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第八話 《公平狂》

 レイラとサーシャの探索には、いくつかの偶然が重なった。

 それは、下層北区の路地裏を歩いていたとき。


「この魔力……、グラン?」


「む。サーシャとレイラか。こんなところで、奇遇だな」


 偶然その一。サーシャの魔力感知が知り合いを捉え、その結果グランに会えたこと。

 路地裏のど真ん中で突っ伏していたゴロツキ二人組を道端に蹴りやってから、とりあえず、とレイラが尋ねてみた。


「ねえグラン。プラチナブロンドの髪と青い眼に、ものすごく貴族っぽい女の子に会わなかった?」


「出会ったとは言い難いが……まあ、見かけた」


 偶然その二。グランがアスティアらしき少女を見かけたことだ。しかもそれは、つい先ほどのことらしい。

 グランにその少女の行方を訊いてみたが、得られたのは「おそらく、この方向」というひどく曖昧な助言のみ。


 ちょっと厄介な迷子の捜索程度と考えていたレイラとサーシャは、何も知らないグランを厄介事に巻き込むのは申し訳なく思って、協力してもらうことはなかった。


 となると、曖昧な助言しか頼るものはないわけで、彼女たちは素直に従うほかなかったのだが……。

 これが、なんと正解だったのである。偶然その三だ。


「あ、あれって、まさか……?」


 路地裏の先にあった十字路を横切る、一人の少女が見えた。

 すぐに建物の影に入ってしまって、詳しく観察できなかったが、プラチナブロンドの髪と高級感溢れる服装は確認できた。


 間違いない。彼女がアスティア・アルフェリア。

 アルフェリア王国の姫だ。


「見つけた……!」


 レイラが安堵したとき、どこからか若白髪をした憎き小童の呼び声が聞こえたが、今はそんなもん無視だ。

 というか、反応するほどの余裕がない。


 先に走り出したのはレイラだ。

 平均からすると世間知らずなところがあり、それゆえに楽観視しているところがあるレイラだが、それでもサーシャ以上には、王女の重要性を理解していたからだ。


「待ちなさ……お待ち、くでゃ!」


 遥か高貴な立場の者に声をかける緊張と、慣れない敬語を使ったせいだろう。しどろもどろになって、噛んでしまった。

 羞恥を感じて赤面すると同時に、若白髪とペアにならなくてよかったと安堵する。この醜態を見られれば、煽られていたのは間違いない。『かみまみたー!』と笑う奴の姿が容易に想像できる。


