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イセカイキ - 再生回帰ヒーロー -  作者: はむら タマやん
第死章 異世戒貴 - 中編 インサニティ・アンデッド -
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第四話 畜生界

 街に逃げ込んだレイラは、サーシャを探して回っていた。

 サーシャは看病をレイラに交代して、ラカと買い物に出掛けたはず。


 広くない街だ。探し回れば、すぐに見つかる。

 そう思っていたレイラは、予想に反し、未だ見つけられないでいた。


 代わりにレイラは、別に仲間を発見する。


 火鼠の外套を着た、浅黒い肌の巨漢。赤い髪と、赤みがかったブラウンの瞳。

 グラン・ガーネット。《ヒドラ》という通り名を持つ傭兵であった。


「あれ、アンタこんなとこで何してんのよ?」


「宿探しだ。屋敷に泊まる気はないからな」


「は、ちょ、聞いてな……! いえ、今それはいいわ。大変なことになってるのよ、今!」


 それからレイラは、今までの経緯をグランに説明する。

 看病交代から、ミコトを残してレイラが逃げ、サーシャを探しているところまでを、要約して伝える。

 グランは黙って聞いていた。


「それで、サーシャとラカを見かけなかった?」


「いや、見ていないな」


 そう答えたグランは、レイラを見ていない。

 ただ、屋敷を黙して睨み付けていた。グランが屋敷に歩き出そうとする。


「待ちなさい、グラン。どこに行く気?」


「フリージスに問い詰める。ミコトを助ける」


「気持ちはわかるけど、お願いだから待って。今はサーシャとラカが先決よ。それにオーデも」


 フリージスを問い詰めるのは、今は難しいかもしれない。だがお互い生きてさえいれば、機会はある。

 あれから時間が経ち、ミコトがどうなっているかはわからない。だが、死んでいることはあり得ない。


 しかし、サーシャとラカとオーデは、殺せば死ぬ人間だ。

 後回しにして手遅れなどという事態は、絶対に避けなければならない。


「それに、カーリストって奴は危険よ。種はわからないけど、ミコトの攻撃がまったく通用しなかった。グランでも危ないわ」


「…………わかった」


 グランが了承したことに、レイラはサーシャを優先できる安堵と、ミコトに対して罪悪感を覚えた。

 だが、これが一番の選択肢のはずだ。決めたのなら、あとは突き進むだけ。


 そして捜索を再開する。

 しかし人手が増えたというのに、仲間の姿は一向に見つけられない。


 それからしばらく経ち、レイラの焦燥が限界近くに達したときだった。

 グランの獣耳が、ピクリと動いた。


「街の様子がおかしいな」


 え、とレイラが街中を見渡せば……確かに、人々の様子がおかしい。

 敵が出た、という噂が流れていき、人々が移動を始める。その目は執着の感情で血走っている。


「なに、これ……?」


「ラカだ」


 グランの指差した先に、行き絶え絶えに走り回る少女がいた。その必死の形相に、レイラは目を剥く。

 ラカもこちらに気付いたのか、安堵の溜め息を吐いて、その場で躓いた。


「ラカ、大丈夫?」


 駆け寄り、その肩を支える。

 ラカは息を整える暇も惜しいとばかりに、言葉を紡いだ。


「ここに……いるのは……っ。お前ら……、だけか!?」


「そうよ。それよりラカ、サーシャはどこ?」


「わかんねー! くそ、何が起こってんだいったい!?」


 憤るラカに、レイラも深く同意する。

 エインルードに辿り着けば、平穏が訪れるのだと信じていた

 それが、これはいったいなんだ。わけがわからない。


 だが、レイラはそんな想いを堪えて、現状解決に意識を向ける。

 ともかく、ラカと情報の共有だ。


「ラカは、誰か見かけた?」


「オレは……」


