表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/187

第一七話 悪意の際会

 ……うん。

 この六章では、色々なことが学べたなぁ、と思います。

 こう、書き手のキャパを超えたらどうなるか、っていうのが、しみじみとわかりました。


 とりあえず六章は完結しましたんで、投稿再開します。

 久しぶりなんで、前回までのあらすじを置いておきますねー。



 こちら、主人公のいる敵陣営。記憶喪失のミコト・クロミヤは、王都の下層北区にある屋敷で目を覚ます。

 何やら訳ありな妹と幼馴染、従妹や修道女に囲まれる中、ミコトは屋敷での日常を受け入れ始めていた。


 一方、主人公不在の主人公陣営。精神的に消耗し切っていた彼らの元に、《千空》の使徒、空閑悠真が現れる。同時に、ミコトを王都で見掛けたという情報を手に入れ、王都に向かう。

 サーシャたちは悠真とともに、ミコトを捜索する。しかし、ついに見つかったミコトは記憶喪失になっており……、


 ズキュウウウウウウウウウウン!






 サーシャが失意に沈んでいる間にも、事態は動く。


『尊から離れろォ、《聖水》ィィィ!!』


 悠真に容赦はなかった。


 悠真はアクィナの背後に、『空孔』を生み出した。そこからスタンガンを持つ手が現れる。

 アクィナは、気付いた様子がない。スイッチを入れ、スタンガンを突き出す。


 ッバチン! と強烈な音が響き、眩い電光が走った。

 しかしそれは、アクィナの掌で受け止められていた。


 彼女はそのまま、スタンガンを握り潰す。内部から部品や配線が漏れるが、それすらも引き千切る。


『こんな、の』


 アクィナはぽつりと、聞き取りづらい小さな声で呟く。


『きか、ない』


 アクィナの体が沈み込む。膝を折り、両手を地面に付け――地面と平行に跳躍した。

 大地が鈍く震動する。アクィナはその場から消え、舗装されていない地面は大きく凹んでいた。


 アクィナが跳び出す寸前、空中に『転移』していたユウマは、先ほどまで背後にあった酒場が崩壊するのを目にした。


「チッ、化け物が……!」


 崩れた酒場が、再び爆ぜる。

 圧し掛かっていた屋根を盛大に押しのけ、一片の木材を振り回した。投擲された木材を、ユウマはもう一度『転移』して避ける。




 ユウマが地面に降り立つのを横目に、サーシャは呆然と酒場を見やる。

 戦闘への驚きではない。ただ、動きあるものを視線が追っているだけ。


 負傷者は意外なほど少ない。というより、ゼロと言ってもよかった。

 中にいた者は野次馬として、全員外に出てきていたらしい。


 ようやく現状を認め、尋常な状況でないことを理解した野次馬が、悲鳴を上げて酒場街から離れていく。


 それに安堵できるほど、サーシャに余裕はなかったのだが。

 逃げずに右往左往する者を助けようとも思えなかった。そもそも、目に入っていたかもわからない。


 サーシャの赤眼に対して、何か罵り散らす声も聞こえた。

 だが、そんなことでショックを受けることさえ、ない。


「ちょっ、おい! いったいなんだってんだよ、いきなり!?」


 呆然としていたサーシャだが、その声にだけは引き付けられた。

 突然の戦闘に、ミコトは混乱しているようだった。


(今なら、連れ出せるかもしれない)


