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第四五話 報い

 ――頭が痛い。


「よくも、よくもよくもよくもよくもッ、よくもォォォォォ!」


 棍に繋がれた棘付き鉄球――フレイル型のモーニングスター。

 容易く百を超える鉄球が、羽根もなく宙を浮遊し続けるミコトに襲い掛かった。


 それに対し、ミコトは何もすることなく。

 回避も、防御もしない。


 いかに強靭な肉体と言えど、トン単位での圧迫、棘による磨り潰しがあれば、無事では済まない。

 四肢は砕け、内臓は潰れ、頭部を破壊され、ミコトは死んだ。


 ミンチになった死体が、地面に叩き付けられた。

 見た目に反して、大質量の肉体である。衝突の衝撃は、地響きと砂煙を発生させた。


「砉ィケキ、クャ」


 砂埃の中から、肌を引き剥がすような嗤い。

 他者への嘲笑のようでいて、自嘲のようでいて、殺意の快楽に溺れた微笑のようでもあった。


 砂煙の中から、ゆらゆらと体を揺らして、怪物は現れる。

 白髪混じりの黒い髪の、中性的な顔立ちの少年。


 焦点が定まることのない血色の瞳。

 左目は、眠そうに細められて。右目は見開かれ、爛々と殺意に輝いて。


「アァ、バッサぁ……」


 ミコトの目の前には、百を超える同じ姿の女性――バッサがいる。

 彼の目には、それらが魔術によって作り出されたものだと察知している。


 彼女たちの原点――本物たるバッサの生命すら、ミコトは視ている。


 バッサを認識して、ミコトはようやく微笑んだ。

 とても人間らしい、化け物とは思えない。


 だが、誰が見てもわかる。


 目は死人のそれ。そもそも呼吸をしていない。

 何より、その身から漂う、狂気と殺意を。


 そんな彼に、再び大量の鉄球が降り注ぐ。

 先ほどの再現だ。ミコトは避けない。


 死んで、生き返り、微笑み掛ける。

 まるで、殺された事実などなかったように。一切、気にもせず。


「あぁ、会いたかったよ、バッサ。だって、会いたいって思ったんだからさ。お前も同じ気持ちだろ?」


「ふざっっっけるなぁぁぁぁぁっぁぁぁあああああああああああ!」


「貴様の顔など見たくもない!」


「アクィナ様!」


「あの方を、よくもォ!」


 バッサたちは口々にヒステリックに叫び、モーニングスターを振るう。

 一人が降れば、皆が全員振り下ろす。


 何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 殺す。死ぬ。


 そして、ミコトは生き返る。

 何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。



「信じて、いたのにィィィィィ!」



 ――あぁ、頭が痛い。


 でも、よかった。

 あの日々はやっぱり、偽物じゃなかったんだ。


「あぁ、俺は幸せ者だなぁ」


 バッサは信じてくれていた。

 その確証が得られて、本当に、本当に、よかった。


「あぁ、うん、わかった。俺は、バッサも大切だったんだ」


 今度こそ、ミコトは微笑む。

 邪気もなく、悪意もなく。


 幸せそうに、祝福するように――嗤って、



「殺したくなァァァァァッァアッァァアアアアアッいっっっ、ッハヒハハヤハハハッハハアヒャア――だァがらッ!」



 ミコトの肉体が『変異』する。

 今までの自分よりも強く、強く、最強に。


 今までの自分を超える。

『変異』は、使えば使うほど、極められていく。


 いらない部位を排除する。

 防御などいらない。ただ力を。


 肌や髪は剥がれていき、血色の怪物が顕現した。


 砉、と嗤った。

 次の瞬間には、バッサの頭部を引き抜いていた。

 血が飛び散ることはなく、分身の肉体は消滅する。


 あぁ、とミコトは思う。

 この行為で、バッサ本人が傷付いたわけじゃない。


 それでも、彼は思うのだ。

 その想いの丈を、叫ぶ。



「殺したいィィイイイイイイイヒャヒャアッハイイイイハハハハアアハハハハッハハハハヤハハハアハ!」



 なんて気持ちがいいのだろう。


 殺さなければならない、大切なモノ。

 殺したくないという一線を踏み越える、その快楽。


「殺せたよぉ、俺ェ! ちゃんと、ちゃァンと殺せたんだァ! 誰が相手であろうともッ!!」


 ――頭が痛い。

『最適化』されていく。望む状態へ近付いていっているのがわかる。


 そうだ。

 俺は、俺が守るべき、大切なモノのために殺すのだ。


 何事にも優先順位があって、それなら、殺すべき相手は殺さなければならない。

 どんなに大切でも。傷付けたくないと思っても。ああ、うん、本心だよ?


