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イセカイキ - 再生回帰ヒーロー -  作者: はむら タマやん
第一章 異世会来 - 前編 カムオン・パンピー -
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第六話 亜麻色の少女

 夜の空に、赤い月が浮かんでいる。

 空気は淀み、息を吸うのも躊躇うほどだ。いや、吸うための体など、ここにはないか。


『意識』はただ、そこに佇んでいた。

 ここがどこかはわからない。『意識』は自ら動くことも、思考することもできなかった。


 森の中、『誰か』が歩いている。『意識』からは後ろ姿しか見えないが、女性ということはわかった。

 腰まで無造作に伸ばした、白髪混じりの黒髪が印象的だった。


『意識』は、その『誰か』の後ろに付いていく。

 勝手に付いて行ってしまう。


「    」


 声が聞こえた気がした。何も聞こえないはずなのに、それだけはわかった。

『誰か』は足を止めた。前方に目を向けると、古ぼけた洋館が建っていた。


「    」


 その呟きには、あらゆる感情が込められていた。

 悔恨、恐怖、欺瞞、焦燥。

 絶望、失望、落胆、怨嗟。

 憎悪、憤怒、殺意、懐疑。

 不安、寂寥、悲哀、葛藤。


 最後に、自己嫌悪。


『誰か』は踏み出した。禍々しい洋館に向けて。

『誰か』は踏み出した。もう二度と戻れぬ深淵へ。


 そして、洋館の扉が開いた。

 混沌とした瘴気が解放される。


「待っていたよ、『    』! ね、『  』!」


 少年らしき声がした。『誰か』の名前を呼んだと思われる言葉は、切り取られたように聞こえなかった。

 扉の向こう、真っ暗な中から、一つの人影が歩いてきた。


「うん、そうだね『   』」


 少年に同意する、少女らしき声が聞こえた。――人影は一つしかないというのに、だ。


「    」


 その人影に向けて、『誰か』は歩く。

 震える腕で、手を伸ばして――人影の両手に、握られた。


 そうして。

『誰か』は闇へと堕ちた。


 直後、『誰か』から黒い闇が溢れだした。世界を埋め尽くすように増殖する闇は、森を埋め尽くして砂へと変える。

『意識』は抵抗することもできず、闇に飲み込まれた。



     ◇



「――――ッ!」


 自分の口から出た、声にならない絶叫。

 ミコトは激しく咳き込んだ。


 何か、夢を見ていた気がする。だがどんな夢だったのか、まるで思い出せない。

 そして、すぐに夢に対する疑問など忘れきってしまった。


 ミコトは目を開けた。

 涙で潤んだ視界の中に、こちらを見下ろす誰かの影が見えたが、ぼやけてハッキリと見えない。

 しばらくして、意識が完全に覚醒することで、視界が鮮明になった。


 目に溜まっていた涙をぬぐい、改めて目の前の人物を観察する。

 鎖骨まで届く亜麻色の髪と、ツリ気味の目に緑眼を持った少女だった。外国人らしく、肌は健康的に白い。

 服は洒落っ気のない、茶色い基調のものを着ていた。なぜか右手にだけ、赤い革手袋をはめている。


 ミコトはゆっくりと体を起こし、胡坐をかいて座った。

 そして、どことなく冷たい印象を受ける目でこちらを見下ろす少女に向けて、


「一六歳だな?」


「第一声で何を……ってそれアタシの歳!?」


 目を見開く少女に、ミコトはニヤリと笑って応じた。

 初対面で主導権を取るのに、やはり『歳当て』は有効だ。いやまあ、その必要性は感じなかったが、なんとなく。


 とりあえず、状況確認だ。ミコトは目の前の少女を視界から外して、辺りを見渡した。

 地面が岩で、横の壁も岩で、頭上も岩。後ろを向くと暗い外があり、少女の向こう側には真っ暗な空間が広がっていた。どうやら、ここはそこそこ深い洞穴とか、そんなところか。

 少女の近くでは、焚き火がたかれていた。空気の通り道は十分にあるので、一酸化中毒になることはない。


 ふと、その焚き火の近くで転がっている人物に気づいた。銀髪赤眼の美少女、サーシャだった。

 サーシャは毛布を被って、小さな寝息を立てて眠っていた。


(ん……?)


