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第四四話 復讐

「そうか。こうなってしまったか……」


 時計塔の屋根の上で、白灰髪の老人は呟いた。

 溜息をこぼし、青い瞳を目蓋を奥に閉ざす。


《時眼》の勇者、シリオス。

 千年の時を生き長らえた、八人の勇者の生き残りだ。


 そんな彼の隣、薄金の髪に青い瞳の童女が、屋根に腰かけている。

 神族、アドレヤ・ゴッドローズ。

 彼女は小首を傾げて、シリオスに問いを投げ掛けた。


「今、おぬしには何が見えておるんじゃ?」


「さて、ね。もはや何も見えぬよ、遠いことは何も」


 時を司る彼は、景色ではなく時を見る。

 だが、もう。遠い未来はもはや、何も見えない。


《黒死》の使徒が復活した、その瞬間からだった。


 これは、世界の崩壊が確定された故なのか。

 それとも、ここからの分岐点が多すぎるのか。


 全ては魔女の思惑に翻弄され続けている、彼の手に掛かっている。


「選択するのは彼の判断だが――その選択肢を作るのはきっと、仲間の存在なのだろうな」


 シリオスの、たった一つの後悔。

 それはメシアスに、選択肢を作ってあげられなかったこと。


 未来を見通せるからこそ早々に諦めて、自ら潰した可能性。

 それはもう、過ぎた過去。戻ることはできない。


 ――ミコト・クロミヤ。

 彼にはぜひ、救われてほしいと願う。


 もっとも、彼を救うのはシリオスの役目ではない。

 自身は傍観者。ただ、世界の行く末を見守るのみ。



     ◆



「ケ、キ、」


 皮を引き剥がすように嗤う。

 ミコト・クロミヤは、全身にある血色の瞳で世界を睥睨する。


 景色ではなく。

 生命を。


 ただ一瞥しただけで、王都の生命体の全てを補足する。

 人も魔族も使徒も、動物も微生物も植物も。


 その中から、生かすべきモノと殺すべきモノを選別する。


 悠真の存在には、一瞬だけ動揺したが。

 一応、生かすべきカテゴリに入れておく。


 そうして、改めて、ミコトは再確認するのだ。

 もう生きている仲間は、サーシャとレイラ、ラカしかいないのだと。


「ッ、死ね――」


 次の瞬間、王都の空は暗黒で覆われた。

 黒く、闇で満ちた、死の具現。


 それは雲のようだった。

 やがて、雲の一部が分離し、雨となって降り注ぐ。


 千を超える『黒死』の弾丸が、王都に向けて撃ち放たれた。


 もはや『黒死』に、復讐対象を狙わなければ使えない、などという制限はない。

 なんの関わりもなかった魔王教徒を、狂人を、悪人を、敵を、全て打ち抜いていく。


 アクィナに対してしたように、死体を美しく保たせよう、などという慈悲は湧かない。

『黒死』の弾丸に打ち抜かれた者は、生命を維持するあらゆる機能が死に尽くし、灰と化した。


 だが、たった一降り。それだけで、敵性対象のほとんどを殺した。


 ただ、数人。

 殺せなかった――殺したくなかったものがある。


 王城の牢屋に囚われたルキや、北区の旧城壁に囚われたロト。

 王都外にいるらしいイシェル。

 屋敷の地下に、ユミルといるらしいバッサ。


 そして、騙していた張本人である、シェルア。


「あ、ぐ、ぅ……」


 殺すべきだと思った。

 あれは、自分たちの敵だ。だから殺さねばならない。


 なのに。


 殺したくないと、絶叫する自分がいるのも、確かだった。


 ルキは、《ラ・モール》メンバーの中でも常識的で、俺とも友達になってくれた。

 ロトとはあまり口を利かなかったが、妹――否、シェルアの雰囲気とよく似ていた。

 バッサは、なんだかんだ優しくしてくれた。


 そして、シェルアは――。


「あ、ぁぁぁぁぁあ、ぁっぁぁっぁぁぁぁぁぁ」


 大切な家族だった。けれど偽りだった。

 あの日々は偽物だった。けれど忘れられない。


 封魔の里で起きた、魔族襲撃事件の頃の自分なら、きっと迷いなく行動できていた。

 心を取り戻して、《黒死》の使徒として強化されていることもわかる。

 けど、こんなに苦しいのなら、心を失ったままのほうがよかった。



「ああああああああああ、きぃ、な……」


 あぁ、アクィナ。


 家族のように思っていた、大切な存在だった。

 けど、殺してしまった。そうして、改めて実感したのだ。


 大切なモノを、この手で奪う痛みを。


 ごめん。

 離れないって約束、守れない。


