第一六話 悲劇の再開
この話で、第一次更新は終わりです。
捜索が始まるも、一向にミコトも、魔王教の影も見つかることもなく、数日が過ぎ。
上冬の月は終わり、下冬に入ってしまっていた。
しかし、そんな停滞した日々は、レイラとグランからもたらされた情報によって終わりを迎える。
「アクセサリー店の店主が、黒髪に白髪が混ざった少年を見たそうだ」
テュアーテとチアの家にて、全員が集まった中で、その報せは告げられた。
それぞれが安堵や歓喜などの反応をする。
「よく憶えてたな、その店主」
「若白髪のそばには、白髪と薄青髪の少女が二人いたそうよ。超絶美少女だったって、店主が興奮してたわ」
訝しむテッドに、レイラは呆れたような口調で返した。
ちなみにその店主、四〇歳に差し掛かったおっさんである。少女と言う辺り一〇代なのだろう、手を出さないか心配である。
それはともかく、とラカが手を組む。
「白髪っつーと、ユミルか?」
封魔の里に向かう直前にミコトが拾ってきた、記憶喪失の少女である。
ミコトと同じく失踪したのだが、やはり魔王教に捕まっていたらしい。この分ではイシェルも一緒だろうか。
「薄青髪ってのがわかんねーな。心当たりは……ねーか」
ラカが仲間たちを見回すが、全員が首を横に振った。
サヴァラやユウマなら、と見てみるが、知らないらしい。
話が滞ったところで、サーシャが手を叩いて、話を切った。
「ミコトの周りに誰がいたか、それは置いておこう。それで、レイラ。ミコトはどこに行ったの?」
「ええ。バッチリ店主がストーキングしてたわ。途中で撒かれたそうだけど」
店主……。
レイラの視線を受けて、グランは話を続ける。
「店主の言によると、若白髪は北区の旧城壁方面へ向かったらしい。――睨んでいた通り、魔王教の拠点は下層北区にある」
緊張が走った。戦いが近付く予感があった。
緊迫感が場を包む中、サヴァラが告げる。
「これからは一層、下層北区を中心に捜索を行おう。最低でも二人一組になれ、絶対に一人で動くな。先走るな、連絡を怠るな。油断は自分だけでなく、仲間の命も危険に晒すことになると肝に銘じろ」
本気で殺し合いの世界で生きてきた。そんな気迫が、サヴァラからは放たれていた。
あまり見ない義父の姿に、レイラは息を飲みながら、火鼠の革手袋を嵌める。
ラカとテッドは拳を握りしめ、グランは大剣を握る。
ユウマはもたれ掛かっていた壁から背を離し、サーシャは改めて決意を胸に刻み付ける。
「そして、これだけは忘れるな」
最後にサヴァラは、こう言った。
「自分の命を大事に、だ。彼が戻ってきたとき、誰か一人でも欠けてたら、どう思うだろうな?」
その言葉が、誰に向けられたものなのかは、レイラたちにはわかりきっていて。
しかし、本人には届いていない。
「お前らの元には行かせない。アイツは俺が連れて帰る」
吐き捨てるように告げ、ユウマが姿を消す。
彼に続いて、サーシャたちも捜索を開始した。
◆
そして、その翌日。
ついに――。
歯車は回る。
舞台は物語を進め、演者と演者は、ついに――。
◆
数瞬の間、悠真は呆気に取られていた。
なぜなら、それはあまりに唐突過ぎたから。
下層北区、酒場の前。
昼間であるためか、街を出歩く人影は少ない。疎らに舗装された道に立っているのは、悠真の空間把握によると一〇人もいない。
