第二六話 表と裏の対談
ミコトは仰向けに倒れていた。
傍らのサーシャに治癒魔術をかけてもらいながら、ミコトは近くにいるもう一人に対してぼやく。
「なんで勝った俺よりも、お前のほうが元気なんだよ」
「一発しか食らっていないからな。それに、獣族は人族より頑丈な種族だ」
「ドヤ顔すんな憎たらしい」
小さく笑みを浮かべるグランに、ミコトは毒づいた。
はあ、と小さく溜め息をこぼす。嘆きというより、感嘆のようなものだ。
「それでも……勝ったんだよな」
「ああ。お前の勝ちで、俺の負けだ」
決闘の末、ミコトが勝ち、グランが負けた。
最後にグランが手を抜いたのが、不服と言えば不服だったが……こちらからすれば都合がよかったし、グランも納得しているようだったので、ミコトは何も言わなかった。
少しの不満は、目蓋を閉じればすぐに掻き消えた。
代わりに生まれたのは、着実に踏み出し始めているという実感だ。
これは絶対に、錯覚などではない。
「よし、もういいよ、サーシャ。次はグランにかけてやってくれ」
「うん、わかった」
サーシャに声をかけ、ミコトは上体を起こした。
サーシャはグランと向き合うと、少し頬を膨らませた。明らかに身長が足りず、グランの顔まで届かない。
「ほら、しゃがんで」
「いや、俺はいらな――」
「しゃがむの!」
「……ああ」
グランは苦笑すると、片膝をついた。どことなく雰囲気が柔らかくなっているように感じた。
赤く腫れている左の頬は、サーシャの治癒魔術の光を受けるとすぐに治った。
「空が、暮れてきたな」
グランの声に、ミコトもつられて空を見上げる。
太陽は山に隠れ始めて、空と草原の大地を赤く染めていた。
「グラン。本当に、本当の仲間になってくれんだよな?」
「ああ、もちろんだ。……だが、勘違いしてもらっては困る」
グランが言葉を切って、ミコトとサーシャを交互に見やる。
まだ何かあんのかよ、とミコトは危惧したが、
「確かに俺は、お前に……お前たちに負けた。指示には従おう。だが、それは嫌々ではなく、俺の意思だ。それは、わかってほしい」
グランの顔付きと、その真っ直ぐな眼差しを見て、ミコトとサーシャは同時に苦笑した。
「その顔を見て、嘘だと思う人なんていないよ」
「変なこと言ってないで、さっさとプラムに戻んぞ」
ミコトとサーシャが並んで歩き出す。
グランは懐かしいものを見るように目を細めると、二人に向けて言葉を放った。
「少し、先に行っていてくれないか」
「んぁ? けど、もう暗くなっちまうぞ?」
「ミコト、ここは……」
察しの悪いミコトをサーシャが窘めると、ミコトはばつが悪そうな顔をした。
「……そうだな。じゃあ、先に行ってる」
「ああ。すぐに追いつく」
ミコトとサーシャは、グランに背を向けて歩き出した。
しばらくして二人は、顔を見合わせ微笑んだ。
なぜなら、グランの顔が、あんなにも――
「俺は……赤が嫌いだった」
ミコトとサーシャが離れてしばらくし、グランが呟いた。
「夕暮れが嫌いだった。火が嫌いだった。炎を纏って現れたあの男が、何もできなかった俺自身が、嫌いだった。……あの日のことを、思い出してしまうからな」
グランはかつて過ごした日々を想起した。
「だからこそ、忘れてはいけないのだと。奴と俺の罪は決して消えないのだと思った。それで、赤いものをよく身に着けるようになったものだ。だから、あんなものまで……いや、それはいいか」
苦笑するグラン。吐き出す言葉の内容に反して、グランの語調は重いものではない。
「だが、思い出したよ、セリアン。かつて、お前に抱いた最初の想いを」
グランの柔らかい言葉が、虚空へと向かって紡がれた。
「だから、あの二人の仲間になりたいと思った。そんな俺を許してくれるか、セリアン」
あるかもわからない天国に、その言葉は届かないし、返事も返ってくることはないだろうけど。
――私は、あなたが好きです――
かつて、想い人が告げた言葉が聞こえた。
幻聴かもしれない。けれど、聞こえたのだ。
だから。
「そうだな。俺も――」
空を見上げたグランは、とても綺麗な顔付きをしていた。
「ミコト、何か聞こえなかった?」
「え? いや、別に何も」
「うーん、聞こえたと思うんだけどな。女の人の声」
「なにそれこわい」
