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第一二話 属性のアレコレ

 ファルマを出て数時間が過ぎた。


 馬車がガルム森林を抜けた。

 ガルム森林を右側にして、沿うように石畳で敷かれたプルームル街道を、馬車はガタゴトと走っていく。

 左側には、背丈ほどの草原が広がっている。


「そろそろお昼にする?」


 サーシャの提案。


 ミコトはスロット内で術式を、右手に魔法陣を作りながら顔を上げた。

 現在構築しているのは、火属性弾丸魔術『イグニスト』。その構築に淀みはなく、速度も演算と詠唱だけでやっていたときよりも早い。

 もうすでにミコトは魔法陣にも慣れ始め、初級魔術にも活用できるようになっていた。演算量を減ったためスロットへの負担が少なく、前よりもずっと楽にできる。


「そういや腹が減ったな」


 一度のめり込むと周りが見えなくなるのは、自分の悪い癖だ。ミコトは自戒して、術式を霧散させた。


 お昼とはいうものの、馬車を止めて昼食の準備をするわけではない。

 ファルマのプラムの距離は微妙なもので、早朝に出発してもギリギリ閉門までに到着できる、といった具合だ。

今日中に着く予定なので、わざわざ一食のために足を止めるつもりはないようだった。

 つまるところ、馬車の中で昼食をとるという話だ。


 周りを見て反対する者がいない、逆に肯定として頷く者しかいないことを確かめて、サーシャは魔道バッグに手を突っ込んだ。

 入れた先からサーシャの手が小さくなっていくのを見て、ミコトは苦笑い。ミコトも手を突っ込んだことはあるが、まったく違和感がなく、それが逆に違和感になった記憶がある。

 某国民的アニメに出てくる猫型ロボットのポケットを思い出した。まあ『スペースバッグ』は、入り口より大きい物は入らないのだが。


 そして出てきたのは、大きめの布袋。そこから取り出したるは、普通のパンであった。


「お、おお!?」


 普通と侮ることなかれ。

 普通とは、パンばかりになった非日常ではなく、地球の日常における普通のことだ。


 サーシャに配られたパンを、改めて観察する。

 ほどよく焼けた表面。ふわふわとした手触り。仄かに甘い香りが漂うそれは、日本で売られているものと遜色がない。


「これは……?」


「僕がジュレイド商会支部で仕入れたものさ」


 フリージスの回答に、ミコトは救われた気持ちになった。


(元の世界じゃ有り触れていたものが、今はすげえありがたいな)


 生まれた寂寥感を、ミコトは内側に溜め込んで黙し、パンを頬張る。

 柔らかなパンの食感が、ひどく懐かしい。


 今思えば朝食を億劫に感じて、食パンを牛乳で胃に流し込んでいたことを、もったいなく感じた。

 ほかにもいろいろ――。


「…………」


 ふと視線を感じて前を見ると、心配そうにこちらを見るサーシャに気付いた。

 ミコトは暗鬱とした郷愁の念を自身の内側に仕舞い込み、おちゃらけた笑みを顔に貼り付けた。


「……もしかして毒入りだった?」


「すごく物騒!? ち、ちがうよ!」


「くっ、そういやなんか、息苦しくなってきたぜぇ……!」


「ほ、本当に毒が!? ど、どどどどどうしよ、『クラティア』は傷専用だし、毒に効くのはええっと……」


 苦しむ様子のミコトに、慌てふためくサーシャ。

 それを横目で見て背を向け、ミコトは唇を笑みに歪めた。


 しばらくあたふたしているサーシャを眺めて和んでいたミコトだったが、サーシャが盛大に『操魔』を発動し、いろいろな効果が付与された『クラティア』の魔法陣をミコトに押し付けようとしたことで、すぐさま気持ちを切り替えた。