――その場所で。
十数メートル先。数歩歩けば、届くであろう場所に、一人の少年がいた。
遅々と近付く姿。焦るでも急ぐでもない、ゆったりとした歩みだ。
黒髪に、前に見たときより随分と増えた若白髪。
化粧すれば少女に見えかねない、中性的な容姿。
――探し求めていた黒宮尊が、そこにいた。
最初は、信じられなかった。
今までの苦労がなんだったのかと言いたいほど、あっさりだったから。
だがしばらくして、ようやく悠真の頭にも理解が及んでくる。
「は……ははっ」
自然と笑みがこぼれる。
呆然が理解、そして歓喜へと変じていく。
《操魔》とその仲間に、発見の報告をするつもりはない。
彼がすでに日本に帰ったと知ることなく、勝手に魔王教と争っていればいい。
悠然と歩く尊は、中空を見つめたままで、悠真に気付いている様子はなかった。
尊は自分を見て、どのような反応をするだろう。
驚くに違いない。どうやって異世界に来たかと問うだろう。そこで『転移』のことをネタ晴らしだ。
盛大に驚かせるなら、いきなり日本に跳ぶのが一番なのだろうが、生憎と《千空》の使徒と言えど、世界跳躍には時間が掛かる。
事情を説明したら、さっそく日本へ戻そう。
玲貴に会わせよう。
自分が説得すれば、尊にトラウマを乗り越えさえ、二人を結ばせられるかもしれない。
交通事故のあとに異世界に落ちた尊は、一時期はニュースになっていた。
現在、黒宮尊は失踪中になっている。帰ったら、それもどうにかする必要があるだろう。
そして、尊の母のことも――――。
やることが、たくさんある。
どれも苦しく、面倒に思う。しかしそれ以上に、感動が大きかった。
「く、はは……っ」
まだ、尊がこちらに気付いた様子はない。
少し不用心すぎるだろう、と悠真は呆れるように、笑みを漏らしながら思った。
手を、上げる。
そして、口を開いて、
「――よお、久しぶりだな!」
日本語だ。
感動に震えた声が、街に響いた。
思った以上に大きな声を出してしまったが、そんなのは気にならなかった。
ようやく悠真に気付いた尊は、不意に顔を上げて――なぜか、振り向いた。
「……?」
悠真は疑問に、吐息を漏らした。
尊は振り向いた先で、目を丸くしている矮族の姿を認めると、納得したように歩みを再開した。
――尊の目にはもう、悠真は映っていなかった。
「待……て、よ」
擦れ違う。瞬前、悠真は尊の肩を掴んだ。
「ふざけんなよ、お前!!」
感動に震えていたはずが、今の悠真の心内を占めたのは、失望に近い憤怒だった。
気付かないのは仕方ない。そこに悪気はないんだから。
だが、無視するのは違うだろう。冗談では済まされない。
「俺がどれだけ探したと思ってる!? もうすぐ一年になるんだぞ! ふざけるにもほどがある!!」
せっかく会えたのに。
どうして、お前はそんな平然としている。不思議そうな顔でこっちを見るんだ。
やがて尊は、納得したように手を打って、
『あぁ、そっか。異世界の言葉なんだ、それ』
「……は?」
その言葉が、どういう意図をもって紡がれたものなのか、悠真にはわからなかった。
そして、沸々と、腹の奥底から怒りが込み上げてきた。
「だいたい、だ……!」
先ほどの、呑気に散歩していた尊の姿が、脳裏をよぎった。
その表情に焦燥はなく、充実していたようで。
なぜ尊は、日本に帰ろうとしていない――ッ!!
