表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/187

第七話 食い違う価値観

 探索に乗り出したリッターとミコトであったが、案の定と言ったところか。まったく会話がない。

 お互いに友好的でないのだから、当然のことではあった。むしろリッターは警戒していた。


 ミコト・クロミヤ。

 白髪混じりの黒髪をした、ふざけた雰囲気を漂わせる少年。

 サーシャとレイラの仲間らしいが……。


 リッターは廃屋となった倉庫での戦闘を思い返した。

 殺意に染まった瞳。素人臭さを凌駕する直感力と直観力。

 屋根が落ちてきたにも関わらず、確実にリッターを殺害しようとした凶行。


 あれは、自分の命さえ物事の勘定に入れている者の目だ。

 歪んでいる。


「なあ、君」


「……ぁ、ああ?」


 リッターから切り出した。

 唐突に話しかけられたからか、ミコトは一拍遅れて返事した。


「んだよ?」


「君、平民だろう? サーシャさんやレイラさんもそうだが、魔術を使えるんだな」


「平民だって魔術くらい使えるだろうに」


 確かに平民にも、生活級くらいなら使える者もいる。だが初級を身に付けるには、才能と長い修行が必要だ。

 魔術の習得には、学校に通わせたり、家庭教師を雇っても届かないこともあるのだ。


「高水準で、だよ。いや、初級で高水準と言うのはおこがましいが、平民の水準ではない。……いったい、どこで魔術を習った?」


 さて、彼はどう答えるか。

 ミコト・クロミヤは疑わしい。この少年の根本は、表で生きていいモノではない。

 真実を語るかは知らない。それが嘘にしろ、サーシャとレイラに確認を取ればいい。口裏合わせの時間も与えない。


「囚人のジレンマ、みたいなもんか……」


「なんだそれは?」


「いや別に」


 ミコトは数秒頭を悩ませる仕草を見せた。

 答え方を悩んだか、伝える言葉を纏めているだけか、それともブラフか。


「実は仲間に魔術師がいてさ。そいつにいろいろ習ってんだ。サーシャとレイラは知らんけど。あのメンバーじゃ俺、新参者だし」


 今の言葉から推測すると、ミコトの仲間にはサーシャとレイラのほかに、魔術師がいるらしい。

 その者に教わったというなら……。素人が今の実力に育つまで、いくら天才だとしても五年は必要だから……、


「新参と言っても、もう何年も一緒なんだろ?」


「……は? ぇっと、なんで?」


 ミコトは動揺した素振りを見せた。思わぬ言葉を聞いた、といった風だ。


「図星か」


「いや、大外れだけど。なんで年単位なんだ。月単位だよ」


「四〇カ月とか」


 一年八カ月のこの世界では、四〇カ月とは五年のことである。


「意味わかんねえし。二カ月だよ」


 リッターは眉根を寄せた。

 二カ月であの実力だと? ふざけるのも大概にしろ。


「……では、以前から魔術の基礎を教わっていたとか」


「少なくとも、平民の水準は軽く下回ってたなぁ」


「馬鹿な……」


 ありえない。

 たったの二カ月で初級を使いこなすなど、絶対にありえない。


「――そんな馬鹿なことがあり得るか!」


 それができるとすれば、それは才能などではなく、異端だ。

 リッターが二一年の人生で培ってきた常識は、その異常を拒んだ。


 ミコトから、うんざりしたような目を向けられた。


「才能だよ才能」


 次の瞬間、ミコトから魔力の発露を感じ取った。

 生命力が魔力へと精製され、世界へと放出されていく。


 リッターは魔力が見えないが、感じることはできる。

 あまりに高濃度な生命の気配に、人酔いに近い酩酊感を覚えた。


「なる、ほどな……。これは確かに、努力では身につかない」


「納得してもらえたか?」


「ああ、わかった」


 二カ月というのが、本当のところどうなのかはわからない。

 だが、これだけは言える。

 魔術の才。精神性。その一つ一つを切り取っても、ハッキリと。