「ぐぅぅ、らァ、ン……」


 あぁ、グラン。


 大切な仲間だった。

 けれど、動けなかった。助けに行けなかった。


 アクィナとグランの、両方を応援していた。

 お互いに傷付いてほしくないと。――二人とも、死んでしまえと。


「てぇっ……どぉ……」


 あぁ、テッド。


 正直なところ、出会ったのが《黒死》として覚醒したあとだったから、あまり仲間という実感はない。

 けど、知っている。ラカの、大切な存在だったということを。


「オーぅ、デぇぇっぁあぁぁああああ!」


 あぁ、オーデ。


 俺、お前との約束、守れなかったよ。

 ラカを頼む、なんて、任せてくれたけどさ。


 ごめん。

 俺には、無理だ。


 だって、この眼で視てる。


 ラカの泣いている姿を。

 こちらを見上げて、絶望している姿を。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます。指切った」


 あひゃ、くひゃはひゃあ、ぎひひっひひひひひゃ。


「破ったらぁ――指、切ってェェェッェエ!」


 どう切ろう。ナイフないし。

 まぁいいや、噛み切ればいい。


 ああ、不味い。クソッタレな味がする。

 でも、約束だし。全部食べよう。


「一万回、殴られるんだっけぇぇ?」


 食べた指に詰まっていた魔力、それらを元として『変異』する。

 全身にある口から、口を押し広げて黒い腕が跳び出す。


 殴れ、殴れよ。あぁ、足りない、痛くない。全然っ、駄目だ。

 あひ、あふふひゃふふあふあふあふああああああああ。


「最後にぃぃぃ、針、せんぼぉぉぉン!」


 口から生えた腕の肉を、急速に剥がしていく。

 剥き出しになった骨を、縦に分割し、鋭くしていく。


 さぁ、これで針はできあがった。

 これを、飲めばイイんだね?


「あぐっ、あぐが。がぐがうがうがうあああぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!」


 思いっきり突き刺してしまったから、肛門まで貫いちゃった。

 腹の中に納まらなかったものが、腹から突き出る。

 あ、ミスった、ちょっとズレタ。咽喉から飛び出ちゃった。



「あふ、あぐふっ、あふひゃひゃ」


 食べた骨を、素材として還元する

 自分の体は不味かった。だけど、魔力が詰まった最高の素材だ。


 ――『変異』する。


 細胞単位で、あらゆる生物を超える体に。

 巨体になって、的を大きくする必要はない。生き返るのだから、頑丈にする必要はない。


 ただ、力を。


 凝縮しろ。

 収束しろ。


 人間としての原型を保ったまま、化け物となれ。

 たぶん、そうすることが、自分にとっての正解なのだ。


 間違いなく今の自分は、今までよりもずっと強い。

 心がある。狂っていられる。殺すべき敵がいる。殺したい敵がいる。


 さぁ、殺そう――。


「なぁぁぁぁ、そぉぉぉだよなぁぁぁ、フリージスぅぅぅぅううううううううううううう!」


『黒死』の雨を百ほど向かわせたのに、彼には傷一つない。

 きっと、『アヴリース』でなんとかしたのだろう。


 悠真と二人して、こちらの様子を窺っているのが、視てわかる。


「俺が行くから、テメェは逝けよ」


 そしてミコトは、フリージスに突撃しようとして。


 直前、彼の周囲を、黒い修道服の女たちが覆った。

 同じ背丈、同じ格好、同じ顔。彼女たち全員が、涙を模ったネックレスを首に下げて。


 皆同じ、憤怒と憎悪の眼差しで、ミコトを睨む。


「よく、も……!」


 その姿に、見覚えがあった。

 ミコトが、敵であるのに殺したくないと言う、その中の一人であった。


「よくも、アクィナ様をォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 バッサ。


 アクィナを、自分の命よりも大切にしていた女が、復讐者となって現れた。



     ◆



(急いで、立ち上がらないと……)


 シェルアは呻きながら、なんとか起き上がろうとする。

 その動きは緩慢で、ひどく億劫そうである。


 魔術による補佐さえあれば、この程度の傷、どうということはないのに。


(なんで、こんな……こんなことで、ボクが……)


 早く立ち上がらなければ。

 どちらもあと一息。倒れる寸前だ。


 先に立ち上がった者が、勝利を掴める。


(なんてっ、無様な……!?)


