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第一〇話 エインルードからの吉報

 修行をし、知識を仕入れ、昼食をとって術式演算の修行をしていた今日の午後。

 昼と夜が入れ替わる黄昏時。


 部屋に遊びに来ていたサーシャと、休息でマッチ・グリンピース・戦争などの指を用いた遊びをしていたミコトだったが、不機嫌そうなレイラに呼ばれて(正確には、呼ばれたのはサーシャだけ)一階に向かった。


 食堂では目を閉じたリースと、修繕を終わらせていたグランが六人掛けの席に座っていた。

 ミコトはグランの向かいに腰を下ろし、その横にサーシャ、レイラと座る。


「フリージスは?」


「ここだよ」


 女将に料理を頼んだあと、グランに訊いたミコト。

 返答は、宿の入り口から聞こえた。若々しいが貫禄のある、青年の声だ。


「お帰りなさいませ、フリージス様」


「ああ、ただいま」


 立ち上がって頭を下げるリースに、頷いて返したフリージスは、グランとリースの間に座った。


「なんとか商会に行ってたんだっけ?」


「ジュレイド商会支部のことを言っているなら、そうだよ。それで、返答が来た」


 確か八日前、フリージスは手紙を出していた。その返答が届いたのだろう。

 最新機器を使えた現代人のミコトからすると遅すぎるのだが、この世界の人間からすると早いらしい。サーシャとレイラは目を丸くしていた。


「エインルード領って、ここから遠いんだよね?」


「ちょっと早すぎじゃない? 早いに越したことはないけど……」


「なに。空鳩を使っただけさ」


 フリージスの言葉を聞くと、サーシャとレイラは納得と呆れの顔になった。

 贅沢だね、ブルジョアね、と言葉を交わしている。

 しかしミコトには、その理由がわからない。


「空鳩ってなんよ?」


「ミコト、知らない? いろんな逸話があって、有名なんだよ」


「俺のいた世界にそんな名前の生き物、いなかったからな」


「そうなんだ」


 サーシャから、ちょっとした説明を受ける。


 どうやら空鳩なる生物、地域によっては神聖な生き物として特別視されているらしい。生息地の森は警備され、密猟を防いでいるほどに。

 しかし、漏れはある。その漏れで売られた空鳩は、貴族のペットとして買われるそうだ。

 逸話や伝説が多い空鳩は、貴族社会において一種のステータスとして扱われている。帰巣本能があって伝書鳩にも使えるものの、実際に使われることは滅多にないそうだ。


「ふうん。ってこそはフリージスってやっぱ、変な貴族なのか」


 ミコトの失礼な物言いに、しかしフリージスは怒るでもなく、作ったような苦笑いをした。


「うーん。僕は……というかエインルード家は、貴族の地位に興味がないからね。価値観が違うのさ」


 優雅に料理を口に運びながら、フリージスが言った。

 フリージスは貴族としての貫禄はあるが、その地位をまったく気にしているように見えないから、ミコトは納得できた。


「話が逸れたね」


 フリージスは咳払いして、それぞれ食事をしていた面々の注目を集める。


「返事だけど、大丈夫だそうだよ」


 その言葉を聞いて舞い上がったのは、レイラだった。歓喜を声に出し、横に座っていたサーシャに抱き付いて、その勢いのまま押し倒し――つまり、サーシャの横に座っていたミコトを押し出し、床に落とした。

 呻くミコト。しかしレイラはわざとではなく本当に気付いていないようで、抗議の視線を自然にスルーした。


 レイラは目尻に涙を溜めて笑い、同じく嬉しそうに微笑むサーシャを抱きしめている。我を失いながらも、サーシャのフードが万一にも脱げないようにしているのは、さすがと言うべきか。

