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第二六話 VSロト - 憧れた

 グランと別れたラカとテッドは、中層北区に下った勢いのまま、下層北区を目指してひた走る。


 上層北区の様相と比べると、戦いの激しさは大きく減衰していた。

 騒ぎを起こす魔王教徒は、いずれも仮面を付けていない。どうやら上層北区に現れた仮面の集団は、魔王教の中でも特殊な存在らしい。


 中層北区で暴れる魔王教徒たちは、個々の強さも連携もない。

 都城壁の北側関所に屯していた者たちと同じく、有象無象でしかなかった。


 それでも、魔王教徒は騎士と渡り合っているのは、騎士側の人手が足りていないからだろう。

 王都全体で一斉に勃発した戦いに、まったく手が回っていない。ここで戦っているのは、初めからこの地区を巡回していた第三騎士団だけだ。


 碌な切れ味のない鈍ら剣と、日光を受けて輝く騎士剣が、交錯する。

 甲高い金属音と怒号が鳴り響き、真っ赤な鮮血が街を汚す。


 民間人はすでに屋内に退避しているのか。道を走っている限りでは、民間人はどこにも見当たらなかった。

 そんな街中を、ラカとテッドは一気に駆け抜ける。


 騎士の制服や甲冑でもない、防具も最低限な軽装の二人だ。

 人質にするつもりか、魔王教徒の男は厭らしい笑みを浮かべて、二人の前に立ち塞がった。


「逃げなさい、二人とも!」


「誰が逃げるか、ボケェ!」


 騎士の心配に対して罵声で返したラカが、魔王教徒の拳を身を屈めて回避する。

 走る勢いを殺さないまま、魔王教徒の両足の間に自分の右足を差し込む。

 そして、魔王教徒が踏み出そうと浮かした右足を巻き上げるように、蹴る。


 魔王教徒は態勢を崩して、頭から地面に倒れそうになった。

 反射的に腕を支えにしようとし、


「邪魔だ、ボケェ!」


 テッドの拳が、魔王教徒の鼻っ面に叩き込まれた。

 鼻血を吹いて地面に叩き付けられた男と、呆然とした騎士を置いて、二人は振り向くことなく走り続けた。


「関所だ!」


 テッドの目に、中層と下層を隔てる旧城壁の、北側関所の姿が見えた。

 すでに占領されてしまったらしく、魔王教徒が屯している。元々そこは、関所というのも名ばかりで、警備がほとんどいないのだ。


 ラカとテッドの身体能力は高いが、突破力は低い。

 グランと別れた今、関所の突破は困難だろう。


「テッドは残っていいんぜ?」


「ふ、冗談……!」


 覚悟はとっくに決まっている。

 ラカとテッドは拳を握りしめ、関所に突撃しようとした。


 ――横合いから氷柱が飛来してきたのは、そのときのことだった。


 先頭をひた走っていたラカと違って、テッドは周囲に多少の気を配っていた。

 だからこそテッドは気付き、咄嗟に転げることで、それを回避することができた。


 しかしラカは、防御姿勢を取ってしまった。

 氷柱を押し留めようとし――重量に押し負けて、足が浮く。そして、ラカは弾き飛ばされた。


 レストランの窓をぶち破り、ラカの姿は店の奥に姿を消す。


「ラカ!?」


 ラカの身を案じるテッドだが、駆け付けられない。

 下手人と思われる人物が、路地から現れたからだ。


「まず一人、かな」


 黒い肌に黒い眼球、白い髪に白い瞳。

 感情の一切を窺えない能面のような表情。


 一〇歳前後の容姿に似合わぬ雰囲気は、さらに不気味さを引き立てているようだった。


「お前か……!」


「うん? ぼくだけど」


 恍けた言葉を返す少年に、ただでさえラカに傷付いたテッドの頭は、一瞬で熱された。


「ぶんッ、殴る!」


 テッドは駆け出した。

 悠々と構える少年に、拳を突き出して、


 ――ガキンと、氷の壁に遮られた。


「……っ!」


 氷壁には罅こそ入ったものの、割れる気配はない。

 少年は青く透けた氷の向こう側で、変わらず無表情のまま、無感動にテッドを見据える。


 ぞっ、と。見透かすような異様な眼に、不快感を覚えた。

