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第一四話 『アルトロ』

 『モーニングスター』

 有名な打撃用武器の一種。

 創作だと、柄と棘付き鉄球を鎖で繋いだ形状が一般的(?)。ただしこれ、あくまで創作の中だけの話。

 本来のモーニングスターはメイス型。棍棒の先がトゲトゲしてる奴。言っちゃえば釘バット。創作の奴は、フレイル型とか言われてます。

 まあメイス型よりフレイル型のほうが格好いいんで、本作ではそちらを使わせて頂きますが。

 フレイル型のは壊れやすく手入れが大変でしょうが(個人的想像)、今回出るモーニングスターについては心配ありません。

 事情は登場人物が説明してくれます。







 下層北区に建てられた少々立派な屋敷、その応接間で、フィンスタリー・トゥンカリーはソファーに腰をうずめていた。

 彼は憤怒を無理やり抑えたような、深く長い溜め息を吐き出し、目の前の来客を睨み付けた。


 来客。正確には、呼び付けたのはこちらなのだから、招待客となる。

 紺色の髪を持った女性だった。真っ黒な修道服で全身を包み、涙を象った水色のネックレスを首に掛けていた。


 フィンスタリーとバッサは、テーブルを挟んで向かい合って座っていた。

 テーブルには湯気を立ち昇らせるコップが二つ。中には紅茶が入っている。


「それで、本日はこのバッサに、どのような要件でしょうか?」


 女性――バッサは、フィンスタリーの怒りを承知で、ニッコリと微笑んで尋ねる。

 それを見たフィンスタリーは、さらに苛立ちを募らせた。


「要件、だと……? そんなもの、決まっておろう! 貴様ら託したアレは、いったいなんだ!」


「お役に立ちましたか?」


 フィンスタリーの憤怒を物ともせず、バッサの微笑みは消えない。

 彼の怒りは頂点に達しようとしていた。もはや彼女の態度に我慢できず、彼はソファーから立ち上がり、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


「ああ、役立ったとも! なんだアレは!? あの血液は!?」


 フィンスタリーの脳裏に浮かび上がるのは、治療室の一画に設置された甕。その中に並々と注がれた、赤く生臭く、ドロリとした液体――血液。


「素晴らしいな、アレは! アレに切断した部位を漬け、患者の切断面に押し付けて治癒魔術を使えば、才能がなくとも治療できた! 儂が治癒術師の夢を諦めきれず、ただの魔術研究者で終わろうとしていた生涯が、この一年! 確かに輝いたのだから!」


 フィンスタリー・トゥンカリーの夢は、どんな傷でも治せる治癒術師になることだった。

 夢を叶えるため、彼は必死に修行した。魔術の修行が許可される六歳から、一年前――六六歳になる六〇年間、ずっと努力し続けた。一人身のまま、魔術の研究を疎かにすることなく、日々の鍛練を怠ったこともない。

 それでも彼の治癒術師としての実力は、凡庸だった。どんな傷でも治せるなど、とんでもない。浅い切り傷を治すのが精一杯だ。


 才能がなかった。人生が無駄に終わる。

 そう彼が絶望していたとき、一人の老婆が来て、こう告げた。


『今からボクは、君にこれを託す。きっときっときーっと、すんごく君の役に立つと思うよ?』


 そして託された、血液が入った甕。使い方を教えてもらい、そうしてフィンスタリーは、長年の夢を叶えることができたのだ。

 フィンスタリーは歓喜し、治療に励んだ。医療費など取らなかった。研究で稼いだ金がある、死ぬまで尽きることはない。人々が助かるなら見返りなどいらないと、本気で思っていた。