 常に不機嫌そうにしていたレイラの豹変に、ミコトはただただ戸惑うばかり。とりあえず先ほどの言葉の意味を、フリージスに尋ねた。


「ああ、サーシャくんをエインルード家で保護する準備が整った……という話さ」


「おお、それはまあ……すげえのか?」


 言葉の意味はわかる。安全になるというならば、ミコトとしても歓迎するところだ。だが、それで今とどこまで変わるのか、いまいちイメージできない。

 これまでのサーシャたちを知らないのだから当然なのだが。


「どう変わるんだ?」


「そうだね……。まず、護衛が増える。それに、サーシャくんの命を狙う者も、確保を目論む者も、簡単には手出しできなくなるだろう。そして、命懸けの旅を続ける必要もなくなるというわけさ」


「ほへー」


 思っていたより、利点が多いらしい。サーシャと、主にレイラの喜びようも、納得がいくというものだ。

 気になる言葉も聞こえたが……、それはあとで訊こう。


「俺、付いてっていいの? 無一文だよ? 力もないよ? NAISEIするための知識も微妙だぞ」


「もちろん。――大歓迎だよ、ミコト・クロミヤくん」


 ありがたいはずのセリフに、ミコトはなぜか違和感を持った。だが、何に違和感を感じたのかがわからない。

 ミコトは気にしないことにして、料理を口に入れた。


「まあ、保護の話は前から決まっていたからね。準備も整っているし、明日には出発しようか」


「けっこう早いんだな」


 特にこの町でやり残したこともないから、別に構わないが、返事が来てすぐ出発というのも急ぎすぎる気もする。

 それだけ、先を急いでいるということか。そう思うと、飄々としているフリージスに、焦りのようなものがある気がした。


「そうだミコトくん。食事を終えたら、僕の部屋に来るといい」


「なんで?」


「僕が魔術の手ほどきをしよう。魔術教本を持ってくるといい」


「サンキュ!」


 アルフェリア王国最強の魔術師による、個人講習だ。実感はないが、簡単に受けられないものだというのは、フリージスの肩書を考えればわかる。

 この上達のチャンス、見逃すわけにはいかない。ミコトは気合いを入れた。


「ああ、あと、禁術目録もね」


「マジかよ怖い」


 禁術とか、絶対危ないだろ。

 うへぇ。



     ◇



 夕食を終え、ミコトはフリージスとリースの部屋の前で、腕を組んで佇んでいた。

 迷いがあった。禁術目録の触りには目を通したが、どれも危ないものばかりだった。フリージスはいったい、何を教えようとしているのか。


 そうやってグズグズしていると、扉が開いた。暗闇の中から、リースの冷めた瞳が覗く。


「お入りください」


「や、あの、えっと……」


「お入りください」


「まだ心の準備というかさ、そこらへん諸々の事情とかいろいろさ……」


「お入りください」


「あの……」


「お入りください」


「…………」


「お入りください」


 何を言っても、言わずとも、リースは氷のような瞳で、同じセリフしか返してこない。


「アンタはどこぞのNPCかよ……。わぁーったよ、入りゃいいんだろ入りゃ」


「はい、お入りください」


「もしかして気に入った?」


 リースのなけなしのユーモア、だろうか……?


