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イセカイキ - 再生回帰ヒーロー -  作者: はむら タマやん
第一章 異世会来 - 前編 カムオン・パンピー -
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第四話 赤い頭痛

「よぉーよぉー。やぁっと追いついたぜぇ、《操魔》ちゃーんぅ」


 突然現れた男が、サーシャを見て嗤った。

 厭らしさこそ感じないが、粘ついた邪悪な笑みだった。


 ふとミコトの目が、男が持つ物に行く。

 剣先が鋭く尖った、黒い剣身の片手剣だ。

 形状から刺突に特化しているように見えるが、切り裂きにも使えるようで剣身に刃が付いている。

 レイピア、という細剣が頭によぎった。


 レイピアは細身で先端が鋭く尖った、刺突用の片手剣である。

 しばしばフェンシングの武器と勘違いされるが、フェンシングの武器はフルーレと呼ばれるスモールソードの練習刀。レイピアは両刃で、一応斬撃にも使える。


「マジかよ、また生々しい武器を……。異世界だって言うなら、もっとファンタジーしてろよ。いや、十分ファンタジーなのか……?」


 思わず呟いたミコトへ、初めて男が目を向けた。舐め回すような視線を受けて、生理的な嫌悪感が湧き上がった。

 なんとなく、コイツとは気が合わない。ミコトは確信した。

 最初から馴れ合うつもりなど毛頭ないが。


 雰囲気から察せられる。――あの男は、サーシャの敵だ。


「へっ、そんなに見るなよ悪人面。鳥肌が立つぜ」


「わりぃわりぃ、若白髪。あぁんまりにも貧相な格好してっから、ゴミかと思っちまったぜぇ」


「しらっ……! いや、ゴミとは失礼な。死んだ魚みてえな目ぇしやがって」


 コンプレックスである若白髪のことを言われ、頭に血が上りそうになる。

 それをなんとか抑えながら、


「それにしても、森の中女の子を追いかけるなんて……悪人面、テメェどんなど変態だよ?」


「あぁ? まぁそいつが見目麗しいこたぁ認めるがなぁ、俺の趣味じゃねえよ。一〇年後に期待、ってとこだなぁ」


「ふうん。……そういや聞いたことがあるな。成人女性とヤるのが怖いから、幼い少女を襲う輩がいるって。ハッ、まさかテメェが!? 悪漢はあっかんと思うんだっ!」


「……てめぇ」


 挑発されて顔を怒りに歪めた男を見て、会話の内容を疑問げに聞いていたサーシャが、慌てた様子でミコトの前に出た。

 そうしてミコトと男を遮る形になって、ミコトを庇うように左腕を横に広げる。


「《カザグモ》。彼は、関係ない。手を出さないで」


「そりゃあ、見逃せってことかぁ? ちょぉっとイライラするが、まぁ、めんどぉが減るならこっちも願ったり叶ったりよぉ」


「お、おい、勝手に話を進めんな」


 次々と勝手に決めていく二人へ、ミコトは焦って声をかけた。

 自分には、サーシャを助けたいという意思がある。それを無視されて、安全を確保させられるわけにはいかない。


 だがサーシャは、険しい顔で叫んだ。それがきっと、ミコトをこの場から引かせる手段だと信じて。


「命が懸かってるの!」


 ――命が懸かっている。


 ミコトの体が震えた。

 車に轢かれた瞬間と、角熊に殺されそうになった瞬間がフラッシュバックして、声が出なくなった。


 ――陽と陰が切り替わる。


「わたしが、相手になる」


「潔いねぇ、嫌いじゃねぇよぉ」


 目の前で、勝手に話が進んでいく。

 怯えて動けないミコトの前で、世界が勝手に。


(……まただ)