 そういえばと、先ほどから岩の感触が異様に直接的なことに気づいた。そう、布一枚分すら遮られていない――


「って、裸じゃねえか!?」


「ああ、アタシが脱がしておいたわよ」


「エッチスケッチワンタッチ!」


「失礼ね! 濡れてたから脱がしただけじゃない!」


 言われて、ミコトは焚き火のそばで広げられた、血が染みた白黒の服を発見した。ミコトが凍えないようにという配慮だったようだ。

 まあ、ズボンが残っているなら別にいい。パンツまでひん剥かれていたら、さすがに悶々としただろうが。


 安堵し乾いていた服を着て、そのあとようやくミコトは、今まで何があったのかを思い出した。

 車に轢かれて、見知らぬ森で起きて、角熊に襲われて、サーシャに助けられて、ラウスと戦って、追いかけられて、逃げて――川に飛び込んで溺れた。


 しかし今、ミコトたちは生きている。それは助かった、ということだ。

 では、いったいどうやって助かったのか。頭の中には、川岸に乗り上がった記憶なんてないが。

 ミコトは少し考えて、


「お前が助けてくれたのか?」


「……サーシャを助けたついでよ」


「ん、そっか。ありがとう」


 感謝の言葉に少女は驚いたらしく、不意を突かれたように目を丸くした。そんなに不誠実な人間に見えるのだろうか。

 失敬な奴だな、とミコトは内心でため息をこぼしながら、


「で、お前は?」


「それはアタシのセリフよ……」


 少女はため息をこぼした。

 失礼だが、ため息が多そうな少女だと思う。が、自分も人のことを言えないことを思い出し、内心ため息をこぼした。


「俺はミコト・クロミヤ。日本国出身。ほかに言えることと言ったら、高校を中退してバイト生活してるぐらいか」


 自分で言って、なかなかな人生脱落組に聞こえてしまう。

 ミコトは気分を落としながら、


「で、お前は誰さん?」


「レイラ・セレナイトよ」


「レイラ、ね。おけおけ」


 少女レイラの名乗り。その名字には聞き覚えがあった。


「……セレナイトって、サーシャと同じ名字か。お前、サーシャの姉妹かなんかか?」


 ミコトの言葉に、一瞬。ほんの一瞬、レイラの息が詰まり、顔が強張った。

 だが、ミコトが疑問の声を上げる前に、


「……血は繋がってない。でも、本当の妹のように思ってる」


 真剣な語調で言うレイラの表情が、あまりに感情の色がなくて、ミコトは声をかけられなかった。

 すぐにレイラは平静を取り戻し、ミコトを冷たい目で見る。ミコトも妙に張りつめた空気が居心地悪かったため安堵した。


「で、アンタは何?」


 それは妹との関係を言っているのだろうか。


「お手々を繋ぐような関係です」


「――ぶっ殺すわよ」


 レイラの声が低くなった。

 ミコトは引きつった笑みを浮かべた。ビビったわけではない。決して。


「角熊ってのに襲われたとき、助けてくれたんだよ。そしたらラウスって奴が出てきて、成り行きで逃げてきたってとこ。おけ?」


「……あの子は、相変わらずね」


 そう呟くレイラの表情は、嬉しさと寂しさが混ざった色をしていた。

 何を考えているかはわからないが、あまり楽しそうな話ではなさそうだ。


「じゃあアンタ、なんでこんな夜、こんな森に? 訳ありじゃないでしょうね?」


「訳ありっちゃあ訳ありだな。言っとくけど、前科持ちって意味じゃねえぞ断じて」


『訳あり』という言葉に視線を鋭くさせたレイラに、ミコトは落ち着いて訂正した。


「そこらは、サーシャから起きてから説明するさ」


 レイラは眉根を寄せた。

