第一七話 悪意の際会
……うん。
この六章では、色々なことが学べたなぁ、と思います。
こう、書き手のキャパを超えたらどうなるか、っていうのが、しみじみとわかりました。
とりあえず六章は完結しましたんで、投稿再開します。
久しぶりなんで、前回までのあらすじを置いておきますねー。
◆
こちら、主人公のいる敵陣営。記憶喪失のミコト・クロミヤは、王都の下層北区にある屋敷で目を覚ます。
何やら訳ありな妹と幼馴染、従妹や修道女に囲まれる中、ミコトは屋敷での日常を受け入れ始めていた。
一方、主人公不在の主人公陣営。精神的に消耗し切っていた彼らの元に、《千空》の使徒、空閑悠真が現れる。同時に、ミコトを王都で見掛けたという情報を手に入れ、王都に向かう。
サーシャたちは悠真とともに、ミコトを捜索する。しかし、ついに見つかったミコトは記憶喪失になっており……、
ズキュウウウウウウウウウウン!
サーシャが失意に沈んでいる間にも、事態は動く。
『尊から離れろォ、《聖水》ィィィ!!』
悠真に容赦はなかった。
悠真はアクィナの背後に、『空孔』を生み出した。そこからスタンガンを持つ手が現れる。
アクィナは、気付いた様子がない。スイッチを入れ、スタンガンを突き出す。
ッバチン! と強烈な音が響き、眩い電光が走った。
しかしそれは、アクィナの掌で受け止められていた。
彼女はそのまま、スタンガンを握り潰す。内部から部品や配線が漏れるが、それすらも引き千切る。
『こんな、の』
アクィナはぽつりと、聞き取りづらい小さな声で呟く。
『きか、ない』
アクィナの体が沈み込む。膝を折り、両手を地面に付け――地面と平行に跳躍した。
大地が鈍く震動する。アクィナはその場から消え、舗装されていない地面は大きく凹んでいた。
アクィナが跳び出す寸前、空中に『転移』していたユウマは、先ほどまで背後にあった酒場が崩壊するのを目にした。
「チッ、化け物が……!」
崩れた酒場が、再び爆ぜる。
圧し掛かっていた屋根を盛大に押しのけ、一片の木材を振り回した。投擲された木材を、ユウマはもう一度『転移』して避ける。
ユウマが地面に降り立つのを横目に、サーシャは呆然と酒場を見やる。
戦闘への驚きではない。ただ、動きあるものを視線が追っているだけ。
負傷者は意外なほど少ない。というより、ゼロと言ってもよかった。
中にいた者は野次馬として、全員外に出てきていたらしい。
ようやく現状を認め、尋常な状況でないことを理解した野次馬が、悲鳴を上げて酒場街から離れていく。
それに安堵できるほど、サーシャに余裕はなかったのだが。
逃げずに右往左往する者を助けようとも思えなかった。そもそも、目に入っていたかもわからない。
サーシャの赤眼に対して、何か罵り散らす声も聞こえた。
だが、そんなことでショックを受けることさえ、ない。
「ちょっ、おい! いったいなんだってんだよ、いきなり!?」
呆然としていたサーシャだが、その声にだけは引き付けられた。
突然の戦闘に、ミコトは混乱しているようだった。
(今なら、連れ出せるかもしれない)
そうすれば――ミコトとアクィナを、引き剥がせる。
サーシャはそれが、ひどく醜く浅ましい感情ということを自覚しながら、それでも自身を止めきれずに走り出した。
冷静さを失くして――当然、それを避けることはできなかった。
「沈め、『イラヴィティ』」
直後、全身が急激に重くなる。
地面に引っ張られる感覚に、サーシャは堪らず倒れ伏した。
重力を増加させる魔術。
この現象を、サーシャは以前に一度だけ見たことがあった。
声が、響く。
「やぁやぁやぁ、どーぅもどぉーも」
強大な狼に乗って現れたのは、純白の髪を持った少女だった。
ユミルがあと数年経てば、このような姿になるのではないかというほどに、彼女はユミルによく似ていた。
だが、違う。明らかに別物だ。
あくまで子供だったユミルとは違う。目の前の少女は、容姿から子供らしさが抜けきっていないのに、青い目だけがゾッとするほど無感情なのだ。
何より、異様な雰囲気とイヴの叫びが、彼女が危険だと告げている。
「久しぶりだねぇ《操魔》。《千空》くんも、こんなところで出会うことになるとは思いもしなかったよ」
巨大な狼がミコトのそばで停止する。
白髪の少女は地面に降りて、戦闘中のユウマを意外そうに見やってから、サーシャを嘲るように見下した。
久しぶり、と少女は言った。
だが、サーシャにはまったく心当たりがない。
「だ、れ……?」
「シェルア!」
サーシャの掠れた言葉に被せるように、ミコトが声を発する。
シェルアを呼ばれた白髪の少女は、大げさに一度頷き、揚々と語り始める。
「この人たちはボクたちの敵なんだ。魔王教の敵対者であり、そして――お兄さんを『利用』した連中だよ」
「……っ!?」
がつん、と頭を殴られたかのような衝撃が、サーシャの心を襲った。
『利用』――言い返せない。まさにその通りだと思ってしまったからだ。
ミコトの表情が、最初に困惑、それから敵意へと変わっていく。
「テメェら……あぁそうかよ。『ここ』を、壊しに来たのかよ!!」
サーシャの中で、罅の入った何かが、さらに壊れていく音がする。
居場所を、大切な日常を守ろうとするミコトを前にして、完全に屈してしまったのだ。
