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第二八話 レストレーション

 翌日の早朝。


 ミコトは背伸びして、寝返りをした。

 欠伸で出た涙を拭いながら、ミコトは目蓋を開ける。


 視界に、穏やかに眠る、見目麗しい少女の姿があった。


 思考停止。

 チュンチュンチュン。朝チュンである。


「……へあっ!?」


 ミコトは驚いて、少女から距離を取った。

 そして、浮遊感。景色が上昇……否、体が落下していき、背中を床で打ち付けた。


「げばぁ!」


 体がふるふると、痛みと恐怖で震えた。

 父親の不倫というトラウマが再燃する。


 え? うそ? まじでヤっちゃった?

 錯乱して目を回していると、扉が開いた。そこから覗くのは、訝しげにしている大柄の褐色男。


「え、や、これは違うんです。違うのか? いや、ヤったんなら責任ぅをぉ……」


 そんなミコトも、褐色大柄男の側頭部に生えているはずの耳を見て、思考が冷めた。 

 獣耳である。そういう趣味はないが、そこは女の子だろうに……。


 そこまで考えて、ミコトも思い出した。

 そうだよ、ここ異世界だ。

 少女はサーシャで、獣耳男はグランだ。


 次いで、昨夜のことも思い出した。

 しっかりと憶えている。間違いない。朝チュンだが、それでも俺はやってない。


 眠気に対して異常に強いミコトが、寝起きに誰かを襲うことなどありえない。それも、記憶もなく、だ。

 だいたい、衣服も乱れていない。ありえない。

 そう。ありえない、ありえない、ありえない……。


 そうやって、ミコトが自己暗示していると。


「つまり、こういうことか」


 グランが左手の人差し指と親指で輪っかを作り、その中に右手の人差し指を出し入れしていた。


「もう一回ぶん殴るぞ」


 これまでの人生の中で、最もどすの利いた声が出た。


 しばらくして。

 必死の言い訳と肉体言語(避けられた)によって、グランの勘違いは正せた。

 というか、グランは最初から気付いていたらしい。獣族の嗅覚なら、情事が起こったかどうかは、すぐにわかるのだとか。


 もう傭兵じゃなくて、探偵にでもなればいいんじゃないだろうか、と思ったのは秘密だ。

 もう一度ミコトがグランに殴り掛かったのは、言うまでもないことだ。避けられた。

 ちくせう。






 何はともあれ、今日は戦いの日だ。


 なかなか起きないだろうと思っていたサーシャは、意外なほどあっさり起きた。

 いや、意外でもないか。この戦いで最もやる気を見せているのは、間違いなくサーシャなのだから。


 ミコト、サーシャ、グラン、フリージス、リースの五人が食堂に会する。

 軽い朝食を取って、作戦の確認をしていた。


 そういえば、とミコト。


「魔王教の奴ら、スパイとか出してねえのかな?」


 バーバラは『三日間だけ待つ』とは告げたが、『偵察をしない』とは言ってない。というか、悪党の口約束など信用できるはずもない。

 だから、どこかで見張られているだろうとは思っていたのだ。しかし、その予兆はまるでない。


「僕もそれとなく見張っていたけど、スパイはいなかったね」


「なんでそれがわかんだよ?」


 確信を持ったフリージスの返答に、ミコトは不思議に思った。


「ミコトくんは会ったことがないだろうけどね。魔王教徒たちは、そのすべてが《無霊の民》で構成されているらしかった」


「ムレ……なんだって?」


「《無霊の民》。無霊大陸に住まう原住民さ」


「魔力が精製できず魔術が使えないが、身体能力で俺たち獣族に匹敵し、器用さで矮族に並び、力と頑丈さでは鱗族並みだ」


 フリージスに続いたグランの説明に、ミコトも驚いた。

 魔術なしで、獣族にすら並ぶ民族。今のミコトでは、勝つのは難しいだろう。

 そういえば、本で読んでいた気がする。関わることはないだろうと、忘れていた。


「おおぉ……わりとすごいのはわかってけど、スパイがいないっつーのと、どういう関係が?」


 しかし、ミコトは慌てずに尋ねる。

 質問に、フリージスが言葉を続ける。


「その《無霊の民》なんだけど、彼らには身体的特徴がある。全員が灰色の頭髪をして、黄色や灰色の瞳を持つ者が多い。観察しても灰色の髪や、目や髪を隠した者もいなかったのさ」