「待ち待ち! 俺、大丈夫だから、全然まったく問題ないから! 演技だから!」


「そう、よかった……えんぎ?」


「げっ」






 向かい合うように座るサーシャとミコト。しかしそれは、対等な相対ではない。

 馬車の床で正座するミコト。魔術による軽減はあれど、クッションのない床に直接座れば震動は相当なものらしく、ぷるぷると震えている。

 対してサーシャは馬車の中立ち上がり、ミコトを叱っている。珍しく怒りを露わにしているサーシャを見て、まあ自業自得よね、とレイラは吐息。


 もっともサーシャは、騙されたことではなく心配させたことに怒っているのだろうが。

 なんとか迫力を出そうとしているようだが、最終的に「大丈夫でよかった」と安堵しているのは、甘いというかなんというか。サーシャらしいと言えばサーシャらしい。


「茶番ね」


 二人が騒いでいるのを横目に、レイラはぽつりとこぼした。

 誰にも聞こえないぐらい小さな声だったが、アルフェリア王国最強の魔術師としての感知能力を持つフリージスと、鋭い五感を持つ獣族であるグランは聞こえたようだった。


「気に食わないかい?」


 レイラの目の前で、フリージスが飄々とした笑みを浮かべて言った。グランはこの会話に関わる気はないのか、外の景色に目を向けている。

 不機嫌なレイラだが、顔を歪めてしまう前に苛立ちを鎮めた。


 自分たちを保護してくれると言うフリージスは、言わば恩人である。フリージスの性格からして、顔を顰めたとしても不快には思わないだろうが、『もしも見捨てられたら』という恐怖心が、最低限の敬意を彼に払わせていた。