 そうすれば――ミコトとアクィナを、引き剥がせる。

 サーシャはそれが、ひどく醜く浅ましい感情ということを自覚しながら、それでも自身を止めきれずに走り出した。


 冷静さを失くして――当然、それを避けることはできなかった。


「沈め、『イラヴィティ』」


 直後、全身が急激に重くなる。

 地面に引っ張られる感覚に、サーシャは堪らず倒れ伏した。


 重力を増加させる魔術。

 この現象を、サーシャは以前に一度だけ見たことがあった。


 声が、響く。


「やぁやぁやぁ、どーぅもどぉーも」


 強大な狼に乗って現れたのは、純白の髪を持った少女だった。

 ユミルがあと数年経てば、このような姿になるのではないかというほどに、彼女はユミルによく似ていた。


 だが、違う。明らかに別物だ。


 あくまで子供だったユミルとは違う。目の前の少女は、容姿から子供らしさが抜けきっていないのに、青い目だけがゾッとするほど無感情なのだ。

 何より、異様な雰囲気とイヴの叫びが、彼女が危険だと告げている。


「久しぶりだねぇ《操魔》。《千空》くんも、こんなところで出会うことになるとは思いもしなかったよ」


 巨大な狼がミコトのそばで停止する。

 白髪の少女は地面に降りて、戦闘中のユウマを意外そうに見やってから、サーシャを嘲るように見下した。


 久しぶり、と少女は言った。

 だが、サーシャにはまったく心当たりがない。


「だ、れ……?」


「シェルア!」


 サーシャの掠れた言葉に被せるように、ミコトが声を発する。

 シェルアを呼ばれた白髪の少女は、大げさに一度頷き、揚々と語り始める。


「この人たちはボクたちの敵なんだ。魔王教の敵対者であり、そして――お兄さんを『利用』した連中だよ」


「……っ!?」


 がつん、と頭を殴られたかのような衝撃が、サーシャの心を襲った。

『利用』――言い返せない。まさにその通りだと思ってしまったからだ。


 ミコトの表情が、最初に困惑、それから敵意へと変わっていく。


「テメェら……あぁそうかよ。『ここ』を、壊しに来たのかよ!!」


 サーシャの中で、罅の入った何かが、さらに壊れていく音がする。

 居場所を、大切な日常を守ろうとするミコトを前にして、完全に屈してしまったのだ。


 ミコトは踏み出す。その歩みは、シェルアによって止められた。


「ンだよ、俺だって戦うぞ」


「はいはいはい。お兄さんは、この舞台の中心にいる一人なんだけれども、今は下がっておいてねぇ。――サン」


 シェルアの声に反応して、巨大な狼がミコトの襟首を銜えた。

 首を振って頭上に放り上げると、ミコトはしばし空中浮遊したのち、狼の背中に収まった。


「お、おいサン、降ろせよ!」


『シェルアの指示が最優先である』


「屋敷までお願いするよ、サン」


 ぐるる、と狼は唸り声を上げたあと、建物の屋根に飛び乗り、酒場街から離れていく。


 狼の背に乗るミコトと、地に這いつくばるサーシャの視線が絡む。

 敵意と、絶望。


 二人の関係は、完全に決裂してしまった。




「待てよ、くそっ! 尊――ッ!!」


 重力の束縛を受けながら、悠真はミコトを追いかけるために『転移』する。

 まずは『イラヴィティ』から抜け出し、遠ざかる尊の背中を見つめ、再び『転移』しようとして、


『いかせ、ない』


 小さな体躯が、風を押しのけるように悠真へ迫る。

 集中を乱されたために、『転移』する先の座標が荒くなる。


 未把握の座標への『転移』は、非常に危険だ。


 まず第一に、壁の中に埋もれる危険性がある。

『転移』は先にある座標の物体を押しのけるが、押しのけてずれた分、齟齬が生じる。圧死するかもしれない。


 次に。自身でも把握できない座標に跳べば、一瞬の隙が生まれる。

 延々と迫るアクィナは、悠真の位置を見失わない。たったの一瞬が命取りになる。


 アクィナが接近する間に、これだけのことを考えたわけではない。