◇
宿屋に戻って来た。
グランとは門の前で合流した。慌て気味に追いかけてくる姿は、少し笑いを誘った。
現在は、宿屋の人たちにグランを謝らせあとのこと。
ミコトとサーシャ、グランの三人は、フリージスの部屋の前に立って相談していた。
「なんつって説得しようか? 意見のある人は挙手」
「は、はい」
紙にメモを取りながらのミコトの声に、緊張気味に声を上げたのはサーシャだ。
「どーぞ?」
「フリージスたちが『仕方ないなぁ』ってなるぐらいに拝み倒す」
「なんてウザい作戦。っていうかフリージスに効くか?」
ミコトが悩んでいると、今度は別の手が上がった。
「なんでしょうグラン」
「決闘すればいい」
「お前はそればっかりか。っていうか、フリージスに勝てるのか?」
「接近戦に限定すれば、なんとか」
「おおっ?」
「だが、離されるだろうな」
「俺の期待をぉぉぉ……!」
ミコトは頭を抱えて唸った。グランが少しだけ、むっとしたように眉根を寄せる。
「では、お前の意見はなんだ?」
「うぇ? えっと……そう、だな。――臨機応変って、いい言葉だよな」
ミコトは前髪を掻き上げた。「フッ」とかっこつけてみる。
そんなミコトに、遠慮というものをどこかに放り投げたサーシャが、
「つまり、考えなし?」
「う、うっさいよ! ってなんだお前ら、うわーないわーって感じの目ぇ向けんのやめぇ!」
そんな感じで、三人はぎゃいぎゃいと騒いでいた。
当然そんなことをしていれば、ほかの宿泊客にも迷惑になる。ついに厳ついおっちゃんに窘められて、三人はしゅんと頭を下げた。
そして、ここが誰の部屋の前かを考えれば、フリージスとリースの耳に入らないということはあり得ない。
ギー、と軋む音とともに、ゆっくりと扉が開いた。中からリースの姿が現れる。
「お入りくださいませ」
「アッハイ」「う、うん」「……ああ」
そういった締まらない流れで、三人は部屋に入った。
ミコト、サーシャ、グラン、フリージス、リースの五人が、一つの部屋に集結する。
フリージスは部屋の中央で、椅子に座っていた。本は初めからテーブルの上に置いてあり、彼も本気でこの対談に挑む気なのだとわかった。
扉を閉めたリースは、いつものようにフリージスの斜め後ろに仕えた。
グランは扉の近くの壁にもたれかかって目を閉じ、サーシャはフリージスの傍まで歩み寄る。
ミコトはもう一つ椅子を引っ張り出すと、テーブルを挟んでフリージスと相対した。
「よう、フリージス」
最初に切り出したのはミコトだ。
能力からして、最も口が回るのがミコトだから、交渉役はもちろんミコトである。
「なんだい?」
「グランと仲間になったぞ」
「もちろん、知って――」
「お前が知ってることを、俺も知ってるよ」
まだ途中のセリフに対し、ミコトは上からかぶせるように言葉を紡いだ。
相手のテンポを崩すこと。素人ながら、それが交渉時においては有効な手だと知っている。
案の定、フリージスはつまらなさそうに口を噤んだ。
「またリースに監視させてたんだろ? メイド使い荒いよお前」
ミコトの批判に対し、そのメイドであるリースが口を挟んだ。
「フリージス様のお役に立つことが、わたくしの使命でございますので」
「……うん、そういうことさ」
ほんの一瞬だけ苦い顔をしたフリージスが、リースに便乗した。
リアルメイドとはなんたるかなど、ミコトも知らないので追及しない。それに本題から逸れている。
もっともこの会話は、頭を回すためにやっているに過ぎないのだが。
「で、救出派と諦め派で三対二になったわけなんだけど、どう? こっちに鞍替えしない?」
「何度も言ったけど、僕は負け戦に出るつもりはない」
「負け戦にはならない、って言ったら?」
「……ほう?」
ミコトは顔だけ大真面目にしながら、心内でニヤリとした。
フリージスは言っていた。ここで魔王教に大打撃を与えておけば、都合のいいほうへ転がる、と。
だから、可能性を見せれば食らいついてくれるというのは、ほぼ確定事項だった。
「詳しく訊いても?」
「当たり前だ。もっとも、説明する前にいろいろ質問と確認をしとく」
とにもかくにも、バーバラをなんとかする方法を考えなくてはならない。
その点に関し、ミコトは何も思いついていないのだ。
