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第三六話 戦いは終わり

 吹き荒れていた炎が、徐々に消えていく。

 ガルムの谷を包んでいた熱気が、急速に冷えていく。


 やがて、炎は晴れた。

 遠く視線の先で、切り裂かれて倒れ伏す、《浄火》の使徒。

 その傍らに立つグラン。


「勝ったんだ……」


 ミコトがぽつりと呟いた。

 暴力的で幻想的な光景を見たためか、現実味がなかった。


 けれど、少しずつ理解していく。


 ――終わったのだ、と。


「っしゃらあああああああああああああああああああああああ!」


 ダッとミコトは走り出した。

 足の裏が痛むが、あとで治せば済むことだ。


 道を駆け、谷の斜面を下り、熱された地面に「あっちっち」などと言いながら、グランに近寄った。


「やったなグラン!」


「ああ……」


 バシバシと背中を叩くミコトに、グランは静かに返した。

 ミコトは高速足踏みをしながら、足元にあるクレイモアの刀身を見やった。


「クレイモア、折れちまったんだな」


「……そうだな。ずっと酷使させてきた。もう、いいんだ」


 グランは申し訳なさそうに礼を言うと、剣の柄のみを背に差した。

 ミコトは次に、すぐ傍の亡骸を見やった。


《浄火》の表情は、苦悶と後悔で歪んでいた。

 青くなった瞳には、深い絶望の涙があった。


 まさかこの狂人が、涙を流しているとは。

 彼にどのような経緯があったかはわからないが、ミコトには信じられない気分だった。


「ま、死んじまったらわかんねえけどさ」


 ミコトは生死の確認の意味も含めて、《浄火》を軽く蹴った。

 直後、《浄火》の体が一瞬で真っ黒に染まると、炭になって崩れ去った。

 遺体は、骨すら残らなかった。死に顔を見て、簡単な墓ぐらいは作ってやろうかと思っていたのだが。


「とりま、グラン。さっさと戻ろうぜ」


「熱いならとりあえず、足踏みをやめたらどうだ? 背負ってやる」


「助かるサンキューゥ!」






「あ、戻ってきたんだミコト、グラン」


 グランに背負われて、ミコトは仲間のもとに戻ってきた。


「サーシャはなんか、お疲れのご様子だな」


「うん、ちょっと疲れちゃった。あんなに『操魔』を使ったのも、『ムスペルヘイム』を使ったのも初めてだったから」


「初めて……ええ!? 初めてだったのか!?」


 まさかの発言に、ミコトだけでなくグランやレイラまで動揺していた。

 フリージスとリースのノーリアクションを見るに、彼らは知っていたのだろう。


「だってあの魔術、構築に時間がかかるから、発動する前に近寄られちゃうし。出力調整もできないから、無暗に試し撃ちもできないし」


「あー……。まあ、あの威力を考えれば、滅多に使えないだろうな」


「とっても緊張したよー」


「俺は新事実に肝を冷やしてる」


 もっとも、事前に聞かされていたとしてもサーシャを信じるしかなかったし、信じただろうが。

 いやでもやはり、あんな必殺技があるのなら、襲撃前に教えてほしかった。


 グランに降ろすように言って、ミコトは地面に降り立った。

 サーシャが疲労しているようだったので、ミコトは自分で火傷を治すことにした。


 まず胡坐をかいて座って、足裏が見えるようにする。

 魔力精製。頭の中にある治療魔術の記憶を思い浮かべ、サーシャが構築していた魔法陣と同じものを、空中に魔力で描いていく。


 さすがに『最適化』の恩恵なく、中級魔術を使うのは難しいか。

 仕方なしに軽く『最適化』して、魔法陣を安定させる。


「……『クラティア』」


 詠唱し、魔法陣の形を崩さぬよう、足裏に押し付けた。

 サーシャの治療魔術と比べるとあまりに遅々としていたが、一応火傷は癒えていった。

 ミコトは『最適化』を切り、披露ゆえの溜め息をこぼした。


「アンタ、もう中級魔術を使えるようになったのね」


 その言葉に、ふと横を向くと、複雑そうな表情のレイラがいた。