 フリージスはよほど自信があるようで、ミコトも反論しなかった。

 ミコトはフリージスをあまり信頼していないが、能力面では信用しているのだ。


「とにかく、魔王教に手札が知られてないことはわかった。それでいいよ」


 ミコトが話を切り上げたところで、フリージスが言う。


「ああ、そうだ。ミコトくん、グラン。二人に渡しておきたいものがあるんだ。リース、あれを彼らに」


「かしこまりました」


 指示されたリースが、手元の魔道バッグから、それを取り出した。

 それは折り畳まれた、赤が基調の外套だった。


「まさか、それは……」


 グランは勘付いたらしい。手渡されると、慄くように唸った。

 ミコトも受け取った。手触りはざらざらしていて、決して着心地はよくないだろう。

 と、そこでようやく、ミコトも気付く。


「これ、もしかして火鼠の皮から作った外套だったりする?」


「もしかしなくてもそうさ」


 ミコトはフリージスの意図を悟った。

 火鼠の皮製の外套が標準装備のグランだが、《浄火》に焼かれて、今は簡単なボディアーマーを身に着けるのみであった。

 ミコトに対しても、これから《浄火》を相手にするのに必要となると判断したのだろう。


「完成度が高い、な。かなりの高級品だ」


 グランがポツリとこぼした。

 ミコトはふと気になって尋ねた。


「なんで全員にこれ、配らねえんだ?」


 全員がこの外套を身に付ければ、火には滅法強くなるはずなのに。

 その疑問に答えたのは、ミコトの横に座っているサーシャだ。


「それを着たら、火属性以外の魔術が使いにくくなるんだよ。性能がいいほど、余計にね」


 ミコトは納得した。

 グランは火属性の身体強化使いで、ミコトも一番得意とするのは火属性である。

 これなら、実力の低下はない。


「ふうん」


 ミコトはそれだけ言うと、コップの中の水を飲み乾した。


 改めて、ミコトは仲間を見渡す。

 ここにレイラがいれば、全員集まることになる。これからすることは、全員を集めるということだ。


 負けられない。――違う、負けたくない。

 勝たなければいけない。――違う、勝ちたい。


 言葉遊びに近い認識の違いは、ミコトの中に決定的な変化をもたらしていた。


「……んじゃ、行くか!」


 ミコトの声に、全員が頷いた。



     ◇



 プラムの門から出て、ガルムの谷まで歩いていく。

 鱗馬は隠密には不向きだから、プラムに預けて、今は徒歩だ。


 フリージスとグランの姿は、この場にはない。

 フリージスは上空、グランは森から、ガルムの谷を悟られないように偵察している。


 魔王教の拠点を発見し、レイラが捕らえられた洞穴を特定し、《浄火》とバーバラの居場所を暴く。

 そうすることで、作戦は上手く機能する。


 ミコト、サーシャ、リースの三人は、ガルム森林に踏み入った。

 枯れ枝を踏み折り、落ち葉を踏み締めて歩む。


 不自由なく足場の悪い場所を歩くリースを先行させて、体力のないサーシャを真ん中、最後尾にミコトとなっている。

 魔王教の偵察部隊らしきものはない。二〇人にも満たないため、拠点に固まっているのだと思われる。

 順調な滑り出しだ。


 ミコトがガルム森林に踏み入るのは、これで四度目か。

 この世界に落ちてきたとき。昨日、ミコトがトイレに向かったとき。その直後、《浄火》に甚振られて逃げ出したとき。

 そして――今が、四度目だ。

 今回、体の芯が冷えるような不安は、ない。


 不安になったり安心したりと、忙しく面倒な奴だ。

 ミコトは自分をそう評して、小さく苦笑した。


「ミコト、どうかした?」


 どうやら、苦笑がサーシャに聞こえたらしい。

 ミコトは「なんでもねえよ」と頭を振った。


 ふいに、ミコトの視線がサーシャの左手に向いた。硬く握りしめられ、震えていた。

 そういえば先ほどの声も、震えていたような気がする。


 緊張しているのだろう。それか、不安になっているのか。