「守るためたもんねェエエ!? 仕方ないよなァァアア!?」


 一体、また一体、バッサの分身を粉砕していく。

 血が出ないのは不満だったが、尽きることなく湧き出る人形を蹂躙するのは、とてもとても愉しかった。


「ギャハハハハア! 死ねッ、死ね死ね死ね死ね死ねェ! 俺が俺であるために、殺すゥゥウ!」


 ミコトは笑う、哂う、嗤う。

 もはや、何に対して嘲笑しているのかすら、彼にはわからなかった。




 下層北区にある屋敷。

 彼女は思う。


 敬愛する主を殺した、憎き男を殺したい。

 だがアレは死なない。少なくとも彼女では殺せない。


 だから、別の手段で復讐を果たす。


 自分が、アクィナを殺されたように。

 同じ代償を、奴にも支払わてやる。




 ――頭が痛い。


 今までの『最適化』とは、別種の頭痛だった。

 それは、囁くように、ミコトの脳裏に響く。


 急げ。

 間に合わなくなるぞ。

 すべてを失うことになる。

 お前のすべきことはなんだ。


「うるっ、さいッ!! 新作ゲームの! チュートリアルを! 受けてるんだ! 邪魔してくれるなよメシアスぅぅぅ!」


 ――頭が痛い。


 時間がない。

 殺せ。


 ――頭が痛い。


「ガ――ァッァァアアアッァッァアァァァァアアアアアア!」


 痛い。痛い痛い痛い痛い!

 頭痛頭頭痛頭頭痛い痛い痛痛痛痛痛ィイイイイイイイイイ!