 気持ち悪い。その嫌悪感を隠すように、テッドは何度となく拳を氷壁に打ち付けた。


 氷壁の修復速度に対して、破壊のほうが僅かに速い。

 このまま押し切ろうと、テッドはさらなる力を込めて、


「――そっか。きみ、《操魔》側の人間だったんだ」


 今初めて知ったとばかりに言うが、少年は危機感を露わにすることもない。


 少年の言葉に、テッドは引っかかりを覚える。

 こいつは、それを知って襲ってきたのではないのか……?


「いやぁ、まるっきり平凡な感性だったものだから、一般人と思ってたんだ。ごめん」


 脳裏で浮かべた疑問に答えるような、少年の言葉だ。

 違和感が加速する。これが、こんな存在が、ただの魔王教徒のはずがない。


「仮にも魔王教ぼくらに関わったんだ、最低限の敬意を表して教えてあげる。――ぼくは、《ラ・モール》のロト・アパシー」


 次の瞬間、氷壁が砕け散った。

 テッドの仕業ではない。殴る直前、ロトの意志によって自壊した。


 細かな破片は、一方向に炸裂する。

 氷の散弾が、テッドの前面に直撃した。


「ぐっ、が……は、ぁ」


 一つ一つの質が下がっていたことが幸いだった。

 テッドは倒れ伏す前に態勢を立て直し、すぐさま横っ飛びに転がる。先ほどまでいた場所に、巨大な氷柱が突き刺さった。


「くそが!」


 全力の連撃でも砕けない氷壁と、拳を容易く超える威力の氷柱。

 加えて、異常な洞察力の良さ。


(勝て、ない……)


 体が資本の肉弾戦でも、ある程度以上に強くなるには、魔術の習得は必須だ。

《無霊の民》が、ただの傭兵にすら勝てないわけだ。


 ただ身体能力が高いだけの《無霊の民》では、ここが限界。


(無理だ……)


 諦めそうになる。

 挫けてしまいそうだ。


 それでも、


(それでも、ラカだけは……!)


 あんな氷柱程度で、ラカが死ぬはずがない。

 絶対に、彼女だけは守る。


 それは、だって、なぜなら、



「ラカのことが好きだから――ってね」



 そして、誰かを想う気持ちすら、無感動に冒涜された。


「ぐぁ……ぁぁ!」


 目の前に突き立った氷柱が爆散し、破片がテッドを打ちのめす。

 肉に抉り込む氷が、命に冷たさを伝える。


(《ラ・モール》の……ロト……)


 霞む意識の中、聞き覚えのあるその名を、頭の中で浮かべる。

 それは先ほどイシェルから聞いた、魔王教内にある強力な部隊のメンバーだ。


 いきなりそんな奴に出会うとか、なんて運がない。


「つまらないなぁ」


 うつ伏せに倒れるテッドの目の前に、少年の小さな足がある。

 いつでもトドメを刺せるだろうに、ロトは無感動に見下ろすのみだ。


「つまらない、つまらない、つまらない。仮にもきみは、《黒死》や《操魔》と旅をしていたんだろう? それがこんな平凡だなんて、つまらない」


「よわくて、わるかった、な……、クソが……」


「うん、やっぱりつまらない。ぼくが言っているのはさ、心のことだよ」


 ロトには侮蔑も、憐憫も、嘲笑もない。見下してもおらず、失望しているようでもない。

 無関心、無感動の調子のまま、彼は言葉を紡ぐ。


「想い人が、自分以外の人を見ている――報われない恋心。《黒死》の力に羨望し、想い人が慕う《黒死》に嫉妬して。あぁ、なんて平凡、凡人の精神」


「だまれ……」


「そして今、機会が巡ってきたわけだ。その仄暗い想いをぶつけられる、絶好の大義名分を得た」


「だまれ……!」


「そう――《黒死》の使徒を殺すという、ね」


「黙れェッ!!」


 痛む体に鞭打って、テッドは跳び上がった。

 すぐ近くのロトの顎を、殴り砕いてやる。


 そうして、顔を上げたテッドの目の前に、氷の剣が突き付けられた。


「ぁ」


「もういいから、じゃあ死になよ」


 剣が、迫る。

 その速度がやけにゆっくり見えて、しかし、体は動かせない。

 白熱した思考が一瞬にして冷まされて、直面した死に、何もできないでいる。


(みっともない)


