プロローグ The End Begins
第七章が書き終わりましたので、投稿開始します。
たぶん毎日更新になるんじゃないかな?
話を進めるために、いろいろカットしまくったので、話は短めですが。
では第七章『異世壊岐』――中編最後のストーリーを、どうぞ。
『まあ、そういうことだよ』
「どういうことなの……」
そこは暗闇だった。
一切の光なく、黒く塗りつぶされている。
自身の肉体さえ認識できない、そんな空間に、サーシャ・セレナイトの意識は浮かんでいた。
彼女の目の前には、銀髪赤眼の少女――の、左半身だけが在る。
右半身は黒い靄があった。
彼女の名を、イヴ。
双頭の魔王、神喰い《エデン》の半身。《操魔》イヴだ。
ここは夢の世界であり、自身の内側なのだ……と、サーシャは思っている。
前日この場所で、初めてイヴと邂逅したわけなのだが。まさか、その日の夜にまた会えるとは思っていなかった。
『それで、今日で周りがどうなってるか、わかったんじゃない?』
「うん、まあ、そうなんだけど……」
下冬の一三日に勃発した、魔王教との戦い――魔王教の乱から八日後が過ぎて、二一日にサーシャは目覚めた。
そこでサーシャが知ったものは――、
「ミコトが、わたしの心臓……」
《虚心》の使徒、シェルア・スピルスとの殺し合い。
あと一歩まで追い詰めた、そのとき、バッサに心臓を刺し貫かれた。
そんな状態でサーシャが生き残れたのは、ミコトの『変異』があってこそだった。
『体内の化け物が増えるよ! やったねサーシャ!』
「やめて!」
この意識に耳と手があったら、塞いで蹲りたい気分だ。
だが、ここに体はなく、イヴの言葉を遮るものはない。
『ご、ごめんねサーシャ。ちょっと調子に乗っちゃったかも……気分、悪くしちゃったよね。わたしたちみたいなのが中にいるなんて』
「わたしは……。わたしは、大丈夫、だけど」
サーシャが嫌だったのは、イヴやミコトが体内にいること、そのものではない。
イヴが、自身を化け物と言う。ミコトと一緒くたにして。それが許せなかった。
「ミコトは、化け物なんかじゃない。人間、人間なんだよ……」
サーシャを生かすのに、ミコトは己の体を捨てた。
どこまでも、人間らしさを切り捨てて。
自分などに、そんな価値があるだろうか。
自分が何か、ミコトにしてやれただろうか。
怒りや悔いや悲しみが、綯い交ぜになっている。
それでもサーシャには、絶対に言えることがあった。
「助けたい、守りたい、救いたいって思う……そんなミコトが、化け物のはずが、ない」
確信を持って、断言した。
イヴは目を伏せて吐息を漏らすと、うん、と小さく呟いた。
『まぁ、化け物の定義なんて、今は横に置いておこう。っていうか、伝えたいことがあるんだ。実はねこれ、結構重要なこと』
でなきゃ、二日連続で『ここ』に呼ばないよ、疲れるし。と、イヴは笑った。
そんな前置きののちに、イヴが言う。
『おめでとう、サーシャ・セレナイト! あなたが《操魔》最後の代だよ!』
「えっ……え?」
『ミコトとのくんずほぐれつ、内側からじっくり見させてもらうからね!」
「く、くんずほぐれつ……?」
『エッチするってことだよ。家族が増えるよ、やったねサーシャ!』
「下世話やめて!? なんか思ってたイヴ像と全然違う! すごい下世話!」
さすがにそこまで言われれば、サーシャにだって意味がわかる。
きっと顔があったら真っ赤になっていた。というか顔に出なくても、内側にいるイヴには丸わかりなのだろうが。すごいゲスい顔だ。
「というか、どういう意味!?」
『無茶苦茶簡単に言わせてもらうと、ほら。今までわたしは、サーシャの心臓に引きこもってたわけでしょ?』
「言い方……」
『だけどこの間、引きこもってた部屋が潰されてね。また新しい寄生先を見つけなきゃいけないかなー、いやでも『ここ』住み心地いいから離れたくないよーってごねてたら、なんか魂のほうに行ってね』
「はぁ……」
『サーシャの魂にくっついちゃいました! 半融合ってところかな! わたしの意思じゃ離れられなくなっちった! 不覚ぅ!』
「は……え!?」
『そんなわけだから、わたしとサーシャは二心同体。サーシャの死がわたしの死です!』
千年もの間、人々に巣食い。セレナイトに取り憑いていた存在が。
