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第五話 お出かけ

 サーシャに手を引かれるままに、中世ヨーロッパを思わせる街並みの中を歩く。

 観光は嫌いではないが、そこまで好きでもないミコト。しかし物珍しい街並みには興味を覚えた。ほんの少し、観光気分が入っている。

 異国観光というか、異世界観光なのだが。


 嬉しそうにはしゃぐサーシャに、どうにも調子に乗り切れないミコトは戸惑いを覚えていた。


「ミコト、どこに行きたい?」


「服飾店だろ?」


「……どこだろ」


 連れ出したのはお前だろ、と言いかけて、


「ここ……ファルマ、だっけ? 来たことねえの?」


「うん、初めてだよ」


 ならどこに何があるか知っていなくとも仕方ない。だいたい、ミコトも自分が住んでいた町の道を、すべて憶えているわけでもないのだし。

 出かけた文句を引っ込める。

 だがこの町がそれほど大きくないとは言え、歩き続けるのは勘弁したい。


 ミコトは道を行き交う人々を眺める。

 異種族はまったくおらず、人族ばかりだ。小さな町だし、住みつく異種族も少ないのだろう。

 ミコトは人々の中から、人当りのよさそうなおばちゃんを選び出した。


「あの、すいませーん。服飾店ってどこにあるか、わかります?」


「お、見かけない顔だねぇ。ここに来たばっかりかい?」


「ええ、まあ。旅してるんですよ。それで一張羅がこんなのになっちゃいましてね」


 ミコトはボロボロの服をつまみ、皮肉げに笑った。

 グランの服だが、ぼろいものはぼろい。気にすることなく、ハッキリと言った。


「それは大変だねぇ。ほら、そこの角を右に曲がって、左側に服飾店があるよ」


「あ、どうも、ありがとうございました!」


「彼女さんのエスコート、頑張りなー!」


「はーい! ……彼女とかじゃ、ねえけどさ」


 ミコトは大きく手を振ると、サーシャを引っ張って歩いた。

 あまり、そういう勘違いはやめてほしい。

 サーシャを見やるが、『彼女さん』の意味がわかっていないようだ。


「ミコト、話すのが上手いんだね」


「相手にもよるけど。ああいうタイプは話しかけやすいんだよ」


 言いながら、角を右に曲がる。左側の店を見ながら歩く。絵と字が両方書かれた看板を、一つ一つ確認していく。

 そしてすぐに、服飾店は見つかった。あまり大きくはない、こじんまりとした店構えだ。ミコトとサーシャは、中に入っていく。

 カウンターに座っていた老婆はニッコリと笑って、ゆっくり見ていくように言った。


 見本として置いてある服の種類は、とても少ない。東京に居を構える服飾店と比べれば当然だろうが、ミコトは狭苦しさを覚えた。

 まあファッションのために来たわけではないので、適当なものをさっさと買えれば、それでいい。


 サーシャと揃って、見本を眺める。着心地の悪そうな生地の服ばかりで、違いはあまりない。触ってみても、ジャージと比べるとザラザラしている。

 と、ミコトの視線が、カウンターの奥にある衣服に向いた。ミコトがこの世界に来たときに着ていた服に似て、白黒の色合いだ。目も細かく、着心地もよさそうだ。


「おばあちゃん、あの奥の奴っていくら?」


「ふぉっふぉっふぉ」


 老婆が値札を取り出し、ミコトに向けた。しかし勉強不足のため、その価値がわからない。ほかの服と比べて一桁多いのはわかるが。

 ここに来て、お金はどうするのかという疑問に至った。


「なあ、金ってどうするんだ?」


「フリージスがくれたよ」


「予算ってどんなもん?」


「あの服くらいなら、普通に買えるね」


「太っ腹だなぁ」


 フリージスはいったいサーシャに、どれくらいお金を渡したのだろう。訊いても価値とかはわからないだろうが。


「よしハイきた。んじゃ、アレを買うよ」


「ふぉっふぉっふぉ」


 老婆は立ち上がると、機器も使わず測量に入った。ミコトの体をペタペタと触って採寸したあと、店の奥に引っ込んだ。


 しばらくすると、店の奥から老婆が出てきた。その手には見本よりも小さめの、白黒の服がある。

 サーシャは老婆に金貨と銀貨、銅貨をいくらか渡した。女の子に奢られるのは居心地が悪いが、これはフリージスの金だと頭を納得させる。