 ……ラカの話によると、ミコトが民衆に追われ、オーデが支援に行ったという。


「なるほどね。この騒ぎは、アイツを捕まえるための……」


 どう動く。

 サーシャの居場所はわからない。ここは、倉庫街にいるというミコトとオーデに合流するか。だが……。


 と、そうしていたとき、グランが動く。

 次の瞬間には、グランはラカの背後にいた人物の首に、手刀を突き付けていた。

 思案していたレイラと、肩で息をしていたラカは、ようやく知覚する。


 その人物は灰色の髪と黄色の瞳を持つ、《無霊の民》の少年だった。

 首輪の痕が、彼が元奴隷ということを示していた。


 まさか敵か。臨戦態勢で構えるレイラだが、その前に気付く。少年はこちらに敵意を向けていなかった。

 彼は申し訳ないという風に、グランに謝る。


「すまない、獣族の戦士。知り合いがいたもんで、驚かそうと思ってたんだ」


 台無しになったけどな、と少年は苦笑する。

 その少年を指差したのは、彼と人種を同じくするラカだった。彼女は驚愕に目を見開き、その名を呼ぶ。


「テッド! なんでここに!?」


「話は後だ。さっきから噂になってるアクマというのは、君らの仲間のことだろう? ここにいるのは不味い。僕らのアジトに案内する」


 レイラとグランは顔を見合わせ、それからラカを見た。

 ラカは戸惑いつつも頷く。


「オレのダチだ。信用できる」


 罠という線も捨て切れないが、少なくとも、ここにいるのは不味いのは確かだ。

 アジトというなら、ほかにもメンバーがいるはず。大人数は亀裂ができやすいが、現状どう動いていいかわからない今、誰かを頼るのもアリか。


 満場一致。レイラたちはテッドという少年に連れられて、アジトへと移動を始めた。




     ◇




「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 息が荒く、肺が苦しくなってきた。

 意識が朦朧とし、頭痛がひどくなる。熱がぶり返してきた。


 後ろを振り向けば、憎悪の形相を浮かべる民衆たち。

 彼らに捕まえられても、本当の意味で死ぬことはないだろう。


 ……だが、駄目だ。今、捕まるわけにはいかない。囮の役割を果たせなくなる。


 真っ直ぐには走らない。ブロック型の街並みを利用し、右へ左へと、追手を撒こうとする。

 しかし予想を超えて、噂の広がりと人々の執念は凄まじかった。どこへ行こうとも追手がいて、ミコトの格好を見るなり、悪魔と判断して追ってくる。

 時間を掛ければ掛けるほど、追手は増えて行った。


「ぐ……ぁ……!」


 ついにミコトは、倉庫と倉庫の隙間の路地で倒れてしまった。こんなところで足を止めれば、すぐに見つかってしまう。

 辺りを見渡したミコトは、ゴミ捨て場を発見した。酸素不足で痺れる体を無理して動かし、ゴミの山に隠れる。それは幸運にも、追手に見つかる前に行われた。


「悪魔め、どこへ行った!?」


「絶対に見つけ出せ!」


「殺せ!!」


 すぐ近くを、鬼気迫る空気を纏う領民たちが通り過ぎていく。

 ミコトは息を静め、体力回復に努めると共に、領民が通り過ぎるのを待つ。


 ふと、ある考えが脳裏を過った。

 わざわざ逃げる必要はあるのか? と。


 ミコトには集団のゴロツキ相手に、一方的に下したことがある。王都の下層北区を彷徨っていたときのことだ。

 それから、もう二カ月経った。あの時の二倍とは言わないが、大分成長は自覚している。


 今なら、素人相手に後れを取ることなどありえない。数の意味で言えば、こちらは無限なのだ。

 死ななきゃ安い。そして自分は、本当の意味で死ぬことはない――無敵だ。


 口角が吊り上がっていく。思わず嗤いを上げそうなった。

 と、ミコトは自身の内面に思考を落としていた、そのときだ。


 差し込む光。どけられたゴミ。

 見つかった。見つかった、見つかった見ツカッタ、ミツカッタ……!