 大丈夫だと言っていても、それでも彼女はまだ、一四歳の少女なのだ。


「なあサーシャ、俺がなんでこの作戦に『レストレーション』って名付けたか、わかるか?」


「え? いや、わからないよ……。語呂の良さが気に入っただけじゃないの?」


「違えよ。っていうか、そう思われてたのか……」


 ま、いいや、実際そういう理由もあるし。

 ミコトは頭を振って、言葉の続ける。


「レストレーションってのは、英語っていう、俺の世界じゃ主流な言語でな。意味は確か、回復とか修復とか、そんな感じだ」


「……?」


「つまりだ。この作戦の目的は、バーバラ打倒でも《浄火》攻略でも、魔王教をぶっ潰すことでもない。それらはただの通過点で、レイラを助けることこそが第一目的だ」


 ここまで言って、サーシャはハッとした。


「修復……レイラを助ける……。もしかして、レイラと仲直りしろってこと……?」


「そゆこと」


 ハッピーエンドを目指して、できれば全部の問題を解決してしまおう。

 言ってしまえば、可能な限り全クリしよう、だ。


「ミコト、回りくどいよ」


「まあいいじゃん。凝ってる、って感じがするだろ?」


 サーシャは小さく笑った。

 声には落ち着きが戻っていて、握りしめられていた左手は解かれていた。


 ミコトはそれを確認して安堵した。

 心の安らかな空白に、サーシャの言葉が切り込んでくる。


「やっぱりミコトは優しいね」


 心構えをしていなかったせいで、一瞬ミコトは呆けた。

 そのあと気恥ずかしくなって、右手で頬を掻く。


「いや、だから俺はだなぁ」


「ふふ、わかってるよ」


「お前なあ……」


 ミコトは深いため息をこぼした。

 しかし、そこに失意はなく、気恥ずかしさと嬉しさが滲んでいた。


 そうしていると、先頭のリースが立ち止まった。


「止まってください」


 そう言われ、ミコトとサーシャは警戒を強める。

 そのとき、前方の木々から赤い人影が飛び出した。


 まさか、《浄火》か。そう危惧したが、杞憂に終わる。

 赤い人影が、グランだとわかったからだ。


 ミコトたちとグランが合流したそのとき、上空からの空気の流れを感じた。

 木々と青葉から、人がゆっくりと下降してきた。


「フリージス様、お帰りなさいませ」


 いち早く正体を見抜いたリースが、頭を下げてその男を迎えた。

 フリージスだとミコトもわかって、小さく安堵した。


 偵察が戻ってきた。

 グランとフリージスから偵察結果を知らされ、ミコトはニヤリと口角を吊り上げた。



     ◇



 ガルムの谷は、ガルム森林を二つに分断するように続いている。

 谷の斜面はほぼ垂直で、登るのは至難だ。


 ここにはいくつもの洞穴がある。

 それには、とある歴史的事件が関係している。


 今より二〇年前、新世歴九七五年に起こった、王都内戦。

 現在のアルフェリア王国国王アルドルーアが、悪政を敷いた父――前代国王を打ち倒す際の争い。

 つまり政変、クーデターと呼ばれる類のものだ。


 一八年前の新世九七七年、アルドルーアは不当な扱いを受けていた奴隷たちを一時的に解放して、ここ、ガルムの谷へと逃がした。

 内部が作り込まれた洞穴は、矮族が作ったのだ。


 王都内戦は一五年前の、新世歴九八〇年にアルドルーアの勝利で終結した。

 逃げてきた矮族を含めた奴隷たちは、現在は比較的真っ当な扱いを受けているらしい。


 が、それは今は、まったく関係ない話である。

 問題は洞穴がいくつもあり、その内部も生活できるように入り組んでいる、ということだ。

 フリージスが読んでいた奴隷矮族の手記によると、一つの洞穴に五つの部屋があるらしい。


 だからこそ、魔王教がどこに潜んでいるかを完璧に割り出せたのは、非常にありがたかった。

 それもこれも、五感の鋭いグランと、震動を捉える感覚が優れるフリージスのお蔭であると言える。


 ここまでお膳立てされて、失敗なんてできるわけがない!