 幾度も嫌々ながら『転移』を使ってきた経験が、最適解を辿らせる。


「く、そがぁぁア!」


 建物の影に隠れ、見えなくなった背中を追うことを断念。

 アクィナの進行方向に『空孔』を生み出す。


『空孔』の最大サイズは、悠真の身体体積と同じ。

 小柄なアクィナが、悠々と収まる大きさだ。


 アクィナが突進方向を曲げ、『空孔』を回避した頃。悠真はすでにアクィナの背後に『転移』していた。


 二本目の警棒型スタンガン。

 重量、硬度、電流、電圧。そのどれか一つでも、人を殺すに足る改造スタンガンを、アクィナのうなじに振り降ろす。


 今度は防がれなかった。

 いや、防ぐ必要すらなかったのだ。


 スタンガンによる電気ショックは、アクィナにはまったく効かなかった。

 うなじにできた火傷は、赤い蒸気を上げて、見る見るうちに回復していった。


 悠真は再度『転移』して、尊が去ったほうを見る。

 その背中は、もう見えなくなっていた。


「――、――ッ!」


 ぎりぎり、と歯を食いしばる。


 尊は記憶を失っており、関係は完全に決裂した。

 もはや、説得での帰還は困難だ。


 それもこれも、すべて魔王教のせいだ。この世界のせいだ。


「ぶっ、潰す」


 アクィナが跳びかかってくる。

 悠真の中で、憎悪が膨れ上がる。


 それは、自身に掛けた制限を、意図せず解除してしまうほどに。


 悠真は拳を振り下ろす。



「――『断撃』」



 直後、悠真が殴った空間が――割れる。

 景色と景色の繋がりが、ガラスのように破壊された。


 もともとあった空間は、無が広がっている。

 色がなく、何もない、この世のどこにもない空間だ。


 空間破壊に巻き込まれた景色の破片が、悠真に襲い掛かる直前のアクィナに襲い掛かった。


 景色の破片が舞う中へ、アクィナは無理やり突っ込んだ。

 肉体の強度を頼りに、強行突破するつもりなのか――それは一番の下策だというのに。


 アクィナと破片が接触する。

 それまで軽傷で済ませてきたアクィナの肌が、破片の軌道に沿って削られた。


 血まみれのアクィナが破片の波を抜け出た頃には、無の空間は修復されている。

 短時間しか展開できないのか、散らばった景色の破片は、すでに消え去っていた。


 アクィナは荒い息を吐き出し、傷から赤い蒸気を吹き出して体を修復していく。

 それまで無表情だった顔は、不機嫌そうに眉を寄せている。


 そんな彼女を、上空に『転移』した悠真が見下す。


『久しぶりだと、威力が下がるな。だが次は――仕留める』


 不機嫌が危機感に。


『ぁ、ぁぁぁぁぁ――――!!』


 アクィナが咆哮する。

 傷から大量の血が噴き出す。渦となって荒れ狂い、悠真に向けて噴射する。


 悠真は冷徹に見下ろし、手刀を振り下ろした。


「――『断撃』しろ」



 空間が割れる。


 上空で発生した空間の罅は、金切声のような悲鳴とともに新たな景色を侵食し、酒場街の全域に広がる。

 その罅は、刀剣で切り裂くかのように、その場にあったモノを切り裂いた。


 たった一撃によって、酒場街に傷のない場所は消え失せた。

 しかし、


「チッ、逃がしたか」


 崩壊した酒場に降り立ち、悠真は吐息をこぼした。

 その吐息が安堵であることに、自身への苛立ちが募る。


 今回の一撃は、アクィナの破壊行動以上に怪我人を生み出しただろう。

 もしかしたら、死人が出ているかもしれない。


「知ったことかよ、クソ」


 この世界を忌々しいと思っているはずで、この世界で生きる人間などどうでもいいと考えているはずなのに。


 終わったあとで認識した、自身の中にある殺意に、悠真は体を震わせるのであった。






今さらながらに説明します。


悠真視点では、日本語が「」表記、異世界の言語が『』になります。

彼の認識によるもの、とお考えください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