ミコトは踏み出す。その歩みは、シェルアによって止められた。
「ンだよ、俺だって戦うぞ」
「はいはいはい。お兄さんは、この舞台の中心にいる一人なんだけれども、今は下がっておいてねぇ。――サン」
シェルアの声に反応して、巨大な狼がミコトの襟首を銜えた。
首を振って頭上に放り上げると、ミコトはしばし空中浮遊したのち、狼の背中に収まった。
「お、おいサン、降ろせよ!」
『シェルアの指示が最優先である』
「屋敷までお願いするよ、サン」
ぐるる、と狼は唸り声を上げたあと、建物の屋根に飛び乗り、酒場街から離れていく。
狼の背に乗るミコトと、地に這いつくばるサーシャの視線が絡む。
敵意と、絶望。
二人の関係は、完全に決裂してしまった。
「待てよ、くそっ! 尊――ッ!!」
重力の束縛を受けながら、悠真はミコトを追いかけるために『転移』する。
まずは『イラヴィティ』から抜け出し、遠ざかる尊の背中を見つめ、再び『転移』しようとして、
『いかせ、ない』
小さな体躯が、風を押しのけるように悠真へ迫る。
集中を乱されたために、『転移』する先の座標が荒くなる。
未把握の座標への『転移』は、非常に危険だ。
まず第一に、壁の中に埋もれる危険性がある。
『転移』は先にある座標の物体を押しのけるが、押しのけてずれた分、齟齬が生じる。圧死するかもしれない。
次に。自身でも把握できない座標に跳べば、一瞬の隙が生まれる。
延々と迫るアクィナは、悠真の位置を見失わない。たったの一瞬が命取りになる。
アクィナが接近する間に、これだけのことを考えたわけではない。
幾度も嫌々ながら『転移』を使ってきた経験が、最適解を辿らせる。
「く、そがぁぁア!」
建物の影に隠れ、見えなくなった背中を追うことを断念。
アクィナの進行方向に『空孔』を生み出す。
『空孔』の最大サイズは、悠真の身体体積と同じ。
小柄なアクィナが、悠々と収まる大きさだ。
アクィナが突進方向を曲げ、『空孔』を回避した頃。悠真はすでにアクィナの背後に『転移』していた。
二本目の警棒型スタンガン。
重量、硬度、電流、電圧。そのどれか一つでも、人を殺すに足る改造スタンガンを、アクィナのうなじに振り降ろす。
今度は防がれなかった。
いや、防ぐ必要すらなかったのだ。
スタンガンによる電気ショックは、アクィナにはまったく効かなかった。
うなじにできた火傷は、赤い蒸気を上げて、見る見るうちに回復していった。
悠真は再度『転移』して、尊が去ったほうを見る。
その背中は、もう見えなくなっていた。
「――、――ッ!」
ぎりぎり、と歯を食いしばる。
尊は記憶を失っており、関係は完全に決裂した。
もはや、説得での帰還は困難だ。
それもこれも、すべて魔王教のせいだ。この世界のせいだ。
「ぶっ、潰す」
アクィナが跳びかかってくる。
悠真の中で、憎悪が膨れ上がる。
それは、自身に掛けた制限を、意図せず解除してしまうほどに。
悠真は拳を振り下ろす。
「――『断撃』」
直後、悠真が殴った空間が――割れる。
景色と景色の繋がりが、ガラスのように破壊された。
もともとあった空間は、無が広がっている。
色がなく、何もない、この世のどこにもない空間だ。
空間破壊に巻き込まれた景色の破片が、悠真に襲い掛かる直前のアクィナに襲い掛かった。
景色の破片が舞う中へ、アクィナは無理やり突っ込んだ。
肉体の強度を頼りに、強行突破するつもりなのか――それは一番の下策だというのに。
アクィナと破片が接触する。
それまで軽傷で済ませてきたアクィナの肌が、破片の軌道に沿って削られた。
血まみれのアクィナが破片の波を抜け出た頃には、無の空間は修復されている。
短時間しか展開できないのか、散らばった景色の破片は、すでに消え去っていた。
アクィナは荒い息を吐き出し、傷から赤い蒸気を吹き出して体を修復していく。
それまで無表情だった顔は、不機嫌そうに眉を寄せている。
そんな彼女を、上空に『転移』した悠真が見下す。
『久しぶりだと、威力が下がるな。だが次は――仕留める』
不機嫌が危機感に。
『ぁ、ぁぁぁぁぁ――――!!』
アクィナが咆哮する。
傷から大量の血が噴き出す。渦となって荒れ狂い、悠真に向けて噴射する。
悠真は冷徹に見下ろし、手刀を振り下ろした。
「――『断撃』しろ」
空間が割れる。
上空で発生した空間の罅は、金切声のような悲鳴とともに新たな景色を侵食し、酒場街の全域に広がる。
その罅は、刀剣で切り裂くかのように、その場にあったモノを切り裂いた。
たった一撃によって、酒場街に傷のない場所は消え失せた。
しかし、
「チッ、逃がしたか」
崩壊した酒場に降り立ち、悠真は吐息をこぼした。
その吐息が安堵であることに、自身への苛立ちが募る。
今回の一撃は、アクィナの破壊行動以上に怪我人を生み出しただろう。
もしかしたら、死人が出ているかもしれない。
「知ったことかよ、クソ」
この世界を忌々しいと思っているはずで、この世界で生きる人間などどうでもいいと考えているはずなのに。
終わったあとで認識した、自身の中にある殺意に、悠真は体を震わせるのであった。
今さらながらに説明します。
悠真視点では、日本語が「」表記、異世界の言語が『』になります。
彼の認識によるもの、とお考えください。