 少しの疲労感を感じつつ、部屋の中に入る。

 部屋は少ない蝋燭のみで照らされていて、辺りの様子を正確には掴めない。判別できる輪郭を見失わないように、ミコトはゆっくりと歩む。


 フリージスたちの部屋は、一週間前に入ったときと同じ、いやそれ以上に何もなかった。明日に出発だそうなので、片付けでもしていたのだろう。

 午前、リースが荷物を整理していたのは、保護する旨の返事が来ることがわかっていたからか。


「やあミコトくん」


 フリージスは椅子に座り、丸テーブルに肘を付いて手を組んでいた。

 ミコトは歩み寄りつつ、気になったことを尋ねる。


「なんで蝋燭なん? ランプ使えよ」


「こっちのほうが、雰囲気が出るだろう」


「なんか、悪い密談でもしてるみてえだな」


 これから学ぶであろう禁術のことを思うと、あながち間違いではないかもしれない。

 ため息をこぼすミコトを、フリージスは笑ってからリースに、ランプを点けるように言った。すぐに部屋は、光で照らされた。


 ミコトがフリージスの前に座り、持ってきた書物をテーブルに置いた。リースはフリージスの後ろに控える。


「君がなかなか部屋に入らないから、リースに頼んで出てもらったよ」


「よくわかったな、俺がいるって」


 気配を読む、という奴だろうか。


「魔術を極めるとね、感知能力も高まるんだよ」


「そうなの?」


「ああ。そうさ。火属性を鍛えれば火や熱が。水属性なら水や湿度が。風属性なら風の流れや音が。地属性なら物の構造と震動が。……といった風にね」


 フリージスは続けて、感知能力について補足する。


「でなければ、集水魔術なんて使えないだろう。空気中の水蒸気なんて、普通は見えないんだから。そして座標がわからなければ、魔術は使えない」


 干渉系統・水属性・初級の集水魔術『キューター』。それは水蒸気を集めることで、飲み水を作り出す魔術。

『キューター』はルーン使用数が20未満の初級魔術でありながら、水属性中級魔術師の実力を必要とする魔術だ。


 理由は水蒸気が見えないからだという。

 大気も見えないが、目の前にあるとわかっている。しかし水蒸気は、あるとわかっているだけでは駄目なのだそうだ。


「め、めんどくせー」


「そう言っては駄目だよ。魔術研究者も、なんとか改良しようとしているんだから」


 創造した水を飲めれば、どれだけ便利なのか。水不足解決は、なかなか難しいようだ。

 うんうんと頷くミコト。フリージスはニッコリと胡散臭い微笑を浮かべた。


「さて、時間稼ぎはもう終わりだ」


「待ってよ。禁術とか絶対危ねえじゃん! 俺やだよ、使わねえよ」


「まあまあそんなこと言わずに」


「マジで憶えさせる気!?」


「うん、もちろん」


 冗談とも本気ともとれない、飄々とした顔で頷くフリージスに、ミコトは慄いた。

 じゃあこれ、とフリージスは禁術目録をパラパラめくり、目当てのページをミコトの前で開く。

 ミコトも嫌々ながら、仕方なしに読んで……頬を引きつらせた。


「ちょっちこれ、無理じゃね?」


「できるできる。ミコトくんは才悩があるんだから。がんばれがんばれ」


「やればできる、っつーか、できちゃったら殺られんだろっ、俺が!」


 フリージスに勧められたのは『バート・アクエモート』。

 身体干渉系統・水属性・中級魔術の身体強化魔術『アクエモート』に、合成術式である禁断術式『バート』を組み込んだ、禁術と呼ばれるに相応しい魔術だ。


 合成術式というのは、それ単体では効果の発揮しない術式だが、ほかの術式と組み合わせることで効果を発揮する。

 たとえば強化術式『アルタ』は弾丸魔術などの魔術を強力にし、断続術式『ヴィル』は連射を可能とする。


 そして問題の禁断術式『バート』は、魔術をわざと暴走させて強化する合成術式で扱いが非常に難しく、一部の魔術に組み込めば後遺症は必至、最悪死に至る。

 この『バート・アクエモート』は後遺症必至だ。


『アクエモート』が脳のリミッターを外す、いわゆる火事場の馬鹿力なのだとすれば、『バート・アクエモート』は効力が強まるだけでなく、リミッターをぶち壊す。

 たとえ魔術の使用をやめようが、壊されたリミッターが治ることはない。

 使用すれば、体の崩壊を免れない――それがこの『バート・アクエモート』という魔術だ。


「ほ、本気……?」


「『再生』を持つミコトくんには、ピッタリの魔術だろう?」


 今フリージスが告げた、倫理から外れたセリフでわかった。これは、冗談ではない。間違いなく彼は、これが正しいのだと確信している。

 確かに、これほどミコトの『再生』と合う魔術はないだろう。死んでも生き返るミコトにとっては、後遺症ができても死に、生き返ればいいだけの話なのだから。


 しかし、だ。

 いきなりそんなこと、受け入れられるはずがない。


「利点はまだあるよ」


「まだあんのかよ……」


 辟易したミコト。しかし、フリージスは容赦しない。


「『バート・アクエモート』は、通常の『アクエモート』より効力が高い。それは――脳が魔力精製にかけるリミッターを壊すほどにね」


「…………」


 人間が精製できる魔力は、生命力の一割に満たないと言われている。全力で使えれば、本来の一〇倍は魔力が使い放題となる。

 おそらく上級……いや、特級魔術ぐらい、連発できるようになるだろう。使用後に間違いなく死ぬという問題はあるが。


「さらに」


「うへぇ……」


 フリージスは続ける。


「一度発動すれば、リミッターは壊れたままだ。つまり、術式を維持する必要がないということだ。スロットの容量も増大するはずだから、君は十二分の実力を発揮できるようになるだろうね」