「《虚心》のバーバラ。あの気持ち悪いボクっ娘ババアのことだ。……フリージス。アイツの戦法は魔術による遠距離戦。能力は心とかのであってるか?」
『自分はさも知っています、でも偉そうに確認だけでもしときます』といった風にする必要がする。そのため、能力に関してはかなり曖昧な表現だ。
綱渡りの交渉、バランスを間違えれば転落する状況で、ミコトはニヤリと笑った。
フリージスの、相手の思考を予測する能力は、それなりに高いのだろう。しかしミコトにも、何年間もかけて培った演技力がある。
精神的に平常で、元の人格をそこまで崩さないものであれば、誰であっても騙す自信があった。
最近、隣の少女に打ち砕かれたばかりだが。
「ああ、その通りさ」
果たして、フリージスはミコトの思惑に嵌ってくれた。
「レイラを殴り飛ばしたところを考えるに、接近戦もできないことはないのだろうが……あれは年寄りだ。体を使った戦いなら、グランを超えるものではないだろうさ」
「じゃあ、グランを当てれば……?」
「さあ、それはどうだろうね。まず、接近するのが難しい。彼女の術式演算能力は、この僕すら超えるからね」
ミコトは、フリージスとバーバラが戦っていたところを知らない。フリージスの『アルフェリア王国最強の魔術師』という称号とサーシャの説明から、せいぜい互角と判断していた。
ミコトは認識修正した。が、考えても何も浮かんでこない。
あまり時間はかけられない。それなのに、何も浮かばない。
いっそのこと、『状態の最適化』によって思考力を上昇させようかと、ミコトが考え始めたときだった。
「でも、あの人、魔力制御が下手くそだったよ」
ナイスアシスト! とミコトはサーシャに、心中で叫びガッツポーズを取る。そのあと、ようやく言葉の意味を把握する。
ミコトより先に、フリージスが口を開いた。
「僕は気付かなかったが。そうか、《操魔》か。……なるほど、それは確かにおかしい。歳を取れば精製できる魔力量は減るが、反して己の命をより把握できるようになり、魔力制御の腕は上がるはず……」
フリージスはぶつぶつと呟き考え込んでいたが、何も考え浮かばなかったのか、溜め息をこぼして肩を竦めた。
ミコトも考えるのはやめた。専門家のフリージスが駄目なら、素人のミコトでは『状態の最適化』で思考を加速させても無理だろう。
知識に関する『最適化』は、知らないものを見たときのみ発動し、自由に発動できないのだ。
「そこらの事情は確かに気になる。けど今は、そんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。わかっておくべきは、ババアが残り命少なくて、魔力制御が下手くそってこと。――つまり、持久戦はできねえんじゃねえか? 大技はなかなか出せねえはずだ」
ミコトの言葉に、思い当たるところがあったらしいサーシャが、ハッとした。
「つまりだ。ちまちまやってりゃ、ババアは攻略できる!」
「ちまちまやっている時間はあるのかい? 魔王教徒はあと二〇近く残っているし、何より《浄火》がいる」
フリージスの疑問は当然だろう。
けど、とミコトは不敵に笑う。いよいよ、ミコトにとっての本題に入るときである。
「当ったり前だ。――俺が、作ってみせる」
部屋の中に、沈黙が降りた。空気が凍った、とも言える。
あらいやん、とミコトはふざけながらも冷や汗をかいた。
しばらく経つと、フリージスが何かを危惧するように、咽喉を震わせた。
「それは……本気で言っているのかい?」
「モチのロン。説明の前に、ちょっち話そうかね」
ミコトは立ち上がると椅子の前後を変え、椅子の背を抱え込む形で座り直した。
無駄な動作だが、これも思考をまとめると同時、会話のテンポをつかむためである。
もっとも、これは初めから考えていたことなので、あとはスラスラと出すだけだが。
「簡単に言っちまうと、囮作戦だな。ああ、俺が囮ね」
「そんな、危ないよ!?」
案の定サーシャが口を挟んできた、ミコトは思わず苦笑した。彼女が反対することは、考案した瞬間からわかっていた。
だからこそ、アレは言えないな。
ミコトは吐息もらした。その次に紡ぐのは、自身の弱さだ。