 おそらくものすごく高いのだろうが、金はあるというし、着心地がいいものを着たかった。


「あ、ここで着ていい?」


「ふぉっふぉっふぉ」


 ミコトが尋ねると、老婆は店の奥に手招きした。サーシャに断ってから、奥に入っていく。生活感のある、こじんまりとした部屋だ。

 今着ている服をさっさと脱ぐと、買った服を着る。ジャージには及ばないが、ボロ服に比べると断然着心地がよかった。


「似合ってる?」


「うん、普通」


「そ、そっすか」


 正直なサーシャに、ミコトも苦笑い。

 脳内で『普通に似合う』と変換しておいた。


 それから、いくつか予備の衣服を購入した。


「おばあちゃん、ありがとう!」


「あ、ありがとう……」


「ふぉっふぉっふぉ」


 元気なミコトと、俯き気味のサーシャのお礼を、老婆は優しげな笑みで見送った。

 店から出ると、太陽は頭上に差し掛かっているところだった。時間が経つのは早いと感じたが、この世界でも一日二四時間らしいから、体感時間の問題だ。


「何か食べる?」


 サーシャに訊かれ、ミコトは空に浮かぶ太陽を見る。

 確かにもう昼だと思うと、お腹が減っているのを感じた。


「宿に戻るか?」


「せっかくだし、いろいろ回りたいな!」


 サーシャが唐突に頑固さを発揮。ミコトの右手を両手で握ると、ぶんぶんと振り回す。


「お、おう、わかった。……ああ、あれ飲食店じゃね? あそこはどうよ?」


「うん、じゃあそうしよっか!」


 その飲食店に向かう。どうせ小さな町だ。歩き回っても飲食店はそれほど多くないだろう。

 ミコトとサーシャは店の中に入った。


 煉瓦と石材、木製の机と椅子。電灯はなく、蝋燭を灯すことで明るくしている。言ってしまえば、古臭い。しかしそれは、悪い意味ではない。

 日本のレストランにも雰囲気づくりのために古い造りにしているところがあるが、この店はそういうわざとらしさがない『古さ』があった。いや、この世界の基準では古くないのだろうが。


 サーシャに手を引かれるまま、空いていた二人用の席に座る。位置は窓側だ。向き合う形で座る。

 サーシャがメニューの書かれた木板を渡してきた。眺めてみるが、どれも知らない料理ばかり。写真もないので、何がどんなものなのかさっぱりわからない。


「なあ、サーシャは何にするんだ?」


「わたしはこれかな」


 指差されたのは定食だった。

 定食なら、外れはあまりないだろう。ミコトはサーシャが頼んだメニューとは違う定食を選んだ。


 メニューを決めたところで、さて、日本なら呼び出しボタンを押すかカウンターで注文すればいいのだろうが、ここではどうすればいいのだろうか。

 悩んでいると、サーシャが歩き回っているウェイトレスを、おどおどと呼んだ。メニューを伝えると、ウェイトレスは店の奥に向けて大声を発した。


 待ち時間、ミコトは窓の外を眺める。窓にはガラスがはめ込まれている。

 メガネをかける人も見かけるし、この世界ではもうガラスを作るのも、加工の技術もあるらしい。


 その窓から外を覗く。人通りは多く、行き交う人々に笑顔は絶えない。商売人は声を張り上げ、おばちゃんは井戸端会議に勤しむ。

 車などの騒音ばかりだった東京では、あまりこういった光景は見られなかった。商店街はデパートのせいで廃れ、人と人との繋がりが希薄。いろいろ危ない橋は渡るだろうが、この世界に来てよかったとミコトは思って――。


「ん……? あっ」


「どうしたの?」


「い、いや、なんでも」


 誤魔化してから、もう一度窓の外を見る。先ほどの服飾店の影に亜麻色の髪の、謎の少女がいた。というかレイラだった。

 老婆の微笑ましげな笑みにも気付いていないようで、こんがり焼いた串肉をかじりながら鋭い眼差しでミコトを睨んでいる。


 何やってんだかなぁ、とミコトは内心ぼやきつつ、ドヤ顔を作った。

 レイラの顔が憎々しげに歪んだ。そんなに心配なら、こっちにくればいいのに。


 変顔を作るミコトと、それを見て不思議そうにしているサーシャのテーブルに、ウェイトレスが料理を運んできた。

 冷えていないが、水を入れた木のカップも置かれた。


 レイラで遊ぶのをやめたミコトは、改めて料理を観察する。ミコトの選んだ定食は、これといって特徴のない肉とサラダにパン、スープだ。サーシャのは肉がなく、代わりに見たこともない果物がある。

