第四話 守ったもの
王宮への道のりは、馬車に乗っていた。
というのも、サーシャの服装が、街中を歩くに適さないからだ。
赤眼を隠すために、白いベールを頭に被っている姿は、街中では目立つだろう。
近くからしっかりと観察されれば、瞳の色もわかってしまう。
さすがに、一国の王様と謁見するのに、フードを被っている。というか、普段着でいいはずがない。
なのでレイラやラカ、ミコトさえも着替え(させられ)ていた。当然、シュヴァリエット家から借りたものである。
馬車の中、緊張が漂う。
そんな空気に、居心地が悪そうなのはリッターだ。
無反応なのはミコトだけだろう。繋いだ手からは、サーシャの震えが伝わってきて、反射のように握り返した。
「というか、なんでわたしたちって、王宮に招待されてるの?」
僅かに緊張が安らいで、サーシャはリッターに問い掛けた。
その疑問に、逆にリッターが首を傾げる。
「もしかして、本当にわかっていません?」
「……?」
「いや、あの。あなた方は、王国の危機を救ったんですよ? 特にサーシャさんは、王族を救ったではないですか?」
「あぁ……」
そういえばそうだった、という風に頷くサーシャに、リッターは頭を抱えた。
「あなた方のことを会議では、シュヴァリエット家と友好がある人物、という設定にしています。表に出たがらない人たちだとも伝えておきました。が、さすがに王宮の大バルコニーに姿を現しては、隠しきれるものではなく……」
半年前、アスティア一人を救ったときとは、比べものにならない功績だ。加えて、大勢の者がそれを見ている。
以前に代表者として、ミコト一人が招かれたときとは違うのだ。
「『眼』の事情も考慮して、あまり大々的な謁見にはなりませんので、そこはご安心ください」
とは言っても、あまり緊張は解れないだろうな、とはリッターも思う。実にその通りである。
自身の功績を自覚したサーシャは、さらなる緊張を募らせるのであった。
謁見の間の前に辿り着く。
扉は大きく、頑丈そうな見た目だ。
リッターは全員を確認する。
合図があり、扉は開け放たれた。
赤い絨毯の道を歩き、サーシャたちは入場する。
サーシャが最初に抱いた印象は『遠い』だった。向かいの壁までの距離だ。
次に高い。そして広い。総じて、とても広かった。
天井や壁には意匠が刻まれて、根が田舎者なサーシャからすると『すごい』としか言えない。
謁見の間の壁には左右にそれぞれ、甲冑を着た騎士が十数人ほど待機している。
これでも警備が少ないほうだと言うのだがら、さらに大々的な謁見ではどうなるのだろうと想像し、震えてしまう。ので、考えないようにした。
さて。赤い絨毯が進む先、ほんの二、三段の段差があり、床が高くなっている部分がある。
そこに。
アルフェリア王国国王、アルドルーア・アルフェリアが、中央の席に座って待ち構えていた
誰とも知れず、ごくりと生唾を飲み込んだ。
アルドルーアのそばには、近衛騎士ゼス・ラーバーが控えている。
横には、王族用の席がある。が、二つは空席。残る一つにアスティアが座っていた。
アスティアが小さく手を振っている。が、それに反応できないくらい、サーシャたちは緊張していた。
膝を立て、頭を垂れる。その仕草ひとつひとつ、かなりぎこちなかっただろう。
「サーシャ・セレナイト、レイラ・セレナイト、ラカ・ルカ・ムレイ、ミコト・クロミヤ、以上四名をお連れしました」
リッターの言葉に、アルドルーアは「うむ」と頷く。
「面を上げよ」
ルドルーアの一言に、サーシャたちは恐る恐る頭を上げた。
