表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/187

第四話 守ったもの










 王宮への道のりは、馬車に乗っていた。

 というのも、サーシャの服装が、街中を歩くに適さないからだ。


 赤眼を隠すために、白いベールを頭に被っている姿は、街中では目立つだろう。

 近くからしっかりと観察されれば、瞳の色もわかってしまう。


 さすがに、一国の王様と謁見するのに、フードを被っている。というか、普段着でいいはずがない。

 なのでレイラやラカ、ミコトさえも着替え(させられ)ていた。当然、シュヴァリエット家から借りたものである。


 馬車の中、緊張が漂う。

 そんな空気に、居心地が悪そうなのはリッターだ。

 無反応なのはミコトだけだろう。繋いだ手からは、サーシャの震えが伝わってきて、反射のように握り返した。


「というか、なんでわたしたちって、王宮に招待されてるの?」


 僅かに緊張が安らいで、サーシャはリッターに問い掛けた。

 その疑問に、逆にリッターが首を傾げる。


「もしかして、本当にわかっていません?」


「……?」


「いや、あの。あなた方は、王国の危機を救ったんですよ? 特にサーシャさんは、王族を救ったではないですか?」


「あぁ……」


 そういえばそうだった、という風に頷くサーシャに、リッターは頭を抱えた。


「あなた方のことを会議では、シュヴァリエット家と友好がある人物、という設定にしています。表に出たがらない人たちだとも伝えておきました。が、さすがに王宮の大バルコニーに姿を現しては、隠しきれるものではなく……」


 半年前、アスティア一人を救ったときとは、比べものにならない功績だ。加えて、大勢の者がそれを見ている。

 以前に代表者として、ミコト一人が招かれたときとは違うのだ。


「『眼』の事情も考慮して、あまり大々的な謁見にはなりませんので、そこはご安心ください」


 とは言っても、あまり緊張は解れないだろうな、とはリッターも思う。実にその通りである。

 自身の功績を自覚したサーシャは、さらなる緊張を募らせるのであった。




 謁見の間の前に辿り着く。

 扉は大きく、頑丈そうな見た目だ。


 リッターは全員を確認する。

 合図があり、扉は開け放たれた。


 赤い絨毯の道を歩き、サーシャたちは入場する。


 サーシャが最初に抱いた印象は『遠い』だった。向かいの壁までの距離だ。

 次に高い。そして広い。総じて、とても広かった。

 天井や壁には意匠が刻まれて、根が田舎者なサーシャからすると『すごい』としか言えない。


 謁見の間の壁には左右にそれぞれ、甲冑を着た騎士が十数人ほど待機している。

 これでも警備が少ないほうだと言うのだがら、さらに大々的な謁見ではどうなるのだろうと想像し、震えてしまう。ので、考えないようにした。


 さて。赤い絨毯が進む先、ほんの二、三段の段差があり、床が高くなっている部分がある。


 そこに。

 アルフェリア王国国王、アルドルーア・アルフェリアが、中央の席に座って待ち構えていた


 誰とも知れず、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 アルドルーアのそばには、近衛騎士ゼス・ラーバーが控えている。

 横には、王族用の席がある。が、二つは空席。残る一つにアスティアが座っていた。


 アスティアが小さく手を振っている。が、それに反応できないくらい、サーシャたちは緊張していた。

 膝を立て、こうべを垂れる。その仕草ひとつひとつ、かなりぎこちなかっただろう。


「サーシャ・セレナイト、レイラ・セレナイト、ラカ・ルカ・ムレイ、ミコト・クロミヤ、以上四名をお連れしました」


 リッターの言葉に、アルドルーアは「うむ」と頷く。


「面を上げよ」


 ルドルーアの一言に、サーシャたちは恐る恐る頭を上げた。


「よく来てくれたな。緊張しているようだが、楽にしても構わんのだぞ?」


「い、いえそんなっ、めっそうもごじゃいません!」


「くくくっ、いやはや、なんとも愛いなぁ」


 噛んだ。かーっ、と羞恥に体が熱くなる。

 どうして自分が代表のようになっているのだろう。こういうのはレイラが妥当なのに、と言うと、しかめっ面されそうだが。


「ちなみに、こういう場で顔を隠すのは本来厳禁だが――」


 アルドルーアの口調は、冗談めかしたものだった。

 だが、その意図するところは、サーシャの顔を覆うベールへの苦言である。


 隣で膨らみかける存在感に気付き、サーシャはミコトの手を握りしめた。

 大丈夫だよ、と。この思いが伝わるように。


「――そなたの事情は知っている。別に構わんよ。……もっとも、この場にいるのは、大バルコニーの現場にいた者だけだ。そのベールを脱ぎ去ったところで、誰もそなたを忌むことはなかろうよ」