 なのに――――、


「知ったのだ……。一年前からたびたび発生する変死事件。あの被害者のほとんどが、儂の患者だった!! 現場を見た! ミイラのような姿になった患者を見たぞ!!」


「それが、『水』のせいだと?」


「それ以外考えられんだろう! 貴様が定期的に提供する血液、あれが原因に違いない!」


「貴方の患者以外にも、変死事件の被害者はいますが」


「儂のほかにも、利用している者がいるのだろう! 違うか!?」


 長い沈黙。

 老人の荒い息遣いだけが、応接間に広がっていた。

 しばらく経ち、唐突にバッサが落胆の溜め息をこぼした。期待外れ、といった風だった。


「……老いぼれの戯言ですね。妄想を信じて込んで、見苦しい。まずは紅茶でも飲んで落ち着いてください」


 暖簾に腕押し。もっと時間をかける必要がありそうだ。

 フィンスタリーは一先ず怒りを抑え、ソファーに座り直した。そして、目の前の紅茶を見やる。


 この紅茶は、フィンスタリーが見ている前で、バッサが用意したものだ。

 バッサとフィンスタリーの分、二つ。バッサは同じ手順で注いだ。カップはこの屋敷のものを使用しており、細工はできない。


 毒物の可能性を考えていると、バッサが紅茶を手に取った。そして口に運び、飲んだ。

 数秒待ってみるが、変化はない。


「毒物など、入れておりませんよ」


 考えていることを言い当てられて、フィンスタリーは顔を顰めた。


「そう不機嫌にならないでください。毒について考えるのは、当然のことでしょう?」


「で、毒はないと?」


「ええ」


「毒がないからと言って、飲むかどうかは別問題だ」


「飲んでくだされば、お話しますよ?」


「…………」


 フィンスタリーはカップを手に取った。

 香りを嗅いでみるが、特に異臭はしない。美味しそうな匂いが、鼻孔を通り過ぎるのみだ。


 彼はカップに口を付け、舌で紅茶を舐めてみた。

 普通の紅茶だ。


「怖いんですか?」


 バッサの発言が、最後の一押しだった。

 フィンスタリーは意を決すると、一口飲み込んだ。緊張のため、味はわからなかった。

 変化は……なかった。


「話せ」


「ええ、わかりました。では、貴方がおっしゃった戯言ですが――正解ですよ」


 バッサはなんの躊躇いもなく、先ほどフィンスタリーが吐いたセリフが真実だと答えた。

 それを聞いて、フィンスタリーの眦が吊り上がった。目が血走り、瞳孔が開く。


 どんな怪我人でも、病人でも、すべてを治せる治癒術師になりたかった。

 そのために、人生のほとんどを犠牲にした。いや、犠牲にしたつもりはない。夢こそが人生だった。

 それは、凡才な自分自身に裏切られた。しかし、救いの手は差し伸べられた。


 バーバラ・スピルス。純白の髪と青目の老婆。彼女と契約を交わして、謎の血液を定期的に提供された。

 対価は、その血液を使って、患者を治療すること。


 嬉しかった。夢が叶った。

 バーバラやバッサが何を考えているかなど、どうでもよかった。六七年生きて、体は老いぼれていたけれど、一番輝いていたのだ。


 それが、裏切られた。

 治した患者たちが、変死した。

 その原因は、自身が治療に使った血液だ。


 ――許せるはずがなかった。


「――――」


 もはや言葉はなかった。言語化するための思考など回さなかった。

 フィンスタリーは手をバッサに向けて翳し、魔術を行使しようとして、


 彼は見た。


 バッサは一ミリたりとも動かず――


 攻撃も防御も回避も、どんな予備動作も取ることなく――


 ただ、口角を吊り上げ――


 直後、フィンスタリーの後頭部に衝撃――


 テーブルに叩き付けられ、紅茶を撒き散らしながら、新たな敵を視界に入れた――




 ――そこには、バッサがいた。




「は、ぁ……?」


 フィンスタリーが座っていたソファーの後ろに、バッサは嘲笑の微笑みを浮かべて立っていた。

 前を向けば、変わらずソファーに座り、嘲笑の微笑みを浮かべるバッサがいる。


 同一人物が二人。

 髪も目も、容貌も服装も、魔力の質さえ、何もかもが同一、同質のものだった。


「な……に?」


 フィンスタリーが思考停止している間にも、背後のバッサは行動する。

 フィンスタリの白髪を引っ掴むと強引に引き起こし、再びテーブルに叩き付ける。テーブルにこぼれた紅茶が、フィンスタリーの頬を濡らす。

 何がなんだかわからないまま反撃しようとすれば、髪を強く引っ張られた。ブチブチ、と毛根から毛が抜かれ、激痛。


 彼は魔術研究者であり、魔術の腕なら一品ものだが、戦闘者ではない。痛覚への耐性がない彼が、この状況で精神集中を必要とする魔術を使えるはずがなかった。

 髪を捕えられただけで、フィンスタリーは身動きが取れなくなった。


「実はバッサ、無属性魔術師なんですよ」


「『水』の回収は済みました。もうここにいる理由はありません。ですが最後に、交渉といきましょう」


 二人のバッサが、交互に喋る。

 二人目の、背後でフィンスタリーを拘束するバッサが、自身の力を明かし、

 目の前でソファーに座るバッサが、フィンスタリーに語り掛ける。


「バッサの魔術は、創造系統・無属性――分身魔術『アルトロ』」


「紅茶に混ぜた『水』を、貴方は摂取しました」



「言葉通り、バッサの分身体を作り出す魔術です」


「便利ですね、この指輪。ほらこの宝石、くるくる回って、ここ……穴があるでしょう? ここの『水』を、貴方が見ている前で、ポットに入れさせていただきました。ふふっ、アクィナ様のお『水』、バッサも飲んじゃいましたっ」