 まあそれでも、口調はそのままなのだが。

 サーシャたちに聞こえないよう、声を静める。


「何がよ?」


「大事に今まで守ってきた妹が、どこの馬とも知らない――ああいや、異世界人の男に懐いているのが、さ」


 最低限の敬意を払っている。とはいえ、さすがにその言葉には眉を寄せずにはいられなかった。


「アタシが嫉妬してるって言うわけ?」


「今の君は、過剰に妹を心配する過保護な姉が、妹を取られて悔しがっているように見えるけどね」


 ファルマで過ごした約一週間。

 サーシャが何かと近づこうとするミコトを、レイラはそれとなく(バレバレな)監視し続けていた。


 ミコト・クロミヤ。

 異世界人の少年。


 運動神経が高く、喧嘩慣れはしているようだったが、身のこなしは素人。魔術の才能があり、特に魔力制御能力はフリージスにも並ぶ怪物だ。

 才能はかなりのものだが、現時点での戦闘力は旅の面々の誰よりも劣る。ただの殴り合いに限定して、サーシャやレイラ、フリージスに勝てる程度だろう。


 言動こそおちゃらけているが、彼は修行においては普段からはかけ離れた真面目さを見せた。

 毎日毎日、修行に明け暮れていたミコト。夜遅くまで強くなろうとしていたことを、レイラは知っていた。


 だが、他人を煽る口調はやめない。保護してくれると言うフリージスにさえ茶化そうとする。

 そして、驚くほど負の面を露わにしない。泣き言や愚痴を言っても、決してポジティブな姿勢が崩れない。


 これらの要素だけを挙げて考えて。

 ちょっと変な、たぶん善人。それがレイラがミコトに下す評価は、そんなところだろう。


 しかし、それだけでは終わらなかった。

 才能、努力、精神。それらの要素が加わったためというのもあるだろうが、その成長速度は、異常の一言に尽きた。一週間で初級魔術修得など、まず不可能だ。

 ガルムの谷で引き起こした大爆発も、不安要素の一つである。そして不安要素の最たるものは、あの異常な現象――『再生』。


 レイラの実力など、一年もしないうちに飛び越えていくだろう身元のハッキリしない少年が。奇妙で不気味な少年が、近くでうろうろしている。

 それがどれだけ気持ち悪いことか。


 それでも時折、ミコトが唯一サーシャにのみ向ける『善性』だけは本物で――。


 ――わからない。


「フリージスはなんで、アイツが信じられるのよ?」


「……ふむ」


 レイラは結局、すべての判断を他者に委ねた。それが一種の逃避であると理解しながらだ。


 顎に手を添え、いかにも自分考えてます、というポーズを取るフリージス。そういうわざとらしいところは、非常にミコトと似ていた。

 もしかしたらミコトに苛立つ理由に、フリージスと似ているところがある、というのもあるかもしれない。


「根拠は言えないけど」


 フリージスが続ける。


「ミコトくんは君の敵じゃないよ。間違いなく、ね」


 確信を持って言うフリージス。


 それはミコトという人物を見通しての言葉なのか。

 それとも、ミコトが裏切ったとしてもすぐ始末できる、という自信を発しただけなのか。


 レイラは何も言わなかった。

 信頼からの言葉だとして、どうして信じられるのか、という疑念も。

 始末するという意味として、サーシャを救った恩人というのに、そんな簡単に切り捨ててもいいのか、という甘い葛藤も。


「レイラ」


 これまで黙していたグランが、重々しく口を開いた。


「十全にわかるとは言えんが。お前が悩みや葛藤は、少しは理解できているつもりだ」


「…………」


「だから言うぞ。心の整理は、早めにやっておけ。そうすれば、ただ一つの想いへ真摯になれる」


 そう言うグランには、不思議と相手をその気にさせる迫力があった、けれど。


(……できたら、苦労しないのよ)


 そう思ったが、結局レイラは、何も言えなかった。


 レイラにはわからない。

 ミコトのことも、フリージスのことも、グランのことも。


 レイラは自嘲する。

 そもそもな話、自分のことすらもわからない人間に、誰かを理解できるはずもないのだ。



     ◇



「ねえミコト」


「ん?」


「ミコトの得意な属性って、火属性なの?」


「ああ。次いで水属性だな。それが?」


 サーシャが何を言いたがっているのかわからず、ミコトは首を傾げた。

 何か教えてくれるのだろうか。


「これは迷信みたいなものなんだけど、得意な属性でその人の性格がわかる、っていうのがあるの」


「ほぉん」


 迷信というが、属性の得手不得手はスロット、すなわち精神面の問題なので、あながち間違いはないらしい。ただ、その得手不得手の差が小さいので、あまり気にされていないのだとか。