 と、そのとき。


「ん、う……ん」


 タイミングよく、サーシャが眠りから覚めたようだ。

 まだ意識は覚醒していないのか、ぼんやりと目を開いている。


「おう、起きたかサーシャ」


 低血圧なのだろうか、と思いながら、ミコトは気にすることなく声をかけた。

 この世界に来たときにひどい酩酊感を感じたが、まだ低血圧の感覚は、ミコトには理解できない。


「……おはよぅ」


「おはよう、サーシャ」


「おはよーさん」


 レイラとミコトも、のんびりしたサーシャの挨拶を返した。

 ミコトは真っ暗な外を見て、「まだ夜だけどな」とぼやいた。


「まだ寝てていいんじゃねえか?」


「そうね。どうせしばらくは、ここを動かないほうがいいだろうし」


「ぅぅん、おきるぅ」


 サーシャが「うーん」と背伸びした。……して、しまった。

 被っていた毛布が、ずり落ちる。


「あ……」


 思い出す。


 ミコトがこの洞穴で起きたとき、上半身裸にされていた。

 服が濡れていて、体が冷えると思ったからだろう。お優しいことだ。

 そんなお優しいレイラが、妹に同様のことをしないはずがない。


 視界の端、焚き火のそばに、白を基調とした服を見つけた。

 記憶が確かなら、それはサーシャが着ていた服に違いない。


 ということは今、サーシャは裸で――


「あ……」


 スローとなって映る視界で、毛布が落ちるたびに、サーシャの体が露わになっていく。


 瑞々しい、うなじ。

 滑らで傷一つない、肩。

 ムダ毛が一切ない、綺麗な脇。

 幼いながらに艶めかしい、柔肌。

 小さすぎも大きすぎもしない、形のいいおっぱ


「……!」


 本当にヤバいところが見える、その刹那。

 ミコトは冷静さを失うことなく、ギリギリで『それ』を視界から外した。


 危なかった。あと少しで見えるところだった。


「ちょ、サーシャ、毛布被って毛布!」


 耳にどかどかと慌てるレイラの声が入った。

 大きな欠伸を上げたサーシャに、毛布を被せているようだ。


 騒がしい音を背後に。

 ため息をこぼしたミコトは、黄昏れた視線を洞穴の外に向けた。



     ◇



 焚き火の炎で照らされた、薄暗い洞穴の中。

 一人は困惑、一人は複雑、一人は憮然とした顔で向かい合っていた。

 困惑はサーシャ。複雑はレイラ。憮然はミコトだ。


 妹の裸を見られかけたのだから怒るべきか、ミコトが見ていないのがわかっているから安堵すべきかで、レイラは悩んでいるようだった。

 そこに、サーシャが気にしていないと告げることで、一旦の区切りはついた。サーシャはサーシャで意味がわかってなさそうなのが、少し心配であったが。


「で、アンタは何?」


 先ほどと一言一句と違わないセリフ。その意味もちゃんと、ミコトは理解していた。

 サーシャも起きているし、言わねばならないのだろう。


「――実は俺も、一六歳なんだ」


「どうでもいいわよ!」


「やぁれやれ。もっとユーモアに行こうぜ?」


 ミコトはやれやれと、わざとらしく肩を竦めて首を横に振る。

 が、レイラが拳を握り震わせるのを見て、ちゃんと話すことを決心した。ビビったからではないのだ、決して。断じて違うのである。


「――実は俺、異世界から来たんだ」


 意を決して、告げた。

 異世界人というのが、この世界でどのような扱いなのかわからず多少不安ではあった。

 しかしこの二人、特にサーシャなら悪いようにはしないはずだ、という確信があた。


(異世界云々を信じるわけ、ねえだろうけどな……)


