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断章 満たされた聖水の寂寥鬼









 ――もしも願いが叶うのなら、どうか、この乾きを潤してほしい。



 乾いて乾いて仕方がない。

 温めてほしい。潤してほしい。満たしてほしい。


 生まれた瞬間から、自分というモノは、そういう存在だった。


《聖水》の使徒として生まれた以外に、出生に特別なものはなく、周囲の環境も平凡なもの。

 有り触れた悲劇や喜劇はあっても、突き抜けたものはない。


 ただ、周囲にとって何が不幸だったかと言えば。

 それは、自分が生まれ落ちたことなのだろう。


 まず親を食べて、ご近所さんを食べて、いっぱい食べて、みんないなくなった。

 自分の中には彼らがいる。お腹の中に、満ちている。


 なのに、足りない。

 ほしい。食べたい。温めたい。潤したい。満たしたい。


 だから食べた。愛した人を。

 だから求めた。愛してくれる人を。


 だけど同時に、その願いは叶わないことを知っていた。

 この世界のどこにも、本当にほしいモノは存在しないのだと。


 嘆いていたら、懐かしい雰囲気を纏う少女と出会った。


 この乾き名前を、白い彼女はこう言った。

 それは、『寂しい』という感情なのだと。ただの寂しがりじゃない、狂気の衝動だと。

 ボクには持ち得ないモノだと、彼女は無感動に教えてくれた。


 どうすれば満たされるのかと、彼女に問うた。

 すると、彼女はこう言った。


『ボクが、どんな願いでも叶う世界を創るよ。だから、手を貸してほしいな』


 ――もしも願いが叶うのなら、どうか、この乾きを潤してほしい。


 だから、手を取った。

 いつか願いが叶う、その日を夢見て――――、



     ◆



「起っきろーい、ア~クィ~ナ~!」


 まぶしい、カーテンを閉めて。

 うるさい、もうちょっと寝かせて。


「あと、ごじかん……」


「だが許さん」


 布団が剥ぎ取られようとしている。だけど許さない。わたしはこの聖地を守り抜くのだ。

 徹底抗戦する所存である~。


「遅刻するぞ!」


「……いま、いつ?」


「始業式の三〇分前だ! その他諸々の用意で一〇分、朝食で一〇分、学校まで走って一〇分! 今起きねえなら先に行くからな!?」


「それは、こまる。みぃくんと、いっしょに、いく」


「ならさっさと起きんかーい!」


 今度こそ無理やり布団を剥ぎ取られた。

 まったく、我が幼馴染は強引で困りものである。受け身な『夜』とは大違いだ。


「もっと、はやく、きて」


 むしろ、同じ屋根の下で寝ればいい。

 そうすれば、毎度遅刻ギリギリになることもないのに。


 そう伝えると、黒い学生服を着た彼――ミコト・クロミヤ、通称みぃくんは「無茶言うな」と呆れた。


「こっちもこっちで、うちに泊まってる従妹を起こすのに手間取ってんの」


「ユミルめ……」


「あとな、ここに泊まるとなると少々厄介な奴が――」


 話の途中、部屋の扉がバンッ! と開けられた。

 黒い修道服を着た女性は、ズンズンとみぃくんに歩み寄ると、胸倉を掴み上げた。


「ミ~コ~ト~・ク~ロ~ミ~ヤ~!」


「ひぇっ、バッサん!?」


「アクィナ様の貴重な睡眠時間を奪うなど何事です!?!?!?」


「アンタがそんなだから毎日毎日毎日毎日ッ、俺が起こしに来てんじゃん!? この過保護ッ! エセシスターッ!」


「というか貴方、また屋根伝いに侵入してきましたね!? アクィナ様、どうして窓の鍵を閉めておかないのです!?」


「それが、あんもくのりょうかい。よるはわたしが、あさはみぃくんが――おそう」


「襲う!?!?!?!?!?」


「言い方っ!?」


 みぃくんとバッサが争っている間に、着替え終わる。

 罵り合う彼らを放置し、歯磨きを済ませ、用意されていたキロ単位の朝食を食べて、玄関へ。


「みぃくん、はやくいこう」


「うぃ」


「はい」


 争いがピタリとやみ、衣服が乱れたみぃくんとバッサがやってきた。

 いつも二人は楽しそうだなぁ。


「うぅ、うぅぅ……。なぜバッサはお見送りしかできないのでしょう……」


「そりゃアンタ、大人だろうが。ハァハァして付いて来られたら、不審者に間違われるし」


「じゃあ、いってきます」


「あぁぁ、アクィナ様ぁぁぁ。行ってらっしゃいませぇぇぇぇ……」


 扉を閉める直前、号泣したバッサがわたしの部屋に駆け込むのが見えた。

 数秒後、嬌声らしきものが聞こえてくる。


