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第七話 一日の終わり

 サーシャとレイラが部屋に入ってきたので、ミコトは青い世界を惜しみながら、魔力精製を停止させた。

 部屋を埋め尽くしていた青い光が徐々に薄くなっていき、最後には完全に消えた。今この部屋の魔力は、グランが肌の周りだけで発生させている分だけだ。


 ふう、とため息を漏らすミコト。手を上げてサーシャたちに応じようとして――


「……あ、れぇ?」


 唐突に、体から力が抜けた。胡坐をかいた体勢から、支えをなくしたように、後ろに倒れ込む。

 不幸なことに、ミコトはベッドに対して横向きに座っていたので、その勢いのままベッドから転がり落ちた。


「あだばぁ!?」


「何やってんのよ、あんた……」


 部屋の外から、レイラが呆れた声が聞こえた。

 しかし、ミコトに余裕はない。冗談ではなく、目の前の景色がキラキラしているように見える。綺麗な白と黒の光が明滅する。おかしいな、魔力の色じゃないんだけど。


「み、ミコト!?」


 慌てたサーシャが、ミコトに駆け寄る。ベッドに足を引っ掛けて、目を回しているミコトの横に膝を付いて座り、両手を向ける。

 直後、再び部屋が青い光に包まれた。それは『操魔』と呼ばれる、サーシャの持つ特異な――魔力を操る力だ。


 魔力がサーシャの両手の先で収束する。それは徐々に形を変えていき、魔法陣を描く。

 空中に魔力で魔法陣を描く、魔法陣魔術だ。それは『操魔』を持つサーシャにとって、非常に相性のいい手法であった。


 そしてサーシャは、詩を紡ぐ――。


「――『クラティア』」


 サーシャが両手の先に展開された魔法陣が、ミコトの顔に押し付けられる。


 身体干渉系統・水属性・中級の治癒魔術『クラティア』。

 組み込んだルーンの数は、約四〇。サーシャは魔法陣に掛けるルーンの割合を多くすることで、苦手な演算を補っていた。


 目を回していたミコトが、徐々に平静を取り戻していく。それを見て、サーシャはほっと安堵した。


 レイラは顔を顰めた。

 レイラに通常の魔力を見ることができないが、魔法陣など空中で圧縮された魔力ならば、才能がなくとも見ることができる。そのためサーシャが『操魔』を使っていることは、簡単にわかった。