 失笑するミコト。しかし、サーシャとレイラは神妙そうに顔を見合わせた。

 思っていた反応と違う。


「信じんのか?」


「魔神説、っていうのがあるからね」


「まじんせつ?」


 うん、と元気よく頷くサーシャ。なんか和んだ。


「魔神、って知ってる?」


「そのまま普通に、魔の神ってとこ?」


「ううん……まあそうなんだけど」


 サーシャはミコトの答え曖昧ながらも否定して、


「魔神っていうのは、『魔術によって神に至った者』のこと。あらゆる属性の魔術を究極まで極め、新たな世界を作り出せるほどの力を持った魔術師のこと」


「……チートすぎるだろ。そんなのがいんのか、この世界」


「魔神の定義は『魔術で世界を作った魔術師』だから、生まれたとしても別世界の神なってるよ。この世界も魔神が作り出したもの、っていう説もあるからね」


「机上の空論なんだけどね」と笑うサーシャ。


 なるほど、とミコトはこぼす。

 彼女らが異世界の存在を簡単に信じたのは、その魔神説という下地があったからだろう。


「でも、アンタが異世界人とは限らない」


 と思っていたが、ミコトが異世界人と信じたわけではないようだ。レイラが冷たい声音で言う。

 どう考えても今のミコトは、身元不明の不審人物でしかないのだ。信じられる要素など、どこにもない。


「じゃあ、証明してやるよ」


 ニヤリと笑うミコト。右手をポケットに入れて、ある物を取り出す。


 こういうときの常套手段とは、その世界にはない技術を見せる、というものだ。今こそ、異世界ものの先人たちに倣うときがきたのだ。


「これぞ科学技術の結晶、携帯電話! 耐水に耐熱と耐衝撃その他諸々に優れた逸品! でもお高いんでしょう? いえいえ奥様、これがなんとたったの一万円!」


 折り畳み式携帯電話を開き、電源スイッチを入れた。ピロリロリン。光が灯って待ち受け画面に変わった。

 内心、ミコトは安堵した。耐水とはいえ、どっぷりと川に浸かっていたので、壊れていないか心配だったのだ。


 チラリと横目に少女ら見ると、二人とも目を丸くして驚いていた。

 ミコトはさらに携帯電話を操作して、


「こいつが俺を襲った角熊な」


 角熊にカメラのフラッシュを焚いたとき、必然として撮れてしまった一枚だ。

 凶悪な顔面がドアップで、なかなかに迫力がある。


「……綺麗な絵ね。死の直前って感じがするわ」


「ほんとに死の直前だったからなー。それと、絵っていうか、写真だな。さて、と。――黒宮フラッシュ!」


 必殺技のごとく叫び、二人に向けてカメラをたいた。マナー違反だが、この世界にカメラのマナーなど存在しないので問題ない(わけでもないが)。

 サーシャは予想通り、レイラは意外と可愛らしい悲鳴を上げて顔を庇った。


「何すんのよ!?」


 ものすごい剣幕で迫るレイラに、ミコトは苦笑。


「ほれ、お前の写真な?」


「あ、ほんとだ、すごい……じゃなくて!」


「ちなみにこれには、魂を封じ込めるという噂があってだな……」


「な、ぁ……!?」


「もちろんデマ」


 ホッと安堵したレイラ。そのあと、疲れたようにため息をこぼした。

 ニヤリと笑ったミコトの顔に、レイラの右ストレートが決まった。


「ぐぉおおおおお!?」


「異世界から来たっていうのは百万歩譲って、とりあえず信じてあげるから、ちょっと黙ってて」


 悶えるミコトを見て、レイラが溜飲を下げたように息を吐いた。

 ようやく騒がしかった洞穴の中に、静寂が広がった。唯一、ミコトの呻き声だけが洞穴に響き、虚しさを増す。


 おろおろするサーシャを癒しとして、ミコトは回復する。その様子を一瞥もせず、レイラは壁の近くにあったバッグから、何かを取り出した。

 青い石が取り付けられた、拳に収まる大きさの木板だった。表側には数行の文字列が刻まれており、裏側にはビッシリと刻まれていた。


「なんだ、あれ?」


「あれは『ノーフォン』だよ」


 答えてくれたのはサーシャだ。


「なにさそれ?」


「離れた人とも話ができる魔道具だよ」


「なる、電話ね」


 説明を受けている間に、レイラが表側の、一行の文字列をなぞった。すると、なぞった文字と裏側、青い石が青く発光した。


「フリージス、聞こえてる?」


 ミコトは口を噤んだ。電話でなくとも、通話中に喋るのはマナー違反だと思ったためだ。撮影マナー? 知らん。

 数秒後、レイラがなぞった文字が一段と発光した。


『聞こえているよ、レイラくん。今日もいい天気だね』


 若々しいが、どこか貫禄のある男の声が聞こえた。通話が繋がったようだ。

 レイラは硬質な表情で、『ノーフォン』越しで男に話す。


「今、夜でしょ……。サーシャを見つけたわ。今はガルムの谷にいる」


『そうか、それはよかった。では、今から迎えに行くとするよ。夜明けのあとには到着できるだろう。グランやリースには、僕から連絡しておこう』