「これの素晴らしいところは、分割ではない、ということですね。バッサを増やしても、魔力が半分になることはありません」


「こほんっ。貴方が知る通り、『水』は素晴らしいものです。『水』の回収、摂取した者を傷を治す、脱水状態にする、監視、操作、なんだってできます」



「情報共有も意思疎通も、距離に関係なく自動的に行なわれます。いちいち確認を取る必要もありません」


「アクィナ様にお仕えしているバッサが、アクィナ様に頼めば……どうなるか、おわかりですよね?」



「創造系統の欠点である、形状崩壊による消失もありません。死ねば跡形もなく消えますが、傷を負うくらいでは消失しません」


「貴方を生かすも殺すも操るも、バッサたちとアクィナ様次第ということです。逃げ場はありません」


 同じ声。交互の言葉。

 頭がこんがらがりそうだった。それでも彼は、必死で理解に努めた。理解もできない低能では殺されると、本能的に悟ったからだ。


「ああ、そうだ」


「どうしますか? フィンスタリー・トゥンカリー」


 テーブルの横の空間が、不自然に揺らいだ。

 瞬きの間もなく、いつの間にかそこには、三人目のバッサが嘲りの微笑を浮かべて立っていた。

 しかし三人目は、目の前や背後のバッサとは違い、あるモノを持っていた。


「ここにいないバッサの姿も、ここにいるバッサが分身させることも可能なんです」


「『水』で治療を続けるというのなら、ここは見逃しましょう」


 三人目が持っていたモノは、一見メイスに見えた。

 しかしその先端には鎖。辿った先には、棘付きの黒い鉄球。


「モーニングスター。通常魔術を使えないバッサが愛用する武器ですよ。通常のメイス型もありますが、これは扱いの難しい、けれど中距離に対応できるフレイル型です」


「ですが、契約に背くというのなら……そうですね。このようなことで、アクィナ様のお手を煩わせたくはありませんしぃ」



「見てくださいよ、この鉄球。この棘の先端、鋭いでしょう? これ、一度も使ったことがないんですよ。だって分身すれば無限なんですから。新品っていいですよね、黒い表面が艶々していて、血で濡らせたらさぞ美しいでしょう」


