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第二九話 VSルキ - その手は取らない -

 王城内部の、大バルコニーにて。

 国王アルドルーアと、王女アスティアを背に、近衛隊長のゼスは荒い息を吐き出した。


 アスティアの友人からの連絡によれば、敵の名はルキ。

 透明化の無属性魔術『シェルダー』の使い手に、ゼスは防戦を強いられていた。


 五感の中でも、視覚は戦いにおいて最も重要な器官だ。

 敵の位置を掴めない、攻撃を読めない。それのどれだけ不利なことか。


 それでもゼスが倒れていないのは、偏に経験だ。

 魔力感知と聴覚に意識を集中すれば、辛うじて攻撃を防げる。

 老騎士として、数多の実践に生き抜いた勘は、戦いを長引かせた。


「く……」


 増援には期待できない。

 人が増えるに連れて魔力を捉えられなくなり、足音が増えれば聴覚も頼れなくなる。


 実際、大人数の騎士が大バルコニーに現れたことによって、ゼスは傷を増やしている。

 その騎士たちも、ルキに排除されてしまったわけだが。


「埒が明かないな」


 ゼスの背後で、アルドルーアが苦々しく呟いた。


 消耗戦だ。

 このまま続けていれば、先に倒れるのはゼスだろう。

 なんとかして、この状況を打破しなければ。


「妾にいい考えがある」


 アスティアは覚悟を決めた顔をしていた。

 その次の彼女が取る行動を、アルドルーアは止められなかった。


「風よ――」


 アスティアが掌を地面に向けると、緑の煙幕が現れる。

 煙幕は床を這い、大バルコニー全体に広がっていった。


 そうして見えるものがある。

 大バルコニーの一画に、空白の地帯ができあがっていた


「そこだ、ゼス――!?」


 その場所に、ルキがいる。

 それは明確なのに、ゼスはアスティアの前に立った。


 肉を貫く、湿った音が響く。

 血かべちょりと、床に垂れた。


 ――ゼスの肩を、短剣が貫いていた。


「ぜ、ゼス、なぜ!?」


「ご無事、ですか……アスティア様……」


 ルキはいつでも、アスティアを襲えたのだ。そうしなかったのは、ゼスを警戒していたから。

 万が一にも斬られてはならないと、リスクを冒さなかっただけなのだ。


 姿が見えないという有利を持ちながら、それは臆病なのかもしれない。

 だがそれも、アスティアの行動によって、一歩を踏み出させてしまった。


 ゼスの腕から力が抜け、騎士剣を取り落とす。


 ――もはや、時間稼ぎすらできない。


「……」


 透明化の無属性魔術師は、声すら発さない。

 煙幕が晴れていけば、アスティアにはまったく居場所が掴めなくなった。


 足音も静めているのか、何もアスティアには聞こえない。

 いつ、自身に凶刃が突き立てられるのか。彼女には予知できない。


 アスティアは不甲斐ない自分に、歯を食いしばる。

 敵は見えない。それでも、そこにいるかもしれない敵を、睨むことはやめない。


 微かに、空気を斬る音が聞こえた。ナイフが振られる音だ。

 そして――ゼスの時間稼ぎは、彼女の到来を叶えた。



「乱せ『操魔』――!」



 大バルコニーにあった魔力が――マナもオドも、全てをずらされる。

 密集は拡散し、流れは捻じ曲げられ、不自然的な動きを行う。


 それは、たった一瞬の出来事だった。

 だが、その一瞬が、ルキの居場所を露わにする。


 透明化が解ける。

 アスティアの目の前には、短剣を振り下ろす状態のまま固まった、少年の姿があった。


 歳はおおよそ、十代後半といったところか。

 色素が抜けたような、白髪の少年だった。


 そして、あらゆる容姿の中で、最もアスティアに焼き付いたもの。

 それは、ルキの両目――赤い瞳だ。



 眼を見られたルキが、怯えたように後ずさる。

 そうしてできたルキとアスティアの間に、彼女は降り立った。


 着地の瞬間、風が撒き散らされる。

 彼女を覆っていた風は、飛行魔術によるものだ。


「ふぅ。よかった、間に合ったみたい」


 フードを被ったその人物は、ルキの赤眼を見つめながら、安堵の溜息をこぼす。

 その声を、聞いたことがある。『ノーフォン』伝いに、何度も。


「待っていて、アスティア。すぐ――倒すから」


 今。

 サーシャとルキが、対峙する。




「く、はは、は」


 現れた人物を見て、ルキは思わず笑いをこぼした。

 怯える彼は、すぐに『シェルダー』を発動。その姿を隠そうとし、


「ムダだよ」


 魔力の乱れが、透明を暴き出す。

 前に報告があったときには、サーシャ・セレナイトの『操魔』は離れた敵の魔術を阻害できない、とあったのに。


《浄火》の使徒をけしかけて、もう半年以上経つ。

 その間に『操魔』の性能が上がったのだろう。


 だが――それがなんだと言うのだ。


「ふっ!」


 短剣を手に、ルキは踏み込んだ。

 今代の《操魔》は、戦闘の才能がないと聞いている。『操魔』頼りの遠距離戦が基本だ。


 魔術が使う余裕のない接近戦で、《操魔》は弱い。


「く……っ」


 短剣の猛攻に、サーシャは横に転がった。

 その回避も、やはり下手くそ。受け身も取れず、体を床に打ち付けている。


 その一瞬の隙に、ルキは『シェルダー』を発動した。

『操魔』を使う暇さえ与えない。彼は短剣を振り抜く。


 しかし凶刃は、水の壁に遮られることとなった。

 どう見ても、ルキの居場所を把握しての防御だった。


「なん……っ」


 続き、サーシャが翳した左手から、水弾が射出された。

 ルキは回避しながら、捉えられた訳を思考する。


 サーシャは『操魔』を使っていない。

 魔術を使うときにすら、まったく、だ。


 ルキの魔力資質は高く、魔力の視覚的に捉えることができる。

 しかし、魔力が動く気配はない。


 では、『操魔』の魔力を操るという利点を使わず、彼女は何をしている?