「いんや、まだまだ全然。たぶん治療魔術も、他人にかけるのは無理だなこれ。自分専用にしても、擦り傷とか火傷程度。応急処置すらできねえよ」


「あっそ」


 レイラの妙に冷たい態度に、ミコトは困惑した。

 レイラはしばらく難しい顔をしていたが、深い溜め息をこぼすと、木に背中を預けた。


「アタシ、アンタに嫉妬してるわ」


「えっと、ごめん?」


「謝んな。……負けないから。サーシャの純潔は、アタシが守るわ」


「は、はあ。そっすか……(なに言ってんだこいつ)」


 実はそこには、可愛い妹をぽっと出の、どことも知れない馬の骨に取られてたまるか、という姉のシスコン思考があったわけだが、ミコトにわかるはずもない。

 レイラは『言ってやった』という達成感に満ちた表情になったあと、姿勢を正した。


 ミコト、グラン、リース、フリージス、そしてサーシャ。それぞれに視線を合わせて、レイラは深く頭を下げた。


「ごめんなさい。アタシが馬鹿なばっかりに、大変なことになって。それで、あの……、助けに来てくれて、ありがとう」


 ミコトはサーシャ、グランと顔を見合わせる。

 フリージスは肩を竦めた。リースは相変わらずの無表情だったが。


 やっと、六人そろったんだ。

 戦いは終わったのだと、改めて実感した。






 ……なのに、この嫌な感じは、なんだろう。


 ミコトは妙な胸騒ぎを覚えていた。

 まだ終わっていないような、悪い予感が。


 魔力感知力が優れるサーシャや、五感が優れるグラン、最強の魔術師は、何も感じていない様子だ。

 気のせいだろうか。この、誰かにじっとり見られているような、嫌な感覚は。


「そういえばミコト。ずいぶん、あの……惨い姿だけど、大丈夫?」


 サーシャの言葉に、ミコトはしばらく考えて、答えに辿り着いた。

 ミコトの体は、自身の臓物や血液と泥で、見ていられない惨状だった。

 すでに血は熱で乾いているのか、赤は少なくほとんど黒になっていた。


「ああ、まあ『再生』したからな。こんなの見た目だけだよ」


「一回、死んだんだ……」


「気にすることじゃねえよ」


「気にするよ!」


 珍しいサーシャの怒り顔に、ミコトも気後れした。

 ここで『実は二回死んでいた。そのうち一回は作戦の内だった』と言うと、大変なことになりそうだ。


「とりあえず、洗い流すね」


「ほいよ」


 この、しこりのようなものはなんだろう。

 気になって仕方ないというか、なんというか。

 何かを、見落している。


 ミコトの頭上に水の塊が出現し、重力に従って落ちてくる。

 水を頭から被ろうとした瞬間、ミコトは閃いた。


 炎に骨まで焼かれた体。

『再生』で戻るのは人体のみ。それ以外は元に戻らない。


 つまり、だ。

 今のミコトの状態は、


(あっ。俺、裸じゃん)


 気づいたときには、もう遅い。

 服の代わりになっていた自身の臓物や血液(嫌な代わりだ)が、水によって洗い流されていく。


 この先を事細かに語るのもなんなので、擬音語のみにすると、だ。

『ぽろ~ん』や『ぷら~ん』なんて感じで露出したアレが、だ。

 うら若き少女たちの目に曝されたわけだ。


「い、いやぁ~ん」


 やばい。

 ミコトはなんとか乗り切ろうと、両足の間に尻を落として座り込んだ。

 女の子座りなどと呼ばれる座り方で、本来男性は骨盤の形状の違いから難しいはずなのだが、これもミコトの器用さと言えるだろうか。言えないだろうな。


 もちろん、誤魔化せるはずがない。


「あ、あ、あ、あ、……」


 サーシャ、恥ずかしがって目を塞ぐのはいいけど、指の間からチラチラ見るんじゃない。


「あ、あ、あ、アンタ、はぁ……!」


 レイラ、とりあえず拳を構えるのはやめよう?


「っていやあの。ほんとやめっ……」


 ミコトは身振り手振りで説明しようとして、これがまた失敗。

 アレを隠していたものがその場を離れたことによって、またもや露出するアレ。


 今度こそ、レイラの幻の右が放たれた。


「変態っ!」


「へぶぅ!?」

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