「こんなところで何やってんだ、尊ォ!!」
◆
『こんなところで何やってんだ、尊ォ!!』
路地裏に、口論が響いてきた。
その声に聞き覚えがあって。言葉に含まれていた名前を、よく知っていた。
ごろつきに対し、力技で聞き込みしていたサヴァラを放置して、サーシャは走り出した。
響くのはユウマの声だけで、相手の言葉は聞こえてこない。
だが、口論の相手は、間違いなく彼だ。
路地裏を抜け出ると、そこは酒場街だ。
左右を確認すると、遠くに野次馬が集まっているのが見えた。
その向こうから、声が聞こえてくる。
『さっさと帰るぞ! ここは、お前がいるべき場所じゃないっ』
ミコトの、異世界への帰還――望んでいたはずなのに、サーシャは激しい拒絶感に襲われた。
せめて見送らせてほしい。そう思うと、自分への失望感と、ゾッとするような寂寥感が湧き上がる。
すぐにでもミコトを帰す、それが一番だってわかっているはずなのに。
『言ってもわからないなら、仕方ない。無理やりにでも……!』
考える間もなく、サーシャは野次馬に突っ込んだ。
人と人の間を掻き分け、フードが取れたのも構わず。
そして。
野次馬の群れから、抜け出て。
「――――ぁ」
黒髪に、疎らに生えた若白髪が見えた。
それは、ずっとずっと探していた少年の、後姿で。
「ミコト――っ!」
少年が振り向いた。
黒い瞳と、中性的な顔立ちが、目に映る。
――あぁ、やっと会えた。
頬を伝う、温かいものがある。
目の前がぼやけて、でも彼の姿が見えなくなると、消えているのではないかと思って、すぐに拭う。
この手を取ってほしい。
名前を呼んでほしい。
また、もう一度。
「あー、あのさぁ……」
なのに、どうして彼は、困惑しているのだろう。
ユウマの手を取ることもなく。
サーシャに苦い笑みを浮かべて。
そして彼は、目を逸らしながら、告げた。
「あんたら、ミコト・クロミヤの知り合いだったりする……?」
……ぇ。
『お、おい……おい! どういうことだよ!?』
「あぁ、悪い。なんか事故に遭っちゃったらしくてさ」
ミコトとユウマの会話が、どこか意識の遠くで聞こえる。
ミコトが言うであろうことを、何が起こったのかを。
自分はたぶん、わかっていた。なぜなら、自分がそうだったから。
「――記憶、ないんだよ」
知らず、膝を付いていた。
心の中で、がらがらと、大切なものが崩れていく。のが、わかった。
「ごめん。あんたら、誰なんだ?」
それでも。
それでも、認めたくなかったのに。
ミコトの、本当に何もわからず、困惑した表情を見て。
本当に彼は、すべてを忘れてしまったのだと、理解してしまった。
「みつ、けた」
そのときだった。
声が聞こえたのは。
それはサーシャの背後から、その身の丈に合わない力で野次馬を押しのけ、現れた。
擦れ違い様に、それの姿が目に映る。
色素の薄い、青い髪の少女だ。
異様な存在感がある。
ミコト、ユウマ、そして少女。三人が並び立つ姿には、例えようのない同一感があった。
「アクィナ、どした? こんなところに」
幼さが残る少女をアクィナと呼ぶと、ミコトは彼女を穏やかに迎え入れた。
サーシャの中で、イヴが叫ぶ。
あの少女は、危険だと。
だが、どうでもよかった。
アクィナの存在がどういったものなのか――そんなこと、どうでもよかった。
ただ、気になった。
ミコトにとって、アクィナとはなんなのか、と。
「……、……」
無垢そうな青い瞳が、少しの驚きをもって、ユウマを見る。
次いで、深い嫉妬を宿らせて、サーシャを見る。
――嫉妬が、優越に変わった。
アクィナが唐突に、ミコトに跳び付いた。
首に腕を回し、前傾姿勢にさせる。
「アクィ……んむぅっ?」
位置を低くしたミコトの唇に――自身の唇を、合わせた。
少女の舌がミコトの口に滑り込み、口内を蹂躙する。
隙間から唾液が零れる。
ミコトは驚愕しながらも、無理やり拒む様子はない。
離れた唇と唇の間を、糸が引いていく。
野次馬の歓声が、どこか遠くに聞こえた。
サーシャの頬を、温かいものが伝う。
それはきっと、先ほど流したものとは、違う意味を持っていた。
はい、プロローグ部分に辿り着いたところで、第一次更新は終わりとなります。
なんでこんなところで区切るんだ、的なことは自分でも思います。
でも、書き溜め分が現在35話くらいまでしかできてなくて、本話がちょうど半分辺りなんです。
次の一斉更新は、また『二カ月更新してない』的なのが出たときか、六章が完結したときになります。
改めまして、ハッピーニューいあ! いあ!
・おまけ
ズキュウウウウウン!
ア「初めての相手はメインヒロインではないッ! このアクィナだッ!」
サ「泥水をよこせー!」