 いや、それはいいのだ。そろそろ切り替えよう。

 と、完全に思考を接待モードにしようとした、そのときであった。


 レイラが十字路を曲がる直前――目の前を、何かが通り過ぎた。

 それは人型をしていた。けれど、人族ではなかった。


 硬化した、まるで針山のように鋭くとがった、深緑の髪。

 体のところどころが爬虫類のような、深緑の鱗に覆われた肌。

 真っ直ぐ前だけを見据えた、そして狂気を孕んだ、縦に割れた黒い瞳。


 そんな特徴を持つ人間の種族を、レイラは一つだけ知っていた。


「鱗族が、なんでここに?」


 鱗族――それは、中央大陸の北東で誕生した、人間の種族の一つ。

 俊敏性において獣族に劣るものの、頑丈さや膂力は全種族の中でも随一。霊地の影響で生まれた変異種であるため、魔力資質に関しても申し分ない。

 欠点と言えば、繁殖能力が弱く個体数が少ないことと、無駄と言えるほどプライドが高いことくらいだ。


 さて、ここで注目すべきは、プライドが高いという部分。個体にもよるが、彼らは低俗と思われることをひどく嫌う。

 そんな鱗族が、スラム街近辺にいる理由……。


 思考している間にも、鱗族は動く。

 アスティアの背に向けて、剛腕を振り下ろしたのだ。衝撃によって声が出なかったのか、アスティアは悲鳴は短く掠れたものであった。


「犯罪者……!」


「――『アクエスト』!」


 レイラが思い至るのと、背後のサーシャが詠唱したのは、ほぼ同時であった。

 思考するレイラよりも早く、サーシャの直感が悪意を見抜いたのだ。


 魔力の揺らぎ、詠唱。直後、レイラのすぐ横を、水弾が通り過ぎた。

 水弾が高速で鱗族へと迫る。


 アスティアに手を伸ばしていた鱗族が、水弾に気付いて振り向いた。

 鱗族の行動は早かった。右拳を腰に溜め、豪速の剛腕を振り抜く。


 今サーシャが放った水弾は発動速度を優先し、威力と維持を犠牲にしたため、お世辞にも強力と呼べない。

 鱗族の身体強度があれば、拳で対処できると踏んだのだろう。事実、あっさりと水弾は打ち砕かれた。


 奇襲は破られた。

 けれど、失敗ではない。

 対処に追われた鱗族が足を止めた。


 ――その瞬間、レイラが動く。


「……『セット・イグース』」


 姿勢を低くし、地面に手を付きながら急制動。素早くアスティアを抱きかかえ、その場を離脱、

 しようとするも、鱗族がみすみすと逃すわけがない。


「あーぁあ~」


 うんざりしたような声を発し、鱗族が逃げ出すレイラに手を伸ばす。

 鱗族は今、水弾を打ち砕くために、足をしっかりと地に付けていた。下半身は安定のために広げており、足先は進行方向とは逆だ。ここから走り出すには、ほんの少しだけ足をずらさねばならない。


(……そう、予測してたわよ!)


 鱗族が一歩踏み出した――瞬間、鱗族の足元が小規模の爆発を起こした。

 轟! と地から火柱が噴き上がり、鱗族を飲み込んだ。


「ぐ、ぐあぁあぁぁ、あああああああぁ!?」


 今の魔術の名は、発炎魔術『イグース』。

 火災魔術『イグニスリース』の遥か下位互換で、初級の威力しか持たない魔術だ。

 その発炎魔術『イグース』は、鱗族が踏み出すと同時に起動した。


 レイラには、アスティアを回収する必要があった。悠長に足を止めて、魔術を向ける暇はない。

 しかしレイラには、離れた地点で魔術を発動できる技術はない。


 ――だが、離れた座標での魔術発動は、何も一つではない。


「『――・イグース』」


 爆風に吹き飛ばされ、レイラはアスティアとともに転がる。その間にも、彼女は詩を紡ぐ。

 アスティアを抱えて立ち上がり、爆発地点へと目を向ける。地から立ち上る黒煙から、防御に徹した鱗族の姿が覗いた。


 レイラが活用したのは、感知術式『セット』。干渉系統の魔術にのみ組み込める、合成術式の一つである。

 この魔術を受けた物体は、衝撃を受けることで設置していた魔術を起動させるのだ。


 一見便利に見えるが、欠点が三つ存在する。

 衝撃を与えなければ発動しないこと。魔術を設置している間、ずっと魔力を消費し続けること。術式演算に必要なスロットが埋まることだ。


 もしも上手く発動しなければ、設置した魔術は無意味になる。数撃てば当たると設置しすぎるのは、スロットが占領されるため難しい。限界まで設置したとしても、魔力消費が激しくすぐに動けなくなる。