「よく来てくれたな。緊張しているようだが、楽にしても構わんのだぞ?」
「い、いえそんなっ、めっそうもごじゃいません!」
「くくくっ、いやはや、なんとも愛いなぁ」
噛んだ。かーっ、と羞恥に体が熱くなる。
どうして自分が代表のようになっているのだろう。こういうのはレイラが妥当なのに、と言うと、しかめっ面されそうだが。
「ちなみに、こういう場で顔を隠すのは本来厳禁だが――」
アルドルーアの口調は、冗談めかしたものだった。
だが、その意図するところは、サーシャの顔を覆うベールへの苦言である。
隣で膨らみかける存在感に気付き、サーシャはミコトの手を握りしめた。
大丈夫だよ、と。この思いが伝わるように。
「――そなたの事情は知っている。別に構わんよ。……もっとも、この場にいるのは、大バルコニーの現場にいた者だけだ。そのベールを脱ぎ去ったところで、誰もそなたを忌むことはなかろうよ」
見た限り、ミコトの様子に気付いた者はいないらしい。
アルドルーアの話の内容も合わせて、サーシャは二重の意味で安堵した。
「この謁見は大々的なものではないし、それにこういう格式ばったものなど、そなたらは苦手であろう? それに余も、まだるっこしいことは嫌いなタチである。さっそく本題に入ろう」
言うとアルドルーアは、手元の紙を粉々に破り捨てた。
疑問に思った、その直後のこと、サーシャは悲鳴を上げなかった自分を褒め称えることになる。
サーシャの視界が突如として激減し、目に見えるすべてが緩慢になる。
破り捨てられた紙を視認し、読み解き、それがカンニングペーパーであったことを知る。いや、そんなこと今はどうでもよくて。
(ミコトぉ……気の利かせ方が色々おかしいよぉ……)
『変異』で強化されていたらしい視界が元通りになって、サーシャは内心溜息をこぼした。
今までサーシャは、ミコトが自分の一部になったのだと思っていた。が、違った。
サーシャが、ミコトの一部だったのだ。
……こんな場面で知りたくなかったなぁ。
「此度の一件、まことにご苦労であった。魔王教の情報を集めたばかりか、戦いにも協力。魔王教の主力を討伐し、余ら王族を守り切ったその功績に、報いないわけにはいかんな」
サーシャの内心が荒れ狂っている間にも、話しは進んでいく。
アルドルーアは「これは困った」と言ってから、
「しかし聞くところによると、そなたら貴族位や名誉を欲さぬのであろう。半年前も、そこの彼には保留にされたしな」
気は今でも変わらんか? とアルドルーアが問うと、ミコトは首を横に振った。
「申し訳ありませんが……」
「うむ、まぁよかろう。何やら面倒なことになっているらしいしな」
アルドルーアの視線が一瞬だけ、サーシャとミコトの繋がれた手に向けられる。
「話しを戻そう。さて、余にはそなたらが望むものがわからん――ゆえに、今ここで望みを告げるがいい!」
これは無理難題をおっしゃる王様。
定住もできない流れ者が、何階級も上の存在に対して望みを告げるのは、精神的なハードルが高すぎる。
こういうとき、どう答えるのが正解なのだろう。
『いりません!』は失礼だし、『お金がほしいです!』も図々しすぎる。
アルドルーアを見れば、悪戯っぽく笑っている。
あ、これ狙ってやってる奴だ。
「れ、レイラぁ……」
「ふぇっ?」
ついにサーシャは、レイラに泣きついた。
急に話を振られたからか、レイラが大げさに動揺し、ふいにラカを見やった。
そう、ラカだ。ラカがいる。
――腹を括ったラカはすごいんだから!
「え、ぇぇえ、っと、……ぇ、ぇぇぇ」
――腹を括ってないラカは割りと打たれ弱いよ!