「はぁ…………」


 ミコトは大きく息を吸って、吐いた。というか、溜め息をした。

 それは保護してくれたフリージスへの軽い落胆と、覚悟の足りない自身に対する自己嫌悪から生じたものだった。


「どっちも演算力が低いせいで使えねえよ」


「今はね」


 フリージスのセリフに、ミコトは目を細めた。


「聞けばミコトくん、一週間で初級魔術の域に入ったそうじゃないか」


「……魔力制御能力のおかげだ。サーシャも言ってたけど、そんなにすげえのか、それ」


「ああ、そうさ。生活級魔術は簡単だ。でも初級魔術に入るには、少し次元が違う。一生使えない人が多いというのにね」


「……つまり?」


「――君には、魔術の才能がある。それも、稀代の天才、鬼才と呼ばれるほどのね」


 才能がある、なんて言われても実感が湧かないし、話題の展開性から喜べない。

 サーシャに褒められたときのような照れ臭さなど、まったく感じない。


 フリージス・G・エインルード。飄々として、掴みどころがわからない貴族の青年で、アルフェリア王国最強の魔術師。

 ミコトはこの男の評価を、かなり下方修正しなければならないようだ。


「俺、術式演算のコツとかを教えてほしくて来たんだけど……」


「僕が教えずとも、君は勝手に成長するだろう。まあ、進むべき道を提示し、知識を与える程度の助けにはなろう」


「そのアドバイス、俺が死ぬこと前提のもんばっかじゃねえか?」


 ミコトは頭を抱えてたあと、息を大きく吐いて平静を取り戻した。


「あ、そうだフリージス」


「どうかしたかい?」


「ちょいと訊きたいんだけどさ」


 急激な話題転換を図る。フリージスも、ミコトが乗り気でないことはわかっているのだろう、あっさりと引いた。

 ありがたいと、ミコトは思う。自分が死ぬ話題などごめんだったし……これから訊くことは、一番の本命だから。


「――サーシャの『操魔』……いや、俺らの状況について」


 訊こう訊こうとはこの八日間、ずっと思っていた。思っていて、切り出せなかった。刺激してしまうではないかと危惧したためだ。

 それが杞憂に終わるだろうことはわかっていたが、これはデリケートな問題だ。なかなか話しずらかった。あちらから話すのを待っていたというのもある。

 しかし、出立前日となったことで、ようやく踏ん切りがついたのだ。


「……ふむ。続けて」


「お言葉に甘えて、と。サーシャの命を狙う存在と……確保を目論む者、だっけか? サーシャを追う勢力を教えてほしい」


 命を狙う者がいるのは知っていた。ラウスがそうだったからだ。

 ただ、フリージスは先ほど食堂で、確保を目論む者がいると言っていた。

『操魔』が世界の害となるから排除しよう、という考えならまだ理解できるが、ほしがる理由がわからない。


「あと、サーシャを狙う奴らっつーのは結局のところ、どれだけいるんだ?」


 魔族のような赤い瞳は見た瞬間わかるが、『操魔』というのは発覚しにくい力だ。それがマナを操っているとわかるのは、魔力を視認できる者だけなのだから。

 ファルマの人々にさり気なく訊いてみたが、『操魔』を知っている人はいなかった。だから『操魔』が有名ではないことはわかっていた。


「……先に、サーシャくんの敵の数を、言っておこうか」


 ミコトは飄々とした笑みを消した。自然と空気が引き締まる。


「敵は少ないよ。異常なほどにね。この国の王族でさえ知らないだろう。そこは安心してもいい」


