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エピローグ 私は貴女の中にいる

 長い間、何も見えない暗闇にいた。

 体はなく、意識だけが浮いている。


 そんな闇の世界に、一人の少女がいた。

 銀髪の髪に、赤い瞳の少女――その半身。


 左半身だけが、そこにある。

 右半身には何もない。黒い靄が浮かんでいるだけ。


 なんだか、わたしに似ている気がした。

 それは、ずっとともにあった気がする。


 体と心の奥底で、魂とともにある。

 その存在を、わたしは知っていた。


『初めまして、かな』


 わたしと同じ顔で、同じ口調で、同じ声で、彼女は言う。

 その言葉に「そうだね」と返した。


『わたしはイヴ。双頭の魔王と呼ばれているモノの半身だよ』


 名乗られたので、わたしも自己紹介した。

 すると、イヴはにっこりと微笑む。


『せっかく会えたんだし、お話ししようよ。ねえ、話してくれないかな? ここに来るまで、何があったのか』


 すらすらと言葉が出てきた。


 封魔の里に生まれたこと。

 里のみんなや、ナターシャやサヴァラに見守られる中、レイラと一緒に育ったこと。


 魔王教に襲撃されたこと。

 その一件に記憶を奪われ、レイラと逃げ回ったこと。


 仲間たちと出会ったこと。

 フリージスに保護されて、リースに世話をされた、護衛にグランが付いた。


 そして。

 ミコトと出会ったこと。


 エインルードに裏切られたこと。

 イヴの侵食を受け、乗っ取られてしまったこと。


『あ、あのときはごめんね?』


 気にしていないと答えてから、続きを話す。


 ミコトが、いなくなってしまったこと。

 彼を救うために、魔王教と戦ったこと。


 レイラは無事だったけど。

 グランとサヴァラは死んだ。

 たぶんラカは大丈夫だと思うけど……テッドは、ミコトが殺しちゃったみたい。


 うん。


 結局わたしは、ミコトを救えなかった。

 これから、ミコトはどうなるんだろ。


 ……わたしは、死んじゃったから。もう、どうしようもないけど。


『…………』


 わたしが死んじゃったら、あなたは新しい宿主を探すんだよね?

 ……いつか、弟のところに帰れるといいね。


『……うん。まぁ、そのはずだったんだけど』


 どうしたの?