先に覚悟を決めたのは、レイラのほうであったらしい。
顔を真っ青に、腹を撫でてから、レイラは意を決する。
「よ、よろしいですか!?」
「よろしいぞ」
「で、では! こ、これから旅を続ける資金と、魔道具補給用の魔鉱石をいただければ……と、思うのですが……」
徐々に尻すぼみになりながらも、レイラはちゃんと言い切った。
サーシャは前を向いて、アルドルーアの反応を窺う。
「よかろう。事の詳細は謁見のすぐあと、応接室に人を遣わせるゆえ、じっくりと話し合うといい」
「は、はい!」
どうやら要望は通ったらしい。
レイラは無茶苦茶安堵していた。
どうかこのまま、何事もなく進んでほしい。
「さて、ほかにはないかな?」
「俺が言っても構いませんか?」
「もちろんだ」
進まなかった。
空気を読まずにミコトが挙手した。
余計なことをするなよ! という目でレイラに睨まれているも、気にした風もなく、彼は続ける。
「こういう展開は予想していたので、書状をお持ちしました」
「ふむ」
アルドルーアがゼスに目配せする。
ゼスは一礼してからミコトの元に歩み寄り、書状を受け取る。そして、アルドルーアの元に行くと、書状を手渡した。
ひっ、とレイラが小さな悲鳴を上げる。
ざっと書状に目を通すアルドルーアの顔が、徐々に顰められていったからだ。
しかし、サーシャは気付いた。あの顔は、不快に思っているのではなく。そこには、若干の『心配』があった。
――嫌な予感が、した。
「本当に、いいのだな?」
「はい」
――心臓が、痛かった。
「……担当の者に、話しは通しておこう」
「ありがとうございます」
それから先は、早かった。
本当に最低限の礼式を経て、謁見は終わる。
サーシャたちは魂が抜けたような心持ちで、謁見の間を去ったのであった。
◆
サーシャたちが去ったあとの謁見の間で、アルドルーアは深い溜息をこぼした。
魔王教の乱の事後処理で凝った肩を、億劫そうに揉む。
この謁見では、久しぶりに心休めることができた。
が、これから政務に戻らなければならないのかと思うと、憂鬱になる。
「お父様。その書状にはなんと書かれているのです?」
アスティアの問いかけに、アルドルーアは唸った。
この内容を、正直に答えてもいいものか。
「……お前には関係ないことだ」
言ってから失言に気付いた。
アスティアは、アルドルーアを睨み付けながら立ち上がる。
「サーシャたちのところへ行ってくる」
「あ、お、おい……」
止める間もなく、お転婆娘は駆け出していった。
伸ばした手を、ゆっくり膝に戻す。
「あー……」
アルドルーア・アルフェリア。
歴史的にはけっこう偉大な人物ではあるが、父親としての顔はあまりに頼りないものだった。
「陛下」
「む。なんだ、ゼス?」
そんな父親の顔も、深刻そうなゼスの呼び掛けに、王の顔へと変貌する。
「ミコト・クロミヤという少年。あれは、危険です。半年前とは別人に見えます。陛下が、サーシャ殿へ冗談を言おうとした一瞬の、あの眼――あれは、怪物になりました」
「わかっている」
アルドルーアは、戦う者ではない。が、人を見る眼はあるつもりだ。
だから、ミコト・クロミヤの変容も、彼にはわかっていた。
「人を人とも見ぬ眼。もし、ベールを脱ぐことを強制していたら――お前なら勝てたか?」
「難しいでしょう。……アスティア様を、彼から遠ざけるべきでは?」
「それに関しては心配ないだろうよ。奴は――たとえどれほど己と他を蔑ろにしようが、身内への想いは本物だ」
だから彼は、このような頼み事をしてきたのだろう、と。
ミコトの作った書状を、アルドルーアは睨んだ。
「――たとえそれが、独り善がりなものであったとしてもな」
謁見の間での描写で、王族の席に空席が二つありました。そこはアスティアの母と兄、つまるところ女王と王子の席なのです。
が、女王は病気。王子はまだ紛争鎮圧中です。ので、謁見の間には立ち会えませんでした。
二人とも、軽い設定だけで、登場予定はありません。名前もありません。名前の最初と最後を『ア』っていうことは確定してますがね!
『ア』ルカディ『ア』もそうだし、『ア』ルドルー『ア』もそうだし、『ア』スティ『ア』もそうだし。
国名からして『ア』ルフェリ『ア』王国ですし。
却下されましたが、アクィナが元王族という設定がありました。その場合、名前は『アクィア』になったでしょう。
が、そうすると六章がとんでもなく面倒になっていたので、没に。