 さらに言うなら、火弾などの魔術のほうが、攻撃魔術としては便利だ。

 と、このように、多くの致命的欠点が存在するのだ。


 ……存在するのだが。実はレイラは、合成術式を練るのは得意で、感知術式との性格的相性もよかった。

 合成の得手は、小器用さゆえだろう。そのため術式はコンパクトで、スロットを圧迫せず魔力的にもエコだ。


 逃走の日々で見出した、レイラの唯一の才能だった。

 と言っても、普通に遠隔発動できるなら、それが一番なのだが。

 レイラは仲間の一人、最強と呼ばれている青年を脳裏に思い浮かべて自嘲。比べるものおこがましい実力差だった。


「ん――『アルタ・エアゲイル』!」


 爆発の直後、準備を終えていたサーシャが、魔術を発動する。

 魔法陣を用い、強化術式『アルタ』を組み込んだ、干渉系統・風属性・中級魔術――突風魔術『アルタ・エアゲイル』。


 レイラとサーシャは、昔に取り決めた作戦があった。

 設置魔術が発動したら、突風魔術を使う。たったこれだけの作戦だ。


 突然の爆発を受けた鱗族は、黒煙の中で身動きが取れずにいるはずだ。

 そこを、吹き飛ばしに特化された突風が襲った。


 強烈な風が、身構えていた鱗族を、レイラのほうへ吹き飛ばした。

 鱗族の口角が、嘲るように歪んだ。味方のほうへ吹き飛ばして、なんて悪手――とでも思っているのかどうかは知らないが、読み通り。


 今度の鱗族は、地に足を付けることをしなかった。

 路地裏の壁を足場に、レイラまで一直線に跳びかかり、


「二……、一……、どん」


 レイラの呟きが終わる。直後、鱗族は再び火柱に飲み込まれた。

 レイラが通った箇所の、どこにも触れなかったというのに。


「二回続いておんなじ手管なわけないでしょうが、ばーか」


 レイラの言葉通り、今回は感知魔術ではなかった。

 時限術式『ターム』。設定した時間に発動するようになる、合成術式の一つだ。


 鱗族はまんまと罠にはまり、爆発を受けたというわけだ。

 煙幕が辺りに漂う。鱗族の姿は見えなかった。


「さすがの鱗族でも、二回も受けたら……」


 安心してレイラは呟いた。サーシャは安堵の溜め息を漏らしている。

 とりあえず、レイラは腕に抱えているアスティアを離し、話しかけようと口を開き、


 ――これが、隙だったのだろう。


「後ろ……!」


 レイラの後ろを見たアスティアが何かに気付き、声を上げる。だがそれは、数瞬遅かった。

 次の瞬間、衝撃がレイラを襲った。

 背中への強烈な、重い一撃。レイラは壁まで吹き飛ばされた。


「ぎ、ぁ……!?」


「レイラ! くっ、『アクエ……」


 詠唱するサーシャ。その掌に、レイラの目にも見えるほどの魔力が収束されていく。

 しかし遅い。遥かに遅い。敵はレイラに一撃を見舞ってすぐ、サーシャへ向けて駆け出していた。


 懐に潜り込まれた。サーシャには格闘技能がないため、碌な対処ができない。

 強烈な一撃。サーシャもまた、壁に叩き付けられた。


 サーシャとレイラは、一瞬で無力化されてしまった。

 その圧倒的な力で無力化した、敵の姿をレイラは睨む。


 針山のように鋭くとがった深緑の髪、煤けている。深緑の鱗に覆われた肌からも、多量の血を流していた。

 けれど、狂気を孕んだ瞳は――健在だ。


「あぁ……ふぅ……はぁ……」


 それは呻き声ではなく、溜め息だった。それは落胆や憂慮、煩労によって溢れたものではなかった。

 鱗族の口角が上がる。口か裂けるのではないかと思うほどの、吊り上がった嘲笑だ。


「キヒヒッ。ひぃ、ふぅ、みぃ……三人、かァア?」


 愉悦、幸福感、感謝。

 恍惚と赤らめた頬。狂人の吐息は、快感と感動によるものであった。


「三人、サンニンだッ! みな美しく、可憐で、若く、艶やかでェ!? なんッと恵まれたことかッ! 神は彼女らに、二物も三物も与えたもうたァア!」


 狂人が、狂気を孕んだ狂言を紡ぐ。

 狂気に犯された情動が、三人の少女に向けられる。


「突然現れた、二人の少女! うぅーん、選定をしようか。まずはそう、そこのフードを被ったキミにしようぅ!」


「わ、たし?」


「君は不思議な気配がするなァ。どこかなァ~、どこだろなァ~……わかったぁ、左腕だ! そこが最も濃いんだぁ! よし決めた、うん決めた、決まり決まって決まりましてェ……、――ハァ~イっ次ィ! そこの亜麻色の髪のお嬢ォさんゥゥゥ!?」


 困惑のサーシャを前に、しかし狂人はまったく目を向けず、今度はレイラに狂気の目を向けた。

 とっととっと。ステップでリズムを刻みながら、レイラの元に向かってくる。


「あ……た、し?」


 声をかけられたレイラは呻き、警戒と困惑を持ちながらも睨み付ける。


「うぅーん、いい目だ。緑の目、強そう、美しい。――でも、駄目だ」


 突然の駄目出しに、レイラはあからさまに不快げな顔を見せる。

 けれど、狂人に気にした様子はない。アレの目は、誰も映していなかった。


「髪……うん、髪もいいィ! でも違うんだ、もっといい部位がある、あるはずなんだ、あるのだッ――そうォ! この俺が見たところ、一番は――脚ィィィ!」


「は……?」


「脚! そう、脚だ! その艶やかな肌、美しき太もも――脚・線・美っ! 世の男たちは劣情を催し、君を中まで奥までずっぶりと犯しつくしたい! そんな欲望を抱かれることだろう!」