 ――ミコト・クロミヤは化け物だ。






 リッターから話を切り出されたのを切っ掛けに、もう少し話してみるか、とミコトは考えた。


 リッター・シュヴァリエット。

 亜麻色の髪をした好青年で、規律正しそうな衣服を着込んでいる。

 先ほどのやり取りで、彼は動揺していた。


 それがどんな理由から来るものかは知らない。

 それでも先の会話後、彼の手が剣の柄を握っていることを見れば、警戒されているのは一目瞭然であった。


 先の会話から続く態度から、この青年は常識外への対応力が低いことはわかった。

 ならば、突くなら今だ。相手の言葉の矛盾から情報を引き出す。


 ……そう、ミコトもまた、リッターを警戒していた。

 あのときアスティアからは、彼が護衛であると聞かなかった。彼がアスティアの護衛であるという保証は、まったくないのだ。


 この男は、本当は犯罪者かもしれない。

 そう考えれば、アスティアが怯えたことも説明がつく。


 服装が規律正しいから貴族の騎士? 服など、用意すればいいだけの話だ。

 身分詐称の方法なんて、異世界の裏社会事情に疎いミコトが想像できるよりも多く、たくさん転がっているに違いない。


「なあ」


「……なんだ?」


 リッターが目を鋭くさせた。警戒と牽制だ。

 だが、これをミコトは無視する。


「お前も貴族なんだろ? 俺は平民だしさ、上の人らのことってあんまり知らねえんだ。貴族ってどんなもんか、教えてくれよ」


「……一概に貴族といっても、爵位によって裕福の差はある。シュヴァリエットは伯爵家だから、その水準かつ話しても問題ないことしか教えられないが」


 答える内容を限定したのは予防線か、ただ真面目に対応しただけか。


「さあ、質問するといい」


 さて、では何から訊くか。

 こうやって質問するところまで持ち込めたものの、正体の見抜き方などわからない。

 もう少し貴族について詳しければ、そこから矛盾を探せるのだが。

 とにかく、当たり障りないことから訊いていくことにする。


「使用人とか、どんだけいるんだ?」


「屋敷の管理や、家事に必要な分だけだな」


 なるほど。その点は、エインルードの屋敷でも変わらないように思える。


「料理のレベルってどれくらい?」


「口で説明するのは難しい。平民の料理を口する機会がないから、どう差があるとは答えられない。一般的な意見から言わせてもらうと、栄養があって美味しいのだろうな」


 当たり障りのない返し方だが、事実だ。

 宿屋の食堂での食事は、確かに物足りないところがある。それに比べて、エインルードの屋敷で出された料理の、なんと美味しいことか。

 サーシャという料理神さえいなければ、瞬時に頷いているところであった。


「家族の料理が食べたいとか、思わないのか? 母親の手料理とかさ」


 その質問をした瞬間、リッターの瞳に静かな怒りが宿ったのがわかった。その対象はミコトではなく、ここにいない誰かに向けられていた。

 彼は眉根を寄せ、不機嫌そうに断言する。


「――ありえない」


 直後、リッターは我を取り戻した。


「……いや、家族の料理なら、いつでも食べている。自分にとっては、使用人も立派な家族なのだからな」


 取り繕うように苦笑しているリッターからは、もう怒りは窺えない。先ほどまであった動揺すらない。


 感情の乱れを自覚したとき、瞬時に平静に戻れるタチか、外面を取り繕えるタチか。

 どちらかは知らないが、相手の心理状態の把握を視覚に頼っているミコトにとっては、非常に厄介な相手であった。


 ミコトが内心で舌打ちした。

 そのとき、リッターが口を開き、


「一度、妻たちの料理を食べてみたいとは思うが、難しいだろうな」


 妻……たち。

 ――それはミコトにとって、聞き逃せない言葉だった。


「おい、ちょっと待て」


「ん? ……ああ。爵位が高い貴族は、基本的に家事を使用人に任せるから、料理を習うことはない。彼女たちも例に漏れず――」


「――そういうことじゃ、ねえよ」