 サーシャとともに「いただきます」と告げ、口に運ぶ。味付けは薄いが、十分に美味しいと言える。


 サーシャは左手にスプーンを持ち、ニコニコとスープを口に運んでいた。

 彼女は左利きらしい。そういえば、よく左手を使っていたように思う。


「なあサーシャ」


「ん?」


「レイラって、いつもあんなに過保護なのか?」


 横目で見ると、こちらを睨んでいるレイラが目に入った。


「……いつもはもう少し、余裕があるんだけど。昨日から、なんかピリピリしてて……。あっ、でもレイラのこと、嫌いにならないでね?」


「いや、気にしてねえよ。でもアイツ、俺が気に入らないのかね」


「それはない、と思う。たぶん、信頼はしてるんじゃないかな」


「信頼、ねえ」


 思い返しても、睨まれてばかりで信頼とはほど遠い。警戒しているにしては、ミコトをサーシャに近付けたりと、矛盾した行動を取っている。

 その点、信頼されていると言えるのだろうか。いや、今も見張られているので、やっぱり信頼されているとは思えない。


「悩んでることはわかるんだけど……。レイラは全然、悩みとか言ってくれないから」


 サーシャは寂しげに微笑んだ。ミコトは何を言っていいか迷う。


「わたしのせい、なんだよ」


「なんでそうなんだよ。素直になれない姉妹愛だろ?」


「違うんだよ。わたしが、レイラの妹じゃないから……」


「……どういうことだ?」


 血が繋がっていないことは、レイラに聞いていた。それでも本当の妹のように思っていると言っていたし、二人の間の姉妹愛も本物だとわかる。

 義妹は実妹に劣るとか、そういう意味ではないだろうが……。


 ミコトが見守る中、サーシャは告げた一言に、ミコトが目を見開いた。


「……わたし、三年前より昔の記憶がないの」


 それから、サーシャは語る。

 三年前に住んでいた故郷が襲撃を受けたこと。両親は死に、故郷も滅茶苦茶になったこと。そして――その事件のせいで、記憶喪失になったこと。


 フリージスに出会うまでの二年間、レイラと二人きりでの逃亡生活。『操魔』は世間には知られていないし、使っても魔力が見える者がいなければ発覚しないが、赤い瞳は目立つ。

 記憶がなく何もわからないサーシャに、レイラはずっと手を焼いていたのだと言う。

 サーシャはその詳細までは語らなかったが、言葉にした以上のつらい体験をしたことは、悲しげな目を見ればわかった。


「わたしはレイラのこと、お姉ちゃんみたいに思ってる。レイラもわたしを、妹のように扱ってくれる。でも……レイラにとってわたしは、本物の妹じゃないんだよ」


 その場を沈黙が包んだ。何を言えばいいかわからなかった。同情も慰めも、怒ったも悲しんでも、何を言っても逆効果になりそうで。

 サーシャはハッとすると、誤魔化すように苦笑いした。


「ごめんね。早く食べよう?」


「……ああ、そうだな!」


 ミコトもノッて、がつがつと食事を開始した。ウェイトレスに顔を顰められるのも気にせず犬のように食し、サーシャから笑みを引き出す。


「あはは。ミコト、顔に付いてるよ。はい、ハンカチ」


 サーシャがハンカチを取り出し、ミコトの顔を拭こうと身を乗り出した。

 が、サーシャが体勢を崩した。


「鼻ァ!?」


 ハンカチを掴んだサーシャの手が、ミコトの顔面に直撃。鼻を抑えて呻き声を上げた。


「ご、ごめんミコト!」


「こ、ここでドジっ娘っすか。侮れん……」


 ミコトは痛みに耐えながら、場の雰囲気が和んできたことに安堵のため息をこぼすのだった。

 ただ、サーシャの語った話だけは、ずっしりと頭の中に残り続けた。

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