「……危ないと思ったら、うちに泊まりにきていいんだぞ?」


「それは、よどおし、むさぼってもいい……ということ?」


「あ、これ俺が危ないわ」


 玄関を出ると、そこには白い少女が二人、そこに立って待ってくれていた。

 みぃくんの妹のシェルアと、従妹のユミルだ。


「二人とも、それは朝からする会話じゃないとボクは思うんだけれども、そこらへんキミたちはどう思っているのかな?」


「俺も、朝っぱらからする話じゃねえなって、毎朝毎朝思ってる」


「あさも、よるも、かんけいない。……わたしはただ、むさぼるのみ」


「身の危険を感じる……」


「うわぁ……ご愁傷さま、ミコトお兄さん」


「みんな、なんの話をしているんだろう?」


「ユミルはまだもうちょっと知らなくてもいい話だよ。っていうか、そのままでいてくれ……」


「……?」


 そんな会話をしながらも、学校へ走っていく。

 馬車を追い越し、屋根を伝うことで最短距離を進む。


 シェルアは魔術に頼って飛行していて、ユミルに至ってはみぃくんが背負っている。

 体力のない軟弱者め……。特にユミル、羨ましい……。


「キミたちの肉体が化け物染みているだけだとボクは思うんだけれども……」


「そうだそうだー」


「いや、小さいユミルはともかく、シェルアはもっと体力つけろ。将来足腰立たなくなるぞ」


 二〇代で片足屈伸できなかったら将来自立歩行できなくなるらしいぞ、などというみぃくんの雑学に、シェルアがひどく衝撃を受けていた。

 シェルアぇ……。


 などと言っている間に、学校到着。

 みんな同じ学年なので、一緒教室に向かった。




 扉を開けると、不良グループたちが快く迎えてくれた。


 変わったお洒落のナヘマに、いつも一緒のパアルとブルゼ。喧嘩してばかりのルシャとドラシヴァ。駄弁っているルキとロト。

 相変わらず『顔』を定めないメレクや、異種族仲間のアスモ、ベルフ、マモン。


 窓から下を見下ろせば、大蛇のレヴィと、銀狼のサンが戯れている。

 見上げれば、幽霊のアィーアツブスが浮かんでいる。


 一緒に勉強して、休み時間におしゃべりして、お昼にお弁当を食べて、授業中に昼寝して、放課後を迎える。

 それが、わたしたちの日常。



 ――――本当に?



 頭の中で、何度も響く。

 それに対しても、毎度、同じように返答する。


 ――本物でなくても構わない。


 この世界が偽物でも、現実でなくても、どうでもいい。

 だって、ここには、


 シェルアがいる。ユミルがいる。バッサがいる。

《ラ・モール》のみんながいる。魔王教のみんながいる。


 そして、みぃくんがいる。


 だったらほかに、望むべきものはない。

 これこそ欲しかった。すべての人の、すべての願いが叶う世界。



「満足してくれたかい? アクィナ」


 振り向くと、そこにはシェルアがいた。

 夕焼けの赤に染め上げられた教室で、彼女は両手を広げる。広々と、この新世界を掲げる。


『ボクが、どんな願いでも叶う世界を創るよ。だから、手を貸してほしいな』


 あの言葉が蘇る。

 そして思う。あの手を取って正解だったと。


「――うん」


 望みは叶った。


 温められた。潤された。。

 アクィナの乾きは、喪失は、満たされたのだから。




 だからこそ、アクィナは気付く。


 シェルアは、新世界を誇らしげに掲げている。

 自慢げに、主張している。


 だけど、その眼はどこまでの空虚で。

 だから、願う。



 ――もしも願いが叶うのなら、どうか、シェルアを乾きを潤してほしい。



 だけど、どんな願いでも叶うこの世界で、それだけは叶えてくれない。








 冒頭は、アクィナの過去をざっくりと、あとはまぁアレコレ。今までの断章とは、まったく違ったものになったと思います。

 ちなみに、このセカイにおける本物は、アクィナとバッサとシェルアだけです。あとは都合のいいNPCみたいなモン。


 アクィナというキャラクターには、全然深い設定はありません。劇的な不幸とか、そんなものはありません。むしろ彼女は不幸をもたらす側です。

 ただこれでも、筆者内女性人気ランキングでは銀賞です。金賞はシェルアで、銅賞はレイラかなぁ?(メインヒロインェ……)


 ちなみに筆者内総合ランキングだと、ミコトが金賞、フリージスが銀賞で、シェルアが銅賞となります。

 アクィナは四位ですね。(メインヒロインェ……)

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