「そりゃ、大層マイナーなんだな」


 ミコトの安堵混じりの呟きに、フリージスは苦笑した。


「問題は知っている存在なんだけどね。命を狙う者は、勢力というほどは結託していない。確保しようとする側に、魔王教というのがあるくらいさ」


「魔王教……? や、魔王ってまさか、《神喰い》エデンのことか?」


 双頭の魔王、《神喰い》エデン。

 千年前、八人の勇者によって討たれたはずの存在だ。


「なんのために、サーシャを狙ってんだ?」


「さあ。それは知らないね」


 フリージスは肩を竦めた。


「これで終わりかい?」


「……そうだな。今訊きたいのは、こんくらいか。また気になることがあったら訊くわ」


「ん、わかった」


 フリージスはもとの、飄々とした笑みを顔に貼り付ける。ミコトはそっと席を立ち上がった。


「お帰りかい?」


「お帰りだ」


「そう。お休み」


「グーテナハト」


 ミコトは手を振って、部屋を出た。扉は、リースの「お休みなさいませ」というセリフとともに閉められた。


 今日は心労に疲労は溜まったものの、いろいろと有意義な話を聞けた。しかしなんだか、体が凝ってしまった。

 特に、フリージスとの価値観の違いによる問答は、ミコトにとって一種のショックであった。


 生き返るから問題ない。

『再生』があるから大丈夫。


 そうとはわかっていても、やはり割り切れない。

 情けない話だ。生き返る人間が、死に怯えるなど。


 それでも、あの恐怖を。

 落ちていく感覚を。


 あんなモノを感じれば、もう二度と死にたくないと願うのは、人間として当たり前の感情で。

 それでも。

 それでもいつか、自身の死をも受け入れられるように、なれるだろうか――――。


「はあ……」


 肩をグルグルと回しながら、自室へと帰る。途中、サーシャとレイラの部屋から光が漏れていることに気付いて、足を止めた。


 もうかなり遅い時間だ。早寝が基本のサーシャが起きているような時間ではない。

 気になったので、変態チックな行動であると自覚しながら、扉に耳を寄せた。


「ほら、レイラ。いっせーのーで、二! ……あー、ダメだったぁ」


「いっせーのーで、一。あ、上がり」


「あぁん、また負けた……」


「……ねえサーシャ。もう寝ない?」


「あと一回、あと一回!」


「さっきも言ったわよね、それ……」


 彼女らは、ミコトが教えた指遊びをしていた。

 楽しんでいただけて何よりです、とミコトは心の中で苦笑してぼやき、今度こそ自室に戻った。


 そうだ。

 死ぬとか、死なないとか。

 そういうのは、今はいい。

 まだ、いらない。


 部屋に入ると、グランは魔力制御の修行中であった。体の周囲が、薄ら青く発光している。

 ミコトはベッドに潜る前に、窓から空を覗き見た。


 魔力と同じ色の、青い月が世界を照らしている。幻想的で、一週間経った今でも、どこか現実味がない光景。

 右腕を伸ばす。天に向けて。月を掴むように。


 右手を、握りしめた。


「俺はこの世界で、きっと――――」


 そう言うミコトの眼には、覚悟と希望が宿っていて。

 しかしその表情は、誰にもわからない。それはミコト自身でさえも。

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