 いつもそうだった。恐怖に囚われている内に、周囲が勝手に悪いほうへ向かっていく。

 何かができたはずなのに何もせず、怯えて動こうとしない。


 ――父の心苦しそうな表情が。寝込んでしまった母の背中が。背を向けて走り出した玲貴の姿が。脳裏をよぎった。


 また、躊躇して動かないのか。

 もしかしたら、全部上手くいくかもしれないのに、何もしないのか。


「――ちげえだろ」


 自身の内で生まれた自己嫌悪を抱えながら、ミコトは目の前の世界を睨んだ。


 ミコトがいなくても勝手に進んでいく世界だ。そして、もともとミコトがいないはずだった世界だ。

 ならば、この場において世界を変えられるのは――自分、ただ一人だけだ。


「――――」


 日本において、死という存在は遠いものだった。身近の危機なんて、お年寄りの老死か、不注意ゆえの交通事故か……父親の『死』だけだった。

 だが、ミコトは二度死にそうな目に合った。そして、死がどれだけ怖いものなのかは、理解した。


 サーシャは言った。命が懸かっている、と。

 その真剣な表情を見れば、それが真実なのだとわかる。本当に、この問題に関われば死んでしまうのだ。


 だから。だからこそ。


 ――サーシャを、死なせたくない。


「……ぉ」


 答えは決めた。選択した。

 もう、変えることはできない。


 演じろ、自分を。

 最高の自分を演じろ。


「……ぉぉぉお……」


 覚悟を決めろ。

 後ろを振り返るな。

 脇目も振らず、ただがむしゃらに走り抜けろ!


「おおおおおおおおおお――――!」


 ミコトは地面を蹴って走り出した。

 サーシャの制止の声も、耳に入らない。驚き目を見開く男など、思慮に値しない。

 世界のすべてを振り切って、ミコトは男の懐深くへ潜り込んだ。


「おおおおああああああああああ――――ッ!」


 右の拳を、強く、強く、強く握りしめ、振りかぶる。

 そして、矯めに矯めた力を、解放した。


「へぇ」


 視界の中で、男が口の端を吊り上げ、楽しげに目を細めた。――そんなこと、どうでもいい。


 男に突き出した拳は、あっさりと避けられた。

 当たり前だ。こんな大振りの攻撃、素人だって避けられる。そんなこと、ちゃんと考えている。


 だからミコトは、勢いのままに体当たりを繰り出した。

 それさえも避けられたが、今度は素早く左の拳を突き出した。軽いジャブだ。

 その間に右拳を構え、体制を立て直す。


 角熊を簡単に倒したサーシャが怯えるくらいだ。きっと、この男は強いのだろう。

 それにレイピアという得物も持っている。素手のミコトが、普通に戦って勝てる相手ではない。

 だから、


(勝つなら、インファイトしかない!)


 武器を持っていようと、体はミコトと変わらない人間だ。ならば、武器が使えない位置まで踏み込めばいい。

 ミコトは自棄のように行動を起こしたが、決して何も考えていないわけではないのだ。

 運よく拳の範囲内に踏み込めたのだ。絶対に距離を離すことはできない。離されたら、また次に踏み込むのは至難だ。


「なぁ若白髪ぁ? 自分が場違いだってわかってっかぁ?」


 人を小馬鹿にした語調で、男が語りかけてくる。それに対するミコトの返答は、考えるまでもなく、すらりと出てきた。


「場違い? 知るかよ! 俺は勝手にやってやる!」


 誰のためにもならない気遣いに、価値なんてない。それがミコト答えだ。

 男は呆気に取られたような顔をし、そのあと喜色を浮かべる。気色悪い笑みだ。


「同感。そこだけは気ぃ合いそぉだなぁ」


 ミコトの言葉のどこに、気に入る要素があったのか。わからなかったし、考えるつもりもない。

 ミコトは返事として、拳を返した。が、あっさり避けられる。


 男に余裕を作らせないために、素早い連撃を繰り出すミコト。

 だが、現実は非情だ。ミコトが放つ拳は、ラウスが身をよじるだけで簡単に避けられる。

 遊ばれている。そうわかっていて、何もできない。


 どうにかして捕まえられれば、そのままマウントを取って殴るだけなのに。それで、今までの喧嘩は勝てたのだ。

 こちらがいくら殴られようと、相手が武器を持っていようと、ちょっと耐えて有利に立てば、あとは殴るだけ。

 なのに。敵との距離が、こんなに遠い。


「くそ……っ!」


 焦ったミコトは、意表を突くために蹴りを繰り出した。しなる脚は、確実に男に迫る。

 だが。


「ざぁーんねぇーん」


 声を発した男の表情には、嘲りの色があった。ミコトは蹴りが悪手だと悟ったが、すで放った今では遅すぎた。


 男が屈む。それだけで、簡単に蹴りは避けられた。

 さらに男は鞭のような蹴りを放った。しなった脚が向かう先は、右脚を放ったミコトを支える、左脚。


「冥土の土産だ、若白髪」


 ミコトの左脚が、蹴りを受けた。そこまで強い衝撃ではない。が、すくい上げるだけの力は込められていた。

 ほんの数瞬の浮遊感。気づけばミコトは尻餅をつき、男を見上げていた。


「俺の名はラウス・エストック。しっかり憶えて、死んでけよ?」


 そして。

 逆手に構えられたレイピアが、振り下ろされた。



     ◇



 目の前にあるレイピアの切っ先が、自分の体に迫る。

 スローモーションになった世界で、ミコトは嘆息した。


 馬鹿なことをした、と思う。妙な正義感を振りかざて突貫し、結局は何もできずに死ぬのだ。

 完全な犬死だ。これが馬鹿でなくてなんだというのか。


 だが、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ、やってよかったと思う。

 もともと、死んでいたはずの命だから、自分の心が死を認めてしまったのかもしれない。


 だが、一つだけ。

 心残りがあった。


(俺が殺されたあと、サーシャはどうなる?)