 ――頭が痛い。


 行動を『最適化』される。

 無理やり魔力感知を使わされ、王都全域に知覚範囲が広がって。


 ――頭が痛い。


 そして。


 視た。


「メぇっぇえシぃぁアぁぁあああスぅ!!」


 直後、ミコトの体内から、死賜の泥が噴出した。


 死賜魔術『メシアス』。

 命属性の神級魔術が、バッサを殺すために放たれる。


 バッサの分身に触れた。

 繋がりを辿る。それはバッサという存在そのものを殺すために、原点たる本物のバッサにも手を伸ばす。


 そして、殺した。


 ミコトを取り囲んでいた分身が、すべて消滅する。

 バッサは、確かに死んだのだ。


 ――頭が痛い。


 だが、まだ危機は去っていなかった。

 なぜだ。確かに殺したはずなのに。


「サーシャっ!?」


 ミコトは、大地を蹴り付け、走り出す。

 途中の建物をぶち壊し、最短距離でサーシャの元に向かい。


 そこに、広がっていた光景は――――。



     ◆



 勝敗は決した。


 蹲るシェルアと、それを見下ろすサーシャ。

 勝者と敗者がどちらか、問うまでもない。


「気に入らないんだよ……」


 シェルアは、サーシャを睨み付けた。

 憎悪と殺意が叩き付けられる。しかし、弱々しい気迫だ。薄い、と言ったほうがいいかもしれない。

 今のサーシャに、そのような脅しは通じない。


「醜く意地汚い《操魔》が! お前が! お前らがいたせいでッ!」


 すべての元凶が、誰かを責められるものか。


 封魔の里を焼いたこと。

 自分たちを散々追い詰めたこと。


 そして、ミコトを弄んだこと。


 どれもが許されることではない。

 サーシャも、許すつもりはない。


「何より苛立たしいのは、ボクが抱くこの感情の源泉が! スピルスだっていうことだ!!」


 彼女も、勇者の思惑に翻弄された者の一人なのかもしれない。


 だが、そんなことは関係ない。どうでもいい。

 勇者も、魔王も。千年前のことなど、知るか。


 サーシャ・セレナイトは、目の前の女を殺したい。


 瓦礫を拾う。

 拳に収まる大きさのそれはしかし、頭部に直撃すれば、致命傷は避けられない。


「死ね」


 そしてサーシャは、瓦礫を振り下ろす。


 何度でも殴る。

 死ぬまで殴る。

 死んでも殴――――、




 生命力は失われた。

 もう、鼓動は止まっている。


 だが、彼も詰めが甘い。

 失われたのは命だけ。心は、まだ生きている。


 それなら、まだ。

 復讐を果たすまでは、死ねない。


 この原動力を言葉にするなら――執念。


 偽りの体が霞む。

 まだ消えるわけにはいかない。


 ふらつきながら、それでも。

 あの男にも、同じ苦しみを。


 だから。

 お前は。

 死ね。



 目的を遂げて、彼女は。

 バッサは、本当の意味で、死んだ。




「ぐ、ぁ……っ!?」


 胸に、激痛が走る。

 サーシャは声にならない激痛を上げて、その場に倒れ込んだ。


 見上げると、そこには黒い修道服の女性がいた。

 その体が霞み、消滅したところだった。


 自分の胸を見下ろした。

 ギラリと輝く銀色の刃が、そこから突き出ている。


 ――背中から、心臓を貫通して。


「ぁ……ぅ、ぇ……」


 そして、認識が追いついた。

 自分は、死ぬのだと。


 視界が霞んでいく。

 感覚が消えていく。


 これが『死』なのだ。

 ミコトにずっと、背負わせてきたものなのだ。


 もう、ほとんど何も見えなくなって視界の中に、ミコトが見えた気がした。

 絶望して、泣き叫んでいる。


「ミ……こ、と……」


 あぁ。

 これが、ミコトを見殺しにしてきた報いだというのなら。

 どうして、ミコトが救われないのだろう。彼が一番、苦しんできたのだから、救われてもいいはずだ。


「ごめん……ね…………」


 もう、何も見えない。


 心が。命が。

 消える。


 最後まで残った意識は、ただ落ちる。

 先の見えない闇の中へ。


 落ちて、

 落ちて、

 落ちて、


 落ちて――、



     ◆



「嫌だ……」


 風で流れてきた雨雲が、月と星の輝きを隠す。

 冷たい夜の中、激しい雨が降り始める。


「嫌だ!」


 王都、中層北区の一画。

 そこでは旧城壁の瓦礫が降り注ぎ、衝撃が建物が崩壊し、荒れ果てていた。


 戦いは終わった。

 王都はすでに戦場ではない。


 たが、戦いが残した傷跡は、あまりに大きすぎた。


「嫌だぁ……!!」


《黒死》の使徒、ミコト・クロミヤ。

 王都の戦いを終幕に導いた怪物の姿は、今はない。


 泣きじゃくり、嗚咽を漏らす。

 ただの、弱い子供のように。


 彼の腕の中には、少女がいた。

 胸を、心臓を短剣で刺し貫かれて。


 血液の循環は、すでに止まっている。

 体温が急速に低下していく。


 開けっ放しになった目蓋は、閉じられることこそなかったが。

 赤い瞳に、光は宿らない。


 命を視なくてもわかる。


 サーシャ・セレナイトは、確実に死へと向かっていた。


「死んじゃ、いやだ……っ」


 サーシャの死を、《黒死》の力では覆せない。

 ミコトの能力は、殺すためだけのもの。


 他人を治癒する能力は、彼にはないのだ。


「なんで……、なんで……!」


 このままではサーシャが死んでしまう。

 守らなきゃいけないのに。救わなくてはいけないのに。


 俺が、死を背負わなければならないのに。


 どうすればいい。

 どうやれば救える。どうやったら守れる。


 彼女を救いたい。救えない。なんで、俺にはその力がない。


 なんでもいい。

 どんな方法でもいい。


 何か、何か何か何か何か、何か、ないのか。

 頭がぐちゃぐちゃだ、思考がまとまらない。誰か、なんでもいいから、


「お願い、だから! サーシャを、助けてくれ……!」


 強く、強く、腕の中の少女を抱きしめて。


 ぐちゅり、という音がした。

 生温かい感触が、手に。見れば、大量の血が付着していた。


 サーシャの中身。

 溢れ出たもの。

 それは、命を繋ぎ止めるもの。


 ない。

 なくなって。

 サーシャは、死ぬ。


「ぁ……ぁぁぁう、ぁぁあああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……っ!!」


 これが、報いなのだろうか。


 俺の力が足りなかったから。

 俺が何もできなかったから。

 約束を破ってしまったから。


 何もかも、俺には成せなかったから。


 どうして、サーシャが救われない。

 彼女は何も、悪くないのに。


「――違う」


 サーシャが死ぬ道理なんてない。

 俺が死ねばよかっただけの話だ。彼女には関係のないことだ。


 考えろ。どうしたらサーシャは救われる。


 考えられない。なら、考えられるように『最適化』しろ。

 頭痛。あぁ、痛い。とても痛い。


 だけど、それよりも。

 サーシャが死ぬ、そう思うときの苦しみのほうが、よっぽど痛い。


 俺はどうなってもいい。

 メシアスの傀儡になっても構わない。


 だけど、サーシャを守りたいという意志だけは、俺のものだと信じられるから。



「――俺は、お前を救うよ、サーシャ」








次回、エピローグ。

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