 レイラの顔が、羞恥と屈辱で真っ赤に染まった。

 意味がわからない。この男が何を言いたいのか、さっぱりわからない。


「……そして同時に」


 ここに来て、狂人の声音に変化が生じた。

 暗く、どこまでも沈み込んでしまいそうな、暗鬱とした声。


 あれだけ愉悦に歪んでいた狂笑は、今は影一辺も見当たらない。

 代わりに表出したのは、泥のように粘着質な悪意だ。黒い瞳の奥に、悪魔がこちらに向けて手を伸ばす光景を幻視した。


「世の女たちは、君を恨み羨み、妬み欲する。『ワタシの脚も彼女のように美しければ、男の視線を釘付けにできるのにィ!』……ヒハハ、ああ、なんて醜い弱者の嫉妬、憎悪! そんなココロを見ているだけで、とてもとても憤慨する。そしてそんなモノを向けられる君が、ひどく可哀想だと、すごくすごく悲しい気持ちになるんだ」


 狂言は止まらない。嘲笑は終わらない。

 ケタケタと紡がれる、無邪気な悪意。

 溢れる狂気は止まらない。


「だから! この、俺がッ! そんな定めから解放しよう!! ……――決定! この俺、《公平卿》ドラシヴァより、裁定は下された! あとは時を待つのみである! ……だから、すこーし待っててねん?」


《公平卿》……いや、《公平狂》。その通り名には聞き覚えがあった。

 街に出かける直前、チャングに伝えられた名だ。今の今まで、まったく気にしていなかった。


 最後に慈しむような微笑みを浮かべ、狂人は次にアスティアの元に向かう。

 慈悲の笑みが、愉悦の嘲笑に変わる。変わらないのは狂気だけ。


 力が及ばない。遥かに離れた実力差。

 不意打ちリンチで掛かって、あと一歩で届かなかった。


 勝てない。サーシャを連れて逃げるべきだ。

 そう判断できるのに、体が動かない。意識が朦朧とする。レイラは壁にぶつかって、脳震盪を起こしてしまっていた。


「そして、最初の目的であった、キミ――アルフェリア王国王女、アスティア・アルフェリア」


「き、貴様……!」


 アスティアはドラシヴァを睨んでいるが、恐怖しているのは明らかで、その目は怯えきっていた。

 きっと王宮で、大事に育てられてきたのだろう。命の危機など、味わったことなどないのだ。


「君は、君はとても罪深い。裕福で、容姿に優れ、才能がある。ああ、とてもとても、妬ましいことだ。――なあ、ご存じか? 飢えに耐え忍ぶ苦痛が、貧しい人々悲哀が、復讐に駆けるしか行き場のない憎悪が! 誰も救ってくれず、救われようがない運命を! 君は一度でも、味わったことがあるかッ!?」


 その狂言は、レイラの記憶を徒に刺激した。

 金もなく、住まう場所もなく、食べ物も足りなくて、頼る者もおらず。

 そして、魔王教に対する憎悪ばかりを膨らませていた、過去の思い出。


 対して、今そこで震えている王女は、どうだろうか。

 裕福で、飢えも知らなくて、地位があって、家族がいて……。それの、どれほど恵まれたことか。


「……そ、れは」


「ないだろう! あるはずがない! だからこそ、貴様は誇り高くいられた! 傲慢にあり続けられた! そんな貴様を、誰もが恨み羨み、妬み渇望する。『オレにもあんな環境があれば、何にだってなれるのにィ!』……そう、叶うはずのない願いを抱いてしまう。ああ、なんて可愛そうな弱者たち、強者たち。――そうだその通り、なんてそれは『不平等』、かつ『不公平』!」


 知らない。だからこそ、彼女は反論できな――、


「――それは、違う!!」






 それでも、アスティアは反論する。

 足を止めたドラシヴァは、アスティアに反論の続きを促した。


「裕福? 金がある? 地位がある? 当然だ、妾は王家だ。アルフェリア王国は、王家が貧乏に暮さねばならないような弱小国ではない。――しかし……、でも! 妾には、何もない!!」