 ガルムの谷を挟んで、もう一方の森から、チカッと光が見えた。

 グランの合図――突入だ。


 サーシャは意を決すると、ほぼ地面に垂直の谷を駆け降りる。

 直後、地面が震動した。フリージスの上級魔術が、大地を崩す。


 そう。文字通り、崩した。


 ズドン! と爆発的な轟音が鳴り響いた。

 サーシャの見ていた景色が、一変する。


 ガルムの谷を挟んでいた森が、近辺の洞穴のほとんどを叩き潰すように、大きく陥没していた。


 震動で驚愕で、体勢が崩れそうになるサーシャ。それを立て直したのは、サーシャに寄り添うように並走するメイド服の女性、リースだ。

 リースが無表情に頷いた。サーシャも強く頷いて返すと、リースに遅れないように足を速める。


 サーシャが目指すのは、たった一つ。陥没の影響から逃れた洞穴、その中にいるはずの姉――レイラの居場所だ。

 直後、サーシャが駆けていく道の行く先から、風の槍が放たれた。


 リースがサーシャの前に飛び出す。

 リースの右手に宿る、消滅魔術の紫紺の光が、風の槍を収束された大気ごと消し去る。


 敵が――バーバラ・スピルスが、サーシャの目の前に現れた。


「ああ……あの人は、ここにはいないのですね……」


 失望と落胆の声音だった。

 だが、バーバラが意気消沈したところで、サーシャのやることは変わらない。


 ――仲間を信じて、駆け抜ける!