「そうですね。そのモーニングスターで撲殺しましょうか」



「「「貴方は、この鉄球を濡らしてくれますか?」」」


 バッサたちは、最後にそう尋ねたきり、何も語ることはなかった。ただただ沈黙して、フィンスタリーの答えを待っている。

 彼女が瞳に浮かべる期待は、果たしてどちらなのだろう? フィンスタリーにどのような答えを望んでいるのだろう。


 ……まあ、どちらでも構わない。

 フィンスタリー・トゥンカリーの答えは決まっている。


「                                」


「そうですか。ああ、残念です。残念ですねぇ。ふふ、ふふふふふふふふ」




     ◇




 しばらく経ち、太陽が沈み始め、空が赤くなってきた頃。

 五人は下層北区でも、比較的裕福な者が住まう住宅街に来ていた。その中に一軒、飛び抜けて裕福そうな屋敷がある。


 窓の位置からして、おそらく二階建て。

 地下があるかは不明だが、心に入れておく必要はあるだろう。


「ここがフィン……なんだっけ?」


「フィンスタリー・トゥンカリーよ」


「そうそう、フィン爺の屋敷だ」


 何人かに聞き込みしたらしいので、ここがフィンスタリー・トゥンカリーの屋敷というのは、ほぼ間違いない。

 さて、それが居場所が判明したわけだが、


「どういう風に入るか、だな」


 フィンスタリーは別に敵というわけではない。多少あくどいことをしていたとしても、やっていることは治療なのだ。

 そもそも、ここにオーデがいない可能性があり、ラウスがいないから敵地ですらない。だから武力行使する必要はないのだが……。


「用心はすべきだろう。何があるかわからん」


 グランの言葉に、全員が頷いた。

 ここは治安が悪い下層北区。そこで医療費を取らずにやっている治癒術師。怪しいなんてもんじゃない。


 敵地と確定したわけじゃないが、敵地と考えて動こう。


「とりあえず、サーシャ。中に何人いるか、わかるか?」


 サーシャの魔力感知能力は、『操魔』を持つだけあって凄まじい。視界内にある建物なら、中に誰がいるか丸わかりだ。

 サーシャは左腕を、屋敷へと翳した。


「ちょっと待って。――おかしいくらい濃い残留魔力。すごく魔力が薄い人が一人。弱々しい……お年寄りが一人。それで……え、なにこれ? どういうこと!?」


「どうしたのよ、サーシャ」


 様子がおかしい。何かに驚愕するサーシャの額に、冷や汗が流れる。


「とっても薄い、でもなんかおかしい……。同質の魔力源が三つある! 人じゃない……でも人? 同一人物が三人? ありえない!」


 要領得ない言葉。理解できず、ミコトは眉根を寄せた

 レイラが無言で肩を叩くと、ハッと我を取り戻した。


「と、とにかく、中には五人いて、変な魔力が漂ってる」


 五人、か。全員敵としても、こちらも五人。しかもグランがいる。

 戦いになったとしても、制圧できるだろう。


「それじゃあ、確認といこう。普通に訪問して、フィン爺に会う。そんでオーデがいるようだったら、金を積んだりして返してもらう。いなかったら居場所を訊く。……で、いいか?」