(そうか、魔力感知!)


『操魔』に関わるあらゆるリソースを魔力感知に注ぎ、ルキの居場所を捉えているのだ。

 なるほど、とルキは思う。自分の能力を使わない度胸は、さすがと言おう。


(けど、魔術が疎かにしちゃぁなぁ――!)


 現在手にしていた短剣を投擲する。

 水の壁に防がれるも、それがルキの狙いだった。


 生まれた余裕で、ルキは両手を懐に差し入れる。

 取り出したときには、指の間に挟み込んだ、合計八本のナイフが握られている。


 透明化が掛かり、ルキ以外に姿が見えないナイフを、連続で投擲する。

 魔術そのものは魔力ではなく、透明化が付与されたナイフは、ルキに触れての微かな魔力しか付着していない。


 サーシャはそれも捉えきり、体を捻ることで回避する。

 だが、一息遅れた動きは、大きな隙を生む。


 避け損ねたナイフが、首の皮一枚を切った。

 赤い線が浮かびあがり、一筋の血が垂れていく――それ以上に、気にするべきことがある。


 ナイフが首の近くを通ったということは、それはつまり。


 フードが破け、サーシャの容姿が明らかになる。

 腰まで届く美しい銀髪に、覚悟を決めて引き締まった童顔。


 そして――赤い瞳。


 国王や王女、騎士たちの前で、サーシャの赤眼が露わとなる。


 大バルコニーに集まった面々に、動揺が走る。

 赤眼は魔族の瞳という常識。救助に現れた謎の人物が、その魔族の瞳をしているのだ。


 恐怖、疑念、敵意、驚愕。

 信頼や信用などと言ったものはそこにない。負の視線だけが、サーシャに注がれる。


「――――」


 その情景に、ルキは思わず透明化を解いた。

 数多の人間が集まった中で、彼は自身の赤眼を晒す。


 敵も味方も関係なく。

 ルキとサーシャ、ともに衆目に晒される。


「く、はは、はははは……」


 顔を、右手で覆って、乾いた笑いを漏らした。

 嘲笑か。あるいは、諦念のようなもの。


「ははっ、ははっはははははは、ははははははははははははっ!」


 ルキは笑う。


「おいサーシャ・セレナイト! 見たか、これを。見回せよ、あいつらの眼を。おれたちの眼を見る、奴らの!」


 憎むように、嗤う。


「少なくともこの場で、あんたに限ればヒーローだ! 王女の死を防いだヒーローって奴だ! なのにこれだぜ? 醜いなぁオイ!」


 嘲るように、嗤う。


「これが現実だ! これがこの世界だ、クソッタレのなぁ! 赤い眼をしているだけで迫害されて、魔族じゃないっていうのに討伐されかけて! おれはッ、なんにもしてなかったって言うのによぉ!」


 泣きそうに、哂う。


「――おれを庇ってくれた女の子さえ、この世界は見放したッ!!」


 ルキは、自身の顔を覆っていた右手を、今度はサーシャに差し向ける。


「やっぱりシェルア様の思想は正しいんだ! こんな世界ぶっ壊して、どんな願いでも叶う、新たな世界を手に入れる! 魔王教が、新世界だけが、俺たちを受け入れてくれるんだ!!」


 覚悟を持った、真剣な表情だった。ただの悪人や狂人では、到底持ちえない顔だ。


「魔王教に来いよ、サーシャ・セレナイト」




 ルキの言葉を受けて、《操魔》は。

 周りの視線に晒されて、赤眼の少女は。


「怖いよ」


 恐怖に震えていた。


 悪意をぶつけられたのなんて、一度や二度ではない。

 罵声だけでなく、石をぶつけられたことだってある。


 慣れることはない。

 痛くて、悲しくて、怖くて。そういった感情は、薄れることはなかった。


 それでも、と。

 サーシャ・セレナイトは、


「魔王教とだけは、絶対に手を結びたくない」


 はっきりと、そう告げた。


「もしも、あなたたちのところに行くことで、この恐怖から逃れられるのだとしても、それでも」


 魔王教は、幸せな時間を奪っていった。

 今さら手を組もうだなんて、虫が良すぎる話だ。


 それに。


 記憶を失って、訳もわからず迫害を受けたとき。

 姉は。レイラは、ずっと庇ってくれた。


 辛くて苦しくて、何もかも失いそうだったとき。

 彼は、ミコトは、自分を犠牲にしてでも、守ってくれた。


 この瞳を、綺麗だと言ってくれたこと。

 彼を好きだと想う、この気持ちを、


「――わたしは、裏切りたくない」


 だから。


「あなたを倒すよ。誰に後ろ指差されたって。このあと、騎士に追われることになっても。――その手は取らない」


 ルキの顔が歪んだ。

 サーシャは視線に晒され、未だ恐怖に体を震わせて。しかし。


 二人は対峙する。

 今、孤独な戦いが始まろうと――――



「――このっ、大馬鹿者がぁぁぁぁあああ!」



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