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第三一話 その手を取って

 王城地下に続く階段を、『バッサ』は下る。

 途中に罠はあったが、彼女はこれでも有能だ。するりと突破した。


 最後の扉をピッキングで開けて、その先へ。


 そこには空洞があった。

 天井から壁、床まで、溶かした魔鉱石のラインが張り巡らせてある。


 それらは、空洞の真ん中を中心とした、巨大な魔法陣だ。

 空洞の中心には、魔晶石が柱のように突き立っている。


 そして、魔晶石の中で、裸の男が眠っている。


「見つけました」


 これこそが、『バッサ』が目指していたものだった。


 男、その正体は、アルカディア・アルフェリア。

 初代アルフェリア王国国王の、魔術を行使するだけの存在と成り果てた姿だ。


 非人道的なことだが、責める相手はいないだろう。むしろアルカディアを称賛するはずだ。

 なぜならこの空洞も、この魔術も、全てはアルカディアが立案したものだからだ。


 魔族の侵攻から守るため、彼は自身の全てを捧げたのだ。

 その魔術――不朽魔術『アンヴィーク』は、今も都城壁を鉄壁としている。


 この事実は、国王に就いた者だけしか知らない。


「じゃあ、壊しますか」


 ――それを壊すことこそが、『バッサ』の目的だ。


 彼女が持ち得る武器では、魔晶石を壊すことなどできない。

 上級魔術であれば可能だろうが、生憎、無属性魔術師である彼女に、通常の魔術は使えない。


 だか、壊す方法がないわけではない。

『バッサ』が魔晶石に触れた。


「同調……」


 この『バッサ』は、魔術によって作られた分身だ。

 その体は仮初、魔術そのものなのだ。


 ――外から壊せないのなら、内側から。


 魔晶石に溶け込んだ『バッサ』が、自壊する。

 巨大な魔晶石は、呆気なく消滅した。


 空洞にはアルフェリアの死体が、静かに転がるだけになり、




 王都の下層北区。

 ミコトたちが暮らしていた屋敷を前にして、シェルアは目を細めた。


 ミコトとアクィナの姿はない。

 屋敷の庭には、襲撃された痕跡がある。


 シェルアの表情は、完全な『無』となっている。

 そこからは、なんの感情も読み取ることができない。


 そんな彼女に、『バッサ』は近付く。


「ルキから伝言です」


「……何かな?」


「王城の奴らを皆殺しにしてほしい、とのことですよ」


 それまで能面のような顔をしていたシェルアが、思案に眉を顰める。


「王城には、《操魔》がやってきたようです」


「ふぅん? ふぅん、ふん、ふーん」


 シェルアは現在、少しだけ苛立っていた。

 王城を消し飛ばすのは、いいストレス発散になりそうだ。


《操魔》が死ぬかもしれないのがネックだが……、


「まあいいや。死んだらそれまで、ってことで」


 あまりに楽観的で、軽々しい物言いだった。

 魔王教のリーダーである彼女は、本来ならルキの言葉を聞き入れないべきなのだ。


 一貫性も、執念もなく。

 ルキの気の迷いを受け入れ、刹那的な快楽を満たすために、全てを台無しにしかねない決断を下す。


「バッサ、アルカディアは壊した?」


「ええ、今先ほど」


「よし、わかった。さっさとやろうか」


 風を纏い、跳び上がったシェルアは、屋敷の屋根に降り立つ。

 下層北区の中ではかなり大きい屋敷の上からでも、旧城壁と都城壁に遮られて、王城のすべては見えない。


 本来なら、都城壁に掛かった『アンヴィーク』によって防がれるのであろうが、それは『バッサ』の手によって破壊されている。

 破壊されることなき鉄壁は、もう消えた。


「えーっと、なんかいい特級魔術があったかなぁ? 『ブレイザブリク』は範囲殲滅用で、『ビフレフト』は追尾型、『エーリヴァーガル』はまともな制御なんて効かないし、『グリトニル』なんて雷変換に術式使ってるせいで威力がないし……」