 見た限り、ミコトの様子に気付いた者はいないらしい。

 アルドルーアの話の内容も合わせて、サーシャは二重の意味で安堵した。


「この謁見は大々的なものではないし、それにこういう格式ばったものなど、そなたらは苦手であろう? それに余も、まだるっこしいことは嫌いなタチである。さっそく本題に入ろう」


 言うとアルドルーアは、手元の紙を粉々に破り捨てた。

 疑問に思った、その直後のこと、サーシャは悲鳴を上げなかった自分を褒め称えることになる。


 サーシャの視界が突如として激減し、目に見えるすべてが緩慢になる。

 破り捨てられた紙を視認し、読み解き、それがカンニングペーパーであったことを知る。いや、そんなこと今はどうでもよくて。


(ミコトぉ……気の利かせ方が色々おかしいよぉ……)


『変異』で強化されていたらしい視界が元通りになって、サーシャは内心溜息をこぼした。


 今までサーシャは、ミコトが自分の一部になったのだと思っていた。が、違った。

 サーシャが、ミコトの一部だったのだ。


 ……こんな場面で知りたくなかったなぁ。


「此度の一件、まことにご苦労であった。魔王教の情報を集めたばかりか、戦いにも協力。魔王教の主力を討伐し、余ら王族を守り切ったその功績に、報いないわけにはいかんな」


 サーシャの内心が荒れ狂っている間にも、話しは進んでいく。

 アルドルーアは「これは困った」と言ってから、


「しかし聞くところによると、そなたら貴族位や名誉を欲さぬのであろう。半年前も、そこの彼には保留にされたしな」


 気は今でも変わらんか? とアルドルーアが問うと、ミコトは首を横に振った。


「申し訳ありませんが……」


「うむ、まぁよかろう。何やら面倒なことになっているらしいしな」


 アルドルーアの視線が一瞬だけ、サーシャとミコトの繋がれた手に向けられる。


「話しを戻そう。さて、余にはそなたらが望むものがわからん――ゆえに、今ここで望みを告げるがいい!」


 これは無理難題をおっしゃる王様。

 定住もできない流れ者が、何階級も上の存在に対して望みを告げるのは、精神的なハードルが高すぎる。


 こういうとき、どう答えるのが正解なのだろう。

『いりません!』は失礼だし、『お金がほしいです!』も図々しすぎる。


 アルドルーアを見れば、悪戯っぽく笑っている。

 あ、これ狙ってやってる奴だ。


「れ、レイラぁ……」


「ふぇっ?」


 ついにサーシャは、レイラに泣きついた。

 急に話を振られたからか、レイラが大げさに動揺し、ふいにラカを見やった。


 そう、ラカだ。ラカがいる。

 ――腹を括ったラカはすごいんだから!


「え、ぇぇえ、っと、……ぇ、ぇぇぇ」


 ――腹を括ってないラカは割りと打たれ弱いよ!