「ぶん殴ればいーじゃねーか」


「ラカ。相手は善良な治癒術師かもしれないんだよ?」


 暴力的な解決方法を提案するラカを、冷静になったサーシャが諌めていた。

 まあ、サーシャの発言の裏を取るなら、


「悪人だったらオーケーだぞー」


「おっしゃ!」


「……うん、わたしも別に、反対はしないけどね」


 サーシャの許可を得たことだし、悪党だったら半殺しにしよう。と、喧嘩同盟を組んだミコトとラカの二人を、レイラが白眼視していた。


「似た者同士ね、アレ。益々手が付けられなくなったわよ」


「楽しそうなら、いいんじゃない?」


 まあなんだかんだあったが、事前の確認は終わった。

 準備は万端。ミコトを先頭、グランを殿に、巨大な扉をノックし、


「たのも――!」



 その発言と、ドゴン! という衝撃音が聞こえてきたのは、ほとんど同時だった。



 その瞬間、全員が戦闘態勢に入った。


 グランが新調した大剣クレイモアを構え、サーシャは『操魔』を使ってマナを集める。

 そんな中ミコトも、『最適化』を起動した。鈍い頭痛が、全身を活性化させる。


 しばらく待つが、誰かが出迎える気配はない。

 それどころか、


「一人。お年寄りの人が……ううん、それだけじゃない。変な魔力の三人が消えた」


 サーシャの発言に、ミコトは眉根を寄せた。

 おそらくお年寄りが、フィンスタリー・トゥンカリー。その老人にオーデの行方を尋ねたかったのに。

 それに、消えたとはどういうことだ。


「グラン。さっき音が聞こえたのがどこか、わかるか?」


「……付いてこい。ミコト、お前が殿だ」


「了解」


 先頭を察知能力に優れるグランが、殿を奇襲を受けても問題ないミコトが務める。

 五人はゆっくりと廊下を進む。グランを追って、皆は二階に上がった。


 辺りは不自然なほど気配がしない。

 誰が注意するまでもなく、自然と息を潜め、足音を立てないようにする。

 緊張による汗が額を流れた。


 しばらくしてグランが、扉の前で立ち止まった。

 グランの潜めた声が、ミコトまで届く。


「血の臭いだ」


「魔力も、この部屋で途切れてるみたい」


 続くサーシャの言葉に、ミコトも魔力察知の感覚を研ぎ澄ませた。

 ……なるほど。魔力が混じり合ってわかりにくいが、同一人物が三人いたのは確からしい。


「ああ、確かに血の臭いがするな」


 獣族ほどでないが、嗅覚に優れる《無霊の民》であるラカの言葉もあり、この部屋で何かが起こったのは間違いないと確信した。

 待ち伏せされている可能性がある。グランと視線を噛み合わせると、ミコトは殿から先頭にやってきた。


 全員を見回すと、全員が突入の姿勢を整えていた。


「(突入する)」


 発言の直後、ミコトは扉を素早く開けて、部屋へと突入した。

 それと同時、スロットに展開していた術式に魔力を流し込み、魔術を発動しようとして…………やめた。


 部屋の中には、動く者はいなかった。

 ピチャン、ピチャン。叩き潰されたテーブルから、赤い液体が床に垂れる。その音だけが、この一室に響いている。

 敵はいないか周囲を見渡せば、部屋中に赤が飛び散って、壁を赤く染め上げている。


 血だ。

 それも、大量の。


 そう、誰一人いなかった。生者は、誰一人。

 ――ここには、死者だけがいた。


「うっ……」


 上から重い何かに押し潰されたかのように、その亡骸はテーブルごと床に減り込んでいた。

 上半身は完全に中身が飛び出している。もはや顔さえ識別できない。唯一、ズボンから覗けるシワだけが、その人物の年齢を明らかにしていた。


「フィンスタリー……、トゥンカリー……」




     ◇




『バッサ』が今回、フィンスタリー・トゥンカリーの屋敷で取った行動は、以下の通りだ。


 フィンスタリーに呼び出されたバッサは、『水』がなくなったのだと思っていた。しかし『バッサ』を向かわせてみれば、『水』の正体の追求だ。

 正直バッサはフィンスタリーのことを、『水』を張り巡らせるだけの、ただの駒だと考えていた。知られ、拒絶されたのなら、始末しても問題ない。


 そう考え、『バッサ』の手でフィンスタリーに『水』を摂取させ、バッサはある人物にコンタクトを取っていた。


 その少女は、バッサ自身が敬愛し、すべてを捧げた相手――《聖水》の使徒・アクィナ。

 彼女にバッサは進言し、フィンスタリーが所持していた『水』を回収してもらった。


 その後、フィンスタリーの意思を確認し、殺害。

 訪問者に見つからない内に、『バッサ』は消失させた。


 そしてアクィナに仕えるバッサは、何事もなかったように主の世話を焼く。

 そう、何もない。『バッサ』が暗躍している間にも、バッサは自身の欲望に従事していたのだから。


『バッサ』は個であり全である。

 バッサもまた、個であり全である。


 今もまたどこかで、『バッサ』はある人物に会う。

 その人物は、フィンスタリーに契約を持ち掛けた張本人。






「ん? フィン……。いったいどこの誰……ああっ、思い出したよ思い出した!」


 バーバラ・スピルス。


「あのお爺さんかぁ、そんなのいたなぁ。え、始末しちゃったの? うんうんうん、まあ別にいいかな」


 否、違う。それは前の体の名だ。真実の名ではない。


「最初は無様で愚直な生き様が気に入って、ボクがいずれ創造するセカイに招待しようかと思ってたんだけどねぇ……。いろいろ、思うところがあってねぇ……」


 勇者から力を与えられた――虚ろの使徒。


「で? で? で? その老いぼれ、最後になんて言ってたのかなぁ? ……ふぅん。『儂は治癒術師だ。その誇りある人間が、患者に毒を盛るはずがなかろう』、ねぇ?」


 新たな肉体を手に入れた――心の怪物。


「あは、あははっはは、あーっははあはっはははあはっははぁ! なーにそれぇ!? 慈悲に満ち満ちた治癒術師が、なんの躊躇いもなく奴隷の腕を切り落とせるわけないじゃぁないか! ボクが望んだのは、葛藤の末に夢を諦めきれず、人の肉を切り取る狂態だったのにさぁ! ザクッ! ザクッて!」


 その正体は、四〇〇年前から憑依を繰り返し続けて生きる――《虚心》の使徒。


「前の奴隷を破棄したのだって、ついこの間のことだよねぇ! 切り取れる部位という部位を切り取って、最期は眼球使ってポイっ、だよぉ? バっカみたい! みたいじゃないね、馬鹿だよ馬鹿!」


 その真の名は、


「矛盾してるね、おかしいね、それ。命を救うことを至上とする存在が、簡単に命を粗末にしていいはずないよね? それは誇りじゃなくて埃でしょう? はい論破ァ~!」


 ――シェルア・スピルス。


 化け物の狂笑が、愚かな死者を嘲笑う。






 創造系統・無属性。分身魔術『アルトロ』

対象は自身と、自身が身に着けている物。


 分身発動。MP100のバッサはMP99になり、MP99のバッサが二人になる。分身体も分身可能。MP99の二人は、MP98の四人になる。

 あらゆる分身体は、前身の分身体ではなく、一番根本の本体と繋がっている。誰か一人を殺して連鎖的に複数消滅、ということはない。

 バッサは個でありながら全でもある。AバッサはAバッサ自身でなく、この場にいないBバッサを分身に指定できる。だからAバッサが持ち得ない武器も召喚可能。

 本体、またはCバッサが武器を所持しているため、分身武器はすべて新品。

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