 血液型診断よりは信頼性はあるはずだ。


「で、その属性性格診断っての、どんな感じなんだ?」


「えっとねー」


 言いつつ、サーシャは『スペースバッグ』に手を突っ込んだ。


「あ、これこれ」


 サーシャが取り出したのは、『千の迷信』という題名の本だった。

 著者名は題に対して負けず劣らず、これでもか! と言わんばかりに、デカデカと載っている。


「自己主張の激しそうな作者だな」


「馬鹿な作者よ」


 呆れて出したミコトの呟きに、返したのはレイラだ。


「どゆこと?」


「その本、千の迷信って言っているくせに、『そのひゃく』までしかないのよ。項目もいくつか抜けてたし」


「抜けた作者だな。数字が抜けているだけに」


 レイラの白けた視線を無視するミコト。

 サーシャはページをパラパラとめくり、目当ての項目を見つけたのか、そのページで止める。


「じゃあ発表ー」


「おーパチパチ」


 サーシャは可愛らしい咳払いをしたあと、読み上げていく。


「火属性は熱血。水属性は穏やか。風属性は奔放。地属性は真面目。……だね」


 もっと細かく言えばいろいろあるそうだが、大まかにはそんな感じらしい。


「火属性が得意な俺は熱血、ねえ。次に水属性の穏やかって、いろいろ相反してる気はするけど……俺ってそんな柄か?」


「よく似合ってると思うよ?」


 サーシャの感想。それに反しレイラが、怠そうに言う。


「アンタは風属性が一番似合いそうだけど」


「……。どうだろうな」


 ミコトは困ったように頬をかきながら、サーシャに訊く。


「サーシャはどんな感じ?」


「わたしが得意なのは水属性」


「ってことは、穏やかか。まあ、予想通りってところだな」


 確かにサーシャには、水属性が一番しっくりとくる。逆に火属性というのは想像できない。


「レイラは?」


「……しいて言うなら、火属性ね。あんまり違いなんてないけど」


「熱血、だと……?」


「うっさい」


 レイラはぶっきらぼうに答えると、視線を馬車の外へと向けた。

 ミコトが苦笑していると、それまで本を読んでいたフリージスが口を開いた。


「ちなみに僕は地属性だね」


「真面目って。お前こそ風属性って感じがするけど」


「エインルードの血筋はみな、地属性が得意なのさ」


 血筋によって得意属性も変わるのかと、ミコトは目を丸くした。本当に属性性格診断というのは、迷信レベルなのだろう。


「……俺は、火属性だ」


 それまで黙っていたグランが、憮然と言った。レイラ以上に、会話には参加して来ないと思っていたのだが。

 いや、よく観察してみると、少し居心地悪そうに目線を逸らしている。馬車の中、自分だけが会話に参加できず、疎外感を感じたのだと予想。

 外見と内面は一致しないものだと、ミコトは実感した。


「火属性の比率が多いな。んで風属性が誰もいねえ」


「あ、わたしの二番目は風属性だよ」


「サーシャよ。ナンバー2は無効なのだ」


「えぇ!?」


 くだらないことで驚くサーシャを見て、ミコトはくつくつと笑った。

 そういえば、と。馬車の中にはいない御者を思い出した。


「リースは何属性なんだ?」


「わたくしは無属性持ちですので、その診断はできません」


 まさかのカミングアウトに、ミコトは目を丸くして驚いた。みんなは知っていたようで、驚きはない。


 無属性。

 自然属性、上位属性、神域属性とも違う、基本ルーンが含まれない術式の魔術。

 一種、魔力を用いた特殊能力のようなそれは、歴史上でも使える者は少数である。


「へえー。リースの無属性魔術ってどんなの?」


 無属性魔術師というのは、それぞれ異なる力を発現する。

 火属性ルーン、もしくは風属性ルーンを使わない電撃魔術など、通常の魔術に基本ルーンが含まれないだけのものもあれば、変身などといった特殊な効果のものもある。

 目の前にその無属性魔術師がいるならば、まず知りたいのはその能力だろう。


「わたくしの魔術は消滅でございます」


「消滅?」


「はい。説明するより、実演したほうが早いでしょう」


 そう言うとリースは、右手を手綱から放してこちらに向けた。その手には木葉が乗せられている。

 リースが息を吐き、目を閉じる。


「――――」


 リースの右手から、紫の光が溢れた。

 発光魔術ではない。周囲を照らさない。自然的なものとはまったく違う光だ。


「……っ!」


 いつの間にか木葉が消えていたことに気付いた。

 手品などではない。ちゃんと瞬きもせず、リースの右手を凝視していた。


 燃えたわけでも、散り散りになったのでもない。

 本当の意味での――消滅。


「マジか……」


 光を生み出したのだから、おそらく創造系統。しかし、魔術で生み出すモノは、決して自然の理を超えるものではない。

 干渉系統にだって、何かを真の意味で消滅させることなどできない。せいぜい水を水蒸気に変えることで、見せかけの『消滅』を演じるぐらいだ。

 既存の魔術では、破壊できても消滅させることはできない、はずだった。


 なるほど。無属性魔術というのは、確かに特殊能力のようなものなのだろう。それ以外、説明しようがない。

 ミコトは「ほえー」と感嘆した。


「なんかすげえチートだな」


 どんな攻撃も防ぐ盾であり、あらゆる防御も貫く矛。

 敵対した相手は、どうにもできないだろう。


 そう戦慄したミコトだが、リースは「いえ」と続ける。


「この魔術が展開できるのは、両手の先のみなのです」


「つまり、射程が短いってこと」


「その通りでございます」


 そうなると、いろいろと欠点が出てきてしまう。

 まず、手が届かないところには攻撃ができないこと。全身を守れるわけではないということ。

 無属性魔術師が通常の魔術を使えないことを考えると、防御無視の一撃必殺ということを考慮しても心許ない。


 どう言ったものかとリースの様子を盗み見るが、そのリースというと、無表情の中に誇らしさが見えた。

 先ほどまで自分の無属性魔術の欠点を挙げていたというのに、その様子には違和感を覚えた。


 いったいどうしたのかと、疑問を持ったミコトは尋ねようとして――その前に、フリージスが声を発した。


「じゃあ僕は、一眠りするよ」


 話をぶった切るようなフリージスの提案。そこに少しの拒絶があるように思え、リースの消滅魔術の話題を耳にしたくないように感じられて、ミコトは訊くのをやめた。


 フリージスは息を吐くと、目を閉じた。

 もう寝たのだろうか。息を吸うことによる胸の上下が小さく、顔色が悪いことも相まって、まるで死体のようにも見えた。

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