「サーシャ、あんまり『操魔』を使うのは……」


「でも……ううん。ごめん、レイラ」


 否定しかけたサーシャは、強く出ることができずに謝った。

 レイラが言いたいことは、サーシャにも理解できたからだ。軽率に『操魔』を使おうとした自身を窘める。


 レイラはため息をこぼして憂う。

 どうも最近、サーシャの様子がおかしくなる。ミコトが絡むとなぜか、少し短慮になっているように思えるのだ。

 それはレイラが、ミコトを素直に受け入れられない理由の一つだった。

 決して、憎んでいるわけではない。それどころか、感謝もしているが……。レイラはまだ、誰かを信頼することができずにいた。


 悩みの種であるミコトが起き上がり、ぶるんぶるんと頭を振っている。レイラは暗鬱とした思考を、一旦やめた。


「あー、死んだかと思った」


 軽々しく言うミコトに、サーシャが心配そうに尋ねる。


「大丈夫?」


「ああ、サイキュ。大丈夫だ。けど、なんで力が抜けたんだろ。今もなんか、体に力が入んねえし」


 ミコトはなんとか体勢を整えようとするも、ベッドから脚がずり落ちるだけだった。

 腕に力を込めても、ぷるぷるして動かない。


 レイラが白けた眼差しをミコトに向ける。


「慣れない魔力精製で、あれだけ後先考えず魔力を出したら、そうなるのは当然でしょうが」


「けど、勝手にセーブしてくれるって言ってなかったか……?」


「体が慣れてないのに、一気に放出しすぎだって言ってんのよ」


 ウォーミングアップが必要、ということか。ミコトは納得した。

 本当なら初めてでここまでできない、とレイラが吐き捨てるように言った。


 ふっ、と最後の力を込めたミコトが、ベッドに戻った。顎を使って前進し、枕のもとへ行く。

 横目でグランのベッドを見たが、いつの間にやら部屋から出ていっていたようで、どこかへと姿を消していた。


「あー、疲れた。この分には、魔術の練習もできねえな。回復すんのってどれくらい?」


「軽いのなら一晩ね。セーブがかかるくらいまで消耗しても、若ければ三日で回復するわね」


 魔力のもとは生命力だから、若いと回復も早いということだ。あまりに若すぎると体に悪いそうだが。

 レイラの説明の間に、サーシャがミコトのベッドに腰掛ける。


「ミコトは無理な使い方をしただけで魔力はそこまで使ってないから、寝れば治るんじゃないかな」


 サーシャの言葉に、ミコト少し安心した。


 ふと、ミコトの視線がレイラに向く。正確には、レイラの右手だ。しかしそこには、いつもつけていた革手袋はない。

 何かを隠しているのかと思っていたが、見てみる限り別に何もない。


 ふいに思い出す。魔術教本に載っていた、火属性魔術の注意点を。


「なあレイラ。今嵌めてないけど、いつも右手に付けてる手袋ってなんぞ?」


「火鼠の皮手袋。火を使うときは必要なのよ」


 魔術の火は本物だ。操ったものであれ、創造したものであれ、世界に平等の影響をもたらす。

 つまり術者にも効果がある、ということだ。手先から出したりすれば、自分が生み出した火で火傷することになる。


 ガルムの谷で起きた爆発、それが自分で引き起こしたものであったにも関わらずミコトを焼いたのは、こういう理屈があったからだ。

 そのため、火を生み出すときは何かしらの対策をするのが鉄則である。


 レイラの手を見るたび、どうして片手しかはめていないのかと気になっていたが、これで疑問は解消された。


 ミコトはベッドに寝転がりながら窓の外を見た。

 ここからでは角度の問題で街並みが見えないが、昼間に賑わっていた街は今、静まり返っているのはわかった。

 街灯がないため、出歩くのも危ないのだろう。


 ミコトが食事を終えてから二、三時間経ち、だいたい九時ぐらいか。この世界には電子機器もないので、夜更かしする理由もないのだ。


 不意に、疑問を覚える。

 もう夜遅い時間なのだとしたら、どうしてここにサーシャたちが来るのだ。特にサーシャは早寝を心掛けなければいけないだろうに。


 改めて、サーシャとレイラを見た。二人とも普段と違い、薄めの衣服を着ていた。もしかすると、寝間着だろうか。レイラも、いつもつけていた革手袋を外しているのだから。

 考えて、一つの結論に辿り着いた。


「もしかすると二人とも、さっきまで寝てたりした?」


「えっ、と……」


「そうよ。サーシャ、やっと寝たと思ったのに、アンタの魔力のせいで飛び起きちゃったじゃない」


 サーシャは正直に言うか戸惑っていた様子だったが、レイラは気にせず憎々しげに言った。


「いや、わりぃ。考えなしだったよ」


 ミコトは真摯に謝っているつもりだろうが、寝ながらなので苛立ちを誘ったようだ。レイラは「ケッ」と年頃の少女らしくない声を発すると、部屋から出ていってしまった。

 ミコトは失態を悟って起き上がろうとしたが、サーシャに抑えられた。


「サーシャも、悪いな」


「ううん、ちょっとびっくりしただけだから。じゃあわたしも、部屋に戻るね。おやすみ」


「おう、おやすみー」


「ランプ消す?」


「あ、頼む」


 電気が消え、部屋が暗闇に包まれた。まだ帰ってきていないグランには悪いが、ミコトも限界だった。

 サーシャが、部屋から出ていった。ミコトは手を振る余力すら残されておらず、少しずつ目蓋が落ちていく。


 起きていようと思えば、起きていられる。ミコトにはそういう妙技がある。しかし、理由がない。

 ミコトはこの眠気に逆らうことなく、夢の世界へ旅立っていった。



     ◇



 夜。暗闇が広がるファルマの町。

 フリージスはリースを伴って、ジュレイド商会支部から出てきた。先ほど、手紙の配達を頼んだところだった。


 手紙はプラム、王都アルフォード、そのほかの町を中継し、フリージスの父が治めるエインルード領に着く手筈となっている。

 かなり距離は開いているが、プラムから伝書鳩を使うため問題ない。


 普通の伝書鳩では途中で猛禽類に襲われるか、奪われる可能性があるが、使うのは特殊な伝書鳩だ。

 空鳩そらばとと呼ばれるその種は、中央大陸南東部の、特殊な霊地で誕生した変異種だ。飛行速度、体力とも普通の伝書鳩を超え、羽毛の色を変えて景色と同化することができる。

 一度景色と同化してしまうと、見つけるのは非常に困難となる。


 片道三、四日。あちらで報告をまとめる時間を入れても、一週間(八日)と少しで返事が来るはずだ。そのときが、出発のときとなるだろう。

 フリージスは斜め後ろで歩くリースに、顔も向けずに訊く。


「今日一日、ミコト・クロミヤくんを観察して、どう思った?」


 サーシャとミコトの買い物だが、観察していたのはレイラだけではなかった。

 フリージスはリースを使い、ミコトの動向を観察し、人柄を見極めようとしていたのだ。


「率直に申しますと」


 フリージスが見ていないにも関わらず、リースは一礼してから切り出す。


「世間知らず、ですね。ですがそれは、異世界人ならば仕方のないことでしょう」


「危険は?」


「今日一日の動向を見る限り、危険性は感じられませんでした。基本的に善性の人間で、平凡そのものです」


 フリージスは頷いた。その報告は、フリージスが下した評価とおおよそ同じであった。

 ミコトの言動。様子。そして異能『再生』。


「ミコトくんが、もしも僕が思った通りの存在だったなら……」


 フリージスは『もしも』と言いながら、確信めいた口調で続ける。


「今のところは十中八九、サーシャくんの敵になることは――ない」


 そして、フリージスは口に出さず、思う。

 ミコトの『再生』は、フリージスの計画の、ある不安要素を取り除けるかもしれない。

 どうなるかは、『再生』の性能次第。しかし、あるとないとでは、進行速度も段違い。二、三の工程も無視できるはずだ。


(……時間が、ないんだ)


 必ず『使命』を果たす。それが『G』を受け継ぐエインルード家の宿命。

 結局、ミコトの人格など関係ないのだ。善人であろうと、悪人であろうと、やることは変わらない。


 それは、サーシャを救った以上の。

 フリージスがミコトを優遇する理由の、一つであった。

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