 それら全てが、数多のルーンを必要とする、大規模術式――特級魔術だ。

 彼女は口々に、一撃だけで街を破壊するような大魔術を挙げながら、これでもないこれでもないと思案する。


 そのとき、シェルアは閃いた。


「そうだ、ここは『ムスペルヘイム』を使おう。距離による威力減衰が激しいんだけれど、盗んだモノはお返ししなきゃだもんね」


 シェルアは懐の首にかかったネックレスの、邪晶石を握る。


 ――莫大な瘴気が、シェルアの体に流れ込む。


「ついでに、どちらが使い手のほうが使いこなせるか、試してあげるよ」




 そしてサーシャは、莫大な魔力を感知した。


「これは……!?」


 ルキを拘束中、騎士に囲まれていたサーシャは、その魔力――瘴気に驚愕した。

 その魔力に、サーシャは覚えがある。


「シェルア……っ」


 アスティアを押し退ける勢いで立ち上がり、サーシャは大バルコニーの端から、王都の街並みを見下ろす。

 その遥か後方、下層北区で、信じられない量の瘴気を見た。


 アスティアやアルドルーア、ゼス。それ以外に騎士も何名か、魔力を見ることができるのだろう。ひどく動揺している。


「いったい、どうするつもりで……」


 何って、決まっている。魔力は魔術に使うものだ。


「あの量を、どうやって……」


 どう考えても、《虚心》が魔力操作が苦手ということを考慮しても、上級魔術で使い切れるものではない。

 あれは、まるで、


「特級魔術……!」



「――その通りです」



 サーシャの驚愕に、同意する言葉があった。

 振り向けば、そこにはメイドが一人、立っていた。


「バッサ……」


 ルキの呟きに、彼女がバッサであることを知る。


 バッサ――その名前に、聞き覚えがあった。

 半年前、王都で、ミコトが会ったという人物。

 フィンスタリー・トゥンカリーの件に、関わっていたと思われる女性だ。


 紺色の髪。

 黒い修道服ではなかったが、身体的特徴は一致している。


 いきなり出てきたメイドに、騎士たちは困惑している。

 そんな中、彼女はちらとルキを見る。


「先ほど、彼の言葉をシェルア様に申し伝えました。『ムスペルヘイム』の発動準備は完了しているそうです」


「な、ん……!?」


 特級魔術『ムスペルヘイム』。

 それは、サーシャとフリージスが協同して開発した、オリジナル魔術だ。


 シェルアが知っているはずがない。

 彼女が心を読み、魔術を読み取ることができるのは知っているが、『ムスペルヘイム』はいつ見せた。


 いや、違う。

 バッサは今、なんと言ったのだ。


 ――『ムスペルヘイム』を、撃つ?


 ――どこに向けて?


「そこで、《操魔》様に伝言です。――どちらが使い手に相応しいが、試してあげる、と」


 それは、つまり。

『ムスペルヘイム』が、王城に打ち込まれるということ。


「三分間だけ待ちます。それまでに、《操魔》様も用意なさってくださいね」


 咽喉が急速に干上がっていくのがわかった。

 驚愕と絶望、恐怖などの感情が、一気に襲い掛かってくる。


 飛行魔術を使える自分だけならば、逃げられるだろう。

 だが、ここにはアスティアたちがいる。彼女たちを犠牲にするわけにはいかない。


 と、そのとき、アルドルーアが声を張る。


「案ずるな! 都城壁が破られるはずが――」


「あぁ、アルカディアは先ほど破壊しましたので」


 アルドルーアは、二の句を紡げない。

 アルカディア。アルフェリア王国の初代国王が名が出た理由はわからない。アスティアやゼスさえも知らないようだ。


 だが、それは、とんでもなく大それたことだというのは。

 それまで気丈に振る舞っていたアルドルーアが、顔面を蒼白していることから、わかる。


「その者を討て――!」


 アルドルーアの命令に、困惑していた騎士たちも、剣を抜いた。

 騎士たちに囲まれて、それでもバッサの微笑は消えない。――腹を貫かれようと、その微笑みは変わらず。


「それでは、また――――」


 そして、バッサの姿が、メイド服のみを残して消失した。

 ユウマの『転移』とは違う。霞むように消えたのだ。まるで、幻を見ていたかのように。


「ふ、ははは、はは、ははははは……」


 皆が静まった中、ルキの不気味な笑みが響く。


「ざまあ、ざまあみやがれ! ひゃ、ひゃははふは、はははっはあ! 全部、何もかも、ぶっ壊れちまえぇぇえええ!!」


 その哄笑に、サーシャは我を取り戻した。

 とにかく先に、『ムスペルヘイム』の対処だ。


 特級魔術には特級魔術。

 こちらも『ムスペルヘイム』で応戦するしかない。


「く……っ」


 サーシャは『操魔』を発動させた。

 リソースのすべてを、魔力操作に注いで。


 バッサが三分後までと告げてから、どれくらい経った?

 少なくて、残り一分。


 間に合うか?

 いや、間に合わせる!