「ケキ……ッ」


 ゴミ山から跳び出す。殺意に染まった瞳を、自身を探し当てた者に向け……、ミコトの殺意が揺らいだ。


 二人の子供だった。一〇歳にも満たない少年と少女だ。同じ髪色と瞳、似た生命力から、おそらく兄妹だと思われる。

 その兄妹はミコトを、嫌悪を以て見つめていた。子供らしくない表情で、白い花冠が雰囲気から浮いていた。


 思考が遅延し、ミコトの行動は何歩も遅れた。

 その間に、子供が声を張り上げる。


「みつけたぁ!」


「あくまはここだよ!」


「……!?」


 その内容に、ミコトは表情を強張らせる……ような余裕はなかった。

 後頭部への衝撃。完全に意識外からの攻撃に、なんの防御も取れなかった。


 頭から地面に薙ぎ倒される。額が割れ、石畳の地面に血溜まりが広がっていく。

 バタバタと、こちらに走り寄る足音が聞こえた。幾ばくもなく、全身に武器が叩き付けられる。


 武器、と大層に呼べるものでなかった。木棒、鍬、鉈、鎌。

 戦闘に使うには不便な、しかし人を傷付けるには十分な道具が、ミコトをズタボロにしていく。


 魔術は使えなかった。最初の後頭部への一撃で脳震盪でも起こしたのか、上手く頭が回らない。

 一回でも死ねれば万全となって蘇り、こんな烏合の衆なぞ一蹴できるのに……。


 ミコトは歯を食いしばったが、それは苦痛を耐えるためか、悔しいだけなのか、本人ですらわからなくなっていた。


「よく見つけたわ! 偉いわよぉラオ、リエ!」


「とうぜんだよ、ふふんっ」


「えへへ、フリージスさまも、よろこんでくれるかなっ」


 ミコトを見つけ出した子供たちの会話が、ひどく遠く感じた。

 引き摺られる。狭い路地から放り出され、倉庫街の通りに捨てられる。


 歓喜の悪意。善意の悪意。暴虐の悪意。愉悦の悪意。

 様々な想いがミコトを悪だと断じ、正義の鉄槌を下さんと、一方的な暴力を振るう。

 ミコトに抗う術はない。


「あがふっ、げぅぁ、が……ァア!!」


 農具で叩かれ、足で踏み付けられ、石を殴られる。

 無理やり起こされれば、腹部を思いっきり殴られて、胃液を吐いた。

 足を掴まれて轢き回されては、肌が削れていくのを感じた。


 民衆には拷問の才能はなかったし、そういう知識も足りていなかった。

 爪を剥がされることもなく、骨を折られるわけでもなく、拘束するわけでもなく、五感を潰すわけでもない。

 領民は自分たちの悪意のまま、ミコトを甚振っているだけだ。


  「死ね!」

                  「死ね!」

       「死ね!」

             「死ね!」

 「死ね!」

                     「死ね!」

             「死ね!」

     「死ね!」

                  「死ね!」

  「死ね!」

               「死ね!」

       「死ね!」

                     「死ね!」


 民衆の抱く感情は順当なものだと、ミコトはわかっている。

 奴隷として過ごし、虐げられてきた人々。奴隷の親から、自分たちがどんな生活を送ってきたのか、この領がいかに恵まれているかを熱弁される子供たち。


 エインルード領は楽園だ。

 ずっと奪われてきた人々が、ようやく掴んだ平穏だ。それを奪う者が現れたなら、何がなんでも守ろうとするだろう。


 ふと、少し考えてみる。

 自分の手から、もしも大切なモノが奪われようとしていたら、ミコト・クロミヤはどうするか……。


(なぁんだ。お前らと俺は、一緒じゃねえか)


 皆、大切なモノがある。それを守る行為は善だし、そのための殺戮は悪だ。

 仲間を守ることは、正しいことだと確信している。それは自身にとっての善だが、敵にとっては悪なのだ。


 どこかの誰かがこう言った。正義の反対は、別の正義なのだと。

 ならば基準点となる正義は、どこにあるというのか。最初から、そんなものは存在しないのか。

 あらゆるものは、すべてが悪となり得るのか。


(どォでもいィ)


 ああ、そうだ、その通りだ。

 所詮この世は弱肉強食。強者は搾取し、弱者は搾取される。

 そんなケダモノみたいな自然の理に、善悪や正義は介在しない。

 勝てば官軍、負ければ賊軍。生者は勝利、死者は敗北する運命にある。


 だから。

 今は精々、愉悦に酔い痴れろ、セイギども。


 あと数回殴られれば、自分は死し、生き返るだろう。

 そして奪ってみせる。子供も女も老人も関係ない。


(お前らは俺から命を奪った。だから――俺も奪うぞ)


 ――殺し尽くしてやる。






 結果から言うと、ミコトが殺すことはなかった。

 殺されることもなかった。ミコトがトドメの一撃を入れられる直前、制止を掛ける者がいたからだ。


 人垣が割れて、一人の男が歩いてくる。

 民衆はその男に、深い敬意を払っていた。


 エインルードの民から敬われる存在。

 エインルードの血を引く者。


 病人のような白い肌と、長身痩躯の体型。

 腰まで届く長い金髪と、高い魔力資質を示す青い瞳。

 いつだろうと変えたことのない、感情を読ませない微笑。


 フリージス・G・エインルード。


 リースを従者とし、サーシャとレイラを保護し、グランを護衛として雇い、ラカを購入し、ミコトとオーデを招き入れてくれた男。

 この人物がいなければ、今の関係はなかったというくらいの、中枢を成す存在。


「――――」


 死の一歩前で止められたというのに、ミコトは安堵していた。

 来てくれた。この暴力を止めて、助けてくれた。

 オーデを捕えたのなんて、きっと作戦の内なのだ。


 だからミコトは、目蓋を閉じて。

 あとは任せようと、気を失おうとして。


「――皆、ありがとう。よく脱走者を捕えてくれた。エインルードの誇りだ」


 その声に、ミコトは目を見開いた。

 信じられないとばかりに見つめれば、フリージスと目が合った。


 無。


 なんの感情も窺えない。そこに、感慨はない。罪悪感はなく、目を逸らしもしない。

 沈黙していた民衆が、数瞬遅れて歓声を上げた。

 そんな中、フリージスがミコトの元に歩み寄り、口を開いた。


「まさか、あの牢屋から出てくるとはね。……ふむ。親指を噛み切るとは」


「な……、ん……っ?」


「仕方がない。……来てくれないかな」


 フリージスが後方に頼むと、そちらから数人の兵士がやってきた。

 その兵士たちに、フリージスが命令を出す。


「この少年を運んでくれないかい?」


 従う兵士たち。抱えられ、ミコトは運ばれる。

 前を歩くフリージスは、振り向く仕草すら見せなかった。


 いつの間にかミコトは、気を失っていた。

 残留思念は怠惰で染まり、目覚めを拒む。




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