 先に覚悟を決めたのは、レイラのほうであったらしい。

 顔を真っ青に、腹を撫でてから、レイラは意を決する。


「よ、よろしいですか!?」


「よろしいぞ」


「で、では! こ、これから旅を続ける資金と、魔道具補給用の魔鉱石をいただければ……と、思うのですが……」


 徐々に尻すぼみになりながらも、レイラはちゃんと言い切った。

 サーシャは前を向いて、アルドルーアの反応を窺う。


「よかろう。事の詳細は謁見のすぐあと、応接室に人を遣わせるゆえ、じっくりと話し合うといい」


「は、はい!」


 どうやら要望は通ったらしい。

 レイラは無茶苦茶安堵していた。

 どうかこのまま、何事もなく進んでほしい。


「さて、ほかにはないかな?」


「俺が言っても構いませんか?」


「もちろんだ」


 進まなかった。

 空気を読まずにミコトが挙手した。


 余計なことをするなよ! という目でレイラに睨まれているも、気にした風もなく、彼は続ける。


「こういう展開は予想していたので、書状をお持ちしました」


「ふむ」


 アルドルーアがゼスに目配せする。

 ゼスは一礼してからミコトの元に歩み寄り、書状を受け取る。そして、アルドルーアの元に行くと、書状を手渡した。


 ひっ、とレイラが小さな悲鳴を上げる。

 ざっと書状に目を通すアルドルーアの顔が、徐々に顰められていったからだ。

 しかし、サーシャは気付いた。あの顔は、不快に思っているのではなく。そこには、若干の『心配』があった。


 ――嫌な予感が、した。


「本当に、いいのだな?」


「はい」


 ――心臓が、痛かった。


「……担当の者に、話しは通しておこう」


「ありがとうございます」


 それから先は、早かった。

 本当に最低限の礼式を経て、謁見は終わる。


 サーシャたちは魂が抜けたような心持ちで、謁見の間を去ったのであった。



     ◆



 サーシャたちが去ったあとの謁見の間で、アルドルーアは深い溜息をこぼした。

 魔王教の乱の事後処理で凝った肩を、億劫そうに揉む。


 この謁見では、久しぶりに心休めることができた。

 が、これから政務に戻らなければならないのかと思うと、憂鬱になる。


「お父様。その書状にはなんと書かれているのです?」


 アスティアの問いかけに、アルドルーアは唸った。

 この内容を、正直に答えてもいいものか。


「……お前には関係ないことだ」


 言ってから失言に気付いた。

 アスティアは、アルドルーアを睨み付けながら立ち上がる。


「サーシャたちのところへ行ってくる」


「あ、お、おい……」


 止める間もなく、お転婆娘は駆け出していった。

 伸ばした手を、ゆっくり膝に戻す。


「あー……」


 アルドルーア・アルフェリア。

 歴史的にはけっこう偉大な人物ではあるが、父親としての顔はあまりに頼りないものだった。


「陛下」


「む。なんだ、ゼス?」


 そんな父親の顔も、深刻そうなゼスの呼び掛けに、王の顔へと変貌する。


「ミコト・クロミヤという少年。あれは、危険です。半年前とは別人に見えます。陛下が、サーシャ殿へ冗談を言おうとした一瞬の、あの眼――あれは、怪物になりました」


「わかっている」


 アルドルーアは、戦う者ではない。が、人を見る眼はあるつもりだ。

 だから、ミコト・クロミヤの変容も、彼にはわかっていた。


「人を人とも見ぬ眼。もし、ベールを脱ぐことを強制していたら――お前なら勝てたか?」


「難しいでしょう。……アスティア様を、彼から遠ざけるべきでは?」


「それに関しては心配ないだろうよ。奴は――たとえどれほど己と他を蔑ろにしようが、身内への想いは本物だ」


 だから彼は、このような頼み事をしてきたのだろう、と。

 ミコトの作った書状を、アルドルーアは睨んだ。


「――たとえそれが、独り善がりなものであったとしてもな」









 謁見の間での描写で、王族の席に空席が二つありました。そこはアスティアの母と兄、つまるところ女王と王子の席なのです。

 が、女王は病気。王子はまだ紛争鎮圧中です。ので、謁見の間には立ち会えませんでした。


 二人とも、軽い設定だけで、登場予定はありません。名前もありません。名前の最初と最後を『ア』っていうことは確定してますがね!


『ア』ルカディ『ア』もそうだし、『ア』ルドルー『ア』もそうだし、『ア』スティ『ア』もそうだし。

 国名からして『ア』ルフェリ『ア』王国ですし。


 却下されましたが、アクィナが元王族という設定がありました。その場合、名前は『アクィア』になったでしょう。

 が、そうすると六章がとんでもなく面倒になっていたので、没に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