が幸せだと思ったのか。

 それが、ようやくわかった。


(――懐かしかったのか)


 自然と口が、笑みの形を作った。演技の混ざらない、自然な笑みだった。

 ああ、と思う。


 いろいろ大変だったけど。これからもたぶん、大変だろうけど。

 この世界に来てよかったと、ミコトは思った。

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