「俺はたぶん、バーバラとの戦いじゃほとんど役に立てねえよ。持久戦って分には、『再生』を持つ俺には最高の相性なんだろうけど……まだまだ死ぬことに耐性ができてねえんだ。魔王教徒もおんなじで、リンチされたらなす術なし」
よくもまあ、誰かの前でこんなにも、自分の弱さを漏らせるようになったものだ。
少し前なら、たとえ弱音をこぼすことがあっても、ふざけてごまかすか、無茶に特攻でもしたのだろうか。
けれど、
「けど、俺はどうも、あの火傷男に目ぇ付けられてるみたいでな。それを含め、実力的に考えても、俺が囮になるのが一番だ。だからやる。仕方ないからやってんじゃねえ。俺の意思なんだ。やりたいって、本気で思えるんだ。それはサーシャ、お前にも否定させねえ」
「ミコト……」
「言っとくけど、真正面から戦うつもりはないからな。それなりに距離を取って、ぴゃーって逃げてりゃいいんだよ。そんなわけで、認めてくれ。……そうじゃなきゃ俺は、『自分』ってモンも固められねえような奴なんだ」
ミコトの真摯な頼みに、サーシャは少しして、小さく頷いた。ありがとう、とミコトは返した。
「んで、今まで出た情報を元に、作戦を組み上げてみる。グランがバーバラ、俺が《浄火》っていうのは確定。フリージスが魔王教徒の殲滅ってのが理想。で――」
ミコトはチラリと、横のサーシャを窺う。彼女の立場と想いを考えるに、最も相応しい役割とは、
「――サーシャはレイラ救出だ」
「ミコト!」
サーシャの歓喜。
さっきまで落ち込んでいたのにすぐに明るくなって、単純な子だな。というミコトの思考は、照れ臭さを誤魔化すためである。
「んで、リースはサーシャの補助に回したらいいと思うんだけど、どう? 作戦名は『レストレーション』!」
「確かに、魔王教徒に限るのならば、僕に補助はいらないが……僕たちが協力すると決まったわけじゃない」
「まだまだ不安要素盛りだくさん?」
「不安もあるけれど、どちらかというと不満かな。《浄火》は、どうしてもここで討っておきたい」
「…………」
「何も答えられないのなら、ここまでだね。早く出ていくといい」
「いや、ちょい待ち。もうちょっとでナイスなグッドなアイディアが……!」
「出口はあちらでございます」
「いやいやリース、それはわかってるけどさ!」
「フリージス、もっとちゃんと話を聞いて!」
ミコトとサーシャの訴えも二人には効かず、ついには部屋の外に追い出されてしまう。そのあとを追って、グランも部屋を出た。
「グランも何か言ってくれよ」
「俺は考えることが苦手だ。殴ればいい」
「お前はシンプルでいいなぁ、チクショウめぇ!」
ミコトは叫んで、部屋の中のフリージス目がけ、丸めたメモ紙を投げつけた。キャッチに失敗したフリージスの頭部に命中。心がちょっとスカッとした。
そして短い討論は終わり、無情にも扉が閉じられたのだった。
終わりは呆気ないものだ。
三人はミコトとフリージスの部屋に戻ると、それぞれバラバラの位置に座った。
暗い雰囲気。だが、悔しがっているのは、サーシャのみであった。
グランはそっとミコトの傍に寄ると、ひっそりと話しかけた。
「お前が投げた紙に、何を書いた?」
「あれま、気付いてたの?」
ミコトは気まずげに頭を掻いた。白髪混じりの黒髪が揺れる。
「そのことについて、これからちょっち出かけてくる」
ぎこちない笑みを浮かべ、ミコトは扉に手をかけた。
そのとき、背後から声がかかる。
「ミコト、どこに行くの?」
「……トイレー!」
サーシャの問いを振り向かずに答えると、ミコトは部屋を出た。
◇
もう何度目かのノック。了承される前に小さく扉を開けると、するりと中に滑り込んだ。
日が沈み、部屋の中は真っ暗になっていた。唯一の光源は、部屋の四隅とテーブルに置かれた、五つの蝋燭のみ。
そんな部屋の中央に、浮かび上がる二つの影がある。
もはや定位置の化した場所にいる、フリージスとリースだ。
前にもこんなことがあったな、とミコトはぼんやりと思い、思い出すままに声を出した。
「なんで蝋燭なん? ランプ使えよ」
「こっちのほうが、雰囲気が出るだろう?」
「なんか、悪い密談でもしてるみてえ……って、今回は本当に悪巧みっぽいな」
ミコトはため息をこぼすと、テーブルの前の椅子に腰を下ろした。
テーブルに肘をついたフリージスの視線が絡んだ。その視線が、ふとテーブルの上に向かう。