無茶苦茶あっさりと、そう言った。
「どういうことなの!?」
『難しい話はよくわかんないよ! こんなのフィーリングで理解してたらいいの! あなたが死ぬ、あなたの魂に張り付いたわたしも死ぬ、あんだすたん?』
滅茶苦茶すぎる。
『まあいいんだよ、これで! どうせ、あなたの代で色々終わるんだから!』
「色々ってところ説明してくれない!?」
『めんどくさい!』
「めんどくさい!?」
イヴのあんまりな態度に、サーシャは絶句した。
イヴは何も語らず、上を見上げた。
『めんどくさいっていうか、時間がない』
ふと、自身の思考が微睡みに溶けていくのを感じた。
暗闇に光が差し込まれ、サーシャはこの場所から追い出されていく。
『次に会えるのは……いつかな。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。だから、今のうちに言っておくね』
薄れゆく意識の中、イヴの言葉が響く。
柔らかく、慈しむような。けれど、儚い微笑みで。
『わたしよりも、サーシャ自身を優先してね』
暗闇の世界――サーシャの魂の中から、サーシャの精神が出て行って。
見送ったイヴは、上を見上げた。
上、と呼ぶべきか否か。サーシャという観測者が消えて、どこが上だと決めるのか。
ただ、首を上に曲げた先を『上』というのなら、それは間違いなく『上』だったのだろう。
『結局、一度も喋らなかったね――ミコト』
何もない――否、この世界を覆う『黒』に、イヴは語り掛ける。
『ミコトも羞恥心くらい覚えなよ、サーシャみたいに。じゃないと可愛げがないよ?』
やがて、闇の中から一人の少年が姿を現す。
白髪混じりの黒髪に、感情を窺わせない黒目と、無表情の少年。
『……で、どうだった?』
『お前の言った通りだった。――サーシャの精神に、シェルアの心が植え付けられている。悪影響はないようだけど……居場所は常にバレてしまう』
今の今まで、ミコトはサーシャの中にある異物を精査していた。
だが、その結果は最悪とまではいかないが、都合の悪いものだった。そしてこの異物は、取り外せないほど巧妙に植えられている。
ミコト・クロミヤは沈黙した。それ以降、何も話そうとはしない。イヴとの会話の必要性を感じていない。
それでも、イヴは微笑んだ。本当に、幸せそうに。
『実はね、ミコト。サーシャには少し、嘘ついちゃった』
『……』
『サーシャから離れたくないって思ったの。居心地がいいってのもあるけど、一番の理由はね、ミコトがいたからなんだよ』
暗闇の中をスキップして、ミコトの背後に回り込む。
無反応の彼の背中を、背中から抱き締める。
その温もりを。死の冷たさを。懐かしい匂いを。
感じて、イヴは儚く微笑む。
『早く、アダムに会いたいな』
『……』
『メシアスは今頃、何を思ってるんだろうね』
『……』
『ねえ、ミコト』
『……』
『あなたは、どうなりたい?』
闇が、蠢く。
ミコト・クロミヤの動揺が、一瞬の感情を吐き出す。
それは狂気であり、殺意であり、憎悪であり……ほんの僅かな希望でもあった。
『守り……たい。守って、守って、殺して、守らなきゃ……』
『それが、あなたの願い?』
『この力も、体も、俺のモノじゃなくていい。だけど、この願いだけは、この感情だけは、絶対に正しいんだから、だからだからだからだからだからだから――――』
ミコトはただただ、感情を吐き出す。
その言葉を聞けるのは、わかってあげられるのは、イヴを除けばサーシャだけなのだろう。
理由はあれど、レイラはミコトを殺そうとした。
ラカに対し、ミコトはテッドを殺してしまった。
結局、魔王教の乱の中でミコトを守ったのは、サーシャだけだった。
そして、死の覚悟までされたからこそ、ミコトはわかってしまう。――自分が本当に、彼女に想われているのだと。
幾多の死で積み上げた価値観が崩されて、苦しいのに、拒めない。
ミコトが真に縋りつけるのは、縋りついてしまうのは……もう、サーシャしかいないのだ。
ただ、イヴにはミコトを救えないから。
彼女はただ、上を見上げる。腕の中で震える少年を、抱き寄せながら。
『本当に――メシアスも、ひどいことをするよね』
作者「そうだね! ひどいことするよね!」