 ロトの言うことは、その全てが真実だ。


 テッド・エイド・ムレイは、ミコト・クロミヤの力を羨望している。

『再生』と『変異』。反則的なそれらの能力に憧れなかったと言うと、嘘になる。


《黒死》の殺気に中てられて。

《風月》の怒気を前にして。

《千空》には、簡単にあしらわれて。


 そのたびにテッドは、自身の無力さに打ちのめされてきた。


 テッド・エイド。ムレイは、ミコト・クロミヤに嫉妬している。

 勘違いではないだろう。まだ無自覚だろうが、ラカはミコトのことを……。


 そして、テッド・エイド・ムレイは、ラカ・ルカ・ムレイのことを……。


(ああ……なんて、ちっぽけな……)


 そして遅延された時の流れは、通常へと戻り。

 氷の剣が、突き出されて。



 ――ロトの顔面に、少女の拳が抉り込むように突き刺さった。



「ぶがっ!」


 ロトは吹き飛ばされた。地面の接触時に展開した氷は、地面に激突しそうになるロトを受け止めると同時に、追撃する少女の拳を遮った。

 テッドは頬を腫らしたロトから、視線を少女へと移す。


 灰色の髪と、黄色い瞳。

 犬歯を剥き出しにした《無霊の民》が。



 ――ラカの背中が、そこにあった。



「わりー、遅くなっちまった」


 前を見たまま、ラカは言う。

 テッドを心配して、敵を睨んだまま。


 その気丈な背中に、安堵を覚えそうになる。

 だが、


「左肩が……!」


 ラカの左肩は構えも取らず、ぷらぷらと揺れている。

 額からも血を流しているのか、ちらりと見えた顔には、赤い滴が伝っていた。


「こんなのどうってことはねーよ。それより、お前こそ大丈夫かよ。ずいぶん痛めつけられたみたいじゃねーか」


「それは……ラカ、もしかして、さっきの話を聞いて……?」


「さっきお目覚めしたばっかりでな、さっぱり聞いてねー」


 ほっと、小さく安堵する。

 同時に下唇を噛む。


 こんな状況だと言うのに、何を聞いてるのか。

 ただ、自分が情けない。


「きみは、面白そうだね」


 ふらりと立ち上がったロトが、白い瞳に僅かな光を浮かべて、ラカを見据えた。


「気持ち悪いガキだ。ンで、胸糞悪いガキだ」


「ハッキリ言ってくれるなぁ」


 ラカとロトが対峙する。

 ラカは右拳を握り込み、ロトは周囲に氷を浮かべる。


 そんなラカに向かって、テッドは叫んだ。


「僕を置いて逃げろ! アイツはロト・アパシー、イシェルが言ってた心を読む奴だ! あの氷は、僕らの拳じゃ砕けない!」


「…………」


「僕らには勝てないんだ! そんなの明らかにわかるだろ!?」


 自明の理だ。

 敵の盾を突破できない。それだけでもう、勝ち目はないのだ。


 その、はずなのに。


 それを聞いてラカは、たっぷり間を空けた上で、


「はぁぁぁ……」


 大きなため息をこぼした。


「おいテッド。今回の騒動が終わったら、ミコトの野郎と一緒にぶん殴るからな」


「は? ちょ、なに言って、」


「勝手に諦めてんじゃねーよ。テメーはまだ生きてんだろーが」


 息を、飲んだ。


「見縊ってんじゃねーよ。――オレを、誰だと思ってやがる」


 ラカの覚悟に、その気迫に、圧倒された。



「オレの名はラカ・ルカ・ムレイ。――無霊の戦士だ」



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