 なんと言った、こいつは。

 妻、たち。

 彼女、たち。

 それはつまり、


「重婚、ってことかよ」


 吐き捨てるようなミコトの言葉に、リッターの目が微かに細くなった。

 雰囲気こそ変わらなかったが、それは苛立った仕草だ。


「印象の悪い言葉を使うな。爵位の高い貴族なら、一夫多妻は当然のこと」


「当然とか、それが当たり前みたいな顔しやがって。テメェは躊躇なく愛情を割いちまうのかよ」


「躊躇がないわけがないだろう。だが、それが貴族だ。自由婚は認められない」


 食い違う主張。

 お互いに歩み寄る姿勢を見せない中、ミコトだけがヒートアップする。


「愛してもいない奴と結ばれるのか。たいそー誠実な騎士サマだこって」


「好いた人と結ばれるのではない。結ばれた人を愛すのだ」


 精一杯に込めた皮肉は、もっともらしい言葉で反論される。

 愛する人と結ばれる。それが正しいはずなのに、リッターの言葉には別種の正しさがあった。


「……っ! それでも、結局別の奴とも結ばれて……。――愛が割れたら、壊れるんだよ!」


 思い出してしまう。

 平和で幸せな日々を裏返したような、孤独感にまみれた暗鬱な日常を。

 あんな間違いはもう嫌だと、心が軋みを鳴らして叫ぶのだ。


 それでも、ミコトが語るそれは、ミコトだけの価値観で。

 異なる価値観を持つリッターに、それは通用しない。


「愛は割るのではない。同じく愛情を注ぐのだ。それが、器量が広いということだ」


 ここでようやくミコトは、熱くなっていた自分自身を自覚した。

 まだ言い足りない。リッターの主張を捻じ曲げるまで言葉は尽きないだろう。武力行使に出る可能性すらあった。


「……もう、いい」


 熱された感情は、リッターの平静の目を見て冷めた。

 だから、もう何も言わない。価値観が違うのだ、何を言い合おうがわかり合えるはずがない。


 そもそも、会話する必要もなかった。

 この男は嫌いだ。初対面から今の今まで、いい印象など抱いたこともない。

 信頼できないし、信用もできない。


 ミコトが黙し、路地裏に静寂が舞い降りた。

 静寂の中、二人の足音だけが響く。


「君の考えは……」


 リッターが静かに、戸惑いがちに何かを言おうとする。その声は小さくて、独り言のようだった。

 だが、ミコトは無視だ。視線を向けることさえしない。


「……いや、なんでもない」


 ミコトの態度に気後れしたわけではないだろう。自分の中で、何かしらの決心が付かなかっただけかもしれない。

 なんにしろ、ミコトが関わる義理など存在しない。


 相反し合う二人は、ともに無言で歩みを進める。



     ◇



「リッターさん!」


 その声が聞こえたのは、ミコトとリッターの会話が完全に切れて、ほんの数分後のことだった。

 路地裏の向こうから、二人の人物が現れた。


 先に視線が行ったのは、黒い修道服で身を包み、涙を象った水色のネックレスを首にかけた、紺色の髪の女性だ。

 珍しい服装だったので、思わずまじまじと見てしまった。


 もう一人はオッドアイが特徴的な青年だ。

 服装はリッターのものと似ていたが、刺繍が少ない。等級が低いのだと、見ただけでわかった。


「パラシュか。こんなところで……いや、その目はどうした?」


 リッターが、青年――パラシュの目を見て、訝しげに訊いた。

 その口振りからすると、彼は元々オッドアイでなかったように聞こえるが……。


「ええ。それを含めて、ここに来た目的は二つありましてね。その一つを果たせたんですよ」


 機嫌がよさそうに、パラシュは「紹介します」と、女性に意識を集める。


「こちら、バッサさんです。彼女に腕のいい治癒術師を紹介してもらって、ついさっき診てもらったんです。そしたらですね、治っちゃいまして」


 紹介された女性――バッサは、軽く頭を下げた。

 どうしてだろう。全然似ていないはずなのに、リースと似た何かを感じた。