「お願いするわ」


 それと、とレイラは言い、ミコトを見た。

 気付いたミコトは、へらへらと手を振って返した。顔を顰めるレイラ。


「男を一人拾った。本人は異世界から来た、なんてアホらしいこと言っているわ」


『ふむ、異世界から、ね。本当だとすると、魔神説が当たっていた、ということかな』

「さあ」


 どうでもよさそうなレイラを横目に、ミコトは愚痴る。


「アホらしいってなんじゃいコラ。俺だってそう思ってるよ畜生め」


「シーッ!」


 サーシャに窘められた。


『その異世界人と会話させてくれないかな?』


「いいわよ」


 レイラが『ノーフォン』をミコトに向けた。

 手渡すつもりはないようで、レイラが近付く様子はない。どうやら、そのまま話せ、ということらしい。

 ミコトは頷いてから話し出す。


「もしもし、こちら洞穴放送局であります。聞こえておりますかー?」


『ああ、聞こえているよ。初めましてだね、異世界人。僕はフリージス・G・エインルード。君は?』


「ミコト・クロミヤ。ただのしがない異世界人でありますよ」


 あの小さい木版の、どこから声が出ているんだろう? などと疑問を覚えながら自己紹介をすると、『ノーフォン』からフリージスの愉快そうな笑い声が聞こえてきた。


「んだよ?」


『いやいや、なかなかに面白そうな異世界人だと思ってね。気を悪くしたのなら、すまなかった』


「そんなんで気にするかよ」


 ミコトは呆れたように返した。


『君の扱いは、合流後に決めるとしよう。夜明け後に迎えに行くから、待っていてね』


「ほーい」


『うん、言っておきたいことはこれくらいかな。……ああ、最後に一つ』


「ん?」


『ノーフォン』越しに、フリージスの雰囲気が変わったのがわかった。


『――君、何か不思議な力を持ってないかい?』


 その声は同じ人間とは思えないくらい、あまりに無機質なものだった。

 その変化に訝しがるより先に、ミコトは「はあ?」と間抜けな声を出した。


 もしかしたら、異世界人には何か力が宿るのだろうか。もしかしてそういう展開なんだろうか。チート的なそれなんだろうか。まだ神様に会ってないぞ。


(そうじゃなくって……)


 明後日の方向に転がり出した思考を平常へ戻す。


「そんなすげえモンは持ってねえな。しょーもねえことしかできねえぞ?」


『そうかい。……では、これで話は終わりだ。なかなか楽しかったよ、異世界人ミコト・クロミヤくん』


 その言葉を最後に、ミコトとフリージスの会話は終わった。

 レイラは『ノーフォン』を顔の前に戻し、少し話をして通話を切った。


 ミコトは右の掌を見つめる。


「不思議な力、ねえ」


 思い浮かぶのは、地球にいた頃から持っている、いくつかの妙技だけだ。

 見た人の年齢がわかる『歳当て』。

 寝た時間がわかる『睡眠測定』。

 起きようと思った時間起きられる『目覚まし』。


『歳当て』を除いてショートスリーパーを入れれば、完全に睡眠のプロフェッショナルだが、そこまで役立つかと言われると微妙だ。

 宴会芸にも使いにくい。座布団回しのほうがよっぽどいい(ミコトの特技である)。


(いや、宴会芸はどうでもいいんだよ)


 では、異世界トリップでよくある『特典』という奴だろうか。

 だが、身体的な変化は感じられない。

 魔力量が多かったり、魔術の天才だったりするのだろうか。


 言葉が理解できるのは、便利だが『なくては困る』ものだから、能力とかいう印象はない。

 いや、その前に、一つだけ心当たりがあった。


(頭痛、か)


 ラウスに殺されかけたときの、あの激痛。

 視界が真っ赤になったときの、自分を体を完全に掌握したかのような、奇妙な全能感。


 危機回避など、そういう類の力なのだろうか。まだ感じた回数が少なくて、よくわからない。

 本当に、ただ運がよかっただけなのだろうか。


「んー……」


「ミコト、どうしたの?」


 唸っていると、サーシャが心配したように声をかけてきた。

 ミコトは「なんでもねえよ」と返すと、サーシャは納得いかないように下がりながら、


「何かあったら言ってね?」


「なんか、すげえ気ぃ遣われてる……」


 サーシャを助けたいと思って付いてはきたが、逆に助けられている現状に、ミコトは嘆息した。

 まあ、邪魔になるからと言って別れても、遭難しそうで怖いのだが。


「これからどうするんだ?」


 ミコトは思考を切り替えようと、レイラに話題を持ちかけた。

 レイラは『ノーフォン』をバッグに仕舞ったあと、


「夜明けまで、この洞穴で待機。フリージスと合流後は、急いでファルマに向かう。わかった?」


「りょーかいっす」


 簡潔でわかりやすい。問題は、ラウスに見つからないかどうか、ということか。

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