「力を貸して、イヴ……!」


(――――わかった)


 脳裏で声が響く。

 次の瞬間、体内を瘴気が駆け巡る。


「が、は……っ」


 狂気に、頭がおかしくなりそうになる。

 自身の心が、もっと黒い何かに覆い隠されそうな感覚。


 封印から漏れた、魔王の半身の僅かな意識が、サーシャを乗っ取ろうとする。


 だが、『操魔』の精度は上がった。


 ルーンを刻み、ラインを走らせ、サークルを描く。

 超巨大な魔法陣が、大バルコニーに顕現する。


 一分足らず。

 サーシャは脂汗を流しながら、ニヤリと笑みを浮かべる。


 ――ここに、『ムスペルヘイム』が成った。


 タイミングを見計らっていたようだった。

 三分も経っていないというのに、シェルアの『ムスペルヘイム』の発動を感知した。


 シェルアに半歩遅れて、サーシャの『ムスペルヘイム』が発動する。


 下層北区から放たれた『ムスペルヘイム』が、旧城壁を蒸発させ、中層の背が高い家々を抉り、都城壁へ。

 王城から放たれた『ムスペルヘイム』が、上層の街々の上を通過し、都城壁へ。


 ちょうど都城壁を挟み込むように、二つの特級魔術は激突した。




 閃光が瞬く。


 それは破壊そのものだった。

 二つの莫大な熱エネルギーが、中層の街並みを衝突地天を中心に解き放たれる。


 木々は焼け、石は溶け、道に敷かれた煉瓦は冗談みたいに捲れ上がっていく。。

 窓は割れ、人は吹き飛び、全てが巻き込まれる。


 爆風は北区の中層と上層を荒らし、爆炎に包まれたすべてが溶解する。


 突風は、大バルコニーまで届いた。

 服が風に煽られ、身動きの取れないルキの体が宙に浮く。


「ぁ――――」


 このまま城壁にぶつかりでもすれば、致命傷は免れない。

 何もかも成せないまま、自分は無意味に死ぬのか。


 そんな彼に、伸ばされた手があった。


「掴んで!」


 ――ルキは幻視した。


 かつて、幼い頃。魔王教に拾われるよりずっと前、まだ家から逃れられなかった時期のこと。

 そのとき、庇ったくれた女の子がいて――。


 現実に帰る。

 目の前には、赤眼があった。


 サーシャ・セレナイト。

 同じ赤い瞳をしていながら、違う人生を歩んだ少女。


 眩しくて、妬ましい。

 そして、羨ましい。


 彼女のようになりたい。

 彼女のようでありたい。


 彼女と同じく、たくさんの絆に囲まれたい。

 彼女のように――。



「――生きたいよ……」



「うん、生きよう。全部、これから始めよう!」


 手を、取った。


 しかし、サーシャの体も浮く。

 軽い体重で、床に繋ぎ止められなかったのだ。


 そんな彼女を引っ掴んだのは、一国の王様だった。

 王の威厳をかなぐり捨てたアルドルーアが、苦渋の表情でサーシャを繋ぎとめる。


 アルドルーアの体も浮き上がる――そのとき、彼の服を、ゼスが引っ掴んだ。

 サーシャの足にはアスティアが、抱き着いて大バルコニーに留める。


 果たして、暴風は凌いだ。

 王や姫を巻き込むように倒れ、全員で安堵の溜息をこぼした。


 ルキは静かに、涙を流す。



     ◆



 上層や下層などの括りなく、北区はひどい有様になっている。

 都城壁に至っては完全に焦土である。


 そんな街並みを見下ろして、


「もう、わたしは行くね」


 サーシャは振り向き、アスティアたちに別れを告げた。


 ここにいれば、再び王城が戦いに巻き込まれかねない。

 それにそもそも、サーシャの本命はここではない。


 そんな、サーシャの覚悟を悟ったのだろう。

 アスティアは心配そうな表情ながらも、頷く。


「無理はするでないぞ」


「それは……うん、ちょっと難しいかも」


 これから、特級魔術師と戦うことになるだろう。

 攻略法は考えているとは言え、それも賭けになる。


「だけど、勝つよ」


 勝って、絶対にミコトを救うのだ。

 サーシャは飛行魔術を発動させる。


「サーシャ・セレナイト」


 去る間際、連行される最中のルキが、サーシャをまっすぐと見つめている。

 恐怖しながらも、必死に目を合わせ、逸らすことなく。


「……頑張れよ」


 一言だけだった。その後、ルキはすぐに目を逸らす。

 その姿にサーシャは、ミコトと会った頃の自身を幻視した。


「うん――行ってきます」


 ルキはそのまま、城内へ連れて行かれる。

 彼が背を見せる瞬間に、サーシャは王城を飛び立った。


 ――目指すは、下層北区。

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