「ボクが、このボクがっ! このまま先に行かせると? ……まさかまさかまさか、本当の本気でそう思ってるのかなぁ《操魔》ァ!」


 炎の渦が、水の砲弾が、氷の礫が、風の嵐が、岩の槍が、一斉にサーシャとリースに襲い掛かる。

 リースの魔術の起点は、掌のみ。腕の二本では、対処不可能の攻撃だ。


 だが、ここにいるのは決して、二人だけではない。


 サーシャの水の渦が、炎の渦に僅かに押し勝ち、相殺した。

 後方から飛んできた岩の砲弾が、岩の槍を砕いた。

 リースの右手が水の砲弾を、左手が嵐を消滅させた。

 そして、サーシャたちの前に割り入ったグランが、氷の礫を剣一振りで吹き飛ばした。


「ハァァアアッ!」


 グランがバーバラ目掛けて、突っ込んでいく。

 バーバラは驚きに目を見開くと、暴風を吹き荒らす。


 その隙に、サーシャとリースは、バーバラを抜いた。


「行、か……せるものかァァァァア!」


 バーバラが左手を掲げた。頭上に、火が収束していく。

 圧縮されて小さくなっていく火球は、尋常ではない熱を内包し――


「やらせると思うか?」


 クレイモアの斬撃が、圧縮された炎を切り裂いた。

 創造された熱が、消滅するまでの刹那。


 解放された莫大な熱が――爆発した。


 サーシャとリースは、ガルムの谷を照らす小さな第二の太陽を背に、洞穴へと飛び込んだ。


 そして、足を止める。


 目の前に、三人の魔王教徒が立ち塞がったからだ。

 その内、真ん中にいた男が、一歩前に出た。


「来やがったな、クソ野郎ども」


 ジェイド・エイド・ムレイ。

 灰色の髪と黄色の瞳を持った男が、ナイフを手で弄びながら、サーシャたちの行く手を遮った。






 それは一瞬の出来事。その一瞬の間に、サーシャたちは洞穴に突入した。

 だが、バーバラはその背を追うことができない。


 制御できなくなった熱は、術者に牙を向いていた。

 バーバラの左手が、肘から先が炭化して、なくなっていた。


「は、ははは、は……。これはこれは、なんという無様。……ボクはちょっとばかり、とんでもなく侮っていたみたいだ」


 憤怒の表情から一変。炭化してなくなった己の左手を見て、バーバラは愉快そうに口角を吊り上げた。

 まるで悔しがる様子や、痛がる仕草は見せないバーバラに、グランは不気味に思った。


 グランの背後から、大地の震動が伝わってきた。

 フリージスが、大地の陥没から生き残った魔王教徒相手に、戦っているのだろう。


「さあさあさあさあ、戦いましょうか傭兵さん」


 バーバラが舞台役者のように、両腕を広げて天を仰いだ。左手の損失など、まったく感じさせない仕草であった。

 グランも改めて、クレイモアを構え直した。


 改めて覚悟する必要はない。

 ――覚悟なら、もうすでに済ませてある。


「ボクもちょっぴり、本気を見せちゃうよォ!!」


「己の想いを賭けて……。バステート集落出身、グラン・ガーネット。――参る!!」






「ふむ。……残り、一〇人といったところか」


 フリージスは、自分を囲む魔王教徒たちを無表情に睥睨していた。

 一定の距離を取りつつ、フリージスの隙を疑う魔王教徒たち。彼らの髪は灰色で、瞳は黄色、もしくは灰色をしていた。


《無霊の民》。無霊大陸に住まう原住民。

 スパイがいないと判断したのも、その身体特徴が目立つからだ。そうでなくとも、プラムにはエインルードの手の者がいた。


 獣人や矮族、鱗族を超える身体性能は、戦闘を知らない一般人からすれば、脅威として映るだろう。

 だが、彼らは魔術を使えない。自由に魔力を精製し、身体の活性化さえできないのだ。


 それは現代のシェオルにおいて、大きなマイナスだ。

 ある一定以上強くなるには、魔術はどうしても外せない要素なのだ。


 そのことは、《無霊の民》の歴史が証明している。

 次々と奴隷にされていく《無霊の民》。

 中央大陸南西部の国が侵攻をやめない限り、彼らは数を減らしていくことになるのだろう。


 だから、《無霊の民》が魔王教に手を貸しているのは、初めからわかっていた。

 魔王教に《操魔》が渡った結末と、《無霊の民》の憎しみを考えれば、予想など容易い。


 エインルード領には、多くの奴隷がいる。《無霊の民》も例外ではない。

 それゆえ、フリージスには《無霊の民》と話すことが、よくあった。部下にも数人の《無霊の民》がいる。


 だが、同情はしない。

 立ち塞がるものがなんであろうと、己の使命を阻害するのなら、踏み潰すまでだ。


「……ッ!」


 跳びかかってくる魔王教徒たちへ、座標を指定。

 フリージスはぽつりと、詩を紡ぐ。


「――『ヴィル・ジャベルグロウ』」


 断続術式を合成された干渉系統・地属性・中級の岩槍魔術が、一息で発動される。

 大地から次々と突き出していく岩槍が、魔王教徒たちに襲い掛かる。腕を捥ぎ、足を折り、腹を穿ち、数を減らす。


「ふむ。……残り、七人」


 仲間を殺されて憤る魔王教徒に対して、フリージスはどこまでも飄々とした態度を貫く。


「さて、と。ミコトくんは上手くやっているかな。大見得切ったんだ。失敗したら……達磨かな」






 そして、ガルムの谷の川下で――。


「よぉ、火傷男」


「め……ぁ、ぅ……」


 ぼうっと快晴の空を眺めていた、乱雑に伸びた赤い髪を持つ火傷だらけの男が、背後に振り向く。

 目蓋をが剥かれた赤い右目が、ぎょろりと眼球を動かす。


 白髪交じりの黒髪と、珍しい黒い瞳をした、一人の少年。

 その姿を赤い視界に収めて、ゆらゆらと陽炎のように揺れていた男が、歪な笑みを浮かべた。


 少年は目を閉じて、大きく深呼吸。再び目蓋を上げたとき、少年の目には熱い光が宿っていた。


「うぁ、ぁぇぉ、ぁぁぁぁ、ぁ、あ、ああ、あ、ああ、あああ――!」


 欲望に狂った男を見て、少年はただ一言。


「惨めだな」


 少年の目には、男の姿がひどく、惨めなものに見えた。

 想いもなく、ただ欲望のままに動く存在には、どうしたって恐怖なんか抱けない。


「吠えてんじゃねえよ、うっせえな。あうあう泣き喚く子供か、歳考えろよ。テメェは三〇過ぎのアラサーだろうが」


 少年が、ニヤリと笑う。


「今からお前を黙らせる。――死なすぞ、テメェの幼稚な欲望を!!」




 ――それぞれの場所で、それぞれの戦いが、幕を開けた。

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