そこには、つい先ほどミコトが投げた、小さなメモがあった。
サーシャに勘ぐられないように、ミコトだけでフリージスと話を付けるための。
メモの内容を、フリージスは口にする。
「『《浄火》を倒す方法がある』……ねえ。さて、その方法を聞かせてくれないかい?」
「…………」
ミコトは覚悟を決めると、その作戦を話した。
一〇分後。ミコトは元の部屋に戻って、大きいほうとしてきたと言い訳する。
それからさらにニ〇分後。ミコトとサーシャ、グランの集まる部屋に、フリージスとリースが訪ねる。
彼らは意見をがらりと変えて、レイラ救出に賛成した。
「どういうつもりだよ」
形だけ、ミコトはそう尋ねた。
フリージスは愉快そうな笑みを作った。
「《浄火》を放置しても、採算が取れると判断しただけさ」
「ふーん。まあいいけどよ」
ミコトは周囲を見やる。サーシャはパッと明るい顔になって、グランは少し訝しげにミコトを見ている。
グランの視線に、ミコトはぎこちない笑みで返した。グランは小さな溜め息をこぼし、
「……それで、襲撃は明日か?」
「そうなるだろうね。三日の期限はあっても、不意を突く意味も含め、できるだけ早いほうがいいだろうし。異議はあるかい?」
フリージスの問いに、反論は出ない。
フリージスは一度頷いた。
「作戦は、ミコトくんが考案したものを採用。それでいいかい?」
その質問には、全員が頷いた。
一応作戦の確認だけしたが、それでも意見は出ない。
「それじゃあ、明日の早朝。ガルムの谷に襲撃を仕掛けよう。まだ時間はあるから、それまでゆっくり休んでいるといい」
フリージスはその言葉を最後に、部屋を立ち去って行った。
しばらく沈黙が部屋を覆う。それを破ったのは、感慨深げなサーシャだ。
「本当に、みんな仲間にできたね」
「……そだな」
「わたしだけじゃ、ここまで来れなかった」
「本番は明日だぜ? 達成感に浸ってばかりもいられねえ。世知辛い世界だよ、まったく」
ミコトは背伸びすると、そのままベッドに倒れ込んだ。
疲労感と眠気が、ぐっと押し寄せてきた。目蓋が今にも落ちそうになる。
昨日今日と続けて、いろいろなことがあった。疲弊して当たり前だ。
せめてちゃんとベッドに寝転がってからと、『目覚まし』で眠気を消し飛ばして、改めて寝転がった。
「ほんと、いろいろあったね」
「そだな」
サーシャの声に、ミコトも朦朧としながらも返す。
「……明日、大丈夫かな」
それは、サーシャの漏らした弱さだろう。
ミコトは激励しようとして、その前に、サーシャが言う。
「大丈夫だよね。だって、みんながいるもん」
「……ああ、だな」
「頑張ろうね」
「ああ……」
サーシャの声が、子守唄のように頭の中に染みてくる。
心地いいが、サーシャも寝なくていいんだろうか。全然離れる気配もなくて、むしろ近い――
「……ん?」
サーシャの声が徐々に小さくなって、消える。だが、離れていく足音は聞こえない。
ミコトは少しだけ目を開けた。
――眼前、見目麗しい少女の顔がある。
その少女がサーシャであることに、そして現状を理解するのに、ミコトは数秒を要した。
少し酸っぱいような汗の匂いと、女の子の甘い香りが鼻孔を刺激して、ミコトはどぎまぎした。
もう一つのベッドにいるはずの、グランの姿を確認する。……いない。
隣の、つまりサーシャの部屋の扉が開く音が聞こえた。おそらく、サーシャの部屋に行ったのだろう。
サーシャとリースの相部屋だが、サーシャがいないとなれば、リースはフリージスの部屋にいるはずだ。ということは、グランは一人で寝ることになる。
空気を読んだのかどうかは知らないが、それはちょっと寂しいだろう。
……まあ、いいか。
掛け布団は一つしかないので、ミコトはサーシャと一緒に被った。
父親の不倫というトラウマを抱えたミコトが、相手の許可なく不純異性交遊をすることはない。
サーシャを汚すことへの恐怖もある。微笑ましいという感情も大半を占めているが。
(もしかして、俺って枯れてんのかな)
ミコトは溜め息をこぼすと、ベッドの端に寄ってサーシャとは反対を向いた。
これでうっかり、妙なことをすることはないだろう。
ミコトは安堵の溜め息をこぼすと、完全に眠りに落ちた。