 ミコトが戦っていた内に逃げてくれていたなら、それでもいい。構わない。

 だが、なんの関係もないミコトを庇おうとした彼女だ。ミコトはサーシャのことなど何も知らないが、逃げているとは考えづらかった。


 なら。

 自分が殺されたあと、サーシャはどうなるのか。


「――――ッ!」


 意識を闇へ落とそうとする倦怠感を取っ払い、ミコトは閉じかけた目を見開いた。


 ――動け――


 突如、強烈な頭痛に襲われた。

 永続的で現実感を失わせる、鋭い痛みだ。


 ミコトはその激痛に抗うことなく身を任せた。そうすることが最善であると、本能で悟ったのだ。

 その瞬間、眼の痛みとともに、視界が真っ赤に染まった。


 体が勝手に動く。

 レイピアが届くまでに仰向けになり、両手を顔の横に付いたミコトは、両手に全体重を預けて下半身を持ち上げた。

 その途中、身をよじることで、迫るレイピアを紙一重に避ける。


「はっ?」


 耳に男のとぼけた声が届く。

 聞こえたはずなのに、睡眠中に聞こえる音のように頭に残らない。


 ミコトは左脚をレイピアを突き出している右腕に絡め、呆然としている男の顔に、震脚の要領で右足を突き出した。

 ガン、と鈍い衝撃を足裏に感じながら、左脚で力の抜けた男の手から、レイピアを剥がそうとした。だが、それだけは成功しなかった。

 そして半ば逆立ちした状態から、ブリッジのように腰を曲げて足を振り下し、その勢いで両手を地面から離すことで立ち上がった。


 直後、頭痛は嘘のように消え、視界が平常のものへと戻る。

 ミコトは我を取り戻して、一連の動作を思い出す。が、記憶があるのに実感がない。まるで夢を見ていたような気分だ。


 目の前には、蹴られた頭を押さえ、ふらついている男がいた。

 確か、ラウスと名乗ったか。死に際に聞かされただけなので、どうにも頭に残っていない。

 ラウルだったか、ラウナだったか。いや、やっぱりラウスだ。


(つーか人の……俺の体って、こんなに動くもんなんだな)


 運動神経はいいと自負していたが、まさかここまでとは。

 ぼやき、そして気づく。


 ――世界の変化に。


 空気中で青い光が舞っていた。それはまるで、世界が青く染まっているかのようだった。


 そういえば、とミコトは思い出す。角熊に襲われ、死にそうになっていたところを。

 意識が朦朧としていたためあまり憶えてないが、確か青い世界の中にいたような……。


 青い光が移動する。その動きの軌道は一点に収束する。

 中心には、一人の少女がいた。


 銀髪赤眼の少女、サーシャだ。

 先ほど話していた、穏やかな雰囲気とは違う。ピリピリとした緊張感を漂わせて、左腕をラウスに向けていた。

 その左腕に、青い光が吸い込まれていく。


 サーシャの左拳が輝く。次の瞬間その光は呆気なく消失し――ミコトは、世界が震えたのを感じた。

 瞬きの間、左手の先に、サーシャの身長を超える巨大な水の塊が生まれていた。


 そして。

 サーシャが閉じていた目を見開き――詩を、紡ぐ。


「『アクエスト』……っ!」


 サーシャの命令を受けた水の塊が、放ったサーシャに衝撃を与えた様子もなく射出される。

 地面を削りながら直進する水の塊が向かう先は、ミコトに蹴られてふらつき、避ける様子のないラウス。


「――――ぁッ!」


 ラウスが気づいた。だが、もう遅い。

 水の塊は呆然としていたラウスを巻き込み、森の奥に木々を圧し折りながら消えていった。

 角熊を倒したときよりも、大きさも威力も段違いだった。


「……おおぉ」


 ミコトは呆然と、その光景を見つめていたのであった。

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