 それは叫びだった。

 今、恐怖はない。ただただ、悲しみがあった。


「お父様はいつも職務で忙しくて! お兄様はお心が狭くて! お母様はご病気で、全然会えなくて……! ……妾は、地位ばっかり高いだけで、何もなくて。そんなので、理解者なんてできるわけがなくて! 矜持を誇りにして、我慢して……そんなので、誰も理解してくれるわけがない!」


 アスティアは泣いていた。今迫る危機に対してではなく、周りの境遇と、自身の不甲斐なさに。

 不幸など知らない人間と言われた。幸福なだけの人間と呼ばれた。そうではないのだと、なんで理解してくれないのだと、彼女は叫ぶ。


「対等な者などいなかった! 公爵も侯爵も伯爵も子爵も男爵も、メイドも執事も使用人も騎士も護衛も! ……みな、王家に尻尾を振る犬だ! そして、みな同じに犬に見える! ……そんな人間に理解者など、できようはずがない!! 妾には、何もないのだ!!」


 その『不公平』を最後まで聞き届けて、《公平卿》ドラシヴァが質問する。

 それはさながら、罪の告白を聞いた神父のように。


「君は、自身を不幸であると? 裕福だからこその悲しみがあると? 己も『不公平』の弱者であると、そう言いたいのか?」


「これも、不幸の形の一つだ。……もっとも、これは自業自得だがな」


 そう答えたアスティアは、自嘲を浮かべていた。

 鬱憤を吐き出して、少しだけ楽になった気がした。


「……なあ、そこの」


 生殺与奪剣を握られていて、しかしアスティアは、目の前の狂人から視線を逸らした。

 視線は、自身を守ろうとして傷付いた、二人の少女に向けられた。


「すまないな。妾の人生は、どうやらここまでだ。貴様らは逃げろ。その時間は……稼げぬ、だろうな、妾などでは」


 そう言ったのを最後に、アスティアはきっ、とドラシヴァを睨む。魔術も格闘もできない、ただプライドが高いだけの少女の、最後の反抗だった。

 その姿は傍から見ると、刑の執行を待つ罪人のようだった。


「……ぁ、ァぁアぁアアアアア!!」


 亜麻色の髪をした少女が、癇癪を起こしたように、火の魔術を発動した。火の弾丸が、空へと伸びていく。

 痛む体を必死に動かしているのか、何度も転んでフードを被った少女の元に辿り着く。


(……逃げてくれ)


 他人の生存を願うアスティアに向けて、《公平卿》ドラシヴァは、うんうんと頷いた。

 うんうんうんうん、と、繰り返し何度も何度も何度も何度も、頭の中で吟味して、


「――決めた」


 ドラシヴァが、改めてアスティアに向き直る。

 その表情は、先ほどまでの憤怒ではない。優しさで満ち溢れた、穏やかな笑みだ。


「なるほど、盲点だ。裕福だからこその不幸、か。ふむ、そういう考えもあるのだな。――アルフェリア王国王女、アスティア・アルフェリア。この俺は、裁定を誤っていたらしい」


 穏やかな表情、優しい声音。

 敵意や殺意は微塵も感じない。


 ――けれど、狂気は健在で、


「君は『強者』でなかった。裕福であったがために理解者に出会えなかった、不幸な『弱者』だ。それはあまりに『不公平』、だから――」


 そして《公平卿》は……否、《公平狂》は、裁定を下す。


「――君を、『弱者』にしてやろう」


 ドラシヴァは終始、穏やかな笑顔のままだった。


「どうかキミが、幸福になりませんように……」


 笑顔のまま、彼は右腕を振り上げた。

 あれが振り下ろされたとき、自分はどうなるのだろうか、とアスティアはぼうっと思った。


 死ぬのだろうか。

 死ぬのは怖いが……嫌じゃない。


 思わず安堵の笑みを浮かべたアスティアは、優しさに満ちた暴力を受け入れ、


 ガンッ! バキン! と。

 アスティアは殴り飛ばされ、路地裏の壁に強く打ち付けて、首の骨でも折って死ぬ……。


 そう、思っていた。

 だが、ヒーローは現れた。



「――よう、アルなんちゃらちゃん」

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