 注視したが、どういうわけか『歳当て』ができない。見た目だけなら二〇代前に見えるのだが。


「ほう、それはよかったじゃないか」


「ええ、本当ですよ。本当、左目が治ってよかった。それもこれも、バッサさんのおかげです」


 パラシュが頭を下げると、バッサは遠慮する。


「いえいえ、騎士様。バッサはただ、治癒術師を紹介しただけですから。もう一人の騎士様も、何かあればいらっしゃってください。そこの少年も」


「……眼球を引き抜かれるような事態に陥ったときは、紹介してください」


 眼球を引き抜かれる。リッターの発言は、パラシュを差して言っているのだろう。パラシュは頬を引き攣らせていた。

 リッターの生々しいセリフにミコトも言葉が出なかったが、すぐに我を取り戻して、バッサに返す。


「気遣いどうもです。でも、大丈夫ですよ。仲間に治癒術師がいますし、それに……いや、なんでもないです」


 ――たとえ腕が欠損しようとも、死ねば治るし。

 そのセリフは、寸でのところで飲み込んだ。


「……それで、リッターさんはどうしてここに?」


「あ、いやそれは……、――っ! そ、そう、案内だ案内!」


 名案を閃いたというように、リッターがミコトの肩を掴んで前へ押し出した。

 言いたいことはわかったから、素直に従っておく。とりあえず手は払い落とした。


「この少年が迷子になっていてな。大通りに案内していたところだ」


「どーも、迷子です」


 ミコトは力なく挨拶した。

 すると、パラシュは安堵の表情になる。


「そうですか、気を付けてくださいね。ついこの間、《公平狂》ドラシヴァが下層北区に現れたそうですから」


「――な、なにぃ!?」


《公平狂》とやらの名を聞くと、リッターが悲痛な悲鳴を上げた。


「それは本当か?」


「はい。それが自分がここに来た、もう一つの目的で……」


 パラシュのセリフを最後まで聞き届ける前に、リッターがミコトの手を掴み、路地裏の奥へと駆け出した。

 突然のことに、この場にいた者たちは驚くのみ。三者の動揺を無視して、リッターは足を速めた。

 パラシュとバッサの二人は追ってこない。


「突然どうしたんだよ、テメェ!」


 我を取り戻したミコトが問い詰める。リッターは手を放し、走りながらミコトへ尋ね返す。


「《公平狂》の名に聞き覚えがないのか?」


「なんだよそれ、知んねえよ」


「物知らずめっ!」


「突然口が荒くなったなぁ騎士サマ!?」


 ミコトの罵倒に返す余裕もないほど焦燥しているリッターが、軽い説明を始めた。


「《公平狂》ドラシヴァ。人類すべてを平等にしようっていう狂人だ」


「平等……。慈善家か? なんでそんな慌てるんだよ?」


「本当に慈善だったらな!」


 リッターは苛立った口調で吐き捨てた。

 憎々しい。そんな感情が、ハッキリと窺えた。


「パラシュはドラシヴァを追っていた。ついに発見したとき、奴は近くに隻眼の者がいるという理由で、パラシュの左目を捥いだ!」


「な……!?」


「そんな奴が、姫様に目を付けないはずがない!」


 ようやくリッターが慌てていた理由がわかった。

 事態は予想より深刻だ。ミコトとリッターは、魔術を用いて建物の屋根に登る。


「アスティア――――!!」


 ミコトの呼び声が、下層北区に広がった。






「これは、あいつの声か……?」


 下層北区で、アスティア・アルフェリアが路地裏から空を見上げる。

 独りだった。いつも通りだった。近くには誰もいなかった。誰も自分を見てくれなかった。


「ここだ……。妾は、ここに……」


 彼女は声がしたほうへと向かう。

 誰かを求めて。王族とか貴族とか、そんな括りを超えて、アスティア・アルフェリアを見てくれる何者かを探して。


 ――その背後に、狂人が舞い降りた。


「ハッ――ケェンぅ!」


「ぇ……」


 次の瞬間、アスティアは強打を背に食らい、壁に叩き付けられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