『実を言うとね。あなた、まだ生きてるよ?』


 疑問に思う間もなく、唐突に暗闇が晴れていく。

 失われたはずの鼓動が、熱が、戻ってくる。


『また話そうね、サーシャ。わたしはいつも、あなたの奥底にいるから』


 その言葉を最後にイヴは、暗闇の奥へと去っていく。


 そして、眩い光が差し込んで――――、



     ◆



 目蓋の裏から、眩い光を感じた。

 そして、サーシャ・セレナイトは目を覚ます。


 体を覆う感触は柔らかい。たぶん、高品質なベッドなのだろう。ふかふかだ。

 まだ眠い。もう少し寝ていたい。そんな欲求を振り払って、目を開ける。


 眩い視界の中、最初に目に入ったのは、見知った天井――シュヴァリエット家で貸し与えられた部屋だ。

 目だけを左右にやると、綺麗な板ガラスが使われた窓や、室内の調度品などが目に入る。


 貧乏人の価値観からはみ出た高級感だと、改めて思った。


 窓から差し込む陽光から、どうやら今が朝だということがわかる。

 寝起きに弱い自分が、叩き起こされることなく目を覚ますとは。我ながら驚いた。


「……」


 呆然と天井を見上げながら、先ほど見た夢のことを思う。


 夢を見ていた。イヴと会った。

 彼女との会話は、実際にあったことなのだろう。


 話したいことは、いろいろ会ったのだが。

 彼女のことを知りたかった。


 また話そうと、イヴは言った。

 なら、また機会はあるだろう。なんだか、はぐらかされそうな気もするが。


「ん、く……」


 頭がくらくらする。

 なんだか、まだ夢の中にいる気分だ。


 ゆっくりと上体を起こすと、レイラの姿が目に映った。

 ベッドのそばの椅子に座りながら、布団越しでサーシャの足に被さっている。


「レイラ」


 呼ぶと、レイラはハッと目を覚ました。

 ものすごい勢いで椅子に座り直すと、がしっと肩を掴んでくる。


「大丈夫!? どこも怪我してない!? ちゃんと記憶ある!?」


「う、うん……大丈夫だと、思うけど」


 言いながら、サーシャは自身の左胸――心臓の位置に手をやった。

 それは、ちゃんと鼓動して、そこにある。


「サーシャ、アンタ、一週間も眠ってたのよ……!? 今、下冬の二一日、わかる!?」


「そんなに……」


 魔王教と戦ったのが一三日だから、八日も眠っていたらしい。

 遅れて現実感が戻ってくると同時に、目覚めの酩酊感も薄れていった。


 ただ、少しだけ、心臓に違和感がある。

 そして、疑問があった。


 自分は殺された。心臓を刺し貫かれたのだから、当然だ。

 心臓と脳は、生命の核とも言える。現代の治癒魔術では治せないはずだ。


「わたし、どうして……ううん、そうじゃない」


 生きていた。なら、それでいい。

 それよりもサーシャは、気にすべきことがあった。


「ミコトは?」


 その問いに、レイラは表情を歪めた。

 まさか、という不安がよぎった。


 ミコトの『再生』は完璧ではない。

 たとえば、『アヴリース』による完全消滅。たとえば、自分の父がしようとしたのだと思われる、心臓喰いによる《黒死》の移譲。


 そして、ほかにもあるのだとすれば――、


「待って! 死んだわけじゃないから、そこは落ち着いて」


 レイラの言葉に、ほっと安堵した。同時に、心構えもしておく。

 ミコトが生きていた。なら、レイラが言いにくそうにしている理由は、なんだ。


 サーシャは、レイラの言葉を待った。

 しかし、レイラの口が開かれることはなかった。


 それより先に、本人の声がしたからだ。


「そこから先は俺が話す」


 ミコトの声。

 その発生源は、部屋の中。しかし、姿は見えない。


 ――直後、心臓が疼いた。


「ぐ、ぅ……!」


 違和感は心臓から肩へ、腕、手へ伝っていく。

 慌てて手を見たときには、手の平が開かれていた。パックリと、皮を剥いで。


 血肉が飛び出す。

 それは部屋を汚すことなく――やがて、人型が形成された。


 白髪混じりの黒い髪に、中性的な顔立ちの少年。

 表情に感情はなく、黒い瞳には何も映していない。


 ――ミコト・クロミヤが、サーシャの内側から現れた。


「ぇ、ぁ……?」


「久しぶり、サーシャ」


 ミコトはぎこちない笑みを作った。

 どういう表情が浮かべればいいかわからない、といった風ではない。まるで、表情の浮かべ方を、忘れてしまったような。顔を作るのを、苦心しているような。


「じゃあ、説明するか。わかりやすく簡潔に言うとだな」


 ミコトは無表情のまま、右手でサーシャの胸――心臓の位置を指し示し、



「失われたサーシャの心臓を、俺が『変異』で代替している」



 絶句、した。

 それでも、なんとか言葉を絞り出す。


「で、でも、ミコトは目の前に、」


「ただの肉人形だ。わかるだろ? 『これ』とお前は繋がっている。そうでもないと、『これ』を動かせないんだ」


 彼は左手で、サーシャの右手を握ったまま。

 サーシャにはわかった。文字通り、物理的に、手が繋がっているのだと。


 目の前にいる、ミコトの姿をしたモノは、脳からの信号によって動いているのではなく、『変異』のみによって動いている。

 だから、サーシャと離れてしまえば瓦解する。


 サーシャには、わかってしまった。

 本当にミコトが、自分の心臓になってしまったのだと。


「ごめんな、サーシャ」


「え……?」


「俺がもっと、強ければ。俺にもっと、力があれば。こんな、お前の体を弄るようなこと、しないで済んだのに」


 ごめんなさい、ごめんなさい、と。謝罪が繰り返される。

 口調も声量も一定で、なんの感情も込められていないようなのに。


 ――心臓が痛い。

 ミコトは泣いていた。叫んでいた。


「……違う、違う……ミコトのせいなんかじゃない! わたしが! わたしのせいで、ミコトは!」


 ミコトの謝罪を拒絶したい。その考えを否定したかった。

 しかしその声は、ミコトに届かない。


 ミコトはサーシャにのみ、心を開いていた。

 縋っていた。死なないでくれと、嘆き叫んでいた。


 けれど一方で。

 サーシャの嘆きは、心に痛みは、ミコトには伝わることは、ない。










イセカイキ

 中編 『インサニティ・アンデッド』

  第六章 『異世怪忌』 - 了 -






 ……はい。これで、六章は完結です。

 正確に言うと、アクィナの断章と幕間が残ってますが、まあ完結扱いでいいでしょう。


 下でこれからグダグダ語りますんで、読みたくない方は飛ばしてください。




 レビューもらいましてん///

 えへへ///

 今回は本当に、かなり失敗したと感じていました。必要でないキャラを出しすぎたなーと。そんな苦悩が一発で吹き飛びました。

 まぁ、近況報告はほどほどにして。


生存:ミコト・サーシャ・レイラ・ラカ

死亡:グラン、サヴァラ、テッド、オーデ

裏切:フリージス、リース

 これで主人公陣営が半減したわけです。


 サヴァラとテッドの死亡は確定していたんですが、グランは殺される間近までどうしようか悩みました。まぁ生き残っても身体欠損による脱落は免れなかったんですが。

 元々グランは、五章でミコトに殺される予定でした。でも四章を書いてて「おっ、こういう展開できんじゃね?」ってことで延命しました。でも六章……ごめんてセリアン……。


 一番の驚きは、レイラがここまで生き残っていることです(筆者なのに)。

 書こうか悩んだ三章がなかったら、四章でミコトに遺言残して死んでたし。五章でグランが死んでたら、アクィナに引き裂かれるのはレイラでした。


 二章は巡り合わせがよかったんです。メティオとバーバラが弱体化してなかったら、最初の接触でグランとレイラは死んでましたから。

《操魔》絶対殺すウーマンな使徒とぶつかった結果がこれですよ。ドラマを挟む暇もなく退場です。


 はい、まぁぐだぐだ書きましたが、そろそろ終わろうと思います。

 では、いつか更新できるときまで。しーゆー。




心臓「ずっと一緒だよ」

サーシャ「(白目)」

 私は貴女の中にいる(物理)

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