「あなた……だけは……」


 ハッと、シェルアは頭を上げた。

 膝に手を付いて立ち上がった、シェルアのすぐ目の前に、サーシャ・セレナイトはいた。


 シェルアとサーシャ。

 格闘技術も身体性能も、ほとんど変わらない二人を分けたのは、たったひとつ。


 ――執念。


 悲しみ、怒り、憎しみ。

 強い感情を宿した赤い眼が、まっすぐこちらに向けられている。


 それは、シェルアが持ちえないものだった。

 空虚な血色の瞳には、強い情動は浮かばない。


(ま、もういいか)


 シェルアは溜息をこぼして、あっさりと諦めた。


 フィラム・スピルスが破れようと、まだ予備の体はある。

 次は油断しなければいい。そうすれば、このような無様を晒すことは、もうないだろう。


 ――と、そこまで考えて。


 ひとつの、ある可能性が浮かび上がった。


 シェルアの『憑依』は、特定の邪晶石同士を繋ぐ魔力の糸を伝い、精神を移動させることで成り立つ。

 イヴのように、魔力上に意識を置くのだ。


 だが、それでは。


 サーシャは現在、辺りの魔力を支配している。

 制御できているかはともかく、支配していることが問題なのだ。


 この空間において、サーシャの魔力感知は絶対だ。

 違和感があれば――そう、シェルアが宿る魔力を見つけられてしまったら。


(死ぬ……?)


 このボクが?

 四〇〇年も生き長らえた、《虚心》の使徒であるボクが?


 まだ、駄目なのに。


 見つけなきゃいけないことがあるのに。

 知らなきゃいけないのに。


 この程度で。

 こんなところで。

 こんな無様に。


 よりにもよって、《操魔》なんぞに?


 殺される……?



「ふざっ――――けぇるンなァッァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!」


 シェルアは、懐に手を突っ込んだ。

 取り出したのは、魔力代替用の邪晶石を、すべて。


 それを、砕く。

 次の瞬間、膨大な瘴気が弾けた。


「なに、を?」


 その瘴気も、『操魔』によって掻き乱されていく。

 魔術は使えない、はずだ。


 アクィナが瘴気に汚染される。ただそれだけの、はずだった。


「『エアリスト』ォ――!」


 だが、そうはならなかった。

 シェルアの狙いは、たった一瞬でも、術式に魔力が届くこと。


 膨大な魔力の、一端だけが届けばいい。

 それだけで魔術が発動するよう、完璧に術式を構築した。


 ただの初級魔術であり、威力を落とした風弾は、脅威にならないほど小さい。

 それも、すぐに掻き消されてしまうだろう。


 それでいい。

 たった一瞬だけでいい。


 それだけあれば――地面に当てるくらい、わけないことだ。


 地面へ風弾が激突する。

 直後、風が砂埃を巻き起こした。


 視界は一瞬で砂埃に包まれた。だが、それが目的ではない。

 やりたかったのは、数瞬でも、サーシャの動きを止めること。

 魔力感知でわかる。サーシャは今、怯んで立ち止まっている。


 人差し指と中指を立てた。

 狙うは顔面の、目があるであろう位置。


 勝利を確信にほくそ笑み、シェルアは右拳を突き出した。


 ――その指が、真横から掴まれた手によって、圧し折られた。


「……? ――ぅぐ、ぐぎゃがあああああああああああ!」


 シェルアが感知していた魔力は、『操魔』で作り出された、偽物だった。

 誘導され、まんまと騙された。


「心が読めるのに、その暇がないくらい焦ってるみたいだね、《虚心》。ううん、違うよね――使徒として、あなたは半端なんだ」


 ぞ、と。

 底冷えのする殺意が、右拳を抑えて蹲るシェルアを見下した。


 砂埃はとっくに晴れている。

 二つの赤い眼が睨み合う。


 勝者が誰で、敗者が誰か。

 この状況を見れば、一目瞭然だった。

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